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時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


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前 章 時空を超えて

登場人物紹介


霞北忠繁 ・・・二八歳の会社員、ある事件がきっかけで過去に飛ぶ。

霞北明里 ・・・二六歳の専業主婦、忠繁の妻。

霞北楓  ・・・二歳になる忠繁と明里の娘。

 霞北忠繁(かほくただしげ)は、二八歳の会社員である。大学を卒業後、大手不動産管理会社に就職し、現在は東京都北部を担当する営業課の係長である。三年前に上司の紹介で知り合った総務課勤務の明里(かほくあかり)と結婚し、翌年には長女の楓(かほくかえで)が生まれた。


 明里は二歳年下の二六歳、大学を卒業して同じ会社に勤務していた。彼女は忠繁の会社の専務の娘だ。物腰も柔らかくおとなしい性格だが、専務の娘ということもあって、忠繁はどこかで明里に遠慮しているところがあった。アクティヴな忠繁に対して内向的な明里、共通の話題もなく、夫婦仲が悪いということはなかったが、忠繁が想像していた甘い結婚生活とは少し違った生活を送っていた。



 今日は取引先のミスがあり、その対応ですっかり遅くなってしまった。JR赤羽駅の構内は、飲み屋帰りであろう顔を紅くした人達で賑わっていた。忠繁も酒は好きだったが、ここ最近は忙しくて、接待以外のプライベートな酒とは遠ざかっていた。


 忠繁の生まれは東京都下のはずれだったが、自宅は赤羽駅から埼玉方面へ埼京線で三十分ほどの場所にある。大宮の住宅地に戸建てを購入したのは、都内よりも地価が安い分、同じ金額ならいい家が建つからだった。また、明里を紹介してくれた上司から、会社に近いと何かあった際に気軽に呼び出されるから、適当に遠い所がよいとアドバイスを受けたためだ。


 赤羽駅の改札を通り、埼京線ホームの階段に差し掛かったところで、


「やめてください!」


 と声を上げる女性の声が聞こえた。階段を見上げると、OLであろうビジネススーツを着込んだ明里くらいの年齢の女性が、ガラの悪そうな男に腕をつかまれていた。周りをすれ違う人々は、わざわざ目線を向けては、何も見なかったかのように、今度は目線をそらして通り過ぎていく。男は腕をつかんだまま、嫌がる女性をどこかへ連れて行こうとしていた。


「嫌がっているだろう。やめたらどうだ。」


 忠繁はそう言って男に歩み寄った。ガラは悪そうだが大した体格ではない。忠繁は学生時代に剣道部で鍛えていた。ケンカになったとしてもそうそう一方的にやられるようなことはないと思っていたが、学生を離れた自分の身体の衰えまでは計算できていなかった。


「なんだお前は、雑魚は引っ込んでろ!」


 と、男に突き飛ばされた瞬間、踏ん張ったつもりだったが忠繁の身体は軽々と宙に飛ばされ、そのまま階段を転がり落ちた。なんとか頭を打たないようにと思ったが、勢いよく転がってしまったために歯止めが付かなくなった。忠繁は大けがをしないように、鞄を抱え、身体を丸めるようにして転がった。



 そして、ようやく止まったと思うと、忠繁は身体を起こそうと手を着いた。


「ん?」


 忠繁が転がったのは駅の階段のはずである。しかし、その手に触れたのは草木の気配だった。目を開けてゆっくり立ち上がると、今まで煌々としていた駅構内とは打って変わり、辺りは停電にでもあったともいえる光の乏しい暗がりが広がっていた。頬を撫でるそよ風は、都会のものとは思えないほど爽やかで、思わず胸一杯に深呼吸をした。深呼吸をして、改めて辺りを見回すと、どうやら森の中にいるのか、風で木々がざわめくのが聞こえた。もう夜が近いのだろう、日はほとんど沈んでいるのか、どんどん暗くなっていった。


「え、ここはどこだ?」


 忠繁は何が起きているのか全く理解ができず、暗がりの中を歩み始めたが、すぐさま何かに躓き転んでしまった。手に付いた泥を払いながら起き上がろうとすると、木々の先に明かりが見えるのがわかった。忠繁は鞄に取りつけてある百円ショップで購入したライトを点けた。ライトと言っても、夜に帰宅した際、鍵穴がわかるようにと手元だけ照らせるように買った超小型のライトだ。足元を照らしても頼りないくらいの照度だった。どうやら近くにある大木の根に足を引っかけてしまったらしい。


「まぁ、ないよりはマシか。」


 混乱と不安な気持ちを打ち消したくて、あえて口に出して呟いた。その無いよりマシの明かりを頼りに、ゆっくりと前に向かって歩いていくと、次第に人の声が聞こえてきた。初めのうちは、風に紛れて何を話しているのかわからなかったが、近付くにつれて、その言葉がわかってきた。


「・・・ではございませぬ!」

「黙れ! そのような・・・たわ言を申すな!!」

「決して、決して・・・ございませぬ!!」


 聞こえてくる言葉は、なんだかずいぶん古臭い言葉遣いに聞こえた。時代劇ドラマで聞くような、昔の言葉遣い。忠繁はドラマの撮影でもしているのかと再び足を進めた。撮影だろうが何だろうが、人に会えばここがどこかわかり、どこかわかれば帰りようがあるというものだ。


 なんとか状況を理解しようと、草木をかき分け声のした方に歩みを進めると、もう少しで明かりのもとに出ようというところで、いきなり何者かに引っ張られ、茂みの中に倒れ込んだ。


「声を立てるな!」


 耳元で、小さいが有無を言わさぬ力強い男の声が聞こえた。その時、


「誰かおるのか?」


 明かりのあった方角から、明らかにこちらへ向かって話しかけたであろう声が聞こえた。忠繁はとっさにライトを消した。


「どうした?」

「はっ、向こうの茂みでガサガサ音がしましたので、何者か潜んでいるのではないかと。」

「かような夜更けじゃ。獣でも動いているのであろう。」

「確認いたしまするか?」

「・・・いや。ここへ誰も近付けさせなければそれでよい。ただし、近付く者や、ここを見た者がおれば斬れ。」

「ははっ。」


 『斬る』という言葉に、忠繁は背筋が寒くなった。その一言にしっかりと殺意が込められているのが聞いて取れたからだ。忠繁は本能的に危険を感じ、息をひそめて茂みに隠れた。ここはどこなのか、自分を抑えている男は誰なのか、自分の身に何が起きているのか何一つわからない不安と、相反して、取り乱さない冷静な自分がいることに忠繁は不思議な感覚を覚えた。


 忠繁は身の安全を守るために、息を殺して状況が動くのを待つことにした。しかし、これが自分の身に降り注いだ大きな転機であることに、忠繁自身はまだ気が付いていなかった。


続く

ここまでお読みいただきありがとうございます。

作者の水野忠でございます。


戦国時代、とりわけ信長が好きで、二〇年以上前に本能寺の変に関する小説を書きました。

その時は、三人の少年たちが信長の周りでひと悶着するという内容でした。


今回は本格的な時代小説を書かせていただいております。

全八章の構成です。


最後までお付き合いいただけたら最高に幸せです。

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― 新着の感想 ―
確認という言葉は近代の言葉でしょう。戦国期にはありません。
[気になる点] 柴田が筆頭家老ってなってるけど、織田家筆頭家老はこの頃は林佐渡守秀貞じゃなかったかな? [一言] 頑張って下さい
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