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告白

 先程別れたばかりのノムキナが自分と顔を合わせた途端逃げ出すという状況に戸惑ってしまった恭也だったが、確かにノムキナの目には涙が浮かんでいた。

 知り合いが泣いていたとなると放ってもおけないので、恭也は慌ててノムキナを追いかけた。

 自分が思っていたより長く恭也は戸惑っていた様で、恭也が角を曲がった時にはすでにノムキナの姿は無かった。

 しかし家に行けば会えるだろうと考え、恭也はノムキナとゼシアの家へと向かった。

 

 恭也がノムキナとゼシアの家に着くと、ゼシアが出迎えてくれた。


「…もしかしてノムキナちゃんの件ですか?」


「はい。さっき会ったんですけど、顔を合わせた途端急に走り出しちゃって。泣いてるみたいだったんで大丈夫かなと思って来たんですけど…」

「…ノムキナちゃんは帰って来てます。でも帰って来るなり部屋に入っちゃって、私も何が何だか…。とりあえず状況聞かせてもらっていいですか?」


 ゼシアにそう聞かれた恭也は、物陰で自殺したことを除いて先程のやり取りを全てゼシアに話した。

 恭也の話を聞き、ゼシアも困惑していた。


「んー、何か隠してませんか?」

「いや、さっきは隠す程のことノムキナさんと話してませんし…」

「…とりあえずしばらくしてから話を聞いてみますから、また明日来てもらえませんか?」

「はい。じゃあ、明日の午後に出直します」


 ゼシアにそう伝えると、恭也はその場を離れた。


 恭也が帰ってからしばらく経ち、頃合いを見計らったゼシアがノムキナの部屋の扉を叩くと、ノムキナはゼシアを部屋へと入れた。


「どうしたの?まさか恭也さんに何かされた?」


 ゼシアは恭也のことを信頼していたが、先程聞いた限りだと恭也がノムキナに何かしたとしか考えられなかった。

 しかも先程の恭也は何かを隠している様にゼシアは感じた。

 それを踏まえての質問だったのだが、それはゼシアの早とちりだった。


「ううん。何かされたわけじゃない。…前にジュナさんが恭也さんの話した時のこと覚えてる?恭也さんがサキナトと戦ってた時にけがを治すためにわざと死んだって話」

「うん。私はノムキナちゃんから聞いたけど、それがどうしたの?」

「さっき刑務所から帰ってきた恭也さんに会ったんだけど、すごくつらそうな顔してた。でも別れてすぐに追いかけたら、路地裏から出てきた恭也さん元通りになってた。多分恭也さん、つらくなったら自殺して無理矢理元気になってるんだと思う」

「……」


 想像していた理由とは全く違う方向からの衝撃的な話を聞かされ、ゼシアは言葉を発することができなかった。

 そんなゼシアにノムキナは自分の考えを伝えた。


「恭也さんが何をしているのか詳しくは知らないけど、でも毎日色んな国に行ってがんばってるって聞いてる。それにカムータさんたちが集まって何か戦いのことで相談してたのも。それなのに私は恭也さんに何もできないんだなと思ったら、頭が真っ白になっちゃって…」


 ここでノムキナは再び涙ぐみ、それを見たゼシアはノムキナがこれ程恭也を好きだったという事実に驚いた。

 いやもちろんノムキナの気持ちがいい加減なものだと思っていたわけではない。

 しかし恭也が疲れる度に自殺して疲労を消しているらしいという話を聞き、ゼシアは正直引いてしまった。


 奴隷としてさらわれていたところを助けてもらった上に今も面倒を見てもらっている身としては失礼だとは思うが、何もそこまでしなくてもというのがゼシアの正直な気持ちだった。

 そのためゼシアは、恭也の行動に涙を流せるノムキナにも驚いていた。


 それと同時にこれは最大の好機なのではとも考えた。

 何しろ明日恭也の方からここに来るのだから。

 ここまで考えたゼシアは、ノムキナに明日恭也が自分たちの家に来ることを伝えた。


「明日恭也さんがここに来るから、恭也さんが無理をしたらすごく悲しいってこと伝えてみたら?恭也さん優しい人だから、それを伝えるだけでも少しは違うと思うし」

「…でも私恭也さんのしてること手伝えるわけじゃないし、そんなこと言うのは無責任じゃないかな?」

「みんながみんな好きな相手の仕事手伝えるわけじゃないんだし、それ言い出したら恭也さんに気持ち伝えるなんて無理だよ?だって恭也さんの仕事手伝える人間なんて世界に数える程しかいないだろうし」

「…うん。そうだよね。誰かが言わないと恭也さんずっと無理するだろうし、明日は私の今の気持ち伝えてみる。告白までできるかは分からないけど…」

「うん。ノムキナちゃんがやりたい様にやってみて」


 ゼシアはそう言ってノムキナに笑いかけた。


 そして翌日、午後になり恭也がノムキナとゼシアの家を訪れた。

 恭也を出迎えたゼシアに招かれ、恭也は家へと入った。

 すでに何度か来ているので、恭也は慣れた様子で家に入ってすぐの台所兼居間の様な部屋に向かった。

 当然そこにはノムキナがおり、三人が席に着くと正面から二人の視線を受けながらすぐに恭也が口を開いた。


「昨日は何だか怖がらせてしまったみたいですみませんでした。昨日少し言いましたけど、刑務所に行った時嫌なことがあって、それで表情がこわばってしまってたかも知れませんけど、もう大丈夫です。本当にすみませんでした」


 そう言って頭を下げた恭也にノムキナは正面から質問をぶつけた。


「恭也さん、昨日私と別れた後、元気になるために路地裏で自殺しましたよね?」


 自分が昨日自殺したという事実に気づかれていたとは思っていなかったので、恭也はすぐに返事ができなかった。

 そんな恭也を前にノムキナは話を続けた。


「前にジュナさんに恭也さんがサキナトと戦っていた時の話を聞きました。その時はけがを治すために自殺してたそうですけど、でもあの時は恭也さんどこにもけがなんてしてませんでした。でも別れる前と比べると表情が全然違って、それで恭也さんが無理してるんだって思ったらすごく悲しくなって…」


 ここまで言うと、ノムキナは涙ぐんでしまった。

 まさか昨日のことでこういった罪悪感をノムキナに覚えさせているとは恭也は思っていなかった。

 そのため恭也はノムキナに改めて謝ると同時に、気にしないで欲しいと伝えた。


「すいません。街中で不注意でしたね。心配させてしまってすみませんでした。でもこれは僕が好きでやってることですし、そもそも僕にとっての死ぬって他の人たちの死とは全然違うんでそんなに気にしないで下さい」


 そう言うと恭也は、ノムキナの不安をなくそうと笑いかけた。

 ノムキナが心配してくれるのは嬉しいが、先程恭也が言った通り今恭也がしていることは誰かに強制されているわけではない。

 確かに精神的に少々きついのは事実だったが、それでもやりがいも感じている。

 今回の失敗を活かし、周りに心配をかけないようにしなくてはと恭也は反省していた。


「これからはノムキナさんたちに心配かけないように気をつけますね。一応大きな仕事が終わったばかりで、少しはゆっくりするつもりだったので」


 実際は魔力が回復次第南の大陸に行くつもりだったし、オルルカ教国でのラミアの代表へのギルドへの参加の打診、クノン王国内で王族と距離を取っているというエルフへのあいさつ、ティノリス皇国で準備中の研究所との話し合い、クノン王国の許可を得た後でのスモンへのガーニスの鎧の配置など仕事は山積みだったが、それを正直に言ってノムキナに更なる心配をかけてもしかたがない。

 これでノムキナが少しでも安心してくれればいいのだがと恭也が思っていると、ノムキナは安心するどころか悲しそうな顔をした。


「ノムキナさん?どうしました?」

「恭也さん」


 ノムキナの悲しそうな表情の理由が分からず戸惑っていた恭也の様子を見て、これまで二人の話を黙って聞いていたゼシアが声をかけてきた。

 それを受けて恭也がゼシアに視線を向けると、ゼシアは不機嫌そうな顔をしていた。

 仮にも命の恩人が頻繁に自殺をしてまで働いていることを知ったのだから、二人が動揺するというのなら分かる。


 しかしどうしてゼシアは不機嫌そうにしているのだろうか。

 命を粗末にするなということなら、先程も言った通り恭也にとって死とは手段の一つに過ぎないので正直余計なお世話なのだが。


 そう考えた恭也だったが、自分を心配してくれた年下の女の子たちにそこまで率直に伝えるのはさすがにはばかられた。

 そのため恭也は、とりあえず謝ってこの場は退散しようと考えた。

 しかし恭也より先にゼシアが口を開いた。


「ノムキナちゃんがどうして泣いてるか分かりますか?」

「…僕が無理してるのが自分たちのせいだと思ってじゃないんですか?」

 恭也が自分の考えを口にした後しばらく沈黙が続き、その後ゼシアがため息交じりに口を開いた。

「確かにノムキナちゃんは、カムータさんたちが無理してるところを見ても悲しい顔はすると思います。でも涙まで流すのは恭也さんの時だけだと思いますよ?」


 ここまで言われてどうしてかと尋ねる程恭也も鈍くはない。

 恭也が先程までとは違う理由でぎこちない動きでノムキナに視線を向けると、ノムキナと視線が合った。

 二人が無言で見つめ合う中、ゼシアが立ち上がって恭也に視線を向けた。


「さっきのこれからしばらくはゆっくりできるっていうの嘘ですよね?昨日カムータさんに聞いて、恭也さんが別の異世界人と戦うことになったってことは知ってます」


 自分の嘘がいきなりばれていたことに閉口した恭也だったが、ゼシアの口撃はこれで終わりではなかった。


「前にノムキナちゃんに周りからどう思われても、自分が正しいと思ったことをしていくつもりだって言ったらしいですね」

「はい」


 完全にゼシアの空気にのまれていた恭也は、反射的に短く返事をするのがやっとだった。

 そこにゼシアが恭也とノムキナ双方にとってとどめとなる発言をした。


「周りからどう思われても構わない。実際恭也さんにそれができる力があります。でもそれで、人から向けられてる好意まで無視するのって寂しいと思います」

「ちょっ、ゼシアちゃん!」


 発言の最後の方で意味ありげにノムキナに視線を向けてきたゼシアから予想外のパスを受け、ノムキナは驚いた様子だった。


「じゃあ、後は二人でごゆっくり」


 そう言うとゼシアは二人を残して家を出て行った。


「「…………」」


 しばらく恭也もノムキナも口を開かなかったが、いつまでも黙っているわけにもいかない。

 ノムキナときちんと話をしようと決めた恭也は、まずウルとホムラに席を外すように頼んだ。


(今からノムキナさんと大事な話するから、僕が呼ぶまで外で待っててくれる?)

(ん?大事な話?それなら俺たちも聞いといた方がいいじゃねぇか)


 大事な話だから席を外して欲しいという不可解なことを言われ、ウルは不思議そうにしていた。

 そんなウルをホムラが以前恭也から聞いた単語を使い説得した。


(おそらくマスターはノムキナさんとプライベートな話をするのだと思いますわ。私たちは聞かない方がいいと思いますわ)

(ああ、人間は子作りしてるところは見られたくないんだったな)


 いつもなら恭也はウルのこの発言に突っ込んだだろうが、今はそこまでの余裕が無かった。

 その後体を解き二人が出て行くのを待ってから、恭也は口を開いた。


「まずは昨日の件はすみませんでした。そこまでノムキナさんを驚かせることになるとは思ってなくて…」

「いえ、謝らないで下さい。私が泣いたのは私が恭也さんに何もできないのが悔しかったからで、恭也さんのせいじゃないですから」

「…ノムキナさんが僕が無理してるのを見て、泣いてくれたのは嬉しかったです。それに僕に好意を持ってくれてたことも」


 恭也にはっきりそう言われ、ノムキナは表情を硬くした。

 しかしその後の恭也の発言を聞き、ノムキナは表情を変えた。


「もしかしたらノムキナさんが僕のことを好きなのかも知れないとは思っていました。でも自分を助けた僕への感謝と好意を勘違いしてるのかもと思って、それで何も言いませんでした」

「確かに恭也さんには感謝してます。でもそれだけじゃなくて、私は恭也さんに…」

 ここで口ごもったノムキナは、しばらく考えた後で立ち上がった。

「…見て欲しいものがあります。あそこの棚にあるんですけど、少し重いので来てもらっていいですか?」


 ノムキナにそう言われ、恭也は壁際の棚に近づこうとした。

 そして恭也がノムキナの隣に立った瞬間、ノムキナは振り向きざまに恭也の唇を奪った。

 突然のことに最初何をされたか分からなかった恭也だったが、目を閉じて頬を赤くしながら自分に抱き着くノムキナを見てようやく現状を理解した。

 その後しばらく二人は動けなかったが、やがてノムキナの方から離れた。

 ずっと息を止めていたらしく、ノムキナはわずかに息があがっていた。


「えーっと…」


 突然唇を奪われて驚いた恭也だったが、ノムキナは恭也から目をそらすことなく口を開いた。


「もちろん恭也さんには感謝してます。それにゼシアちゃんもカムータさんも、ユーダムの人たちもみんな好きです。でも私がこういうことをしたいと思うのは、恭也さんだけです」


 ここまでノムキナに言われてようやく覚悟が決まった自分の情けなさに恥ずかしくなりながらも、恭也は何とか口を開いた。


「ほんとはこういう時は年上の僕がちゃんとしないといけないんでしょうけど、…ありがとうございます。でもいいんですか?もう知ってるでしょうけど、僕ほとんど帰って来ませんよ?しかもこれからもっと忙しくなると思いますし」


 これからこの大陸でのいくつかの問題を解決したら、恭也は南の大陸に行くつもりだ。

 数日で帰って来るどころか生きて帰って来られるかすら分からない。

 そんな自分がノムキナと恋人になっても、ノムキナに寂しい思いをさせるだけなのではと恭也は考えた。

 そんな恭也にノムキナは自分の考えを伝えた。


「詳しいことまでは聞いてませんけど、カムータさんから恭也さんが他の異世界人と戦うことになったって聞きました。でも逆に考えるとこの問題さえ解決したら、これ以上に大きな問題なんて起こりませんよね?」

「…まあ、そうですね」


 上級悪魔複数を従える異世界人による侵略以上の問題などそうそう起こらないだろう。

 しかし恭也にとってあの異世界人のことはあくまで予想外の出来事だった。

 仮にこの問題が解決しても、各国が把握していない人々の安全確保や医療体制の充実など誰かを倒せば終わりといったわけではない問題が山積みだった。


 そのため恭也は仮に付き合うことになってもノムキナに寂しい思いをさせてしまうことになるとはっきりと伝えた。

 しかしノムキナはそれを聞いても動じなかった。


「はい。恭也さんの助けを必要としてる人は、きっとまだたくさんいると思います。だから恭也さんにずっとそばにいて欲しいなんて言う気はありません。ただこれまで通りみんなを助ける中で、少しだけ私を特別扱いして下さい。…駄目ですか?」


 心細そうなノムキナの視線を受け、その目は反則だろうと思いながら恭也はノムキナの告白に返事をした。


「一緒にいられる時間はあまりとれないかも知れませんけど、でもノムキナさんの気持ちは嬉しいです。これからよろしくお願いします」


 そう言って恭也が頭を下げると、ノムキナは安心したようで笑顔を浮かべた。

 そんなノムキナに恭也はもう一度キスをしないかと提案した。


「もう一度キスしてもいいですか?さっきはよく分からなかったので」

「キス、素敵な響きですね。はい。私ももう一度したいです」


 その後二人は、今度はゆっくり唇を交わした。

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