魔神会議
ハデクでの作業を終えた後ノリスに向かい一泊した恭也は、朝一番でノリスを離れてソパスへと向かった。
恭也が帰ることはホムラの眷属を通してすでにノムキナに伝わっていたが、ノムキナにも仕事があるので会うのは昼過ぎになる予定だった。
特に急ぎの用事も無かった恭也は、ノムキナとの約束の時間までランをあやしつつ読書をして過ごした。
その後約束の時間になり、恭也の部屋にノムキナが現れた。
「すいません。思ったより早く帰ってくることになっちゃって」
まさかわずか二泊で帰って来ることになると思っていなかった恭也はばつが悪そうにしていたが、ノムキナはそんな恭也を笑顔で迎えた。
「いえ、ホムラさんから事情は聞いてます。もちろんびっくりはしましたけど、でも恭也さんに会えること自体は嬉しいですから」
その後しばらく視線を交わした恭也とノムキナだったが、この場にはまだウルとランがいたので恭也はとりあえずノムキナにランを紹介した。
「向こうの大陸、ウォース大陸って名付けましたけど、そこで仲間にした土の魔神、ランです」
「初めまして、ノムキナです。これから恭也さんのことよろしくお願いしますね。恭也さん無茶ばかりするので」
「ノムキナさん!」
ノムキナにいきなり思ってもいなかったことを言われ、慌てた恭也の横でランは丁寧にノムキナに頭を下げた。
「……任せて。ごしゅじんさまは私が守る」
ランとしてはりりしく言ったつもりだったのだが、どうしても見た目のせいで微笑ましい宣言になってしまった。
そんなランの頭を撫でながらノムキナは口を開いた。
「じゃあ、食事にしましょうか。今日は外で食べるって使用人の人たちには言ってありますけど、私が作るつもりです。ホムラさんに頼んで屋敷の他に小さな家を用意してもらったので。ウルさんやランちゃんもどうぞ。向こうでの話も聞きたいですし」
そう言って四人で街の中に用意してもらった小さな家に向かおうとしたノムキナだったが、ノムキナの提案をウルが断った。
「おいおい、俺たちもそこまで野暮じゃねぇよ。すぐに帰って来たっていってもそれでも何日も会わなかったんだぜ?二人でゆっくりしてきな」
「……うん。私たちはあっちで一緒にいられるから、こっちではノムキナさんに譲る」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて……。行きましょうか?」
ウルはともかくランがついてくると言わないことに恭也は違和感を覚えたが、せっかくの気遣いを無下にすることもないと考えて何も言わなかった。
ノムキナも別にウルたちを邪魔だと思っていたわけではないが、それでも恭也と二人きりで過ごせるのならそれに越したことはない。
そのまま二人はウルとランを残して屋敷を離れた。
恭也とノムキナを見送ったウルとランは、そのまま屋敷の空き部屋へと向かった。
そこではホムラの眷属が二人を待っており、二人がそれぞれ着席すると眷属越しにホムラが口を開いた。
「こんなに早くマスターが帰って来たことは想定外でしたけれど、それでもいい機会だったのでこの場を設けましたわ。私からはいくつか話したいことがありますけれど、先にお二人から何かあれば聞きますわよ?」
ホムラは恭也のいない間にウルの恭也への言動について指摘しようとこの場を設けた。
ホムラも別に二人から建設的な意見が出るとは思っていなかったが、一応二人の顔を立てるために意見を求めた。
そんなホムラに促される形でウルが口を開いた。
「死体探しの方どうなってんだ?あれまじでやりたくないんだけど」
「死体の捜索に関してはハデクだけでも後四日はかかる予定ですわ。でも飛べるウルさんが行えばおそらく一日で終わりますわよ?」
『死体探査』での死体捜索にかかる時間はほとんどが移動時間なので、本来この仕事は単独で飛べるウルが一番適していた。
表情が動かない眷属越しでもホムラがウルを逃がす気が無いことは伝わり、ウルはつまらない仕事を回避するために自分が恭也に同行する必要性を訴えた。
「いや、でもほら、俺がいないと恭也移動に超不便するし、戦いの時も一々風魔法使わないといけないんだぜ?」
「……分かっていますわ。ですから私がハデクとシウガーズでの死体の捜索を終えたら次はランさんにこの仕事を任せるつもりですもの」
「やだ」
ホムラに名指しされたランは即座に死体の捜索に対して拒否の姿勢を示したが、さすがにそれはホムラが許さなかった。
「あまりわがままを言わないで下さいまし。マスターはティノリスでの死体の捜索が終わったら、ネースや自分の街でも死体の捜索を行うつもりですわ。ウォース大陸でのなりゆき次第ではもっと捜索範囲は広がりますわよ?おそらく一年以上かかりますから私たちが交代でやるしかありませんわ」
「……ごしゅじんさまとずっと一緒がいい」
死体の捜索が嫌というより恭也と離れることを嫌がるランの気持ちに理解を示しながらも、ホムラは説得を続けた。
「ランさんの気持ちは分かりますわ。私も常にマスターと行動を共にしたいと思っていますもの。でもマスターの見ていないところで仕事を済ませて、後でそれを褒めてもらうというのもいいものですわよ?先程の上級悪魔との戦いの後もマスターは私たちにお褒めの言葉を下さいましたけれど、こういった場合はどうしてもまとめて褒められて終わりですもの」
ホムラの説得を受け、ランは自分一人が恭也に褒められている光景を想像した。
「……悪くない」
何とかランを説得できそうなことに内心安堵しながらホムラは話を進めた。
「あと数日で私の眷属がラインド大陸に到着しますけれど、ラインド大陸に封印されている光と風の魔神はあのディアンとかいう男の配下となっていると思いますわ。水の魔神も別の異世界人の配下となっている以上、私たち三人でがんばるしかありませんわ」
先程からホムラが口にしているウォース大陸やラインド大陸というのは恭也が各大陸につけた名前で、恭也が最初に活動した大陸が封印されていた魔神の属性を合わせてダーファ大陸、ランと水の魔神が封印されていた大陸がウォース大陸、そしてディアンがいる大陸はラインド大陸と名づけられた。
最初は恭也が訪れた順にファースト、セカンド、サードと名づけようと思ったのだが、変に順番をつけてセカンド以降の大陸の人々が不満を持つといけないと考えて封印されていた魔神の属性にちなんだ名前にした。
各大陸間の交流が無いため、各大陸のきちんとした名称は恭也が訪れたどの国にも無かった。
大陸と呼べる程の陸地はこの世界には三つしかないため、この名称を今後広めていく予定だった。
「よし、じゃあ、二人で交代でがんばってもらうってことでよろしく」
ウルとしても自分一人が恭也から褒められるという状況は捨て難かった。しかし単調な仕事を延々とするのは面倒だったので、ウルはなし崩しで死体の捜索から逃れようとした。
だがホムラには通じなかった。
「何を言ってますの?今すぐは無理でもその内ウルさんにも死体の捜索はしてもらいますわよ?」
「俺がいなかったら恭也の移動手段どうするんだよ?一々悪魔召還するのは面倒だって恭也も言ってたぜ?」
何とか死体の捜索から逃れようと自分だけの長所の飛行能力を口にしたウルだったが、それはホムラも想定済みですぐに反論した。
「今ティノリスの研究所で人一人ぐらいなら乗せて飛べる悪魔を開発中ですわ。すでに飛行試験も終えて、後は最終調整だけだと聞いていますわ。完全に移動用に開発しましたから、単純な速度ならウルさんと大差無いですわよ?」
「……余計なもの作りやがって」
ホムラの発言を受けて心底忌々しそうな顔をしたウルにランが声をかけた。
「……ウル、わがまま言わないで」
「ちっ、しかたねぇな。その悪魔、戦闘は問題無いのか?」
現時点で二対一のため、ウルはすでに死体の捜索を自分もすることは受け入れていた。
しかしつい最近戦ったばかりの鳥型の上級悪魔の様な相手と再び恭也が戦った時、人間が作った悪魔がどこまで役立つかウルには疑問だった。
「それに関しては『アルスマグナ』で守れるので問題無いと思いますわ。ウルさんかランさんがいれば空中戦は問題無いと思いますの」
「ちっ、分かったよ。でも前恭也が言ってた手順みたいなのは用意しといてくれよ?」
「ええ、分かっていますわ。それに先程も言った通り飛べるウルさんなら、私たちの半分もかからずに仕事を終わらせることができると思いますわ。担当する街を増やしたりはしませんからがんばって下さいまし」
これでこの件についての話は終わりだとホムラは考えていたのだが、ウルが口を開いた。
「いや、俺が担当する街二倍にしていいぜ。どうせやるなら一気にやりたいし」
「そう言ってもらえると助かりますけれど、よろしいんですの?」
ホムラはウルがもっと死体の捜索への参加を嫌がると思っていたので、ウルが死体の捜索への参加を承諾した時点でそれ以上のことをウルに求めるつもりはなかった。
そのため嬉しい誤算と言えるウルの発言に戸惑うホムラを前にウルは話を続けた。
「恭也の性格考えたらウォースのまだ行ってない国に行く度にすること増えるだろうからな。ディアンとかいう奴と戦う前に面倒事は済ませときたい」
光と風の魔神を従えているであろう異世界人を相手にする時に恭也の近くに自分たち三人がそろっていないという状況はウルとしても避けたかった。
「本音を言えば水の魔神と契約してる奴殺して水の魔神を恭也のものにして、そいつに押し付けたいところだけど恭也は絶対しないだろ?恭也の部下が俺たち三人以上増えないなら我慢するしかねぇさ」
「……ウルさんから我慢なんて言葉が出てくるとは思いませんでしたわ」
「うるせぇよ。……ノムキナが仕事してる手前、こっちも何かしとかねぇとな」
とりあえず死体の捜索に関しては一通り決まったと考えたホムラは、次の議題を口にした。
「以前から思っていたのですけれど、ウルさんはもう少しマスターの気分を害する発言を控えることができませんの?」
「ああ、昨日のあれか?俺だって恭也怒らせたいわけじゃねぇけど、でも何であれで恭也怒ったんだ?死体無ければ恭也だって死んだ奴蘇生できないんだから、魂とかいうやつ吸収したっていいじゃねぇか?」
恭也が不快に思う発言はするなというホムラの発言自体にはウルも文句を言う気は無かった。
しかし昨日の自分の発言の何が恭也を不快にさせたのかがウルには分からなかった。
「それについては私も完全に理解しているわけではありませんわ。それでも余計なことを言わないということはできますわ」
ウルたち魔神は同じ魔神同士ですら主人が違えば容赦無く戦うため、同族意識というものが理解できなかった。
しかも魔神は死どころか消滅さえしないため、恭也が人の死に接した時の怒りはホムラですら正しくは理解していなかった。
それでもホムラはウルに自分のように不用意な発言は控えるということを意識して欲しかった。
「この前セザキアでオーガスという王子が国王の暗殺を企てた時もウルさんは王子のおかげで領地がもらえて助かったなどと言ってマスターを不快にさせていましたわよね?」
あの時はホムラだって馬鹿は馬鹿なりに恭也の役に立ったななどと思っていたが、何故か恭也が不快そうにしていたので自分のこういった考えは表に出さなかった。
「つまり、……どうすりゃいいんだ?」
話が長くなってきたため徐々に面倒そうな表情になっていくウルにホムラは要点を伝えた。
「人間が死んだ時は黙っておく。マスターが悪意を向けていない相手は馬鹿にしない。これだけで大分違うと思いますわ」
「なるほど、ま、恭也がむかつくとこっちもむかつくからな。できるだけ気をつけるようにするぜ」
「ええ、お願いしますわ。ランさんもよろしいですわね?」
「……分かった」
ホムラの話はこれで終わりだったので、その後しばらく話をしてから三人は別れて思い思いに時間を過ごした。