一体目
今の状況の元凶の異世界人から聞いた情報が何一つあてにならないため、恭也はからかわれている気持ちになった。
とりあえず氷漬けになっている異世界人は助けるつもりだが、その異世界人や魔神と接触している時に上級悪魔が現れた場合面倒なのでその異世界人の救出は後回しにするつもりだった。
少なくとも後半月程は様子を見てみたいと恭也は考えていた。
「でも水の魔神が誰かに取られてたのは痛かったな。恭也が部下にしてればノムキナに加護与えられたのによ」
「まあ、こればっかりはね。確かに残念だったけど、こうしてランも仲間にできたんだからこれ以上贅沢言う気は無いよ」
確かにこの大陸に封印されていた水の魔神がすでに誰かと契約済みと聞き、ウルの先程の発言と同じことを恭也も考えた。
しかし恭也が最後にこの世界に来た異世界人だということを考えると、六人中三人の魔神を仲間にできただけでも幸運だった。
これ以上を望むのは欲張り過ぎだろう。
そう考えた恭也は、ウルの発言を聞き不機嫌そうにしているランに話しかけた。
「いざとなったらランにも戦ってもらおうと思ってるけど大丈夫?もし嫌なら工事を手伝ってもらうだけでも十分だから無理はしなくてもいいよ?」
ランは他の二人と違って口数が少ないので、現状に不満があるのかどうか分かりにくかった。
そのための恭也のこの発言だったのだが、恭也にもたれかかっていたランは恭也の太ももに頭を乗せると口を開いた。
「……ごしゅじんさまの命令なら何でもする」
声に抑揚は無かったが、ランの強い視線を受けて恭也はランの頭を撫でた。
「ありがとう。困った時は頼りにさせてもらうよ。ところでランは戦い自体は好きなの?」
「……別に好きでも嫌いでもない。ずっとごしゅじんさまとぎゅーってしてたい」
「ずっとは困るけど夜空いた時間とかならいいよ。さてと明日も早いし僕もう寝るね」
そう言って恭也はホムラの眷属をしまい、ウルとランと融合しようとした。
ネース王国内の自治区や恭也が統治している街なら恭也が寝ている間ウルたちが外に出ていても問題無いが、そこまで恭也の影響力が無い街ではウルも夜の空中散歩を楽しむというわけにもいかない。
そう考えて恭也は二人と融合しようとしたのだが、ここでランが恭也と一緒に寝たいと言い出した。
「……ウルとホムラからごしゅじんさまは昼はすごく忙しいって聞いた。昼は我慢するから夜は一緒に寝たい」
「えっ、……もしかして毎日?」
「……駄目?」
ランの見た目で泣きそうな顔をされ、恭也はすぐに口を開けなかった。
しばらく恭也は悩んだが、呆れた様子のウルに急かされる形でランと一緒に寝ることした。
戦いや拷問が好きと言われるよりはましだが、ウルやホムラとは別の意味で面倒な報酬を要求されて恭也は寝る前にどっと疲れてしまった。
そして翌日、前日門番に伝えた通りトーカ王国の王城を訪れた恭也は、王城から離れたとある屋敷に案内された。
兵士数十人による待ち伏せを警戒していた恭也だったが、幸い案内された場所にいたのは男三人だった。
恭也が席に着くと、三人の代表らしき男が口を開いた。
「トーカ王国将軍序列四位のヒューミットだ。今回は貴殿の助力に感謝する」
以前ジュナから国が管理している早馬を使えば、一日でかなり離れたところにも情報を伝達できると恭也は聞いていた。
そのため恭也がトーカ王国の軍を助けたことがすでに伝わっていたことには恭也は驚かず、そのまま話を進めた。
「感謝はしてもらわなくていいです。僕別にトーカとオルフート、どっちの味方ってわけでもないですから。どっちかっていうとオルフート寄りかな」
恭也のこの発言を聞き、ヒューミットを含む三人の表情が変わった。
「どういう意味だ?貴殿はオルフートと交戦中だった我が軍に助勢したと聞いているが?」
「あれはあなたたちの軍が負けそうだったから助けただけです。僕は全ての人が天寿を全うできる世界を目指しているので」
トーカ王国の三人からすれば恭也のこの発言は荒唐無稽な内容だった。
そのためしばらく黙り込んでしまった三人を前に恭也は発言を続けた。
「今回の戦争はあなたたちから始めたと聞いています。ですから僕が間に立つので、あなたたちが賠償金を払って、それで条約なり何なり結んで下さい」
「ふざけるな!こちらが下手に出れば調子に乗りおって!」
恭也の提案を聞き怒りを露わにしたヒューミットは、机の下に忍ばせていた呼び鈴を鳴らした。
すると部屋に魔導具で装備した兵士十人が入って来て、恭也に魔導具を突きつけた。
「えーっと、どういうつもりですか?」
突然の兵士たちの乱入だったが、予想はしていたことなのでそれ程慌てることなく恭也はヒューミットに彼らを呼んだ理由を尋ねた。
「貴様に利用価値があると判断したから下手に出ていたのだ!オルフートに与するというのなら用は無い!」
ヒューミットの指示を受けた兵士たちが一斉に魔導具を発動しようとしたが、それより先に恭也が魔法を発動した。
トーカ王国の兵士たちが手にした魔導具が独りでに形を変え、やがて数十本の小さな槍となりヒューミットの左右に控えていた二人の腕や足に深々と刺さった。
「なっ、貴様一体何をした?」
突然兵士たちの持っていた魔導具が宙に浮いたと思ったら、次の瞬間には無数の槍となり部下たちに襲い掛かるという光景を目の当たりにしてヒューミットは動揺した。
しかも魔導具を失った兵士たちが自前の魔法で異世界人に攻撃せず、それどころか無防備に棒立ちしている様を見てヒューミットは遅ればせながら目の前の異世界人の脅威に気がついた。
兵士たちが棒立ちになっているのはウルの魔法による洗脳が原因だったが、兵士たちの魔導具が突如として変形してヒューミットの部下に突き刺さったのはランの魔法によるものだった。
ランは魔法でレンガや金属を自在に操ることができ、その上土さえあれば鉄、銅、金、銀など金属なら自由に生み出せる。
もちろん変形させた時点で複雑な仕組みの魔導具は元には戻せないが、どうせ恭也のものではないのだから構わなかった。
金属の槍が刺さった痛みで苦しむヒューミットの部下から触れることなく槍を抜き出した恭也は、その後二人の傷を治すと洗脳した兵士たちに家に帰るように命令した。
「おい、待て!どこに行く?戻れ、戻らぬか!」
自分の命令に振り向くことも無く立ち去る兵士たちを見て、ヒューミットは歯噛みしながら恭也に視線を向けた。
「全て貴様の仕業か?」
「はい。僕三人の魔神と契約してるんで強力な魔法がたくさん使えるんです」
「化け物め」
射殺さんばかりの視線を向けてくるヒューミットを前に恭也はため息をつくといすに座った。
「とりあえず落ち着いて下さい。もうオルフートの人には伝えたんですけど、僕と戦ってる場合じゃないですよ?」
そう言って恭也はヒューミットたちにエイカたちと同じ様にオルルカ教国での出来事の映像を見せた。
「こ、これは……」
突然脳裏に送り込まれた映像に戸惑うヒューミットたちに恭也は自分がこの大陸に来たそもそもの理由を説明した。
恭也の説明を聞き何やら考え込んでいる様子のヒューミットたちに恭也は駄目押しをすることにした。
「もちろん僕は通りすがりの部外者なのでトーカのみなさんには僕の言う事なんて聞く義理無いと思います。でも僕だってこの大陸のどの国にも何の義理も無いんで、トーカに限らず目に余ることをしてる国があったら僕も好きにさせてもらいますよ?上級悪魔やそれを送り込んでる異世界人への相手で手一杯なので、あまり考え無しに行動するのは止めて下さい」
そう言うと恭也はヒューミットたちの返事を待たずに部屋を後にした。
屋敷から少し離れた恭也は、ウルとランを相手に今後の行動について話し合っていた。
(とりあえずトーカの人たちとの話は済んだから、氷漬けになってるっていう異世界人見に行こうか。協力してくれると嬉しいんだけど、誰かが氷漬けにしてるってことは凶暴な人の可能性もあるんだよね。魔神を従えてる人の情報が全然伝わってないのが困ったよ)
恭也はオルフートとトーカ王国で水の魔神や氷漬けになっている異世界人について聞いて回ったのだが、肝心の魔神の主についての情報が一切入ってこなかった。
水の魔神は近づいても一度は警告で済ませてくれるらしいので、この辺りの国では水の魔神の目撃情報はかなり広まっている。
しかしその主については具体的な話は何も広まっていなかったため、恭也はタトコナ王国にいる魔神と異世界人に近づく踏ん切りがつかずにいた。
(別に放っておいてもいいんじゃねぇか?俺は魔神や異世界人と戦いたいけど、恭也が嫌ならその異世界人助ける義理もねぇんだし無理に行けとは言わねぇぞ?)
(…ウルに賛成。強い相手にこっちから近づく必要は無い)
(でも氷漬けになってる人が被害者だった場合、見捨てるのも後味悪いし。とりあえず遠くから様子だけ見て、実際に助けるのは上級悪魔四体共片づけてからにしよう)
(結局行くのな…)
これまで何度も感じたウルの呆れた様子に恭也が苦笑していると、『惨劇察知』が発動した。
(おっ、来たな。また戦争じゃなければいいけど…)
(十二万とちょっと。まあ、何とかなるか)
自分たち三人合わせた魔力量を確認した恭也は、上級悪魔と戦うには若干心許無い魔力量に数秒考え込んだ。
しかし結局すぐに『惨劇察知』で感じた場所へと転移した。
恭也の『惨劇察知』が発動した五分程前、恭也が今いる大陸の最北端にある国、ヘクステラ王国の街、ゾアースに突然一条の光線が降り注いだ。
一体何が起こったのだろうかとゾアースの住民たちが空を見上げると、彼らの視界を眩いばかりの光が埋め尽くした。
それが彼らが見た最後の光景で、上級悪魔の放った光線を受けた人々は跡形も無くこの世から消え去った。