支部長決定
「……ということで、付き合うことになりました」
二度目のキスをしてから数分後、恭也とノムキナはゼシアを呼び戻して二人が付き合うことになったことを伝えた。
それを聞いたゼシアは自分のことの様に喜んでくれた。
「おめでとう、ノムキナちゃん。本当によかったね」
「うん。ゼシアちゃんがいなかったら無理だった。本当にありがとう」
お互いに涙ぐみながら話をしているノムキナとゼシアを見て、結局自分は最後まで受け身だったなと考えていた恭也にホムラが話しかけてきた。
(マスター、一つ提案がありますの)
(え、何?)
これからノムキナと今後のことについて話すつもりだったので、恭也としては正直後にして欲しいところだったが、ホムラの提案は恭也はもちろんノムキナにとっても無関係なものではなかった。
(ノムキナ様がマスターの恋人になったということでしたら、ぜひソパスのギルドの支部長をしていただきたいのですがいかがでしょうか?)
(ノムキナさんに?)
予想もしていなかった内容のホムラの提案を聞き、恭也はうまく返事ができなかった。
確かに信頼できるという点ではこれ以上ない人選だが、遠く離れた地で慣れない仕事をするとなると大変だろう。
しかも選ばれた理由が恭也の恋人だからなので、周囲からはある事無い事言われるのが目に見えていた。
それを考えると、恭也としてはノムキナにギルドの支部長を頼むのは気が進まなかった。
(実務に関しましては私が力添えしますわ。一度ノムキナ様に聞いてもらえませんか?)
ホムラに食い下がられ、恭也もソパス関連の仕事はホムラに丸投げしている身だったのであまり強くは反論できず一度ノムキナに聞いてみることにした。
「あの、すいません。これからのことで一つお願いがあるんですけど」
こう切り出した恭也からの提案を聞き、ノムキナは少しだけ考え込んだもののすぐにギルドの支部長就任を快諾した。
「いいんですか?多分すごく大変ですよ?」
恭也が無理ならいいですと言う暇も無い程すぐにノムキナは返事をした。
そのため恭也は不安になったのだが、ノムキナの決意は固かった。
「今まで恭也さんの役に立てないことがずっと悔しかったんです。だから私で力になれるならぜひやってみたいです」
先程のキス直前同様のノムキナの強い視線を受け、恭也は自分がノムキナのことを誤解していたことにようやく気づいた。
そもそも全部一人でやろうとしてノムキナたちに心配をかけたのだ。
ここで遠慮をしてはこれまでの二の舞になる。
そう考えた恭也は、改めてノムキナに支部長の件を頼んだ。
そしてノムキナがソパスに引っ越すことが決まり、その日の夜は三人でささやかな宴が開いた。
引っ越し作業自体は『格納庫』と『救援要請』があればすぐに終わるが、ユーダムの人々へのあいさつも必要で、ノムキナがユーダムで担当していた仕事もある。
そのためノムキナがユーダムを去る日は、告白の五日後となった。
そして五日後、ユーダムを去ることになったノムキナを見送るために多くの人が顔を出した。
ゼシアはもちろんカムータやジュナにロップ、他にも恭也があまりなじみの無い者も多かった。
彼らは恭也が知らないところでノムキナが交友を広げた人々なのだろう。
「みなさん、今日はありがとうございます。これまでお世話になりました」
見送りに集まった人々にノムキナが礼を言うと、代表してカムータが口を開いた。
「ノムキナさんがユーダムを離れてしまうのは残念ですけど、でも恭也さんと正式に付き合うことになったと聞いて安心しました。ティノリスでも頑張って下さい」
「はい。ありがとうございます」
「恭也はすぐ無理をするから、いざとなったら無理矢理にでも休ませないと駄目だぞ」
「私たちがこちらに来てからずいぶんお世話になりましたね。恭也さんとどうかお幸せに」
ジュナとロップがノムキナに激励と礼を告げた後でゼシアが前に出てきた。
「ノムキナちゃん、これから大変だと思うけど、恭也さんと頑張ってね」
「うん。これまでほんとにありがとう。すぐには無理だと思うけど、落ち着いたら絶対に遊びに来るから」
「楽しみにしてる。私もノムキナちゃんの分までがんばるね」
その後二人は感極まり、涙ぐみながら抱きしめ合った。
しばらくして二人が落ち着いたところで恭也はユーダムの人々に声をかけた。
「さっきノムキナさんも言ってましたけど、しょっちゅうは無理かも知れませんけどノムキナさんを連れて来ることはできますし、僕は今まで通りここに顔を出すつもりです。連絡手段や移動の方法自体は色んな国で研究してもらってるので楽しみにしてて下さい」
そう言うと恭也はカムータたちに別れを告げるとソパスの屋敷へと転移し、その後『救援要請』でノムキナを呼び寄せた。
数秒後、ノムキナはソパスの前領主が使っていた屋敷の前にいた。
あらかじめノムキナは恭也の『救援要請』の内容を聞いていたが、実際に突然見知らぬ場所に転移させられて驚いている様子だった。
「これが恭也さんの家なんですか?」
しばらく辺りを見回していたノムキナは、目の前の屋敷を見上げながら口を開いた。
今回恭也がノムキナを連れて来た屋敷は、ギズア族誘拐の罪でソパスの前領主を捕まえた際に取り上げたものだ。
ソパスを譲渡された当初、恭也はこの屋敷を使うつもりはなかった。
しかし恭也が正式にソパスの領主になったとなると、領主の住所を変えると不便なことが多かった。
他の街から手紙を出す人間はもちろん数は多くないが領主に陳情に来る住民もいる。
それを考えるとこの屋敷を恭也の領主としての住居にするしかなく、正直大き過ぎると思いながらも使用していた。
と言っても恭也はこの屋敷で一ヶ月の内十日も寝泊まりしていなかったので、住人が増えれば使用人たちもやりがいがあるだろう。
付き合い始めてすぐの同居を恭也が提案した時、ノムキナはかなり動揺していた。
恭也としては下心は一切無かったのだが、ノムキナのこの反応を見て恭也が色々想像してしまったことはしかたがないことだろう。
しかし実際問題恭也の恋人のノムキナを独り暮らしさせるのは現時点では不安が大きかった。
これまで恭也は『治癒』による住民の治療を数回行い、その上精霊魔法を使っての工事の手伝いなども行ってきた。
内政はもちろん治安の維持に関してもホムラの指揮の下円滑に行われており、現在のソパスの住民の恭也への評価はかなり高くなっていた。
ホムラによると他の街からの移住希望者を制限しなくていけない程らしい。
とはいえ恭也のせいで甘い汁を吸えなくなった者の中で逮捕までは至らなかった者も多い。
彼らの中には恭也に一矢報いたいと考えている者も多く、そんな彼らからすればノムキナは恰好の的だろう。
ノムキナなら悪用の心配も無いのでウルやホムラの加護を与えたいところだったが、残念ながらノムキナの魔法の属性は水だ。
一応氷の障壁を張れる魔導具は渡しておいたが、実戦経験が皆無のノムキナには警護が必要だった。
そうしたわけで恭也はノムキナをこの屋敷に連れて来たのだ。
屋敷に入るなり使用人たちに出迎えられ、ノムキナは戸惑った様子だったが恭也に案内されて二階へと向かった。
ノムキナを用意された部屋に案内した恭也は、『格納庫』からノムキナの荷物を取り出してとりあえず壁際に置いた。
「一通りの物は部屋にありますけど、もし何か欲しい物があったら使用人の人たちに頼めば用意してもらえると思います。後抵抗あると思いますけど、家事全部使用人の人たちがやってくれるんでそのつもりでいて下さい」
「そ、そんな私なんかにそんな!もったいないです!」
昨日まで全ての家事をゼシアと分担して行っていたノムキナは、突然の至れり尽くせりの生活に戸惑っている様子だった。
そんなノムキナの戸惑いがよく分かる恭也は、ノムキナにあらかじめ考えていた説明をした。
「気持ちは分かりますけど、こっちが自分でやろうとするとあっちも困るみたいなんですよね。ほら、僕たちが料亭に入ったとして僕たちが厨房に入ると店の人困っちゃいますよね?あんな感じだと思います」
「言いたいことは分かりますけど……」
恭也の説明を受けてもなお戸惑うノムキナに恭也は頭を下げた。
「すいません。一応僕ここの領主なんでこればっかりは我慢してもらうしかないです」
「そうですよね!恭也さんとこ、恋人になった以上、そういったことにも慣れないと!」
何とか新しい生活の仕方を受け入れた様子のノムキナに恭也はこれからのことを伝えた。
「とりあえず僕は後いくつかの用事を済ませたら南の大陸に行くつもりです。そうなったらしばらくは会えなくなると思います。付き合って早々すみません」
「いえ、気にしないで下さい。少しでも早くゆっくりできるようにお互い頑張りましょう」
恭也が各地の事件を解決するために忙しくしていることに関しては、ノムキナの中ではすでに結論が出ているらしかった。
恭也といられる時間を増やすためには世界の方を平和にするしかないというのがノムキナの結論らしく、明日から行う予定の事務仕事に関してはここ数日ホムラを質問攻めにする程の熱意を見せていた。
こういった方面での支援は正直ありがたかったので、恭也は改めてノムキナに礼を言うことにした。
「僕割と考え無しに暴れるんで、ノムキナさんが支えてくれると嬉しいです。これから色々迷惑をかけることになると思いますけどよろしくお願いします」
「少しでも恭也さんの力になれるようにがんばりますね」
お互いが自分の考えを伝えて空気が弛緩し、恭也がそろそろ部屋を出ようとした時にノムキナが恭也に意味ありげな視線を向けてきた。
「ところで、その、明日からがんばるつもりですけど、報酬を前払いしてもらっていいですか?」
一瞬ノムキナの言う報酬が何のことか分からなかった恭也だったが、顔を赤くするノムキナを見てようやく察しがついた。
恭也は多少ぎこちない動きでノムキナに近づくと、ここ数日すっかりくせになってしまったキスをノムキナと交わした。
ノムキナと別れた恭也は、ウルとホムラが待つ自分の部屋へと向かった。
「ごめん。待たせちゃって」
ノムキナと話していた時間はほんの数分だったが、一応礼儀として恭也は謝った。
それに対するウルの反応は、恭也にとって予想外のものだった。
「えっ、早くね?」
「だって、これからよろしくお願いしますって話しただけだし」
「なんだ。てっきり盛り上がってやってるもんだと。今日はもう話終わりだと思ってたぜ」
ウルのあけすけな発言を聞き、一瞬言葉につまった恭也だったがこの際なのではっきり言っておくことにした。
「前から思ってたんだけど、ノムキナさんまだ十四歳だよ?僕のこと何だと思ってるの?」
「そうですわよ。人間はそういった事に及ぶ際時間をかけるそうですわ。まあ、手短に済ませる人間も多いですけれど」
「ふーん。そうは言っても恭也、あの兎の獣人の胸何度も見てたじゃねぇか?説得力無くね?」
「いや、ほら、……あれは違うじゃん?」
ロップの主張が強い胸を思い出してうまく反論ができなかった恭也にホムラが一つの提案をしてきた。
「もしよろしければ私が相手をしますわよ?」
普段の仕事のやり取りと変わらない口調でホムラにそう言われ、この話を終わらせたかった恭也はどっと疲れながらも口を開いた。
「前にウルにも同じ様な事言われたけど遠慮しとくよ。ウルとホムラのことは好きだけど、そういう相手としては見てないから」
「そうか?まあ、我慢できなかったらいつでも言えよ?」
ウルもホムラも恭也と言うより男に偏見を持っているのではないだろうか。
二人が百パーセント善意でそう言っているのを理解している恭也は、そんなことを考えつつ話題を変えた。
「さてと、そろそろ真面目な話しよう。とりあえずオルルカでのラミアの代表へのあいさつを終わらせようと思ってるんだけどそれでいい?」
他にもいくつかの事業や試みを行っているが、恭也が急いで出向かないといけない案件はこれぐらいだったはずだ。
そう思っていた恭也にホムラが普段と変わらない口調で眷属からの知らせを伝えてきた。
「セザキア王国の国王がとうとう変わったと眷属から知らせが入りましたわ」
「あー、やっぱ駄目だったか。じゃあ、僕たちもそれなりに対応しないとね」
ラミアの代表へのあいさつは、あまり伸ばすことはできないが現時点では三日以内に行うということしか決まっていなかった。
そのためセザキア王国の国王が変わったという問題の方が優先順位は高く、恭也はウルとホムラと融合するとセザキア王国に転移した。