確認
一方ウルたちの話し合いが終わった頃、恭也とノムキナは街の中にある目的の家へと到着していた。
二人が家に入ると家具こそ最低限しか無かったが、清掃が行き届いた様子の室内を見て恭也は口を開いた。
「ここの掃除はノムキナさんがしてるんですか?」
「いえ、ホムラさんによると週に二回、人に頼んで掃除してもらってるそうです。じゃあ、私はご飯の用意してくるんで待ってて下さい」
「いや、僕も手伝いますよ」
そう言ってノムキナと共に台所に向かおうとした恭也だったが、当のノムキナに止められた。
「恭也さんはあちこち行ってお疲れでしょうから、ゆっくりしていて下さい。それに屋敷にいる間は家事は全部使用人の人たちがやってくれるので、久しぶりに思いっきり料理してみたいですし」
「分かりました。じゃあ、何かあったら呼んで下さい」
そう言って恭也は大人しく居間に向かい、食卓についた。
ノムキナが食事を用意している間、恭也は自分がノムキナに何ができるかを考えていた。
今の恭也はノムキナにソパスの管理を手伝ってもらい、たまに帰ったら食事を用意してもらうという完全にノムキナの善意に甘えている状況だった。
ゼシアと共にノムキナをクノン王国に招待するという話もいつの間にか立ち消えとなり、ノムキナに尽くしてもらってばかりの状況に恭也は申し訳ない気持ちになった。
何か贈り物をと思ったが恭也だったが高価な貴金属はまだノムキナには早い気がするし、かといって強力な魔導具を贈るわけにもいかない。
ノムキナの都合がついたらユーダムのゼシアのところに遊びに行ってもらうという案は悪くない考えに思えたので、実際に折を見て恭也はノムキナに提案しようと思っていた。
しかしこれも恭也は能力を使うだけで、あまりノムキナに何かしたという感じがしなかった。
その後も色々考えた恭也だったが、結局一番足りないのは時間だという結論に至った。
ノムキナのためにも正式にプロポーズする二年後までにディアンの件も含めて全ての問題を片付けよう。
そう恭也が決意を新たにした頃、ノムキナができた料理を運んできた。
恭也も配膳を手伝い料理が食卓に並び、二人は食事を始めた。
「最初にそれ食べてみて下さい。初めて使う調味料使ったので、少し甘くし過ぎたかも知れませんけど」
「いえ、おいしいです」
ノムキナに勧められた料理を数度口に運んだ後、恭也はいつも通り味が分からないまま感想を口にした。
せっかく料理を作ってくれたノムキナには悪いがこればかりはしかたがなく、また現時点でかなりの心配をかけているため恭也はノムキナにこのことを伝えるつもりはなかった。
「……甘過ぎたりしませんか?」
「いえ、ちょうどいいですよ」
「……そうですか」
その後ノムキナも恭也が食べた料理を口に運び、そのまま二人は他の料理にも手を伸ばしながらお互いの近況について話し始めた。
「最近はミーシアさんと話す機会が増えたんですけど、ギルドの方は順調に進んでて今の調子ならティノリスよりも早く支部を増やせるかも知れないそうです」
「へぇ、さすがですね。セザキアの前の王様も言ってましたけど、ミーシアさんは能力と地位がこれまで釣り合ってなかったですからね。ノムキナさんもそうですけど、やっぱり街を任せられる人がいると助かります」
あのホムラに軍・騎士団関係は全て任せているとまで言わせたミーシアを恭也は心の底から尊敬していた。
そんな恭也の発言を聞き、ノムキナは少し考えてから口を開いた。
「ミーシアさんはすごいですけど、でも私は全然です。ギルドでの受付もホムラさんが用意してくれた手引き書に従ってやってるだけですし。私が何か言う度にホムラさん手引き書を直したりしてますから」
「でも人間のことに関しては分からないことが多いから、ノムキナさんの意見は助かってるってホムラも言ってましたよ?僕もこっちの世界のことに関しては言う程詳しくないですし」
実際ノムキナの意見はホムラにとって重宝していた。
持ち前の頭の良さで猫を被っているホムラだったが、それでも大抵の人間を道具と見なしていることに変わりはない。
そのためホムラの計画を聞いたノムキナの反応を見て計画を変えるということがすでに何度かあった。
おそらくホムラの計画がそのまま行われていたら、表立って文句を言う者は出なかっただろうがソパスを始めとする恭也が所有する街で住民たちの不満がくすぶる結果となっていただろう。
しかしこれがノムキナにはホムラに気を遣わせている様に見え、それによりノムキナはホムラに迷惑をかけていると負い目を感じていた。
普段ノムキナが仕事で連絡を取る他国の人間には、各国の貴族だけでなく異世界人の血を引くミーシアやオルルカ教国の光の精霊魔法の使い手、ソルビードも含まれていた。
そう言った面々と自分を比較する日々を送っていたノムキナは、かなりの劣等感にさいなまれていた。
しかしそれを恭也に言っても困らせるだけだと考えたノムキナは、恭也にウォース大陸での出来事を尋ねた。
ノムキナの質問を受けた恭也は戦争を止めたことや悪魔との戦いについて話してもしかたがないと考え、一つ悩んでいたことを相談した。
「実はあっちである戦争を止めたんですけど、その内の片方の国の軍を率いてる人が僕と大して年が違わない女性だったんです」
「そんな人が軍を?」
「はい。水属性の精霊魔法の使い手で精神力もすごい人でした」
恭也から痛みに耐えながら反撃してきたエイカの話を聞き、ノムキナは驚いた様子だった。
「それは確かにすごいですけど、その女性がどうかしたんですか?」
恭也はノムキナと話す際にあまり戦闘については話さない。
そのためノムキナも恭也がエイカの気丈さを話したいわけではないことはすぐに察した。
「実はその人、父親を戦争で亡くしてるらしくて、僕が邪魔しなければ多分そのまま仇を討てたんですよね」
「……それはお気の毒ですけど、でも恭也さん戦争を止めたことを後悔してるわけじゃないですよね?」
「はい。これ僕の話になっちゃいますけど、僕小さい頃、妹を事故で亡くしてるんです」
「えっ……」
恭也から初めて聞かされた話に言葉を失ったノムキナを前に恭也は話を続けた。
「大きくなってからその事故について調べたら、事故自体は特に珍しくもないもので僕が事故について調べた頃には妹をひいた相手はとっくに刑務所を出てました」
「……恭也さんは妹さんを死なせた相手を恨んだんですか?」
恭也の発言を聞いた後、しばらく考えてからノムキナは恭也に当時の気持ちを尋ねた。
「……分かりません。僕が事故について調べたのは事故から十年近く経ってからでしたし、妹が死んだ時も悲しいっていうより怖いが先に来たので」
「人が死ぬのが怖いってことですか?」
「はい。人って寿命が来なくてもこんなに簡単に死ぬんだなと思って、それで怖くなりました。でも僕が当時もっと大きかったら妹を死なせた相手恨んだと思います。だから戦争を止めたこと自体は後悔してませんけど、もう一度あの人にあった時僕何て言えばいいのかなと思って」
「正直に言うと恭也さんがそこまで面倒を見る必要は無いと思いますけど、でも恭也さん、こう言っても聞かないですよね?」
そう言って苦笑するノムキナを見て、恭也も苦笑いを返した。
「はい。仇討ち邪魔した僕が何か言っても怒らせるだけでしょうけど、とりあえずできるだけのことはしてみようと思います」
「はい。人助けに関して恭也さんを止めるのは諦めてますからそれはいいです。でも無理だけはしないで下さいね」
そう言ったノムキナは立ち上がり恭也に近づくと、そのまま恭也を抱きしめた。
「ノ、ノムキナさん?」
突然のことに驚いた恭也は、ノムキナの体の柔らかさを惜しみながらも離れようとした。
しかしそれを感じ取ったノムキナは恭也を抱きしめる力を強めた。
「私が小さい頃、夜怖くて眠れない時に母がこうして抱きしめてくれました。だから少しでも恭也さんが少しでも落ち着ければと思って」
「いや、気持ちは嬉しいですけど、僕何も怖がったりはしてませんよ?戦いに関してはランも仲間になりましたし」
「じゃあ、私が恭也さんを抱きしめたいだけです」
有無を言わさぬノムキナの口調に別に恭也も今の状況が嫌なわけではなかったので、黙ってノムキナに抱きしめられることにした。
その後しばらくノムキナに抱きしめられていた恭也だったが、やがてノムキナは恭也を解放した。
「恭也さんは強いですしウルさんたちもついてます。だから恭也さんが誰かに負ける心配はしてません。でもつらいことがあったらいつでも帰って来て下さい。大したことはできませんけど話ぐらいは聞けますから」
「はい。ありがとうございます」
結局最後までノムキナに押される形となった恭也を残し、ノムキナは空になった食器を台所へと運んだ。
台所まで食器を運んだノムキナは、今日最初に恭也に勧めた料理が盛られていた食器に残っていたタレを指につけてなめとった。
これでもかと酸っぱくしたタレが口に入り、ノムキナは顔をしかめた。
以前恭也があまり睡眠を取れていないとウルやホムラから聞き、ノムキナはそのことについて直接恭也に質問した。
ノムキナに問い詰められた恭也は昼の空いた時間にうたた寝などをしているので大丈夫だと答えたのだが、その際にノムキナはストレスという概念とそれが体に与える影響を知った。
以前からノムキナは恭也と料理の味について話をする時に違和感を覚えていたので、せっかくの機会にと試してみたら案の定だった。
恭也が隠したがっているみたいなのでノムキナから指摘する気は無いが、戦い以外でも恭也が苦しんでいる以上ノムキナとしては何か恭也が喜ぶことがしたかった。
ノムキナとしてはいざとなったら恭也と一線を越えることもやぶさかではないのだが、先程抱き着いた時の恭也の反応を見る限り今のところ恭也にそういった意思は無さそうだった。
恭也がしていることの手伝いだけではなく、ノムキナが一から始めた何かで恭也の精神的な負担を少しでも軽くしてあげたい。
ミーシアやソルダードの様に戦いの力にはなれなくてもノムキナにだって何かできることはあるはずだ。そう考えたノムキナは食器を洗い終えると恭也の待つ居間へと戻った。
その後しばらく談笑した後、恭也とノムキナは屋敷へと帰った。
その日の夜、屋敷の恭也の部屋で恭也はウル、ラン、そして眷属越しのホムラと明日からの予定を話していた。
「とりあえず明日はゾアースに転移して、しばらく街の様子を見てからそのままヘクステラの首都に行こうと思う。場所も分からないからちょっとかかるかも知れないけど」
「水の魔神と異世界人は残りの上級悪魔全部倒してからか?」
ウルの質問を受けた恭也は、少し考えてから口を開いた。
「ちょうどヘクステラがウォースの一番北だから、その南にあるゼキア連邦であいさつを済ませてからタトコナにあいさつしてその後で一目見ておこうかな。もちろん上級悪魔が現れたらそっち優先するけど」
ゼキア連邦は人間たちから迫害された種族が集まって作った国らしいので、おそらく恭也も歓迎はされないだろう。
しかしディアンはそんな事情に配慮はしてくれないだろうし、歓迎どうこうを言い出したらおそらくヘクステラ王国でも恭也は歓迎はされないだろう。
こっちから事を荒立てる気は無いが、だからといって遠慮する気も無かった。
ウォース大陸での大まかな予定が決まると、ホムラは前々から決まっていた案件について恭也に確認をしてきた。
「そろそろダーファ大陸の全ての国で私の加護を与える人間の手配が終わりそうなのですけれど、マスターが次に帰って来た時に行うつもりで動いていますわ。それで構いませんわよね?」
「うん、お願い。できればそれとは別にランの加護も与えたいんだけど、それはウォースが落ち着いてからまた考えようか」
「了解しましたわ。それにしてもあの鳥の様な上級悪魔と同格の相手が後三体、本当に私がいなくて大丈夫ですの?」
保有魔力や合体技の関係で恭也に同行する魔神が一人増減するだけで恭也の戦闘力は大きく変わる。
ホムラは前回戦った鳥型の上級悪魔を決して侮ってはいなかったので、自分が今回もダーファ大陸に残ることに不安を覚えていた。
しかし恭也はすでに優先順位は明確にしていた。
「ダーファと他の大陸どちらかを選ばないといけなくなったら、僕はダーファを優先するつもりだよ。でも死体探しとディアンとかいう異世界人への対処はとりあえずは両立できるしね。もちろんいざとなった転移で逃げるなり、ホムラ呼ぶなりするから安心して。何度も呼ばれてホムラは大変かも知れないけど」
「それは構いませんけれど、本当に気をつけて下さいましね。マスターは不快に思うでしょうけれど、私たちにとってはマスターの身の安全が第一なのですから」
「ありがとう。でも僕が何もしなくても、遅かれ早かれあの人の方からちょっかい出してくるだろうからね。それなら少しでも先手は打っておきたい」
仮に恭也がダーファ大陸にさえ手を出さなければ他の大陸では何をしてもいいとディアンに提案しても、ディアンはそれを受け入れないだろう。
それにそんなことを提案する気は恭也にも無かったので、どんな形になるにしろ恭也はディアンとの決着はつけるつもりだった。
「とりあえずはこんなところかな。実際やってみたら周りのせいでまた計画変更しないといけないと思うし、その辺は臨機応変に対応するってことで。そろそろ寝るよ」
ソパスではウルも自由に行動できるので恭也はウルとランと融合せず、ウルとホムラの眷属はそのまま部屋を去った。
「ん?ラン、どうかしたの?もちろん他にしたいことがあるならいいけど、一緒に寝ないの?」
恭也がベッドに入ったら今までは何も言わなくても飛び込んできたランが今は遠慮がちに恭也に視線を向けていた。
一体どうしたのかと恭也が不思議に思っているとランが口を開いた。
「……ウルがこっちにいる間ごしゅじんさまとノムキナは夜子作りするはずだから二人きりにしないと駄目だって言ってた」
ランの見た目でこの様な発言をされ、恭也は数秒言葉を失った。
「……少なくとも後二年はノムキナさんとそういうことする気無いから、そこまで気を遣わなくていいよ。もしかして昼ついてこなかったのもそれで?」
恭也が言うのも何だが、仲間にして以来恭也にべったりだったランが急に遠慮し出して恭也は不思議に思っていた。
まさかこんな理由だったとは……。
「……ごしゅじんさまの恋人に気を遣うのは当たり前」
現在ウルたちは恭也、恭也の恋人、自分たち魔神という優先順位で行動している。
そのためランも恭也とノムキナが二人で出かけるというのに自分だけついていくわけにいかなかった。
「気を遣ってくれるのは嬉しいけど二人きりになりたかったらこっちから言うから、そこまで気を遣わなくていいよ」
「……分かった。でもウルとホムラはがっかりすると思う」
「何で?」
「……子供が生まれたらどっちが護衛につくかでけんかしてた」
ランのこの発言を聞き、恭也は寝る前にどっと疲れてしまった。
いつもならウルのそういった発言をたしなめているホムラまで同調している辺り、これはデリカシーが無いと言うより価値観の問題なのだろう。
そもそも先程からランは自分が言っていることの意味が分かっているのだろうか。
見た目はともかくランの精神年齢はウルやホムラと同じなのだから余計な心配と分かってはいても、恭也はそう考えずにはいられなかった。
とりあえずこの件についてウルとホムラと話すのは明日にしよう。
そう考えた恭也はランを抱き寄せて眠りについた。