6話+1「トラブル発生」
01
「ねぇ、秋月さんたちは七不思議に興味無い?」
休み時間、冬雪と共に図書館で勉強をしていると一人の生徒が近づいてきた。俺を知っているってことは同じクラスメイトか? 顔にモザイクがかかってる以上、名前がわからないことに変わりはない。冬雪は俺の様子におかしいことに気づいたのか、じっと見つめていた。
「う、うん。興味あるけど」
「本当? なら良かった。実はね、この学園に幽霊が出るらしいんだよ」
クラスメイトの女の子は声色を高めにしながら、俺や冬雪にこの学園の七不思議について喋り始めた。
彼女が話す朱智学園七不思議はよくある怪談話で、正直飽き飽きしていたが冬雪が真剣に話を聞いている姿を見て俺は少し驚く。意外とオカルト好きなんだな。
「西ノ宮さんも秋月さんも早く寮に帰らないと幽霊に襲われちゃうからね〜」
何だかよく分からないが、クラスメイトの女の子は俺や冬雪に忠告しに来ただけなのか? 人に話をしたことで気分が良くなったのか、スキップをしながら図書館を出ていった。
「……ところで柊木くん、さっきいた彼女の名前はわかりますか?」
一呼吸整え、勉強を始めようとテキストを開こうとすると何故か冬雪はそれを手で止めてきた。雪のように真っ白な細い手は俺の太い手を優しく握っていた、いきなりのことで咄嗟に目を逸らすと冬雪はさっきと同じように澄んだ瞳で俺の顔を覗いてくる。
「よ、吉田さん?」
「違います。彼女はクラス委員長の星川さんです、オカルト好きで有名な方なんですよ」
「あー、なるほどな。他の人と勘違いしていたみたいだ」
勘違いをしていたと言っても、俺はこの朱智学園には知り合いなんて誰もいない。自分から墓穴を掘ってしまった。
「もしかして……柊木くん、人の顔が覚えられないんじゃないですか?」
「ま、まさかそんなアホなことはしない。たまたま間違えただけだ」
「それならいいですけど……あともうちょっと女言葉を使ってもらわないと変な噂立っちゃいますよ」
危うく嘘がバレるところだった。男言葉を強く使ったおかげで、疑惑を逸らすことができた。
「忘れ物をしたら殺しに来る怪物か……」
星川さんが言っていた七不思議の一つ、誰もいない校舎に忘れ物を取りに行った生徒が図体の大きい怪物に連れていかれるというのは明らかに嘘くさい気はする。どう考えても警備員の人が不法侵入した生徒を引き戻しに来ただけだろう。
「そんな子供みたいな話誰が信じるんですかね、近頃周りの女の子たちはその話で持ち切りですけど」
冬雪は頬を風船のように膨らませて、睨みつけていた。星川さんは冬雪の目を一切見ずに俺の目しか見ていなかったせいで、冬雪はずっと退屈だったようだ。……案外女の子らしいところがあるんだな
私立朱智学園の中で冬雪は二学年の中でトップの成績を残している。途中から転入し、勉強をサボってきた俺に勉強を教えるために冬雪は放課後に図書館へ誰よりも早く来ている。そんな冬雪のためにも中間試験はトップの成績を出さないと。
02
「……学校に大事な物を置いてきてしまったんですがどうしたらいいですかね」
夜、自分の時間を満喫しようとしたところ、突然インターホンが鳴った。画面越しに見ると、制服姿の冬雪が立ち尽くしていた。
「大事な物って……この学校に泥棒が来る訳じゃないんだから明日取りに行ってもいいんじゃないか」
「それだけはダメなんです! あれがないと私、夜も寝れなくて……」
大人しい冬雪が取り乱すなんて、余程大事な物なんだろう。メイド兼ボディーガードの俺は主人の要求は断れない、だから俺は快く承諾した。冬雪の悲しい顔を見ると心が痛むからだ。
私立朱智学園では最終下校時刻を過ぎると、問答無用で昇降口の扉は締まる。だが、中には先生たちが翌日の授業の準備をしているから教師用の玄関は開けっ放しだ。俺と冬雪は周囲の様子を見ながら、校舎へと侵入した。
「職員室と事務員室以外はやっぱり暗いな」
スマートフォンの明かりを頼りに俺たちは自分たちのクラスへ向かう。冬雪の大事な物っていったいどういうものなんだろう、それがないと夜も眠れないとなるとぬいぐるみとかか?
「ひ、柊木くん? ちゃんと傍にいますか?」
冬雪は怖がっているのか、俺の服の袖を掴みながら、キョロキョロと周囲を見渡していた。
「今どき幽霊なんかいるわけないだろ、ほら行くぞ」
怖がっている冬雪を連れて、俺は自分たちの教室に戻ってきた。夜の教室は昼間の教室と違って、どことなく神秘的な雰囲気を感じられた。
「……ありました」
冬雪の方へ向かうと、雪のように真っ白な色をした指輪が机に置いてあった。
「指輪?」
「昔、幼いころに大好きだった人に誕生日プレゼントとしてもらったんです」
指輪を見つめる冬雪は夜だからか、少し表情が暗いように見えた。
「大事な指輪、忘れんなよ」
冬雪に声をかけた途端、廊下から発光体が歩いてくるのがわかった。俺は咄嗟のことで、焦ってしまったのか足を滑らせた。
俺滑らせた反動で、冬雪を押し倒していた。唇と唇がくっつくまであと一歩というところで、俺は何とか止めることができていた。
「ご、ごめん!」
「……警備の方が行くまで待ちましょう」
……改めて見ると、冬雪は同年代の女の子たちと比べると容姿がかなり優れていることに気づかされる。理性が消えないように何とか抑えつけているが、冬雪はもし共学に来ていたら男にモテるだろうと確信する。胸も大きくて、足も綺麗で……って何を考えているんだ俺は!
「動揺していないと思っていますよね?」
突然のことで、俺は理解できていなかった。冬雪は何を考えたのか、俺の手を自分の胸の真ん中に置いた。彼女の白くて柔らかな胸から俺と同じように鼓動の早まる音が聴こえてくる。
「私も初めてなんですよ、男の子に押し倒されたの……」
冬雪は俺に優しく微笑みかける。この笑みはどういう意図があるんだろうか?
俺と冬雪は主人とメイドの関係だ、メイドが主人に手を出したらダメだろう……! 俺なんかが普通の人のように恋愛する権利なんかない、だからこれ以上は無理だ。
「悪い、俺は……卑怯なことをしたくない」
警備員が行ったことを確かめ、俺は立ち上がる。まだ心臓の鼓動が早まっているのを隠しながら、俺は冬雪の手を取る。
「わかってますよ、柊木くんが学校で変なことをしないか確かめたかっただけですから」
さぁ、行きましょうと冬雪は俺の手を取って教室を出た。冬雪が大事そうに持っていたあの指輪をどこかで見たような気がする、とても大切な物だと思うけど思い出せない。
「……変わってなくて良かった」
大事な指輪を手にした冬雪は嬉しそうでほっとした。悲しむ顔は冬雪には似合わない。