脱獄未遂
恭也がゴーズン刑務所に着くと、刑務所内はまだ騒然としていた。
今回の騒ぎの原因となった男以外の囚人は一ヶ所に集められ、当の男はホムラの眷属により死んでいないのが不思議な程痛めつけられていた。
とりあえず恭也は今回殺された看守を全囚人たちが見ている中で蘇生した。
「うっ…」
「大丈夫ですか?今回はこっちの不手際ですみませんでした」
「あ、いえ、こっちこそわざわざすいませんでした」
刑務所で働いている兵士たちにはいざとなったら恭也が蘇生させるということは伝えてあった。
そのため今回の囚人が人質を取った際にホムラの眷属だけでなく看守たちも囚人の要求に応じなかった。
人質に取られた兵士も自分が一度死ぬことは受け入れていたらしい。
とはいえそう言われて納得できる性格でもなかったので、恭也はもう一度だけ兵士に謝ると今度は今回の騒ぎを起こした囚人のもとに向かった。
全身火傷だらけの囚人の傷を癒やしてから恭也はどうしてこんなことをしたのか尋ねた。
恭也の質問を受けた囚人、コピオは立ち上がるなり恭也につかみかかろうとした。
目の前の囚人が何らかの攻撃を仕掛けてくる可能性は考えていたので、恭也はあらかじめ発動準備をしていた『キドヌサ』でコピオを束縛した。
「どうしてこんなことをしたのか聞きたいだけなんですけど。洗脳して聞き出して欲しいってことならそうしますよ。魔神の魔法なら闇属性の人でも簡単に洗脳できますし」
コピオに視覚的にウルと契約している恭也の危険度を伝えるためだけに恭也は右手に漆黒の魔力を帯びて見せた。
そのかいあって多少は動揺した様子のコピオだったが、現時点でコピオは進退窮まっていた。
もう失うものなどないコピオは、束縛されながらも恭也を罵った。
「どうしてこんなことをだと?私たちの組織も国もめちゃくちゃにしておいて何様のつもりだ!市場であれだけの人間を死なせておいて救世主気取りか!この人殺しが!」
ここでようやく恭也は目の前の男に見覚えがあることに気がついた。
「あれ?もしかしてあなた、あの時市場にいた人ですか?」
恭也のこの質問にコピオは激しく体を揺さぶり、それに伴い鎖が激しく動いた。
「ようやく思い出したか?今まで多くの人間の人生を狂わせてきたお前だ!いちいち私の顔など覚えていないかと思っていたぞ!どうした?あの市場の時にした様に私を殺してみろ!お前がこれから先何をしたって、あの市場で死んだ人間はお前を許しはしないぞ!せいぜいこれからも自己満足の人助けをするんだな!この偽善者が!」
言うだけ言ってすっきりした様子のコピオに恭也は自分の考えを伝えた。
「はい。あの人たちが僕のことを憎んでいるのは知ってます。本人に直接言われましたから。でも僕は一生嫌な思いして生きていくなんて嫌なので、どんどん人を助けてどんどん自己満足して楽しい人生を送ってやります」
自分の罵倒に全く動じていない恭也を見てコピオは目を丸くしたが、恭也の発言はまだ終わっていなかった。
「この世界あなたみたいな悪い人がごろごろいるんで、僕みたいな偽善者でもいないよりはましでしょうから。これからもあなたたちみたいな人の人生どんどんめちゃくちゃにしていくつもりです。だからこれから近くで僕のすることを見ていて下さい」
そう言うと恭也はコピオに『不朽刻印』をつけた。
『不朽刻印』の効果はゴーズン刑務所に収容されている者なら全員知っていた。
これを使い自分を何度も殺し続けるつもりかとコピオは身構えたが、恭也の思いついた罰はそんな甘いものではなかった。
今の恭也がその気になればいくらでも非道な罰を相手に与えることができる。
『不朽刻印』をつけていればどうせ百足らずの魔力で蘇生できるのだからウル製の魔導具を持たせて特攻させてもいいし、どこかのギルドの支部長をやらせて過労死するまで働かせて死んだら蘇生するという行為を延々としてもいい。
特攻要員にする場合はさすがに各地に連れて行く際に一々『救援要請』を使うわけにはいかないので、一度殺して『格納庫』にしまって運ぶことになるだろう。
ひたすら『降魔の壺』の動力源になるという人生を送らせてもいい。
今も自分を被害者だと考えてまるで反省せず、これだけのことをしておいてただ殺され続けるだなどという甘い罰を受けるだけで済むと考えているコピオの能天気さに恭也は呆れた。
「どれがいいですか?僕としてはギルドの支部長をしてもらえると助かりますけど」
恭也は自分の考えたコピオへの罰の内容を『情報伝播』でこの場にいる全員に伝えた。
どの罰の内容もコピオを青ざめさせるには十分だったが、魔力の節約のためにだけにコピオを死体にして運ぼうという恭也の考えはこの場の全員を戦慄させた。
「化け物め。人の命を何だと思っている?」
「奴隷商人が何言ってるんだって突っ込んだ方がいいですか?」
見事なまでに自分のことを棚に上げたコピオの発言を聞き、恭也は呆れた表情を浮かべた。
「あとその刻印ですけど、僕を怖がってる相手じゃないとつけることはできません。だからそれがついてる時点で、あなたの態度が虚勢だってことはばれてるのでそのつもりでいて下さい」
とうとうコピオは何の反論もしなくなった。
「今僕本当に忙しいんです。ちょうどいい機会だから見せときますね」
そう言うと恭也は『情報伝播』を使い、オルルカ教国での先日の出来事を刑務所内の全員に見せた。
囚人たちはもちろん、オルルカ教国で起きたことを話だけには聞いていたクノン王国の兵士たちも今まで見たこともない数や大きさの悪魔たちの姿に恐怖を感じている様子だった。
「この悪魔たちを送り込んだ異世界人が僕への嫌がらせでここやユーダムを襲う可能性はかなり高いと思ってます」
あの異世界人がどれだけこの大陸内の情報を持っているかは分からないが、少し調べれば恭也がネース王国で自治区を作ったことはすぐに分かるだろう。
これに関しては別に脅しと言うわけではなく、かなりあり得ることだと恭也は考えていた。
「もしそうなったらあなたにはがんがん死んでもらうつもりなんで、それが罰ってことで今回は何もしないでおきますね。もちろん今すぐこき使われたいって言うなら、もう一回今回みたいなことすればいいです」
それだけ言うと恭也は、ゴーズン刑務所の看守をしているクノン王国の兵士たちのもとに向かった。
今回の件を謝らなくてはいけないからだ。
そんな恭也の後ろでは、コピオが得体の知れないものを見る目で恭也を見ていた。
(あー、胃が痛い)
(大丈夫かよ?)
(今回は私のせいで申し訳ありませんでした)
(いや、ホムラが謝る必要はないよ。眷属は何十体も働いてるんだから、眷属がいるところで起こった問題全部ホムラが悪いなんて言う気無いし)
(でもマスターはあの男と話している時、かなり不快そうにしていましたわよね?)
(サキナトの人たちがああいう人だってのは分かってたから、そこまでむかついたわけじゃないよ。単に昔の事思い出して気が滅入っただけ)
(ああ、あの男が言ってた市場でどうこうってあれか?)
(その件に関しては私もユーダムの方たちから聞いていますけれど、マスターが気になさらなくてもいいと思いますわ。その時は私たちもいなかったのですし、蘇生もできなかったのですもの)
(うん。あの時のこと今さらどうこう言ってもしかたないことは分かってるよ)
あの時の自分には力が足りなかった。サキナトの人間があそこまでするとは思っていなかった。
そもそもセザキア王国もクノン王国もさらわれた国民を助けようとはしていなかった。
自分がサキナトを潰したおかげであの市場で死んだ人間より多くの人間を救うことができた。
サキナト及びネース王国との戦いが終わり落ち着いた頃、恭也は何度も自分を正当化する言い訳をした。
別にそれで納得したわけではないが、次から次に問題が起こり忙殺される中でいつしかあの事件は恭也の中で『嫌な記憶』という漠然としたものになってしまった。
今では精々あの時の被害者たちに責められる夢を見る程度だった。
だからコピオに罵倒された時も不快にこそなったが、怒りや虚無感に我を失うとまではいかなかった。
ただうまく言語化できない不快感にさいなまれているだけだった。
とりあえず食べ損ねた昼食を済ませようと考えた恭也はユーダムへと向かった。
ユーダムが見えてきたため地上に降りて徒歩でユーダムに入った恭也は、ユーダムの中心部にある食堂へと向かった。
普段ならユーダムの人間に気を遣わせるのが申し訳ないので、恭也は食事のためだけにユーダムを訪れることはない。
今回はただ何も考えずに体を動かしていたかったという理由で無意識の内にいつもの携帯食で済ませるという選択肢を排除していた。
そんな時、恭也はノムキナと出くわした。
「恭也さん、…何かあったんですか?」
普段と様子の違う恭也を見て、ノムキナは思わず何があったのか尋ねてしまった。
そんなノムキナの様子を見て、恭也も思わず右手を自分の頬に当ててしまった。
今の自分はそんなまずい顔をしているのかと不安になりながらも、恭也は何とかノムキナを安心させようと口を開いた。
「すいません。さっきまで刑務所にいて、ちょっとそこで揉めちゃって。心配してくれてありがとうございます。買い物の途中ですか?」
「はい。恭也さんは今からごはんですか?」
「はい。もうすぐ大きな仕事があるんですけど、その前に準備をしないといけなくて。今はその前のちょっとした息抜きってやつです。じゃあ、またその内」
そのままノムキナの返事を待たずに早足でその場を離れた恭也の背中をノムキナは黙って見送った。
ノムキナと別れた後、恭也は物陰に入るといつも通り気分を切り替えるために自殺をした。
そのかいあって心身ともにすっきりした恭也だったが、この際に新しい能力、『記憶消去』を獲得した。
これまで自殺した際はこういった能力は獲得しなかったので、恭也は今の自分が精神的に疲れていることにようやく気がつき、それと同時にこういった形で自分の能力の成長を実感して苦笑した。
とはいえ肉体的なものも精神的なものも疲労は一度死ねば消えるのだからそこまで気にすることはないだろう。
そう考えて物陰から出た恭也は、先程別れたばかりのノムキナとぶつかりそうになった。
「あれ、ノムキナさん?どうしたんですか?」
純粋に疑問に思っての恭也の質問だったが、先程とは打って変わって健康そうな恭也の顔を見てノムキナの目に涙が浮かんだ。
そのままノムキナは何も言わずに駆け出し、恭也は途方に暮れた。