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第一章 戦国時代⑨

 その日の夜遅くになって、疲れた表情で光秀達が戻ってきた。光秀は自室に戻ると、無造作に座り込み、大きくため息をついた。


「十兵衛様、入ってもよろしいですか?」

「おう。」


 忠繁は部屋に入ると、光秀の前に座り、


「城で何があったのでございますか?」


 単刀直入に聞くことにした。煕子が一番知りたがっているはずだが、女が出しゃばってはいけないと黙っていたからだ。


「わが明智家は追放になった。」

「なんですって?」

「道三様と義龍様の戦いの際に道三様に付いたことを咎められた。」

「しかし、それは義龍様がお許しになった話ではなかったのですか?」

「龍興様のお考えは違うらしい。一度でも主家に背いた明智一族を許すわけにはいかないとおっしゃっていた。」


 寂しそうな光秀の表情が、暗がりの中でもよく分かった。この時代のことだ。その場で討ち取られなかっただけでも良かったのかもしれない。


「こんなことを私が聞いてもいいのかわかりませんが。光秀様はこれからどうされるおつもりですか?」

「そうだな。任官先を求めて流浪の旅にでも出るか。」


 そう言う光秀の言葉には力はなく、相当参っているように思えた。


「忠繁殿。気遣いはありがたいのじゃが、さすがに今日は疲れた。少し休ませてくれ。」

「・・・わかりました。あまり、思い詰め過ぎませんよう、お願い申し上げます。」


 休みたいと言う光秀を残し、忠繁は部屋を出て庭先に出た。月明かりの下、煕子が心配そうにたたずんでいた。


「忠繁殿、十兵衛様はなんと。」

「龍興様から、長良川の戦いで道三様側に付いたことを咎められ、斎藤家から追放になったそうにございます。」

「なんと!」

「次の任官先を探す旅に出ると申されておりました。煕子様、男がこういった気落ちしたときは、何より奥方様の支えが一番にございます。十兵衛様のところへ行って差し上げてください。」


 光秀の部屋へ行くように煕子を促すと、忠繁は自室の前で大きく深呼吸した。道三の死後、流浪の旅に出ることになる光秀だったが、信長のもとで大成するまでにはまだまだ時間はかかるはずだった。


 その時、ふと忠繁の頭に、直接越前に行くように進言したら、流浪の身で苦しむこともないのではないかと考えた。それこそ、信長に仕えれば早いのではないかとも考えた。信長であれば、きっと帰蝶の口添えや桶狭間の功で光秀を召し抱えることはあり得る。


 しかし、それは同時に歴史を変えてしまうことにもつながっていくことだった。よく、ファンタジー小説などでは、歴史は変えてはいけないという場面が多くある。また、歴史という見えない時の流れは、物事を変えようとしても元に戻してしまう修正力があるともいわれている。忠繁には何が正解か知る由もなかったが、この一年、なるべくこの時代に干渉しないように慎ましく過ごしてきたのは事実だ。


「さて、どうしたものかな。」


 忠繁は腕を組むと、夜空を見上げながら答えのない悩みを繰り返していた。



 翌朝、明智の庄に主だった者が集められた。庄兵衛、弥平次のほかは、従兄弟の明智光忠(あけちみつただ)や藤田伝五が集まり、その末席に忠繁も集まった。


「昨日。龍興様から明智家の追放が命じられた。」


 まだ聞いていなかった光忠や伝五は狼狽していた。


「かつて道三様に付いて戦ったことを咎められた。その場で処刑されなかったのは不幸中の幸いと言えよう。これよりわれらは流浪の旅に出る。楽な旅路ではあるまい。出立までに数日の猶予をいただいている。去りたい者は苦しゅうない、好きなように生きてほしい。以上だ。」


 光秀はそれだけ言うと、忠繁を連れて自室に戻っていった。部屋に入ると、煕子が酒を用意して待っていた。


「たいして飲めぬが、そなたと酒を酌み交わしておきたくてな。」


 光秀はそう言うと、盃に酒を注いだ。


「頂戴いたします。」


 忠繁も盃を受け取り、煕子から酒を注がれた。一緒になって一杯目を飲むと、光秀は大きく息を吐き、肩の力を抜いた。


「忠繁殿。このような話になってしまった以上、そなたを客人として置いておくことができなくなってしまった。」

「いえ、そのようなことよりも、光秀様が追放されてしまったことが悔しく思います。」

「龍興様には、一度でも背いた我らのことが許せなかったのであろうな。」


 二杯目を飲み終えた時、光秀は盃を置いて忠繁に向き直った。忠繁もそれに倣って背筋を伸ばす。


「話がある。」

「お話がございます。」


 二人同時に口にしたために、思わず煕子が吹き出してしまった。


「ふふ。ほんとに、お二人は気の合いますことで。」


 二人は照れ臭そうにしながら笑った。


「忠繁殿、先にどうぞ。」

「はい。新たな任官先を求めると推察いたしますが、尾張の織田家はいかがでしょう。十兵衛様は人格者であるうえに、優れた政治手腕に鉄砲の腕もございます。これから鉄砲は必ず主力になる時代が来ると思いますので、その才能は重用されるはずです。それに、桶狭間の戦いで今川を退けてから、領内をまとめてこれからも伸びるのは織田家だと思います。」


 一晩悩み、忠繁は歴史を変えてしまおうとも、この素晴らしい家族が一番に幸せになるのは織田家に仕えることだと思った。それによって歴史は変わるかもしれないが、それで本能寺の変が回避され、信長も光秀も生きていけるのならそれもいいと思ったのだ。


 しかし、光秀は嬉しそうに微笑みながらも首を横に振った。


「それも考えた。しかしな、今まで斎藤家に仕え、信長殿とは対立してきたわが身じゃ。織田家に行ってもよい顔をする者は少ないじゃろう。それに、よい機会だから各地を回って見聞を広めたいと考えているのじゃ。」


 それは、歴史の修正力なのか、光秀自身の考えなのかわからなかったが、その表情には何か決意を固め、考えていることがあるとうかがわせた。やはり歴史は安易に変わるものではないようだ。


「そうですか・・・。それで、十兵衛様のお話というのは。」

「うむ。」


 三杯目を口にして呼吸を整えると、一枚の書状を忠繁に差し出した。


「帰蝶様への手紙じゃ。ここに、そなたを織田家に任官させるように推薦をしたためてある。わしは行けぬが、そなたは信長殿のもとに行き、その才能を発揮されるとよかろう。」

「しかし、私にはなんの才能もなければ武を誇る腕もございませぬ。」

「されど、この一年のそなたは明智の庄の者に溶け込み、皆そなたを好いておる。それは立派な才覚であろう。よいか、何も武士は戦うだけが役目ではない。その裏で、領民達が安堵して暮らしていけるように、武家との橋渡しをする者が必要なのじゃ。そなたはそういった意味でも、織田家では重用されよう。信長殿の力になってやってほしい。」

「十兵衛様・・・。」

「なに、わしもここで終わるようなことは考えておらぬ。いつか必ず相まみえようぞ。」


 光秀はそう言って笑うのであった。



 数日後、先達て光秀が帰蝶へ使いの者を出し、忠繁と面会することを許す案内が来た。忠繁は荷物をまとめると、帰蝶が遣わしたという道案内の作兵衛という男と共に明智家を出発することになった。忠繁の出立を聞きつけ、明智の庄から多くの者が見送りに来てくれた。


「十兵衛様。なにからなにまで本当にお世話になりました。」

「なに、気にいたすな。忠繁殿がいたおかげで、わしもいろいろ相談ができて楽しかったぞ。尾張へ行っても達者でな。」

「はい。十兵衛様、煕子様、そして皆様どうかお元気で。別れは言いません、いつかまたお会いできることを楽しみにしております。」


 そう言って、深々とお辞儀をした。顔を上げると、岸の隣で泣きじゃくっている者がいることに気が付いた。お風だ。お風は忠繁との別れが寂しいのだろう。尾張に行くことを話してからずっと泣いていた。忠繁は、自分のためにこの女の子がこんなに悲しそうにしているのが我慢できなかった。


「・・・お風、私と一緒に来るか?」

「いいの?」


 お風の表情が途端に明るくなる。そうだ、子供は泣くよりも笑っていたほうがいい。だから、この一言を言おうと思ったのかもしれない。自分には何もないし、これからどう生きていけるのかわからないが、子供一人を養うくらいのことはできると考えた。


「十兵衛様。どうかお風と一緒に行かせてください。この一年、お風はわが娘のように思って過ごしてきました。お許しいただけないでしょうか。」


 光秀としても、幼いお風を連れて流浪の旅に出るのは思うところがあったのであろう、煕子と顔を見合わせると、お風に歩み寄り、その肩に手を置いた。


「お風はどうしたい?」


 光秀の優しい言葉に、お風は迷うことなく答えた。


「お風は、おじちゃん・・・。忠繁様と一緒に行きたいと思います。」


 その言葉に、光秀は優しくうなずいた。


「よし。では、お風は忠繁殿と一緒に行きなさい。泣いてばかりではダメだぞ。忠繁殿を手伝い、その助けになってほしい。」

「はいっ!」

「うむ。達者で暮らせよ。」


 そう言ってお風の背中を押してやった。


「忠繁殿。お風は親を亡くしているが、幼くても聡明な子じゃ。よろしく頼む。」

「かしこまりました。」


 忠繁はお風の手を取り、明智の者達にお辞儀をすると、明智の庄を旅立ち、一路、尾張の国を目指した。忠繁がこの世界に来て約一年少し、この世界で自分をかくまい、面倒を見てくれた恩人、明智光秀とのしばらくの別れだった。永禄四年(一五六一年)初夏のことである。



 光秀達はこののち、明智の庄を龍興に返還し、畿内(現在の大阪や兵庫)で人脈を頼りに方々を回ることになる。しかし、なかなか身を置くところが決まらなかったため、思い切って西国(現在の山陰、山陽)の毛利元就(もうりもとなり)に任官を願い出るが、その才覚を認められるも、


「そなたは心の内に狼を宿している。いつかそれが表に出よう。よって、毛利家では迎えられぬ。」


 と、言われて断られたという。光秀にしてみれば理不尽な理由であったが、後の本能寺の変を考えると、元就の予言は当たっていることになる。その後、四国を回り見聞を広め、二年後には再び畿内に戻るが任官が叶わず、越前・朝倉家にてようやく任官が叶うが、朝倉家の当主、朝倉義景(あさくらよしかげ)は外部から来た光秀を重用することはなく、雑用など小物使いをさせていた。光秀にしてみれば不本意であったが、煕子や岸、そしてこのころに生まれた次女の玉のためにもこれ以上、流浪の身にいるわけにもいかず、心を閉じて黙々と雑用をこなしていった。


第二章へ続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます。\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


また、周りの方にもおススメくださいね。


恩人である光秀と別れた忠繁は、

いよいよ信長と面会します。


忠繁を待ち受ける運命とは・・・。

次回もお楽しみに!


水野忠

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