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救国の英雄

「とりあえず僕はこれから今回の事件に参加した人たちの逮捕に行きます。これからの事についてはまた落ち着いたらと思ってますけど、オーガスさんはどうしますか?僕が牢屋とかに連れて行った方がいいですか?」


 先程の恭也の発言を聞き考え込んでいたザウゼンは、恭也の問いかけにすぐには答えられなかった。

しかしすぐに気を取り直したザウゼンは、ミーシアに指示を出した。


「ミーシア、オーガスを牢へと連れて行け。抵抗するようなら容赦はするな。そやつはもう王の暗殺未遂をしでかした反逆人だ」

「かしこまりました。さ、オーガス様、参りましょう」


 ミーシアに腕をつかまれたオーガスは声を荒げて抵抗しようとした。

 結局ミーシアのけがをさせたくないという忠告も聞かず暴れるオーガスを恭也が洗脳し、そのままオーガスはミーシアに連行された。

 ちなみに恭也が洗脳するのが後少しでも遅れていたら、オーガスはホムラの攻撃を受けていただろう。

 室内が静かになったところでザウゼンがキスア伯爵に礼を述べた。


「今回は伯爵がいなかったら私たちはオーガスの計画に気づけなかっただろう。本当に助かった。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」

「そんな陛下、お止め下さい!結局私の力不足でオーガス様を始め、貴族たちの行動を止めることはできませんでした。陛下に礼を言われるようなことは何も、」

「あら、そんなに謙遜することはありませんわ。伯爵が私の眷属に接触して来なかったら、きっと大勢の人間の血が流れていましたもの。そうなったら恭也様も心を痛めていたと思いますわ。私からも改めてお礼を言わせて下さいまし」


 そう言って心からの笑顔と言わんばかりの笑顔で自分に頭を下げるホムラを見ながらキスア伯爵は、ホムラの眷属と初めて話した時のことを思い出していた。

 オーガスのザウゼンの暗殺及びそれ以降の計画にキスア伯爵が賛同してから数日経った頃、首都、オキウスの別邸で過ごしていたキスア伯爵の部屋の扉が叩かれた。

 キスア伯爵が入るように言うと、部屋に入って来たのはホムラの眷属だった。


「な、君は能殿の部下の魔神の眷属か?何の用だ!いきなり無礼だろう!」


 突然自分の前に姿を現したホムラの眷属を見て、キスア伯爵は慌てた。

 キスア伯爵の目の前の机には今回の計画にどうしても引き込みたい人物の一覧などの計画についての詳細が書かれた書類が広げられていたからだ。


 もちろん伝聞でしか知らない魔神の眷属が目の前に現れたことに驚いたというのも嘘ではなかったが、人に見られたくない書類を前に考え事をしている時によりによって異世界人の部下が目の前に現れたのだ。


 キスア伯爵の動揺は大きかった。

 一方ホムラの眷属は、慌てるキスア伯爵の動揺を隠すための怒りを受けてもまるで気にした様子は無かった。


「そんなに怒らないで下さいまし。今日はあなたにとってもいい話を持って来ましたのよ?」

「何が話だ!帰り給え!このことは陛下にも報告して正式に抗議するぞ!まさか自分の屋敷以外にも眷属を配置していたとはな!」


 眷属は部屋の扉の前に立っており、机とはそれなりの距離があった。

 そのため慌てて書類をしまって注目されるよりも眷属を追い返した方がいいとキスア伯爵は判断した。

 今回の件にしても『与えられた屋敷以外に魔神の眷属を配置しない』というセザキア王国との約束を異世界人が破ったということで今後有効活用できるとさえキスア伯爵は考えていた。

 しかしそんな都合のいい考えは、次の眷属の発言で吹き飛んだ。


「あら、残念ですわ。今日はあの王子の口車に乗ってしまったあなたを助けたいと思って来たのですけれど、必要無いと言うのなら失礼しますわ。もうあなたに気を遣う必要もありませんので、サディアス将軍とストルモ将軍には私が先に声をかけさせてもらいますわね?」

「なっ…」


 今まさに計画に引き入れることを考えていた将軍二人の名前を眷属に言われ、キスア伯爵の表情が変わった。


「どうしてその二人の名前を…」


 今眷属がいる位置からは机の上の書類の内容までは読み取れないはずだ。

 それとも魔神の眷属というのは視力が異常に発達しているのだろうか。

 そんなことを考えていたキスア伯爵に眷属が話しかけてきた。


「あら、いくらオーガス様が王位に就いたとしても、軍を抑えるためには将軍の協力は必要ですわ。そうしないと今度は自分たちが寝首をかかれてしまいますものね。そう考えたら子供が要職に就けずに悩んでいるサディアス将軍と金銭次第で誰にでもつくストルモ将軍の二人は外せませんわよね?」


 自分の後ろから眷属の声が聞こえてきたと思ったら赤い腕が伸びてきて机の上から書類を取ったのを見て、キスア伯爵は恐怖に体をすくめた。

 先程までは確実に自分の後ろには誰もいなかった。


 それにも関わらず今自分の隣では魔神の眷属が資料をしげしげと眺めており、その後すぐに資料を机に戻すと眷属は姿を消した。

 何が起こっているのか正確に把握していたわけではなかったが、それでもキスア伯爵は自分がすでに魔神、いやあの異世界人の手のひらの上にいるということを理解した。


「な、何が望みだ?」


 こうなった以上オーガスには悪いが、キスア伯爵としては自分と家を守るのが最優先だった。

 どんな条件を眷属が出してくるのか戦々恐々としていたキスア伯爵に眷属が提示した条件は、キスア伯爵が想定していたいずれとも違うものだった。


「そう警戒しないで下さいませ。先程も言いましたけれど、私はあなたを助けに来ましたのよ?」

「た、助けにだと?」


 ホムラ本人と違い、眷属は人の形こそしているが表情は一切動かない。

 そのため眷属の向こうのホムラの真意を見抜けなかったキスア伯爵に対し、ホムラは話を続けた。


「ええ、もうお分かりの通り、あなた方の計画は全てばれていますわ。でもこれから私のマスターがこの国と付き合うことを考えると、優秀な人材が失われることは私たちにとっても痛手ですの。だってただでさえ忙しいのに、この国の管理までしてられませんもの」

「……私にどうしろと言うのだ?」


 警戒心を露わにするキスア伯爵の質問にホムラは簡潔に答えた。


「最初からオーガス様を裏切るつもりで計画に乗り、頃合いを見計らってあなたの方から私に計画を知らせてきた。そう話を合わせてくれるだけで構いませんわ」


 キスア伯爵は最初ホムラが何を言っているのか理解できなかった。

 あまりに自分に都合が良過ぎたからだ。

 キスア伯爵の表情を見てそれを察したのか、ホムラは自分の考えを伝えた。


「私が何の見返りも求めないから警戒しているのかも知れませんけれど、これから先あなたはかなり苦労しますわよ?私は今回の事件自体は内々に処理するつもりはありませんの。だってあのオーガスとかいう男は、マスターにとって有害以外の何物でもないですもの」


 魔神の眷属が王の命を受けた兵士を連れて来ていなかったので、今回の件が秘密裏に処理される可能性もあるとキスア伯爵は考えていた。

 しかしそれはさすがに考えが甘過ぎた様で、実際キスア伯爵の目の前の眷属は今回の計画に参加した者のほとんどを処罰すると言ってきた。


「少なく見積もっても三十の貴族は何らかの罰を受けますわね。未遂とはいえ王の暗殺に関わったのですもの。処刑される人間も出てくるはずですわ。貴族だけでなく将軍やオキウスの裁判官まで買収されていたと分かったらこの国はきっと大混乱に陥りますわ。でも異世界人に助けられたのではなく、一人の貴族が未然に阻止したのだとしたら混乱も少しはましになると思いますの。王暗殺を企てた反逆者と救国の英雄、どちらを選びますの?」


 ここまで追い詰められたキスア伯爵に選択肢などあるわけがなく、キスア伯爵はホムラに全面的に協力することを誓わされた。

 その後キスア伯爵は常にホムラの監視下にあり、キスア伯爵を通じてザウゼンの暗殺決行日は恭也たちの好きに決められたので、ちょうど恭也に予定が無かったゲルドンスたちとの最初の会談の翌日に決行させ、その日の内にオーガス及びその協力者の逮捕となった。


 初めて魔神の眷属に接触された日以降生きた心地がしなかったキスア伯爵は、連行されるオーガスを見てようやく一段落したと胸を撫で下ろしていた。

 そんなキスア伯爵に恭也が話しかけてきた。


「今回は伯爵の協力が無かったらもっと酷いことになってたってホムラから聞きました。本当にありがとうございました」


 ホムラは恭也にキスア伯爵が自分の意思でオーガスを裏切ったわけではないことも、キスア伯爵を密告者に仕立て上げる利点も伝えていた。

 そのため恭也はわざわざザウゼンの前でキスア伯爵に礼を言ったのだが、一ヶ月以上ホムラに苦しめられたキスア伯爵にとってはホムラの主の恭也も恐怖の対象で、返事はかなりぎこちないものになってしまった。

 そんなキスア伯爵にホムラが助け舟を出してきた。


「マスター、キスア伯爵はオーガス様を止められなかったことを相当悔やんでいるみたいですの。今は何を言われてもつらいだけだと思いますわ」

「あ、気づかないですみませんでした。とりあえず僕は逮捕の方に行きますけど、何かあったらいつでも声をかけて下さいね」


 恭也は計画がばれてしかたなくホムラに従っているはずのキスア伯爵がそこまで今回のことを気にしていたことに驚いた。

 しかし王子に誘われた上に自分の領土で異世界人が暴れたことがあるとなればキスア伯爵も様々な葛藤を抱えて今回の行動に移ったことだろう。

 こちらの世界に来てから相手の地雷を踏むことが多かった恭也は、ホムラの指摘を受けて慌ててキスア伯爵との会話を終えた。


「今回の件では本当にお世話になりましたわね。オーガス様のことは残念でしたけれど、それでも伯爵は尽力されたと思いますわ。これからも何かと苦労されるかも知れませんが、いつでも相談して下さいませ」


 そう言うとホムラは恭也と融合し、そのまま恭也と共にその場を離れた。


 恭也と別れた後、今回の件に関する取り調べを受けたキスア伯爵は、数日間オキウスに滞在するように命じられた。

 慌ただしい一日を終え、キスア伯爵は屋敷の自室で今回の件について思い出していた。


 今回のホムラとキスア伯爵の取引は、双方にとって利益しかないものだった。

 ホムラは恭也が嫌がる死人を出さずにオーガスを排除した上にセザキア王国に貸しを作れ、キスア伯爵は今回の件で名声を得た。


 キスア伯爵には侯爵への昇進の話すら出ているらしい。

 しかしキスア伯爵にとって今回のホムラとの取引は、呪いの様なものだった。

 一度は断ったとはいえ、キスア伯爵は最終的には自分の意思でザウゼンへの反逆を決意した。


 それが失敗したにも関わらず、処刑や地位剥奪どころか称賛さえされているのだ。

 こうしている間にも捕まっているはずの自分たちへの協力者のことを考えると、キスア伯爵は罪悪感で潰されそうだった。


 自分を脅迫した異世界人やその部下の魔神がキスア伯爵に何か要求してきたなら、この罪悪感も薄れただろう。

 しかし彼らはキスア伯爵に情報以外は何も要求してこなかった。


 これが原因でキスア伯爵は自分も苦しんでいるという言い訳もできず、一人心労を重ねていた。

 もっとも恭也はキスア伯爵はどちらかというとオーガスに巻き込まれた被害者だと考えている節さえあり、今回のことをあまり引きずらなければいいのだがと心配すらしていた。


 そんなことは知る由も無かったキスア伯爵は、心労のせいか体が熱く汗が止まらなかった。

 とてもこれ以上今回の真相を自分一人の胸の内に留めてはおけない。

 そう考えたキスア伯爵は、着替えを済ませると王城に向かうべく従者を呼ぼうとした。


「陛下にだけでも本当のことを伝えて、私も何らかの罰を受けなくては」


 キスア伯爵がそう口にした時だった。



「あら、それは約束が違いますわよね?」



 突然聞こえてきた女の声に驚いたキスア伯爵が振り向くと、そこにはホムラの眷属がいた。


「なっ、い、いつからそこに……」


 驚きのあまり床に倒れ込んだキスア伯爵を前にホムラは眷属越しに話しかけた。


「あら?先程言いましたわよね?いつでも相談して下さいませと」


 ホムラの言ういつでもの意味をようやく理解して青ざめたキスア伯爵が落ち着くのを待ち、ホムラは話を再開した。


「今回の真相は口外無用。それが私があなたに出した条件だったはずですわよ?それを勝手に破ろうとするだなんて悲しいですわ」

「許してくれ!こんなの、もう耐えられない!」


 眷属に涙を流しながら縋り付いてきたキスア伯爵に対し、ホムラはキスア伯爵を見下ろしながら彼の懇願を切り捨てた。


「自分の主君の暗殺に加わっておきながら、命が助かったどころか名声まで得ましたのよ?これ以上望むのは強欲過ぎますわ」

「せめて、せめて陛下、陛下だけにでも」


 何とか自分の罪を誰かに知ってもらいたい。

 そう考えてのキスア伯爵の懇願だったが、ホムラにそれを聞く義理は無かった。


「何か勘違いなさっていません?今回の騒動をセザキア王国の人間が未然に止めたというのが重要ですのよ?もしその役割をあなたが放棄したいというのなら、契約破棄の代償に奥方とご子息にも相応の代償を払ってもらいますわよ?」

「な……」


 ホムラの発言に驚いたキスア伯爵だったが、それを見たホムラはわざとらしく首をかしげた。


「何を驚いていますの?国を救った英雄ならともかく、王暗殺を企てた王子に従った反逆者の家族が無事に済むと思ってますの?今回逮捕された貴族の家族は呆然とするか泣き崩れるかしていますのよ?素敵な光景ですのでぜひ見せて差し上げたいのですが、マスターの様な真似は私にはできませんの。申し訳ございません」


 聞くだけで楽しそうだと分かる声で謝られ、キスア伯爵はようやく自分が話している魔神の邪悪さに気がついた。

 すでに手遅れだったが。


「あなたがどうしても誰かに真実を話したいというのなら好きにして下さいまし。その前に自殺してもらうだけですもの」


 ホムラにこう言われた時点で、キスア伯爵の精神は逆に安定した。

 自分はこの苦しみを一生味わっていけばいいのだと納得したのだ。


「でもあなたが自殺をしたら、きっとご家族も後を追うと思いますの。ですからご家族や家の事を考えたら自殺はお止めになった方がいいと思いますわよ。マスターは今回オーガス様に巻き込まれたあなたのことをとても心配していましたわ。もちろん私もですわよ?」


 心底心配しているという様子のホムラの声を聞き、キスア伯爵は恐怖に身じろぎした。


「これからもあなたとはいい関係を続けていきたいと思っていますの。侯爵になられた際はぜひお祝いさせて下さいまし。それでは失礼しますわ」


 そう言うとホムラの眷属はその姿を消した。

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