30話 拳のち姫抱っこ(前半サリュークレ視点)
しかし、拳を突き上げながら話す内容ではないとは思う。
なのに一向に攻勢を緩める気はないようだった。
「側にいてくれる?」
「え?」
「私の精霊でいてくれる?」
この女性は本当にとんでもないことを言ってくる時がある。今がまさにそう。
それは私の願い。一度叶って、自ら手放そうとしたもの。
「……」
応えられない。
聖女ピランセスの死を超えて自身の願いを叶える事に抵抗を覚え言葉を止めた。
じっと見つめられる。探られているのが分かった。
「そんなに死にたい?」
「それは」
「勝手に死刑求刑は認めないよ」
「しかし」
「私の手を取ったってことは、生きたいって思ったんじゃないの?」
痛いところを突かれた。
ぐうの音も出ない。
意識がほぼ朦朧として、最期と思っていたあの時、確かに彼女に触れたいと思ってしまった。
それは死にたい思いとは離れている。
「……いい、ので、しょうか」
「んー、そんなに悩むならさ」
私が罰してあげる、と笑った。
言葉の意味を測りかねる。
「生かさず殺さず、いいように利用し尽くす」
「なんですか、それは」
「御先祖様が使用人にしてたね。労働という名の地獄イコール罰だよ!」
「…………」
本当に面白い事を言う。
予測の出来ない考えと言動。
そうだった、破天荒とも言えるその強さにどうしようもなく惹かれたのだった。
それは今も変わらない。
「というよりもね、サリュが私の手をとった時点で手放す気ないんだよねー」
「貴方という人は……」
そう言いつつも私が強く拒絶しようものなら、好きにさせてくれるだろう。
勿論、先程の発言も本音だろうが。
結局のところ、私の想像を超えた度量をこの聖女は持っている。
そういった点では、彼女は聖女らしい聖女なのかもしれない。
「……いいでしょう」
「うむ」
と、ここにきて急に動きが変わった。
くるりと身体が反転して、そのまま背中から地面に落ちる。
これもまた見たことのない動きだった。
「柔術は有効なんだね」
「……」
「じゃあ、今日からもよろしくー」
心底嬉しそうに笑い、目を細める。
そうして当たり前のように手を差しのべるのだから困ったものだ。
「はい」
手をとる。
何度触れても心地の良い温かさを持っていた。
「エクラ」
誰にも聞かれないぐらい小さく彼女の名を呼んで立ち上がる。
勿論彼女が応えることはない。
私はまたしても甘やかされた。
けれどこれは好機でもある。
彼女に返すものを見出す時間を得られたと、そう考える事も出来るはずだ。
* * *
名前を呼ばれたけど、特段応えなかった。
にしても全く歯が立たなかった手合わせでやっと一つ通った。
もしかしたら、この国の格闘技はいけるのでは。次は何を試そうかな。
「じゃ、後は自由にしていいよ」
「はい」
なかなか骨が折れたな。
部屋で昼寝でもしよう。
「おっと」
うっかりふらついてしまって身体を傾けたら、サリュが私の腕を掴んで防いでくれた。
「ありが、と」
うっわ、すごい不機嫌。眉間の皺すごいんだけど。
「無理を」
「いや、ちょっとくらっとしただけだよ」
「……」
大丈夫と言いながら、離してもらおうと腕を引いてもびくともしない。
困った。私に負かされたのが不服だとか?
まあ聖女に格闘技で負けるとかそうないよね。
「離し」
「嫌です」
食い気味にお断りされたよ。
痛いという程強く掴んではいないものの、そう簡単に逃れられる強さではない。
なんなの。
「サ、リュ、うおっと」
「……」
不機嫌を呈したまま、サリュは素早く私の膝裏に腕をかけ、もう片方を背に回して、そのまま引き上げた。
おおおおっと、これって御先祖様、そういうことですよね?!
「おお……」
「わざわざ手合わせをする必要はなかったのでは」
「あれはノリだよ、ノリ」
盛大な溜息を吐かれた。
いやでもね? この状況は中々すごいことだよ?
お姫様抱っこだよ?
御先祖様一押しの癒し要素の一つ。
御先祖様の旦那さんもしてたけど、いや本当近いし、思ったよりも安定しないね。
「サリュ」
「黙っていなさい」
うおおん、口調が厳しい。
これは余程おかんむりのよう。
何がそこまで不服なのか。
私の精霊としてここにいてくれることを了承してくれたのに。
あの肯定の返事は真実だと思う。瞳の在り方がそうだと思えた。
生きたいと思うのも、たぶん当たりのはず。
そしたら、どこに怒る要素あったの?
「んん?」
「貴方は本当、ここぞという時に限って筋違いの事を考えますね」
「え、分かるの?」
千里眼持ちなの。大聖女様の特権だよ、その能力。
「いいえ、結構」
ひどくゆっくりした動作で庭を越えて縁側を通る。
姫抱っこの移動にだいぶ気を遣われてるようだった。
「……ん」
近すぎる故の結果だろうか。
サリュの心音が良く聞こえた。
ひどくゆっくりした動作の中、内側の音はとても速く奏でている。
あれ、これって御先祖様の言う胸の鼓動鳴り止まないのを確かめている系?
「まじか……」
「主?」
「やっぱり病み上がりが過ぎた?」
「はい?」
「鼓動が速い」
「!」
びくっと身体が鳴るのと同時、私室に到着し、開いている戸の奥に静かに下ろされた。
足をきちんとついて、私がふらついてないのを確かめるよう、その手が肩を撫でた。
「失礼します」
「あ、うん」
目も合わせずに去っていったよ。
やっぱりサリュは分からないとこがまだあるな。
「エクラ」
「オーライ、シュリ」
振り向けば、笑いをこらえるシュリがいた。
なんだ、そんな面白い事はしていないぞ。
「なに笑ってるの」
「いや、サリュ面白いなーって?」
「そう?」
さすがにシュリと姫抱っこの良さについては語れないか。
何故か笑いの方向にいってしまったし。
癒しと尊さで語れるのは御先祖様だけなんだろうな。
「結構正直だよねー。てか、あの様子じゃ大丈夫だったんでしょ?」
「うん」
駄目な時はまた殴り合えばいい。
もっとも、もう自殺志願でギリギリを攻める事もないと思うけど。
「じゃ、きちんと休んでね」
「はーい」
まあ確かに直近無理をした事は事実だ。
喜んで昼寝に勤しむとしよう。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




