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2話 精霊にはチートがいるっぽい

「……」

「うっわ、ひど」


 視界が一瞬白くなった後に辿り着いた師匠の拠点は瘴気しょうきに満ちていた。

 瘴気とは魔なるものたちが持っている良くないもの、端的に言えば毒だ。

 生きるものははたちまち原因不明の病に伏すし、争いも増え、そして木々は枯れていく。

 だからそれを防ぐ為に私達は魔なるものを消滅する使命を持っている。

 うん、どこの中二だろう。御先祖様に伝えたい内容。


「エクラ、結界が」


 結界がほとんどなくなっている。

 だからこそ私達の侵入を許したのかもしれないけど、事態はより深刻だということ。

 師匠の身が危ない。

 翡翠を握る手に力が入った。


「エクラ!」


 呼ばれたところで止まらない、走り出した私を追いかけるシュリ。

 ピランセス師匠は聖女の中でも熟練者で多くの精霊と共にいた。その分この拠点も造りが大きい。屋敷と言うよりはもう城のレベルだ。

 石を基調として、ドーム型の天井に円形と角ばった形が融合した構造。

 見習い期間に師匠が、自分はどこかの古い物語のお姫様だった、と言っていたのはあながち嘘ではないし、笑い話でもない。というかそれ、アニメにも実写映画にもなってるやつ。あ、絵本でもあるっけ? さすがにそのことは師匠にツッコめなかったけど。

 さておき、歴史建造物ばりの師匠のお屋敷を走り進むと、中庭にかかる通路で凄惨なものが見えてきた。


「うっわ、なにこれ」


 師匠のとこの精霊がことごとく倒れている。

 血を流している者もいるのを見ると斬られたか撃たれたか。血が流れていない者も含めて誰一人、ぴくりとも動かない。


「ひどい……」


 精霊も私達人のように傷つけば血を流す。傷つきすぎれば死ぬ。

 この場合の死は消失や消滅といった概念になるのだけど、結局のところ大元の自然に還っていくだけと教わっている。だから、とても苦しく痛い思いはしたかもしれないけど、彼彼女達はまた精霊として形を成す事が出来るかもしれない。瘴気にさえ飲まれなければ。


「師匠は」

「エクラ、待って!」


 師匠の部屋はこの通路を超えた先にある。

 見習い期間にこの城の構造は把握した。今だってどこに何があるか分かる。


「!」


 師匠の部屋の扉は開いていて、室内には嫌な匂いが充満していた。


「エクラ、危ないから離れないで」


 シュリが追い付く。

 私は一瞬動きが止まり、シュリがもう一度私を呼んで、そこではっとして、やっと動けた。


「師匠!」


 師匠が大理石の床に倒れ、その周囲は血の海だった。


「師匠!」


 水音を弾かせながら、倒れる師匠の元へ膝を折る。怖くて手が震え触れる事が出来ない中で、ぴくりと師匠の肩が動いた。

 生きてる。

 よかった、生きてる。


「師匠?!」


 顔をこちらに向けた師匠は目が虚ろで呼吸も浅かった。


「エクラ、ね」

「師匠、今助けます! 喋らないで」

「いいえ」


 震える手が上がって私の手の甲に触れた。

 想像以上に冷たく、その感触にぞっと背筋が凍る。


「エクラ!」

「!」


 切迫したシュリの声に振り向けば、彼は私と師匠を背にして何かと対峙している。

 少し腰を落として戦う姿勢をとっているということは、彼が敵と認識した魔がいるというの。


「シュリ」


 小柄な彼の背中越しから見えた人物に息を飲む。

 嘘だと思いたかった。


「……サリュークレ」


 見習いでここにいた時、私の世話係として丁寧に教えをくれた水の精霊。


「おや、御客人ですか」


 声は以前と変わらず、落ち着いた優しい声音。

 なのに溢れる瘴気に気持ち悪くなる。

 目の前の水の精霊からあふれ出ている瘴気。

 いけない、このままだとそちら側にいってしまう。


「エクラ、時間稼ぐから」

「シュリ、待って」


 私の制止も聞かず駆けだしたシュリは扉前にいたサリュークレを押しだしてそのまま中庭に飛んで行った。

 精霊たちの戦いは私達の想像を超える。力も速さも。

 一瞬で二人が消えてしまった。どうしようかと中途半端に上がった手が下がる。


「エクラ」

「! 師匠!」


 聖女ってチートではないけれど、割となんでも出来たりはする。

 治癒の力も勿論その一つ。私は聖女として治癒の力は使えるには使える。けど、多少使えたとしても限度がある。

 今の師匠の状態では気休めにしかならない。けど今はやるしかなかった。やらないで後悔したくない。


「治癒を」

「もう……いい、わ」

「師匠?」


 たどたどしい口調で、息も浅く、師匠は小さく語った。

 私がいけなかったと。あの子にひどいことをしたと。独りにして追い詰めてしまったと。

 だからお願いがあると。


「あの子を、サリュを、助けて、あげて」

「師匠」

「お願い、ね」


 また震える手をこちらに伸ばす。

 両手で包み返す。

 そこに握りしめていた翡翠が師匠の手に当たり、そこで師匠はああと納得した様子で頷いた。


「これ、が、あった、から、来れた、の」

「師匠頑張って下さい! まだ!」


 治癒が続く中、最期に微笑んで師匠は静かに瞳を閉じた。

 私の両手から力なく冷たい手が血の海に落ちてぱしゃりと音を立てた。


「師匠?」


 同時、背後で爆発音ともとれる大きな音と瓦礫と共に何かが部屋に飛び込んできた。私の真横を通ったのがわかって粉塵が舞う中、師匠を庇う。


「ちょ、なに?!」


 粉塵が消えて見えたのは、壁に打ち付けられたシュリの姿。

 瓦礫は扉と壁を抉った残骸だ。


「くっそ、マジ強え」

「シュリ!」


 口から血で滲んだものを吐き捨てて口元を拭う。

 かつんと大理石を進む足音が聞こえて振り返ると、サリュークレがゆっくり部屋に足を進めてくるところだった。

 精霊にはチートがいるっぽい。

 なんて今の状況だと不謹慎ね。

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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