会談
恭也とミーシアが会った後、恭也とセザキア国王との会談は翌日には行われることになり、翌日の午前中には恭也はオキウスの郊外のとある宿の一室で、セザキア国王との会談に臨んでいた。
「わざわざ来てもらってすまなかったな。私がセザキア国王、ザウゼン・オルカ・セザキアだ」
明らかに外から運び込まれたイスに座り、ミーシア他数人の男性を後ろに控えさせながらザウゼンは恭也に声をかけた。
正真正銘一般人の恭也はザウゼンの放つ存在感にのまれそうになった。
宿の表には百人近い兵士がおり、誘いに乗ったのはまずかったかと恭也は思ったが、何とか表には出さずにザウゼンとの会話を始めた。
「どうも初めまして。能恭也と言います。本当は片膝をついた方がいいのかも知れませんけど、僕のいたところはそういった習慣が無かったので許して下さい」
「ああ、構わんよ。公式の場というわけでもない。まずは我が国の民を助け出してくれたこと。本当に感謝する。この通りだ」
ザウゼンが頭を下げると後ろのミーシアたちがわずかに驚いた様子を見せたが、ザウゼンはそれには構わず礼を続けた。
「ネースによる我が国やクノンでの誘拐には長年に渡り悩まされていた。派兵して取り返したいところではあったが、北のティノリスとオルルカの情勢が不安な以上そちらにも兵を割かなくてはならず、手をこまねいていたところにそなただ。本当に助かった」
セザキア王国とクノン王国の北にあるティノリス皇国とオルルカ教国が戦争も時間の問題だということは恭也も話に聞いていた。
それに加えて恭也が助け出した人々の証言から、セザキア王国国内にもネース王国のサキナトへの協力者がいたことが分かり、そちらへの対応にもザウゼンは頭を悩めているらしかった。
しかもその協力者に貴族が数名含まれており、証拠固めも含めて国の関係部署は今大忙しらしい。そんなことまで部外者の恭也に話していいのかと恭也の方が心配したのだが、どうせ明日には公表するので構わないとのことだった。
陰謀論が大好きな健全な高校生の恭也は、権力者の悪事はもみ消されるものだと思っていたのだが、ザウゼンはそういったことはしないつもりらしい。
奴隷を助けた後は丸投げしている恭也としては、事後処理に追われている人々の話を聞かされると多少の罪悪感に襲われた。
その後もザウゼンとの話は続き、お互いがそれぞれの世界についていくつも質問をしていった。
ザウゼンは恭也の世界の技術について、恭也は主にこの世界での刑罰や治安について質問をした。
「ここに来る途中で悪魔の群れに襲われている村を見ました。これはネースでの話ですけど、聞いたところではどの国でも村はほったらかしなんですよね?」
「ああ、そなたの世界の様にすぐに遠くの場所と連絡をとる手段がこの世界には無い。大きな街以外には、国の手が届いていないのが現状だ」
痛まし気にそう言うザウゼンに、恭也はずっと考えていたことを告げた。
「僕が魔導具を持った人間をたくさん連れてそういった村に居座ったら、国としてはどう対応しますか?」
恭也のこの発言に今まで朗らかに談笑していたザウゼンの顔がこわばった。
「それはどういう意味だ?」
「僕が個人的に組織した集団で国が守れない村を守りたい。そういうことを考えています」
恭也のこの発言にザウゼンは即答できなかった。
それを見た恭也は、話を進めるべく口を開いた。
「もちろん今すぐ実行に移すつもりはありません。お金も時間も人手もどれだけかかるか分かりませんし、そもそも国と関係無い戦闘集団組織するって言ってるわけですから、不安の方が大きいでしょうから」
「…ああ、そうだな。人命という観点で見れば歓迎すべきなのだろうが、国としては簡単に許可は出せない」
絞り出すように恭也の提案を否定したザウゼンだったが、恭也はそれに気を悪くするわけでもなく話を続けた。
「やっぱりいきなりは無理ですよね。だったらそれはいいです。それより奴隷のみなさんを助けた褒美が欲しいんですけど、構いませんか?」
「ああ、それは構わない。気持ちばかりだが金と通行手形を用意させた。これで我が国の検問所はどこでも通れるだろう」
途方もない計画を口にしたと思ったら、その直後に現実的な謝礼を要求してくるという恭也の言動にあっけにとられたザウゼンだったが、言われずとも謝礼自体は渡すつもりだった。
ザウゼンの指示を受けた部下の一人が、恭也に銀貨が百枚入った袋と通行手形を差し出してきた。
それを受け取った恭也は、思ったより長話になってしまったため忘れそうになっていた自身の要望を伝えた。
「二つ、いや三つお願いがあるんですけどいいですか?これに関しては僕の個人的な頼みなのでお金を払います」
「…まず頼みの内容を聞こう」
ザウゼンに促され、恭也は望みを口にした。
「一つ目は僕の持ってた魔導具を返して下さい。あれ隠れて行動するのに便利なんですよ」
「ん?魔導具は異世界人には使えないと聞いているが?」
国王であるザウゼンは、魔法や魔導具にそこまで詳しいというわけではない。
しかし異世界人がこの世界の人間が使える六属性の魔法のいずれも使えないということは知識として知っていた。
「使えるかどうか関係無く僕の持ち物だから返して下さい。それにいざとなったら現地の光属性の人間脅して使わせるつもりです。最終手段ですけど、できることは多い方がいいですから」
恭也の発言の現地の人間を脅すという部分が少し引っかかった様子のザウゼンだったが、特に何も言わずに話を続けた。
「なるほど、分かった。しかし少し待ってもらえないか?今あの魔導具は、我が国の専門家が解析中なのだ。ネースは魔法の実験に奴隷を使えるので、魔法の技術自体は進んでいる。ネース産の魔導具はなかなか手に入らない。どうか許してくれ」
「はい。それは構いませんけど、ネース王国ってそんなことまでやってるんですか?」
これは聞いていなかったため、恭也は不快気に顔をしかめた。
「ああ、ネースの情報はあまり入ってこないので噂程度だが、闇魔法の研究もかなり進んでいると聞く」
闇属性の魔法は精神に干渉する魔法だ。
魔導具無しでは意識を混濁させる程度だが、魔導具さえあれば人を意のままに操ることができると言われている。
その内容はもちろんのこと、研究に人体実験が必要なことからも闇属性の魔法は研究自体が多くの国で禁止されている
その例外がネース王国だ。
さらってきた奴隷たちの犠牲の上に闇魔法の研究を重ねている。
そういった噂がまことしやかにセザキアやクノンではささやかれていた。
「…なるほど。じゃあ、さらわれた人たちを助け出すのは急いだ方がいいですね。じゃあ、二つ目の頼みは無しでいいです。この世界の文字の読み書きを教えてもらおうと思ったんですけど、そこまで急ぎってわけでもないですし」
食堂のメニューや宿の料金表が読めなかったり、そうとは知らず娼館に入りそうになったりと読み書きができずに苦労したことは多い。
しかし命に関わる程ではないので、今は後回しだ。そう決めた恭也は三つ目の頼みを口にした。
「召還魔法について詳しく教えて下さい」
恭也がそう口にした途端、王やミーシアを含む全員の表情が変わった。
そんな中、彼らを代表してザウゼンが口を開いた。
「どうして召還魔法に興味を持つ?そなたはネースで奴隷に使われている首輪を自由に相手の首に着けられると聞いている。戦うならそれで十分だろう」
探るように尋ねてくるザウゼンに対し、恭也は正直に答えた。
「僕は最終的にこの首輪の利用も所持も禁止したいと思っていて、持っているだけでも僕に襲われる。そういった噂がネース王国で流れるようにしたいと思っています。でも僕自身がこの首輪を使い続けていると余計な反発を生むだけです。だから他の攻撃手段が欲しいんです。それにこの首輪は、体の大きな中級悪魔には使えませんでしたから」
自分が警戒されていることは分かっていたが、腹芸などできない恭也は正直に自分の考えを告げた。
それを聞いたザウゼンはしばらく考え込んだ後、一つの提案をしてきた。
「なるほど、そなたの考えは分かったが、読み書きのできないそなたに召還魔法を一から教えるのは我が国の者たちも苦労するだろう。そこで提案なのだが、この場でミーシアと戦ってもらえないか?」
「は?」
召還魔法を教える代わりに、セザキア国王が何らかの見返りを求めてくることは恭也も予想していた。
セザキアに仕えるように命じられる、あるいはセザキアの兵士のネース王国への同行など恭也の行動を制限する方向になると面倒だなと考えていたのだが、この提案は完全に予想外だった。
そもそも王の後ろに控えている少女との戦闘と召還魔法を教えてもらうことがどうつながるのか。疑問に思っている恭也を前に、ザウゼンは話を続けた。
「先程も言った通りそなたに召還魔法について短時間で教えるのは難しいだろう。しかし召還魔法を使うための魔導具ならすぐに渡せる」
このザウゼンの発言に反応したのは、ザウゼンの部下の一人だった。
「陛下、いくら何でもこの男にあの魔導具を渡すのは危険です!異世界人にあれが渡れば、無数の悪魔を召還されてしまいます!」
この男呼ばわりされた恭也だったが、これに関しては特に何も思わなかった。
この発言を聞いた恭也の感想は、召還魔法の魔導具は召還数の制限が無いのかぐらいのものだった。
それ以前に悪魔の召還は数人がかりで行うと聞いていたので、魔導具があること自体が驚きだった。
ちなみに恭也が知らないだけで、複数人での使用が前提の強力な魔法及び魔導具は、この世界ではすでに広く普及している。
しかし恭也はそんなことは知らない。
ただ予想もしていなかった形で新たな魔導具を手に入れられるかも知れないとそわそわするだけだった。
そんな恭也の前でザウゼンは声を荒げた部下をたしなめた。
「落ち着け、ナエフ。召還魔法は魔力さえあればいくらでも悪魔を呼べるが、あまり呼び過ぎると制御が効かなくなると聞いている。そうだろう、ミーシア?」
ザウゼンに話を振られ、周囲の王の側近たちの手前肩身が狭そうにしつつも、ミーシアが説明を始めた。
「はい。私の場合制御できる悪魔の数は二体が限界で、数だけなら十体まで呼べますが、三体目で激しい頭痛がして、四体目からは制御ができなくなります。これは残り魔力に関係無く起こる症状なので、アタエ様の魔力がいくら多くても制御できる悪魔の数自体は増えないと思います」
ミーシアの説明を受け、ザウゼンに反対意見を述べた男は不承不承といった感じではあったが、一応は引き下がった。
唯一置いてけぼりの恭也は、一つ気になったことを質問した。
「この世界の人って魔力の量は個人差無いって聞いたんですけど、今の話だとミーシアさんは他の人より魔力が多いんですか?」
なんてことない質問のつもりだったのだが、恭也がこの質問をした途端、部屋の空気が一変し、恭也とミーシア以外の視線がミーシアに集まった。
場の空気から自分がまずい質問をしてしまったことだけは察した恭也だったが、具体的なことまでは分からない。
気まずい沈黙が場を支配しようとした時、当のミーシアが口を開いた。
「特に秘密というわけではないので言いますが、私は獣人ではなく異世界人の父親とセザキア生まれの母の間に生まれました。ですから魔力が普通の人間より多いのです」
「ああ、そうか。僕より前に来てる異世界人がいるんですから、そういうこともありますよね。ミーシアさんのお父さんに会うことってできますか?」
恭也のこの質問に、またしても恭也とミーシア以外の者が気まずそうにした。
今度は何だと思った恭也に再びミーシアが説明をした。
「私の父親は十八年前にオルルカに現れたそうです。そしてその時期にティノリスで暴れていた異世界人との戦いに敗れ、この国に逃げ延びてきました。そして母が生まれ育った村にたどり着いた私の父親は、村人の半数以上を殺し、私の母を無理矢理手籠めにしました。そうして生まれたのが私です。幸い私の父親は弱っていたこともあり、その後駆け付けた騎士団に殺されました。というわけで私の父親に会うことはできません」
「…嫌なこと聞いてしまってすみません」
不可抗力ではあったが、無言で流せる内容ではなかったので恭也は謝罪した。
それに対するミーシアの態度は、淡々としたものだった。
「これに関しては本当に気にしないで下さい。セザキアだけでなく周りの国でも有名な話ですし、そもそも私の父親は鳥の獣人に近い見た目だったと聞いています。あなたとは出身さえ違うでしょうから」
ミーシアの身の上話に衝撃を受けていた恭也だったが、ミーシアの発言の最後の部分に別の意味で衝撃を受けていた。
恭也は自分より前の異世界人たちも自分と同じ人間だと思っていたのだが、ミーシアによるとまるで違う種族のようだ。
異世界という表現自体が相対的なものだと恭也は今さらながら気づき、自分より前にこの世界を訪れた者たちに感じていた同族意識が少なからず薄れてしまうの感じた。
「とにかく、そういうわけでミーシアは生まれ持った魔力が常人の五十倍はある。そのため本来は複数人で行う召還魔法を魔導具一つで発動することができるのだ」
重くなった空気を軽くするべく、わざとらしいぐらい大きな声で場を取り仕切り始めたザウゼンは、周囲の意識が自分に集まったことを確認すると説明を再開した。
「生粋の異世界人であるそなたならミーシアが使っている魔導具を問題無く使うことができるだろう。しかし能力が未知数のそなたに強力な魔導具を渡すのに不安があるのも事実だ。そこでそなたの実力をこの目で見てみたい。これが召還魔法を使うための魔導具を渡す条件だ。どうする?」
恭也を値踏みするようなザウゼンの視線を受けつつ、恭也は考えた。
戦闘経験を積めること自体は悪いことではない。
問題は恭也の手の内がセザキア上層部にばれることで、恭也の能力を探った後で殺そうとしている可能性は十分にある。
恭也が言うのもなんだが、こちらの世界に来てから聞いた異世界人たちの所業を考えると、この世界の人間が異世界人を危険視するのも無理ないからだ。
一方で悪魔を召還できるというのは魅力的だ。
おそらくだが異世界人とのハーフであるミーシアより恭也の魔力量は多いはずで、魔導具さえ手に入れれば、多くの悪魔を召還できるようになるだろう。
しばらく考え、恭也はザウゼンの提案に乗ることにした。
どうせ現在の手の内がばれたとしても、再びネース王国に帰り,サキナトと戦えば能力は増えるからだ。
むしろ能力が増えることを考えれば、一度や二度ぐらいなら殺されても構わない。
何しろわざと死んでも能力は獲得できないのだから、異世界人とのハーフであるミーシアには頑張って欲しいものだ。
この能力に慣れてから身に着いた向上心というには後ろ向きな考えに動かされ、恭也は戦いを決意した。