25話 ずっと、好きなのでしょうね(後半サリュークレ視点)
「主人」
メゾンの大きな攻撃の隙間を見て、ヴァンが傍に降り立つ。
同時、結界内に火を放たれた。
今日の魔はちゃっかりしてるな。あの火の勢いを鑑みるに、すぐに屋敷まで到達してしまう。
メゾンの活躍こそあれど、さすがにここまで押されるときついか。
「オンブルさんには報を入れてあります」
「ありがと。他聖女が到達するまでに時間がかかるでしょ?」
「はい。この結界を囲ってかなりの数がいます。既に二人の聖女が来ていますが、外側からこの結界に到達するにも時間がかかります。結界内からの転移は大聖女であれば可能、手配をしていますが、こちらの損傷の速さを考えると、オンブルさんは間に合いそうにないと」
「……分かった」
このままだとジリ貧だ。
削られるだけ削って、最後にやられる確率が高い。
でも、火を放たれたのは逆に決断するいいきっかけになったかな。
「うん、ここを捨てる」
「主人」
「転移をするから、皆集まってもらおう」
「僕は、」
「勿論メゾンもだからね」
家の精霊は家ありき、なければ極端に力が失われ、最悪消滅の危険もある。
けど連れていく。私がいればメゾンは力が小さくとも存在し続けられるはずだから。
「あと、この家の一部を仮で持ってけばなんとかなるでしょ」
「けど、」
「黙って。この戦場に誰一人として残していかない。絶対皆一緒だから」
有無を言わせないとばかりに捲し立てれば、肩透かしをくらったような顔をして、その後面白かったのか笑いだした。
「はは、すごいな。さすが僕の選んだ聖女だ」
「周りに自慢しちゃえばいいと思うよ」
転移先でさっさと新しい家を用意すれば問題ないだろうし、その点で言うならオンブルが動いているはずだ。
聖女を失うのは惜しいはず。となれば、出来得る最善のフォローをあっちはしてくる。
けど保険をかけておくにこしたことはない。
「よし、じゃ家の一部をっと」
メゾンの生命線として持っていくと決めたのはサンルームの柱。軽く抉ってもぎ取ればメゾンが顔を引き攣らせた。
「今がいくら非常事態でも、もう少し大事にしてほしいな?」
「ごめん」
うっかりしてた。それもそう、まだ屋敷は現役なわけだし。
謝罪の後、私の力の供給がメゾンにしやすくする為の繋がりを、それを元に行う。
「うん、繋がったから大丈夫」
「よし」
皆集まるよう声を張れば、すぐに私の周りに揃う。
怪我はないけど消耗は激しい。
やっぱり離脱が正解のようだ。
「ここを離れることにしたよ」
「どうやって?」
迫り来る魔をメゾンの変形ロボで防いでもらいながら、説明を早める。
「転移の魔法で」
「エクラ、この人数出来るの?」
「やるしかない」
十人規模の転移なんてしたことない。
私含めて二人までなら確実だけど、それ以上はどうなるか。
でも今はそれしか選択肢がなかった。
転移の魔法陣を足元に出現させる。
「じゃ、光ってるとこから内側入って」
大地に光る魔法陣の中にいるものを同じ場所同じ時間に転移させる。
ほぼ全員が私の視界の範囲にいて、皆を見て回れば、黙って頷いてくれた。
「シュリ、サリュ、もうちょっと寄って」
「はいはーい」
「……」
左斜め後ろシュリと真後ろのサリュに声をかけてこちらにより来てもらう。
あとは集中するしかない。全員を運ぶ。ひとまずどこでもいい、纏まってここから離脱できれば。
「エクラ」
「ん? 何?」
魔法陣の光が増して、あと少しで掴めそうな所に、本当に小さく声をかけられた。
後ろに控えていたサリュだった。
「……」
「ん? どうしたの?」
「主から頂き物があるとは思ってもなく」
「え? う、うん」
え? 今その話なの?
どうして? 戦いすぎておかしくなった?
「大事に、します」
あ、うん、素直にそう言ってもらえると嬉しいんだけど、ちょっと本当に今?
視界の上部で大量の魔を凪ぎ払っているメゾンの屋敷ロボの轟音の中、聞こえるか聞こえないかぐらいの音で話してくるなんて。
さらに背後で、言えて良かった、と安堵の息を吐くのを感じられた。
この子、今ここでデレるわけ? 待って、ちょっと時間とタイミングが本当おしい。
「……ありがとう、ございます」
「え?」
振り向けなかった。
ちょうどその時、転移の魔法がかっちり嵌まったから。
光の中で身体が持っていかれる感覚に眼を瞑った。
* * *
転移の魔法の光が一際輝いたと同時に、二歩後ろに下がった。
そうすれば光の輪から外に出られる。
「……」
光が消え、一瞬静寂が訪れる。
目の前から消えた人々に少しだけ寂寞感を覚えた。
でもこれは、私が勝手に決めた事。
「さようなら」
知られたら、きっと怒られるだろう。
そういう人だ。大事なものを決して見捨てる事はない。
そして私のこの無謀ともとれる自殺行為、決して許されるものでない事は重々承知の上。
「さて」
燃える火の音と、徐々にざわつきを取り戻していく奴らを一瞥して、停止した巨大な剣の上に飛び立った。
結界に沿って増え続ける魔。
「……」
もしかしたらシュリエあたりは気づいているかもしれない。
けれど、ここはすぐに大聖女の力によって封じられるだろう。
そうなると魔も私も、すぐにここから出る事は出来ない。
殲滅用で駆り出された聖女がこの中に到達するまでには最低でも二日はかかるはずだ。
「久しぶりに全力を出せますね」
形見である金の剣を構える。
視界の端に青い石がちらついて、片手でそれを掬った。
いつだって真っ直ぐ見据えてくる空と同じ色の瞳。
シュリエに問われた言葉を、よりによって今思い出してしまった。
エクラが好きなのかと。
あの時は、聖女と精霊として好意があると応えた。
それは事実であり、事実ではない。
「……そうですね、たぶんずっと」
そう、それこそ見習いとしてやって来た時から。
「ずっと、好きなのでしょうね」
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