土壌回復
オルルカ教国の首都、ゼイナに転移した恭也は、転移後すぐにゲルドンスたちが待つ部屋へと案内された。
室内の空気は一歩入っただけで分かる程緊迫しており、恭也は目立たない様に小さく深呼吸した。
恭也が席に着くとゲルドンスが前回のオルルカ教国側の態度を謝罪してきた。
それに対して恭也は気にしないように伝えた。
「おとといティノリスにいる異世界人のガーニスさんにも言ったんですけど、僕たち異世界人がこの世界の権力者にとって邪魔な存在だということは自覚してます。だってみなさん僕たちさえ来なければそれぞれの国を支配できてたわけですからね」
恭也自身に自分たちは邪魔だろうと聞かれ、室内のオルルカ教国側の者は誰一人返事をできなかった。
そんな彼らを前に恭也は話を続けた。
「別に仲良くしようと言っているわけじゃありません。実際クノンの王様たちは今も僕のこと警戒してるみたいですし。僕はあの異世界人関係無く少しでも悪魔に襲われるなどの事故で亡くなる人を減らせればそれでいいんです。能力で転移するのに使う魔力は結構多いので、今回で妥協点を探れればと思います」
恭也のこの発言が効いたのかこの後のオルルカ教国側との話し合いは円滑に進み、オルルカ教国の東の海沿いの街の内、デコウスとジルビオの二ヶ所にギルドの支部を試験的に作ることが決まった。
その際各支部で最初に採用する二十人の内、四人をオルルカ教国の軍から出向した人間が務めることが決まった。
ギルドに所属している間はギルドの仕事に専念して有事の際には恭也の指揮に入るということにはなったが、確実に彼らから軍にギルドの情報が流れるだろう。
しかしギルドを隠れ蓑に悪事を働こうというわけではないのだから、恭也としては別に構わなかった。
そのためホムラにも彼らが軍にギルドの動向を知らせるぐらいは大目に見るように伝え、恭也はもう一つの重要案件、小さな村の住人を集めての自治体作りについて話を始めた。
とりあえずは三ヶ所で行うつもりで一ヶ所はすでに場所も決まっていた。
前回恭也が最後に上級悪魔と戦った場所だ。
この場所はあの上級悪魔が水の精霊を吸いつくしたせいで大地は枯れ、この世界の大規模魔法で雨を降らせることもできない状態らしい。
実際にやってみないと断言はできないがおそらく恭也ならどちらも解決できると思うので、その後の経過を見るのも兼ねてこの場所に人を集めることにした。
後の二ヶ所に関してはできるだけ場所を散らしたいので、オルルカ教国の西側に作るつもりだった。
「人を集める場所の一つはティノリスとの国境からそんなに離れてない場所、スモンの近くに作ろうと思ってるんですけど、そのことで一つ提案があります」
「何でしょう?」
ティノリス皇国との国境沿いにある街の名前を口にしながらの恭也の提案にゲルドンスは不思議そうな顔をした。
「実はティノリスでは街の三つをガーニスさんの鎧で守ろうって話になってるんです。だからできればスモンにもガーニスさんの鎧を配置したいんですけどどうでしょうか?これは僕が楽したいってだけなんで無理にとは言いません。この国を侵略する準備なんじゃないかと言われたらそうじゃないって証明はできませんし。でも並の上級悪魔ならその鎧だけで追い払えるので安心ですよ」
「その鎧というのはどの様なものなのでしょうか?正直ぴんとこないのですが…」
おそらく一般的な大きさの鎧を思い浮かべているのだろう。
鎧で上級悪魔に対抗するという恭也の発言を受け、ゲルドンスを含むオルルカ教国側の全員が不思議そうな顔をしていた。
そこで恭也は席を立つと近くの窓を開け、ゲルドンスたちを窓際に集めるとホムラの眷属で人払いをしてから道にガーニスからもらった鎧を召還した。
「なっ、これは…」
突如として現れた巨人(実際は中身が空だが)を見て、ゲルドンスたちは慌てふためいた。
その上当然ながら周囲の市民たちまで騒ぎ始めたので、恭也は急いで鎧をしまうと『情報伝播』を使って周囲の市民たちに鎧は異世界人である恭也が召還したこととその目的を伝えた。
そのかいあって数分もせずに周囲の騒ぎは収まり、恭也たちは話し合いを再開した。
ガーニスの鎧の大きさを見せるだけなら前回恭也とガーニスが戦った時の映像を見せればよかったのだが、あの戦いでは恭也はもちろんウルもホムラも大技を連発していた。
手遅れかもしれないがあまり怖がられても困るので、今回は鎧を直接見せたのだが配慮が足りなかった。
そう反省した恭也は内心慌てつつ話を戻した。
「みなさんあの鎧を見て驚いていましたけど、ガーニスさんはあの鎧を何十体も召還できます。しかもあの鎧はとても硬くて、僕は魔神の力を借りないとあの鎧に傷一つつけられません。僕は色んなことができる能力を持ってますけど、他の異世界人はできることが少ない分単純な強さなら僕より上です。そんな相手がいつ襲ってくるか分からないんですから、準備にやり過ぎってことはないと思います。そもそも僕が次も勝てるとは限りませんし」
「なるほど。ガーニスという方とあなたの方で話がついていると言うのなら、こちらとしても頼もしい話ですので大歓迎です。しかしスモンはクノンとの国境も近いのですが、そちらの話はついているのでしょうか?」
「あ、すいません。そこまで考えてませんでした。ちょっと待って下さい」
恭也はゲルドンスたちに一言断ると、クノン王国に配置したホムラの眷属を通してクノン王国の担当者と連絡をとった。
いきなり異世界人二人と周辺二ヶ国が絡む話をされ、眷属の向こうの担当者は慌てている様子だった。
明日の夕方に折り返すと言われたので、恭也はその旨をゲルドンスたちにも伝えた。
「分かりました。クノンから反対が無ければ先程の鎧の配置は我々としては問題ありません。しかしどうして別の異世界人の能力をあなたが使えるのですか?」
「ああ、厳密に言うとあの鎧は異世界人としての能力じゃなくて、ガーニスさんが前いた世界で手に入れた能力です。この世界で言う魔法みたいなものですね。だからこうやって他の人にも貸し出せるみたいです」
そう言って恭也はガーニスからもらった鍵と剣の中間の様な物体をゲルドンスたちに見せた。
「…これを私たちが借りることはできないのでしょうか?」
「んー、強力な武器なのであまり配る気は無いみたいでしたね。僕も借りを作った後で勝負までしてようやく認められてからもらったって感じでしたから。それに協力関係は作れてますけど、あんまりこっちが頼み事ばかりしたらガーニスさんもおもしろくないでしょうし」
「なるほど。分かりました。ぶしつけな質問をしてしまい申し訳ありませんでした」
これで今回決めないといけないことは全て決まった。
人を集める場所の残り一ヶ所はオルルカ教国の北部ということしか決まっておらず、恭也には土地勘も無いため最後の一ヶ所をどこにするかはオルルカ教国側が決めることになっていた。
今回は前回恭也もけんか腰だった手前顔を出した。
しかし今回の話し合いで前回の決裂の最大の理由だったウル製の魔導具とホムラの加護の使用が新しく作る町の中限定とはいえ認められたので、山場は超えたと思っていいだろう。
今後のオルルカ教国との話し合いはホムラの眷属を通してのやり取りが主になる。
今後の細かいことはホムラに任せることになっていたので、恭也は解放感を覚えながら部屋を後にした。
ゲルドンスたちとの話し合いの後、恭也は予定通り前回上級悪魔と戦った場所に来ていた。
現場に着いた恭也が『魔法看破』を使って周囲を見ると、確かに辺り一帯に水の精霊は全く無かった。
しかも上級悪魔があの時起こした津波は海水でできていたらしく、周囲の土地は広範囲に渡って塩分を含んでしまったらしい。
これでは水の問題を解決してもこの土地で農業を行うのは無理だった。
ここに人を集めようと思ったらこれも何とかしなくてはならず、恭也はとりあえず土地の問題から解決することにした。
(じゃあ、お願い。超広いから大変だと思うけどがんばってね)
(めんどくせぇな。どこまでやればいいんだ?)
(地面を消す範囲は私の眷属が今線を引いていますのでそれに従って下さいまし)
塩分を多く含んでしまった土地の改善方法として恭也が選んだ方法は、一度全てを消すというものだった。
ホムラの眷属たちが引いた線に従い、ウルが塩分を含んでしまった土を『アビス』で次々と消していった。
とりあえず土の消去に関してはウルに任せて大丈夫だと判断した恭也は、続いてこの辺りを水の精霊で満たすために『雨乞』を発動した。
すぐに周囲の空を雲が覆い、五分も経たずに雨が降り出した。
雨が降り出す前にあらかじめ『格納庫』から取り出しておいた家に避難した恭也は、家の中で待っていた二人の男に声をかけた。
男の内一人はデコウスの領主、ブーフェで、もう一人はここに移住予定の村人の代表だった。
「…この雨はあなたが降らせたのですか?」
「はい。多分時間が経てばこの辺りもまた水の精霊でいっぱいになったとは思いますけど、かなり時間がかかりそうだったので今回は手っ取り早く僕の方で雨を降らせました。今魔神たちが消してる土も後で僕が魔法で元通りにしておくので安心して下さい」
「な、なるほど。…ありがとうございます」
あらかじめ恭也が何をするつもりかは彼らに伝えていた。
それでも実際に恭也の能力を目の当たりにしたブーフェは言葉を失った様で、隣にいた青年も同様だった。
そんな彼らに恭也は今後についての話を続けた。
「ここから一番近い街はデコウスなのでこれから力を貸してもらうことも多いと思います。異世界人への対策以外でも協力できればと思っているので、どうかよろしくお願いします」
そう言った恭也にブーフェは満面の笑みを浮かべながら近づき手を握ってきた。
「はい!先日デコウスを救っていただいた時点で確信しておりましたが、今の御業を見て改めて確信しました!あなたこそまさに救世主です!私にできることなら何なりとお申し付け下さい!」
「は、はい。その時はよろしくお願いします」
五十代の男に急に迫られて少なからず引いてしまった恭也だったが、何とか表情には出さずにすんだ。
その後も恭也は高ぶった気持ちを隠そうともしないブーフェ相手にしばらく今後のことを話し合い、それが終わるとブーフェは待たせていた馬車で帰って行った。
今後ブーフェの相手は眷属を通してホムラがするので恭也がブーフェと会う機会はそうないと思うが、それでもあの興奮した態度を思い出すだけで恭也は変な汗をかいてしまった。
数万人単位の死者蘇生に加えて上級悪魔二体の撃破を単独で(厳密には違うが)行った恭也へのオルルカ教国東部での支持はかなり強いものになっているという話はホムラから聞いていた。
そんなところに限定的とはいえ天候操作をするところまで見せられ、つい興奮してしまったのだろう。以前クノン王国の国王、ゼルスが国内で恭也が支持を広げるのを警戒していたが、今ならゼルスの気持ちが恭也にも分かった。
とはいえ今後の言動を自重する気も無かったが。
ブーフェを見送った恭也は家に入ると、村から来た青年、トーカとも今後のことを話し合った。
もちろんホムラの眷属に任せれば済む話ではあったが、礼儀として新しく関係を持つ自治体との話し合いは一回目は恭也自身が参加することにしていた。
トーカはホムラの加護を受ける人物や恭也に用意して欲しい物資などを恭也に伝えてきた。
それに対して恭也は恭也たちが提供するものへの見返りにどれだけの金銭が必要かなどを伝えた。
そしていつも通りこれ以降の打ち合わせは眷属越しにホムラとする様にトーカに伝えると、恭也は土の精霊魔法でウルの消した土を元に戻すとその場を離れた。
これでとりあえずの予定は全て終わり、連絡待ちとなっているクノン王国からの返事が来てからスモン近くでの準備を行うだけだった。
セザキア王国に関しては少し前にホムラから報告を受けていたが、これ以上は恭也が口を出す問題ではないと考えていた。
そのため恭也は最近顔を出せていないコーセスにでも行き、しばらくはゆっくりしようと考えていた。恭也の疲労、というより心労に関してはこれといって解決方法は思いつかなかったが、魔力だけは全快にしておかなくてまずいからだ。
これまでの経験から言って、三人合わせての魔力が二十万以下の状態で異世界人や上級悪魔が複数いる大陸に行くのは自殺行為だと恭也は考えていた。
一通りの防衛網は築いたのでしばらくはゆっくりしよう。
そう考えてとりあえず昼食をとろうと思っていた恭也にホムラが申し訳なさそうにある報告をしてきた。
(…マスター、申し訳ありません。ゴーズン刑務所で問題が発生しましたの)
(まさか脱獄?)
いきなりのホムラの報告に驚いた恭也だったが、ホムラの報告してきた問題とは脱獄ではなく脱獄未遂だった。
脱獄が未遂に終わったと聞き、ホムラの報告を聞いて驚いた恭也も落ち着きを取り戻した。
そんな恭也にホムラは報告を続けた。
(以前マスターが刑務所を訪れた際にマスターに暴言を吐いた男がいましたわよね?)
(うん。その人がどうしたの?)
(その男が看守を務めていたクノンの兵士を人質に脱獄しようとしましたの)
思っていたより物騒な内容のホムラの報告を聞き、再び動揺した恭也は改めてホムラの報告に耳を傾けた。
(マスターは人を蘇らせることができるので人質をとっても無駄だと説得したのですけれど、あの男は聞き入れませんでしたわ。それでやけになって兵士を殺してしまいましたの)
(ちょっ、もうちょっと焦ってよ!)
普段と変わらない様子でとんでもない大事件を報告してきたホムラに恭也は慌てて文句を言った。
(そんなに慌てることでもないと思いますわ。まだその兵士が殺されてから十分も経っていませんもの。確かに魔力三万の消費は痛いですけれど、マスターは兵士を見捨てませんわよね?)
(………)
確かに蘇生させる相手が一人でも一万人でも恭也の消費魔力に違いはない。
しかし恭也は気にしているのはそこではなく、死人が出たことそのものなのだがホムラだけでなくウルも恭也が何を怒っているのか理解できていない様子だった。
ウルたちに苦言を呈そうとした恭也だったが、これに関してはウルたち魔神の価値観の問題なので何を言っても無駄だろうと考え直した。
現に今もホムラは恭也の手を煩わせたことを気にしており、原因となった男には殺意すら抱いていた。しかし犠牲となった兵士については特に何も思っていなかった。
恭也はため息をつくと、とりあえずゴーズン刑務所へと転移した。