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8話 デート編前編

  01



 人の顔にモザイクがかかる俺にとって、大規模な商業施設は地獄でしかない。無数の黒塗り人間が前へ後ろへ右へと歩いていく姿を見ているだけで吐き気がしてくる。

 でも今はそういうことは言ってられない。俺は自分のマイナス面を隠して冬雪を楽しませることを考えなければ……!



 俺と冬雪は映画が始まるまでカフェで休憩することにしたが、日常的な会話というものをあまりしてこなかったせいか顔を合わせているのにお互い口を閉じたままだった。

 学園では「秋月美颯」を演じていたから話せていたけど、今はオフに近い。オフの「秋月美颯」はどういう話題をすればいいのかわからない。



 「……柊木くんって恋愛映画とかよく観るんですか?」



 俺が「秋月美颯」のオフ時のキャラクターを考えていると、冬雪が目を伏せながら話題を提供し始めた。これまでの経験から俺は映画を観る際はなるべく人がいないものを選んでいる。

 だから今回はカップル向けに作られた純愛映画を観ようと決めたが……冬雪は何故か顔を赤くしていた。



 「面白そうだなと思ったやつは観るようにはしてるかな。今回のは……」



 途中で言いかけて俺は気づいた、俺と冬雪はそういう関係ではないのに恋愛映画を観るのはおかしい。つい、いつものように人がいない映画を選んでしまった、これは勘違いされても仕方がない。



 「いや、その、別に内容が面白いってレビューで観たからさ別に変な意味は無いよ」




 「大丈夫です、分かってますから。私も原作になった漫画を読んでいたことがあったのでもしかしたら柊木くんもって思っただけです」




 冬雪は分かりきった顔をしながら、俺も読んだことのある漫画を話に出した。

 「緋色の月」という漫画では主人公の女の子が意地悪な兄妹にいじめらながらも、諦めずに自身の夢を掴もうと藻掻く恋愛物だ。

 意地っ張りな王子様と束縛気味の執事が主人公を取り合う三角関係は男でも見ていてハラハラする。まさか冬雪も俺と同じ漫画を読んでいるとは思わなかった。

 てっきり漫画なんか見た事も無いと勝手に思ってたけど、そんなことは無かったな。人は見かけによらない、その言葉は真実味があったようで俺と好きな漫画について話す冬雪の顔は学園では見たことがないぐらい表情が緩んでいた。



 映画館に入り、係の人にチケットを渡して八番と書かれたシアターに入る。一般受けしにくい漫画の実写化だから人がいないだろうと思っていたが、SNSで高評価を得たのか人で溢れかえっていた。真っ黒なモヤがシアター全体にかかっており、俺は目を逸らす。冬雪がいる以上我慢するしかない、弱味なんてもっと見せたらダメだ。



 深呼吸をして呼吸を整え、いざ映画本編を観ようと心を切り替えたら冬雪が袖を引っ張った。



 「……もっと自分の心に素直になるべきだよ」





 ヒロインの紅月理沙と同じ言葉を冬雪は俺の頭に響かせた。

 もっと素直にか……





  02





 映画を見終わったあと、俺は……考えていた。俺は人の顔にモザイクがかかる異常者なんだと冬雪に言うべきなのか。

 ヒロインの紅月が家庭問題に悩む意地っ張りな王子様に放ったあのセリフは彼を変えることになった言葉としてファンの心に残っている。王子はヒロインの励ましで自力で王になることを父親に話し、継承権を譲ってもらえるぐらいにまで成長をすることが出来たんだ。

 でもこれは現実だ、言ったところで信じてもらえるか不安になってくる。異常者を見る目は二度と体験はしたくない。



 冬雪はやさぐれてヤンキーになった俺のあだ名を頼りに不良高校にまで乗り込んできた。どこの馬の骨かわからない俺にアイツは頭を下げた、その行動をするまで人は時間をかけると言われているのに冬雪はそれを一切見せなかった。

 そんな一生懸命な冬雪に嫌われたくない。好きな映画を見終わったことで冬雪はとても気分を良くしていた。誰が見ても顔の表情が緩みきっているのが丸わかりだ、本当に緋色の月が好きなんだなとわかる。

 「緋色の月」がお互い好きだからこそ、冬雪は俺にヒロインの言葉を上映前に投げかけてきた。俺は……誰かに助けてもらいたいんだ、余計なプライドが邪魔をして素直な気持ちになれなかったんだ。意を決して冬雪に自分の気持ちを話す。





 「……実は俺さ、幼いころの事故で人の顔にモザイクがかかるようになってからずっと誰かに助けてもらいたかったんだ、でもプライドが邪魔をして言えなかった」



 冬雪は怒ることも、蔑むこともなく安心したような顔つきで俺の目を真っ直ぐと見つめる。彼女の純真で真っ直ぐな目を見ていると、気持ちが少し安らぐような気がする。まだ会って間もないはずなのに、冬雪は俺を信用しようとしてくれている。その気持ちに俺は答えなくてはいけない、それが主人に仕えるメイドの役目だから。



 「言いづらいことを言ってくれてありがとうございます。……やっと今の柊木くんを知れて凄く嬉しいです」



 冬雪から見た俺は余程無理をしているように見えたのだろう。

 メイド兼ボディガードになってからずっと隠してきたのに彼女は一切それを責めずに受け入れてくれた。学校で俺に素っ気なかったのは俺が素直に悩みを話さなかったからだったのかと今更納得してしまった自分が情けない。

 俺は自分を普通の人として扱ってくれる人が好きだからこそ、これから冬雪を守っていかないといけない。自分を信じてくれる人は大事するべきだ。





 「うぇーい、そこのお嬢さん二人!」



 声がした方向を振り向くと、金髪でつり目の男とスキンヘッドの小柄な奴が俺たちに手を振っていた。ソイツらの後ろには似たような見た目の男たちが数人控えており、それを見ていた通行人たちは一斉に視線を逸らし始めていた。誰も助けてくれないのは当然か。



 「まさか姉御が言っていたドラゴンテイルの片割れがいるとは思わなかったわ、しかも美人とはなぁ〜」



 「百聞は一見にしかずってのはあながち嘘じゃないな」



 俺は冬雪を自分の後ろに隠れさせ、周囲の状況を見渡す。ラグーザの前には飲食店が立ち並び、後方には子供たちに人気なキャラクターの着ぐるみが子供に風船を配っているのが見える。多人数対一じゃ分が悪すぎる、どうにかして隙をついて逃げるしかない。



 「なぁ、姉ちゃんよ俺たちといっしょに来てくれない? そこのお嬢さんさえいれば悪いようにはしないからさ」



 臭い息を放ちながら、気安く俺の肩に触ってくる金髪に俺は限界を迎えていた。そろそろ逃げないと、まずい状況になりそうだ。

 怒りを我慢していると、スキンヘッドが言ってはいけないことを吐き出した。



 「君の後ろに隠れてる西ノ宮次女、よく見たら可愛いな! 触らせてよぉえ!?」




 スキンヘッドの手が冬雪の体に触れそうになった瞬間、俺は相手の玉に蹴りを入れた。



 「俺から離れるなよ、冬雪!」




 「う、うん……」




 昔の俺だったらどんなに人数が多くても平気で立ち向かっていたけど、今の俺には守るべき人がいる。もう二度と誰も異常者の俺のせいで傷つかせたくはない。人混みにまみれながら逃げているのに、金髪たちは諦めずに俺たちを追いかけている。ある意味関心するけど、なにをしたらそこまで夢中になれるんだろう。俺の本当の名前を知っているみたいだけど。




 「さっき、姉御って言ってたけど心当たりあるか?」




 「……恐らく長女の莉奈のことだと思います。姉は自分の野望のためならどんなことでもする人なので」




 なるほど、長女ときたか。まさか本当に当主の座をかけて殺しに来るとは思いもしなかった。



 「このまま逃げ切れると、思うか?」



 走り続けているせいで俺と冬雪の体力は限界を迎えようとしていた。そろそろ決着をつけないと。



 「無理ですね……私に構わず柊木くんは逃げてください。どうせ狙いは私ですから」




 「女の子一人置いて逃げるわけないだろ、そんなこと言うな」



 そうは言っても相手は大人数だ。いつも俺の隣にはアキがいた、でも今は一人だから一人で戦うやり方を考えないと。このまま行けば行き止まりだ、どうする……




 「桜! こっちだ!」




 聞き慣れた声は高架下から聞こえた。勢いよく走っていくとそこにいたのは紛れもない錦戸アキだった。何故、燕尾服を着ていたのか気になったが今はそれどころじゃない。



 「冬雪さんはここの柱に隠れてて」




 「は、はい!」



 冬雪は今の状況を理解していないのか、すんなりと奥の柱に身を隠くす。



 「どうしてお前がここにいるんだよ」



 「たまたま買い物してたらお前を見かけたんだよ。まさか本当に女装してるとはな、ふふっ」




 「殴りたいけど今はそれどころじゃない。……手を貸してくれるか」




 「ああ、いいぜ。丁度誰かぶっ潰したい気分だったんだ」



 やっぱり親友という存在は素晴らしい。考えも似るとは思わなかった。ぞろぞろと俺たちの前に現れた金髪集団は多人数なのを良いことに近くにおいてあった鉄パイプを手に持ち始めた。

 今の俺は自分の憂さ晴らしために戦うんじゃない、主人である冬雪を守るためにアイツらを潰す。



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