翼の少女
セザキア王国の王城で恭也に関する会議が開かれていた頃、恭也はスハンナを急いで抜け出し、そのまま別の街へと向かっていた。
ネース王国ではサキナトとの戦いでゆっくり見学もできなかったので、今回はゆっくり見て回りたい。
今の恭也の所持金は、サキナトのメンバーや奴隷の所有者から奪った銀貨七枚と銅貨が四十枚程で、この世界で流通している硬貨は、金貨、銀貨、銅貨、そして白金貨の四種類だ。
白金貨、金貨、銀貨、銅貨の順に価値が高く、銅貨二百枚で銀貨一枚と交換でき、後は銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で白金貨と交換できる。
農村や街の貧困層は金貨を一生見ないこともざらで、白金貨に至っては国同士での交易以外ではまず使われない。
実際にこちらの世界の硬貨で支払いを何度か行った恭也の感覚では、銅貨一枚が百円といった感覚だ。
一度定食屋での支払いで銀貨を使おうとしたら、断られてしまった。
こういったこちらの世界での常識というものが恭也には無く、できれば図書館の様な場所に行きたいのだが、助け出した奴隷たちに聞いたところ紙自体が高価なものらしい。
もっともこの世界の人間と普通に話せるのでしばらく気づかなかったが、恭也はこの世界の文字が読めない。
この世界の識字率自体が低いので誰かに習うのも難しく、恭也はこれについても悩んでいた。
あの青年のアフターケアの悪さに辟易しつつ、恭也は街道を進んだ。
手持ちを考えるとこの国にいられるのは精々十日といったところだろう。
幸いどこの街にも両替商はあるので、銀貨を銅貨に変えることはできる。
しかし大量の銅貨を持って移動というのは現実的ではないので、交換できるのは精々銀貨二枚までだろう。
聞いた話では、農業用の魔導具に砂地を農業ができる土地に変える魔導具があるらしい。
正直な話、戦闘用の魔導具に対してはもっと強い重火器をいくらでも知っているので、恭也はそこまで興味が持てなかった。
それよりも恭也が元いた世界では不可能だったこと、台風や地震の完全予知及びその阻止や一瞬で周囲の地形を変えるといった技術の方に興味が引かれた。
また魔導具だけでなく少ないながらも書物があるのはやはりはセザキアの首都、オキウスらしい。首都は少し危険な気もするが、見学をその日の内に手早くすませれば大丈夫だろう。
そう考えた恭也は進路を変え、オキウスに向かった。
そして恭也が国境を越えた十日後、恭也はオキウスにいた。
オキウスに入る際の検査はさすがに首都らしく厳しく、魔導具を持っていないかなどを調べられた。
あらかじめ助け出した人々からそれを聞いていた恭也は、透明になれる布をここに来る途中に隠しておき、首輪の方は持ち物を調べられる際に『物質転移』を使い切り抜けた。
通行手形が無いからと通行料を多めに取られはしたが、元々盗んだ金なので問題無い。
どちらかといえば、歩き通しで痛い脚の方が問題だった。
道中の半分ぐらいは馬車も使ったが、馬車は馬車で乗り続けると腰が痛くなる。
現代日本で育った恭也にとって、この世界での長距離の移動はかなりの負担になっていた。
何とか空を飛ぶなり瞬間移動なりできるようにならないかと、自分の死とこの二つをうまく関連づけられないかと恭也はかなりまじめに考えていた。
予想以上に疲れていたため、当初の予定の即日撤退を諦めて適当な宿を探して休もう。
そう考えていた恭也の視界に巡回中らしき衛兵四人の姿が入ってきた。
少し動揺した恭也だったが、オキウスに来るまでにも衛兵とは何度もすれ違い、その度にやり過ごせた。
今回も大丈夫だろうと考え、衛兵たちの横を通り抜けようとした恭也だったが、いきなり腕をつかまれた。
思わぬ事態に動揺する恭也に衛兵の一人が話しかけてきた。
「貴様異世界人だな?我々をなめるなよ。貴様の動向など全て把握済みだ。貴様が街に入る前に隠した魔導具も回収済みだ」
この衛兵の発言で自分が相当前から見張られていたことに恭也は今さらながら気がついた。
衛兵の腕を振り払おうとした恭也だったが、特に体を鍛えているわけでもない高校生と普段から訓練を受けている兵士。単純な力比べでは恭也に勝ち目は無かった。
「はあ、これ百パーけんか売ることになるからしたくなかったんだけど…」
恭也はそう言うと、恭也の腕をつかんでいる衛兵の首に首輪を転送した。
「な、なんだ。これは?」
突然自分の首に首輪がつけられた衛兵は動揺した様子で首輪に手を伸ばした。
「発動されたくなかった手を放して下さい」
これまで通り首輪による脅迫でこの場を乗り切ろうと思った恭也だったが、ここで想定外の事態になった。
国境から遠く離れたオキウスにはネース王国についての情報などうわさ程度にしか聞こえてこない。
そのため衛兵は突然自分の首に首輪が現れたことには驚いたが、その首輪の危険性は理解していなかった。
自分が今にも殺されそうになっているにも関わらず、手を放そうとしない衛兵に恭也は語気を強めた。
「殺されたいんですか?早く離して下さい!」
「こ、この首輪が何だと言うんだ!」
この衛兵の発言を聞き、ようやく恭也は衛兵の一見命知らずの行動の理由を理解した。
「あれ?検問所の人は知ってたんだけど。この首輪はこういう魔導具なんです」
恭也は首輪を自分の首に転移させると、首輪の番号を口にした。程無く恭也は死に、そして瞬時に消滅、そして復活した。
「なっ…」
衛兵たちは即座に首輪の恐ろしさを理解し、またその説明のためだけに死と復活を当然の様に行った恭也にそれ以上の恐怖を覚えた。
今回の死により恭也は自分の知識や見聞きしたものを相手の脳に直接伝える『情報伝播』を獲得したが、今はそれを気にしている場合ではなかった。
「この首輪がどういう魔導具かは分かってもらえましたよね?そして僕がこういうことができるのも」
恭也が先程とは別の衛兵の首に首輪を転移して見せるとその場にいる衛兵たち全員が恐怖した。
「さてと、じゃあ行かせてもらいますね?」
恐怖で動けない衛兵たちの横を、恭也は通り過ぎようとした。
ちょうどその時、上から声が聞こえてきた。
「そうはいきません」
今度は何だと恭也が上を見ると、恭也と衛兵たちの二メートル程上に、一人の少女がいた。
赤い髪を短く切りそろえたその少女は、背中から鳥類を思わせる翼を生やし、空中から恭也たちを見下ろしていた。
恭也がこの世界に来てから見た獣人はネース王国で助け出した数人だけだが、全員が陸上動物の特徴を持つ獣人だった。
鳥の獣人もいるのかと恭也は考えたが、よく見ると翼が生えている以外は普通の人間と変わらない見た目をしている。
人間と獣人のハーフだろうかと恭也が思っているとその間に少女が恭也の前に降りてきた。
目の前の少女は初対面にも関わらず、恭也に敵意のこもった視線を向けてきた。
その後少女は、事務的な自己紹介を行った。
「初めまして、セザキア王国騎士団第二部隊隊長、ミーシアと申します。本日は陛下の命によりあなたを迎えに来ました。どうかご同行を」
あいさつもそこそこに恭也を連れて行こうとするミーシアを前に恭也はため息をつくと自分の考えを告げた。
「悪いけどお断りします。行った先で大勢の兵士に袋叩きとかされても嫌ですし、もし戦闘になったら、そちらの兵士を殺してしまうかもしれません。目障りだと言うならすぐに出ていきますから、それで勘弁してもらえませんか?」
王の使いを名乗っている少女相手に失礼な態度かもしれないと思ったが、異世界人は見つけ次第殺すがこの世界の常識だと聞いている以上、気軽に誘いに乗るわけにはいかなかった。
いざとなったらミーシアを押しのけてでもと思った恭也だったが、それより先にミーシアが口を開いた。
「あなたはネースで我が国の民を助けて下さったと聞いています。ですから悪い人間ではないのでしょうが、今のあなたの行動は無計画過ぎます。ネースでは奴隷商人相手に大立ち回りをされたそうですが、行く先々でそのような振る舞いをしていては味方にできる人間まで敵にしてしまいますよ?」
痛いところを突かれた恭也は、もう少し会話を続けることにした。
「…異世界人は見つけ次第殺すがこの世界の常識だと聞いてます。現にこの人たちも敵意丸出しでしたし」
会話の中で恭也に触れられ、恭也とミーシアの会話を黙って聞いていた兵士たちの表情が青ざめる。
先程の彼らの恭也への態度は上からの指示に従っているものとは言い難く、彼らにもその自覚はあったからだ。
そういった考えが彼らの態度に現れたのを横目に見ながらミーシアは、私情を殺して任務に全力を注いだ。
「彼らの非礼についてはお詫びします。しかし我が国では数年前に異世界人により四千人もの国民が殺されたばかりなのです。どうかお許しを」
さらりと数千人の被害が出たと聞かされ、恭也の頭は一瞬真っ白になった。
恭也自身の能力が攻撃用の能力ではないため気づくのが遅れたが、この世界の人間にとっての異世界人という存在は怪獣映画の怪獣の様な存在なのだろう。
もちろん恭也にむやみに暴れるつもりなど無いが、それは恭也にしか分からないことだ。
実際に対峙した衛兵たちが恐怖から高圧的になるのもしかたなく、これ以上恭也がミーシアの誘いを断っても状況が悪くなるだけだろう。
そう考えた恭也は、ミーシアの誘いに乗ることにした。
「考えてみればずっと逃げるっていうのも面倒ですね。あなたの言う通り、ひたすら戦うっていうのも馬鹿げてますし、お誘いには乗ります。ただし危ないと思ったらすぐに逃げますからね?」
「はい、それで構いません。一度城に帰り陛下の予定を確認しなくてはいけませんので、謁見は明日以降になりますがよろしいですか?」
「特に急ぎの用も無いんで構いません。でもどうします?僕今日の宿も決めてないんで連絡が取れませんけど」
「私の権限で国の来賓用の宿を手配します。今日はそこに泊まって下さい」
こうして恭也とセザキア国王との会談が行われる運びとなった。