新たな領地
セザキア王国でのオーガスによるクーデター未遂が起きた日から二日かけ、恭也が中心となったオーガスの協力者の逮捕は一段落ついた。
厳密に言うとさすがにオーガスの協力者全員の逮捕には付き合っていられなかったので、恭也は軍と騎士団所属の人間の逮捕だけに協力した。
相手が暴れるのを取り押さえるだけなら恭也たちにとっては造作もないことだったが、逮捕が始まってから一時間も経たない内に逃走する者も出始めて容疑者全員を逮捕するのには思ったより時間がかかった。
それでも何とか自分たちに割り振られていた容疑者全員を逮捕した恭也は、セザキア王国が落ち着くのを待つ間にオルルカ教国でのラミアの代表との面談を済ませることにした。
ホムラの眷属をティノリス皇国に配置し直した後、眷属からの視覚情報で恭也が転移した先は、オルルカ教国西部の街、パゼマの郊外だった。
恭也が聞いた話によるとパゼマを含むオルルカ教国内の三つの街でラミアは生活しているらしく、ラミアたちはいずれの街でも郊外で暮らしているらしい。
これはラミアたちが迫害されているというわけではなく、人間用に作られた建物や街がラミアたちにとって窮屈だからだと恭也は聞いていた。
ラミアは人間の女性とほとんど変わらない上半身と二メートル程の蛇の下半身を持つ種族だ。
そのため階段はもちろん室内の机やいすすら移動の邪魔らしく、ラミアたちは最低限の物資の補給以外で街には入らないらしい。
出迎えてくれたラミアの案内で恭也が向かった場所は布張りのテントの様な家屋で、中に入ると中には三人のラミアがいた。
恭也があいさつをすると代表らしきラミアが口を開いた。
「この辺りのラミアの長をしてるラシュだ。異世界人様にわざわざ来てもらってすまなかったね。人間の街はどうにも窮屈で」
「いえ、今回はこっちからお願いに来たんですから気にしないで下さい」
今日恭也がここに来た理由は、ラミアへのギルドの参加要請だった。
といってももちろん強制する気は無く、希望者がいればいつでも歓迎しますという意思表示の様なものだった。
そもそもオルルカ教国内ではギルドの支部はまだ東部の二ヶ所にしかなく、仮にラミアの中に希望者がいても彼女たちが参加するのは当分先の話だった。
恭也がそう説明すると、ラミアの代表、ラシュがあちらからの条件を伝えてきた。
「ギルドとかいうのはラミアにだって暴れるのが好きな奴はいるからねぇ。そいつらが行きたいって言うなら別にこっちからどうこう言う気は無いさ。あたしらの条件は今度作る村へのあたしらの参加さ」
「えっ、それだけでいいんですか?」
ラシュの条件を聞いた恭也の感想は移住したければ自由にどうぞといった感じだったので、それを条件と言われて恭也は戸惑った。
しかしラシュは含みのある笑みを浮かべながら恭也の勘違いを指摘した。
「教皇や司祭連中からどんな話を聞いてるか知らないが、こことラングル、エイス以外でのラミアの扱いはひどいもんさ。正直この辺りだって子供を一人で出歩かせるのは怖いね」
「あれ?微妙な関係だとは聞いてましたけど、そんなにひどいんですか?ラミアの人が街中普通に歩いてましたけど」
パゼマ以外のラミアが住む街の名前を出しながら皮肉気に笑うラシュを見て、恭也は思わず疑問を口にした。
恭也は『空間転移』でここに直接来たが、ホムラの眷属を通してパゼマの様子を少しだが見ていた。その時は数こそ少ないが街中にラミアの姿もあったのだが…。
「そりゃ大人だろ?子供のラミアが一人で街に行ったら、まあ傷の一つは作って帰って来るだろうね」
生来殺傷力に乏しい闇属性しか使えないラミアだが、下半身をしならせるだけで大人数人を吹き飛ばせるため戦闘力はかなり高い。
魔法無しのラミアと魔法ありの成人男子が戦えば、十中八九ラミアが勝つ程だ。
そんな種族がそこまで迫害されているとは思っておらず、恭也は何と言えばいいのか分からなかった。そんな恭也にホムラが話しかけてきた。
(申し訳ありません。ラミアの代表がここまで踏み込んだ話をしてくるとは思っていなかったのでお伝えしませんでしたが、オルルカではラミアは人間扱いされていませんの)
(え、どういうこと?)
突然告げられた事実に驚く恭也に対し、ホムラは淡々と説明を続けた。
(言葉通りの意味ですわ。例え街の人間がラミアを殺したところで罪には問われませんの。もっともそこまでする人間はさすがにそういませんけれど)
ホムラの説明によるとオルルカ教国のパゼマ、ラングル、エイス以外でラミアが目撃された場合、ほぼ確実に駆除対象となるらしい。
パゼマを含む三つの街が比較的ラミアに寛容なのは、ラミアたちの数百年に及ぶ抵抗の成果だった。
今の状況に落ち着くまでに人間とラミアを合わせて数千人の犠牲が出たらしい。
何もそこまでして街の近くに住まなくてもと思った恭也だったが、ここで恭也はラミアに女性しか生まれないということを思い出した。
「えーっと、要するに僕の始める村ならそれ程差別も強くないだろうってことですか?」
「まあ、ぶっちゃけるとそういう事さね。それにあんたは闇属性の魔神の魔導具を配ってるんだろ?それさえもらえればあたしらの立場も少しはましになるだろうしね」
戦闘に積極的なのは頼もしいが、ラシュの条件をそのまま飲むと新たな火種の抱え込みそうで恭也は不安になった。
そんな恭也の不安を感じ取ったのか、ラシュは慌てて口を開いた。
「おっとそんなに心配しないどくれよ。別に人間にとって代わろうなんて思っちゃいないよ。数が違い過ぎるし、あたしらはあたしらを性欲のはけ口としか思っていない男ども無しじゃ種族も維持できない弱小種族さ。身の程はわきまえてるよ。ただせっかく話の分かりそうな異世界人が現れたんだ。少しぐらい夢見たっていいだろ?」
(村に同じ数の人間とラミアが移住した場合どうなると思う?)
(別に恭也が心配してるようなことにはならないだろ。だって恭也の管理してる村だぞ?そこで調子乗る程こいつらも馬鹿じゃないだろ)
恭也の心配を一蹴したウルにホムラも賛同した。
(マスターが人間とラミアを同等に扱うおつもりなら、特に気にすることもないと思いますわ。ラミアたちにとってはそれだけで今よりましになるんですもの)
(ふーん。そんなもんか。まあ、別に差別する気なんて元から無かったし、ラミアの人たちがそれでいいならいいや)
ウルとホムラとの会話を終えた恭也は、ラミアの村への移住は好きにしてもらって構わないと伝えた。
その後村で何をしようともお互いの同意があれば口を出すことはないとも伝えた恭也だったが、きちんと釘を刺しておくことも忘れなかった。
恭也は前回異世界人が送り込んできた上級悪魔についての情報を『情報伝播』で伝えた後でゾワイトたちに制裁を加えた時の光景をラシュたちに見せた。
上級悪魔の姿を見せられた時も驚いていたラシュたちだったが、ゾワイトたちが制裁を加えられている光景を見せられた際の衝撃の方が大きい様子だった。
別にラシュたちを怖がらせるために『情報伝播』を使ったわけではないので、恭也は動揺しているラシュたちに自分の考えを伝えた。
「僕は別に種族で相手を差別するつもりはありません。人間もラミアも同じ様に扱うつもりです。でもそれは普段だけじゃなくて、犯罪を犯した際も同じです。もしラミアの誰かが村で犯罪を犯したらさっき見せたのと同じ様な目に遭わせるつもりなのでそのつもりでいて下さい」
「ああ、村に行く連中のまとめ役は娘に任せるつもりだから、娘にはよく言って聞かせるよ。安心しておくれ」
声を多少震わせながらも気丈に受け答えしていたラシュに恭也も自分の考えを伝えた。
「はい。お互いが得する関係を築ければと思ってます。これはみなさんで使って下さい」
そう言うと恭也は、ウル製の魔導具を三つラシュたちに渡してその場を後にした。
会談の場となったテントから恭也が出たちょうどその時、ラミアたちの集落に男たちの集団が入って行くのが見えた。
ラミアたちの居住用のテントとは別のテントに入って行く男たちを見た恭也は、先程のラシュの発言を思い出して複雑な気持ちになった。
しかし自分が口を出すことでもないと思い直し、恭也は今度こそその場を離れた。
ラシュたちとの会談を終えた後はこれといって大きな用件も無く、そんな恭也にセザキア王国の王が変わったという知らせが入ったのは、ノムキナと付き合うことになったという一大事件の直後だった。
ザウゼンが王位を退いたと聞いた恭也はノムキナに断ってからセザキア王国に転移し、その後王城でザウゼンとミーシア、そしてオーガスの弟、ガステアに会った。
「何も王様辞めることないと思いますけど…」
恭也はザウゼンに会って早々、ザウゼンにまだ王を続けた方がいいという自分の考えを伝えた。
しかしザウゼンの意思は固く、ミーシアとガステアも何度も説得したが聞き入れてもらえなかったらしい。
「今回三十三にも及ぶ貴族がオーガスに賛同していた。騎士団や軍の賛同者も二百人を超えていたと聞く。ここまで反旗を翻された私に王を続ける資格など無い。それに幻とはいえオーガスに自分が殺されるところを見た瞬間心が折れてしまった。これから大変な時に恭也殿はもちろん、ガステアにも悪いとは思うが、もう私は何もする気が起きない」
ザウゼンに力無くこう言われ、恭也は何も言えなかった。
あの場にザウゼンを連れて行ったのは失敗だったなと悔やむ恭也を前にザウゼンは話を続けた。
「しかし王として最後に一つ仕事をしたいと思っている」
「何ですか?」
すでに心が折れたと自分で言う程意気消沈したザウゼンがわざわざ退位前にするとなると、余程重要な仕事なのだろうと思いながら恭也はザウゼンの発言を待った。
「ミーシアを恭也殿の部下にして欲しい」
「えっ、ミーシアさんをですか?だって今回のことで騎士団も大変でしょうし…」
先程ザウゼンも言っていたが今回の件で騎士団からも多数の逮捕者が出た。
そのため今回の件に全く関与していなかった騎士団の者も国民から疑いの目で見られていると恭也はホムラから報告を受けていた。
そんな中で騎士団でも重要な位置にいるミーシアをセザキア王国から引き抜くのは、恭也としても気がとがめた。
そのため恭也はザウゼンの提案を断ったのだが、ザウゼンはなおも恭也を説得しようとした。
「正直な話、私が王位を退いたらガステアも騎士団もミーシアを持て余すのだ。騎士団に残ってもミーシアの力を発揮できるような扱いはまず受けないだろう。それならばいっそ、恭也殿の下で働いた方がいいと判断した。ミーシアも同意している」
「はい!今回の件でもお世話になりましたし、少しでもご恩を返せればと思います!」
ミーシアまでやる気を見せているため、恭也の考えは揺らいでいた。
そこにガステアがとどめを刺してきた。
「これは私が正式に即位してからになりますが、恭也様にはケーチとその周辺の領地を譲渡したいと考えています。その際にミーシアがいれば、ギルドを始める際にも便利なのでは?」
「えっ、街までですか?」
自分の知らないところでそこまで大きな話が進んでいたことに驚いた恭也を見て、ザウゼンたち三人の方が意外そうな顔をした。
「恭也殿はティノリスですでに街を譲渡されたと聞いているぞ?それにケーチは東にある海沿いの街だ。ここを恭也殿に守ってもらえれば、我々としても安心できるのだが」
ザウゼンの発言の後でミーシアが机の上に広げた地図によると、確かにケーチはセザキア王国の海沿いの街でここをもらえれば今後便利そうだった。
(ホムラ、ここの管理まで任せて大丈夫?)
(もちろんですわ。ただ他の事に眷属を割く場合、影響が出てしまいますわね)
(それぐらいなら許容範囲だよ。じゃあ、ギルドの支部長はミーシアさんに頼むから細かいことは二人で打ち合わせて)
(かしこまりました)
ホムラと簡単な確認をした恭也は、ミーシアの件とケーチの件を両方とも受けることにした。
「それじゃあ、ミーシアさんを部下にするって話もケーチをもらうって話もどちらも受けたいと思います。でも一つ条件があります」
「何でしょうか?」
恭也がここで追加条件を出す性格だとは思っていなかったガステアは、意外に思いながら恭也の発言を待った。
「今回の件で捕まった人の身柄、全員僕に預けて下さい。ケーチで刑務所を作ってそこに入れたいので」
この恭也の発言を聞き、ガステアだけでなく他の二人も言葉を失った。
その後口を開いたのはザウゼンだった。
「恭也殿、もし私に気を遣っているのなら、」
「いえ、これは僕のわがままです。どんな事情でも寿命以外で人が死ぬのは嫌なので。今回はさすがに我慢するしかないと思ってましたけど、ちょうどいい話があったんで条件を出してみました。もし駄目ならどっちの話も断ります。その場合でもセザキア自体は守るので安心して下さい」
恭也の提案を受けてしばらく考え込んでいたガステアだったが、やがて口を開いた。
「分かりました。今回逮捕した者の身柄については恭也様にお任せします。しかし三百人近くになりますが大丈夫ですか?」
これだけの数の人間を収容する建物となると、そう簡単には用意できないだろう。
それをガステアは心配したのだが、恭也は軽い口調で大丈夫だと答えた。
「はい。刑務所自体は僕の能力で簡単に作れますし、ケーチまで連れて行くのも僕がします」
「…そうですか。ではそちらは準備でき次第ご連絡します」
「はい。お願いします。街をもらうことについてはティノリスだと何日か待たされたんですけど、今回もそうなりますか?」
恭也のこの質問にもガステアが答えた。
「私の正式な即位は明日になります。明日はさすがに忙しいので無理ですが、遅くても三日後までには恭也様にケーチを譲りたいと思っています」
「分かりました。ミーシアさんは僕が能力でケーチまで送るので、準備ができたらいつでも言って下さい」
「私を送る?能様の能力は自分にしか使えないのでは?」
「いや、ティノリスで色々やってる内に自分以外を転移させる能力を獲得したんです。魔力を結構使うので気軽には使えませんけど、ミーシアさんを送るぐらいなら問題ありません」
「…さすがですね。ではその時はよろしくお願いします」
その後の話し合いでミーシアの出発は恭也へのケーチの譲渡が終わった後と決まり、今日の用事を終わらせた恭也は城を後にした。