デート
とはいってもそう何度も『空間転移』は使いたくないので、恭也はオキウスにある宿で二日間を過ごすつもりだった。
「それにしても思ったより街騒ぎになってるね」
ウルとホムラとの融合を解きベッドに腰掛けた恭也は街を歩いてみて回った感想を口にし、それにホムラが答えた。
「そうですわね。軍はともかく騎士団から逮捕者が多く出た影響が大きいようですわね。街の見回りの手が足りなくなっていると聞きましたわ」
「まあ、軍と警察が参加したクーデターが起こったわけだし、無理も無いか」
ホムラによるとオキウスから離れた街では人手不足による治安の不安は無いが、それでも国内で一度に多くの貴族が地位と土地を没収されたため情勢が不安定になるとのことだった。
「まったくもう、ただでさえ忙しいって言うのに……」
南の大陸行きをさらに延期しないといけないと考えた恭也だったが、ホムラにその必要は無いと言われた。
「不安定になると言っても将来の話ですわよ?まだ国境沿いの街には今回の騒ぎ自体知られていないですもの」
「ああ、そうか。未だに慣れないな、これ」
この世界の情報の伝達が以前いた世界に比べて遅いという事実をホムラの眷属の恩恵を受けられたこともありなかなか恭也は実感できずにいた。
「ユーダムは大丈夫なのか?確か近くにセザキアの街あったよな?」
「不安要素が無いとは言えませんけれど、街から逃げ出さないといけない程の騒ぎになることは考えにくいですわ。だって国境沿いの騎士団は事件には関わっていないですもの。街を治める貴族が変わったところで、住民たちにはそこまで影響は無いと思いますわ」
「ふーん。ならいいけどよ」
自分の不安をホムラに否定され、ウルはこの話題に興味をなくしたようだった。
「まあ、最悪何か起こったら止めに入るってことにして、キスア伯爵の様子どう?ホムラから聞いた感じだとまだ引きずってるみたいだけど」
「ええ、私もそろそろ監視を止めたいのですけれど、まだ精神的に不安定な様子でしばらく見守りたいと思っていますわ」
「うん。お願い。…いっそのこと刑務所に入れた方が伯爵も楽になるかな」
恭也たちの都合で表向きには何も罰を受けていないことがキスア伯爵を苦しめているのではないかと考え、恭也はキスア伯爵に罰を与えることを提案した。
しかしそれはホムラに止められた。
「それはさすがに甘過ぎると思いますわ。伯爵は今回の計画に反対した自分の息子を牢屋に入れるような男ですのよ?必要だったとはいえ、世間からの評価を得られるようにしただけでも甘かったと思っていますのに」
「え、そんなことまでしてたの?」
ホムラの新情報を聞き、恭也はキスア伯爵に情けをかけようとした自分の甘さを痛感した。
現在ホムラに任せている仕事は量、種類共に増える一方で、ずいぶん前から恭也が把握できなくなっていた。
そのため恭也は人を死なせないという大前提だけホムラに伝え、後はホムラに任せて気になったことだけ聞くという方法をとっていた。
そのためホムラのキスア伯爵への対応はホムラの趣味が多少入り、あのような形になった。
もっともホムラも恭也の意に反するようなことをするつもりは無く、キスア伯爵への対応についても図に乗らないように釘は刺しておくと恭也に伝えてあった。
人間での遊びと引換えに契約を解除されるなど割に合わないからだ。
しかしホムラも鬼ではない。
今回の件ではキスア伯爵に感謝していたので、今回の件で逮捕された者やその家族のその後を数回に渡り詳細にキスア伯爵に伝えていた。
これを聞けば自分がどれだけ恵まれているかキスア伯爵も理解し、元気になるとホムラは考えたのだがうまくはいかなかった。
困ったものだった。
そんなことを思い出しながらホムラは恭也との話を続けた。
「このことはキスア伯爵が本当はガーニス様を裏切ったわけではないことまで含めてザウゼン様には伝えたので、後はセザキアのみなさんで考えるべきだと思いますわ」
「そうだね。あんまり口出ししてもまずいだろうし」
ここまで話したところで恭也は、ここのところ立て込んでいたため伸ばし伸ばしになっていた南の大陸行きについて口にした。
「今三人合わせて魔力二十一万あるから、ケーチにミーシアさん送ったらそのまま南の大陸に行こうと思うんだけどどう思う?」
「おっ、とうとうか。異世界人二人に上級悪魔四体。考えただけでわくわくしてくるな」
「異世界人はともかく、上級悪魔は一対一でやりたいっていうなら止めないよ。でもワープとか広範囲をまとめて吹き飛ばすみたいな被害が大きくなりそうな能力持ってたら、三人で一気に仕留めるからね」
「りょーかい」
虫のいい頼みなのは分かっているが、できればウルが程々に楽しめる上級悪魔がそろっていて欲しいものだ。
そんなことを考えながら恭也は、ホムラに自分が今いる大陸を離れた場合問題が無いかを尋ねた。
「どれくらいあちらの大陸に滞在する予定ですの?」
「状況次第だけど十日から半月の間に一回は帰って来るつもりだよ」
「それぐらいなら大丈夫だと思いますわ。ケーチに関してもミーシア様と色々相談してからマスターに報告できるようになるまでに十日程はかかると思いますし、あの異世界人がこちらに手を出す可能性はありますけれど、それを警戒していたら何もできませんもの」
「……まあ、しかたないか」
明確に悪意を持っている上にそれなりに戦力を整えているであろう異世界人相手に受け身に回るのは不安だったが、あの異世界人から多くの人間を守ろうと思ったら南の大陸に行き拠点となる場所を用意する必要がある。
どの道この大陸を離れる必要があった。
「じゃあ、明日かあさってのどっちか、ノムキナさんと出かけようと思ってるんだけど大丈夫?」
「もちろんですわ。どうかごゆっくりおくつろぎ下さいませ」
「じゃあ、俺は魔導具作りでもしとくか」
長時間二人を放置することにホムラはともかくウルも文句を言わなかったことに恭也は驚いた。
しかしウルもホムラも恭也がプライベートな時間を持つきっかけになったノムキナの存在は歓迎していたので、どちらからも文句は出なかった。
そして二日後の昼下がり、午前中にケーチの譲渡とミーシアの引っ越しを終えた後、恭也はノムキナとティノリス皇国の西にある町、ハデクに来ていた。
ハデクはティノリス皇国の首都、ノリスを挟んでソパスの反対側にあり、ここなら恭也とノムキナの顔を知っている者も少ないだろうと考えてデートの場に選んだ。
「どこか行ってみたいところありますか?」
「……本を買いたいです。ホムラさんに手伝ってもらってギルドの支部長をしてますけど、ほとんどホムラさんに決めてもらって私はそれをギルドの人や街の人に伝えるだけなので、もっと勉強がしたいと思ってるので」
「なるほど。確か本屋は少し歩いた所にあったはずです。行きましょう」
そう言って歩き出そうとした恭也だったが、ノムキナが動き出さずに恭也に視線を向けてきたためすぐに足を止めた。
「どうかしましたか?」
ノムキナが歩き出さないことを不思議に思った恭也を前にノムキナがおずおずと口を開いた。
「手繋いでいいですか?」
「えっ、ああ、もちろんです」
ノムキナの提案に動揺しながらも恭也は力を入れ過ぎないようにノムキナの手を握り、恭也とノムキナは今度こそ歩き出した。
恭也たちが訪れた本屋はこの世界の基準だとそこそこ大きい店で、本の他に恭也では目的が分からないような図面が書かれた紙も展示されていた。
「ティノリスの暮らしについて書いてある本と後は小説もあれば何冊か……」
「暮らし、……あっちかな」
店内の案内を何とか読みながら二人は店の奥へと進んで行った。
目的の売り場に着いたノムキナが本を品定めしている間、恭也も付近の本に適当に目を通していた。
するとある本が目に留まり、恭也はその本を手に取った。
適当に流し読みしたところ、この本はティノリス皇国の歴史上の有名な戦いをまとめた本のようだった。
恭也も手にした『モシルの布』や『スベアの杖』の由来となった悪魔との戦いから最近の出来事まで書かれており、最後の部分にはデモア将軍の名前も載っていた。
その横にはヘーキッサが著者の本もあり、彼らがこの国では英雄だったのだなと恭也は再認識した。
もっともだからといって彼らに手心を加える気は無いが。
「何かいい本がありましたか?」
「これを買おうと思いますけど、完全に自分用ですね」
上級悪魔を昔の人間が倒したなどと書いてある時点で完全に作り話だったが、暇潰しにはなるだろう。
子供向けらしく言い回しも簡単で恭也でも読みやすそうだった。
「ヘーキッサ、恭也さんが捕まえた将軍の人、四天将でしたっけ?」
恭也が手にした本の著者名を見て、ノムキナが恭也に質問をしてきた。
「四天将の名前とかよく知ってましたね。ヘーキッサさんのいる刑務所に顔を出したりするんですか?」
ノムキナは完全な事務職だと思っていたため、ノムキナがヘーキッサのことを知っていたことが恭也には意外だった。
しかしノムキナがヘーキッサを知っていた理由は、恭也にとって意外なものだった。
「ホムラさんに頼んで眷属がしてる仕事を手伝う準備をしてるんです。戦うのは無理でも、少しでも恭也さんの力になりたくて」
「ありがとうございます。……でもそこまでしてもらわなくても」
「いえ、これは少しでも多く恭也さんとデートをしたいっていう私のわがままのためです。だから恭也さんが気にすることはないですよ。ホムラさんに怒られちゃうから無理はしてませんし」
最近ノムキナやウル、ホムラと話す時は、恭也は積極的に横文字を使っていた。
そのため最近のノムキナたちは恭也との共通言語が嬉しいのか、覚えたての横文字を使いがちだった。
こういうところは年相応だなと思っていたノムキナが自分の知らないところでそんな努力をしていたと知り、恭也は嬉しくなった。
そのまま黙り込んだ恭也を見て戸惑ったノムキナに恭也は目頭を熱くしながら礼を言った。
「本当にありがとうございます。ノムキナさんと恋人になれて本当によかったです」
恭也の正面からの言葉にノムキナは言葉を失ってしまい、しばらくの間二人の間に沈黙が訪れた。
しかしいつまでもこうしてはいられないので、恭也たちは本屋を出て予定していた飲食店へと向かった。
「おいしかったですね、あの卵と野菜の料理。私でも作れそうなんですけど、何が違うんだろ?」
「調味料とかじゃないんですか?この国でしか手に入らないものとかもあるでしょうし」
「そっかー、最近全然そういう店には行ってなかったからなー。使用人の人たちに頼んで恭也さんが帰ってきたら私が久しぶりに料理を作ってみようと思ってます。楽しみにしてて下さいね」
ノムキナに笑顔でこう言われ、恭也も思わず笑顔で返事をしてしまった。
「はい。帰って来た時の楽しみが増えました。期待してますね」
「はい。きっと私に言わないだけで、恭也さんはたくさん嫌なことを経験してるんだと思います。だから帰って来た時ぐらいはゆっくりできるようにがんばりますね!」
完全に自分の味覚が無いということを伝える時機を逃したなとノムキナの笑顔を見ながら思いつつ、恭也はノムキナの嫌な事という言葉について考えていた。
確かにノムキナの言う通り、恭也が各地で活動している際には毎回何かしらの嫌な思いをする。
前回のラミアの代表、ラシュとの会談の時もラミアからの要望にどう答えるかと事前に考えて行ったにも関わらず、予想もしていなかった種族間の差別について聞かされて不快な思いをした。
以前ノムキナたちにも話した通り、各地での人助けは恭也が自主的にやっているのだからどんな嫌な思いをしても嫌なら止めろで話は終わりだ。
そのため文句を言うのは筋違いだとは恭也も分かっていた。
それに大量の犠牲者が出てもそれで新たに能力を獲得した場合、その場は気持ち悪くなる程の怒りを覚えるが、落ち着くと新たに能力を獲得したことで今後さらに多くの人を救えるという充足感も覚えていた。
もちろん死者蘇生ができなければまた違ったのだろうが、今の恭也は多くの犠牲者を伴う事件に遭遇した時におそらく恭也しか理解できないだろう前向きとも後ろ向きとも言い難い感情を抱くようになっていた。
とはいえ時には死体を探し当てるなどという使い道の無い能力を獲得する場合もあり、そういう場合は何とも言えない気持ちになるのだが。
そんなことを考えながら恭也は、何気無く『死体探査』を発動した。
その瞬間『死体探査』に反応があったため恭也は動きを止め、恭也と手を繋いで歩いていたノムキナも動きを止めた。
「恭也さん、どうかしたんですか?」
明らかにただ事ではない恭也の表情を見て、ノムキナも表情を引き締めた。
「いや、ちょっと役に立たない能力を試しに使ってみたんですけど、そしたら予想外の結果になっちゃって…」
「どんな能力使ったんですか?」
ノムキナに質問された恭也は、『死体探査』の内容をノムキナに説明した。
「つまりこの近くに死体があるってことですか?」
「そうなります。もちろん近くで葬式やってるだけで事件でも何でもない可能性もありますけど、確認だけしていいですか?」
「もちろんです。行きましょう」
声を抑えながらお互いの意思を確認した二人は、恭也の先導で『死体探査』の反応があった場所へと向かった。