迎撃準備
恭也がギズア族の居住地に転移すると、前もって眷属を通して連絡していたためギズア族二人が出迎えてくれた。
彼らに案内された恭也がガーニスのもとに向かうと、ガーニスの近くには三十人程の人間がいた。
「今日は忙しい中呼び出してすまなかったね。彼らが君に話した移住希望者だ」
そういってガーニスが恭也に紹介した彼らは、ティノリス皇国によって滅ぼされた少数民族の生き残りだった。
恭也はギズア族と一括りにしてしまったが、実際のところはティノリス皇国が攻撃対象にした少数民族は他にもいた。
結局ギズア族以外の民族はほとんどが殺されてしまったが、それでも恭也が助け出した人々の中にはそれらの部族の生き残りが少ないながらも含まれていた。
これまでは彼らもギズア族と共に暮らしていたのだが、生活様式や価値観が違うことに加えて少数派ゆえの肩身の狭さを感じているらしい。
こういった状況をガーニスから相談された恭也は、ギズア族以外の民族の生き残りだけで村を作ってはどうかと提案した。
さすがに『救援要請』で彼ら全員をユーダムやコーセスに転移させるのは魔力を使い過ぎるし、かといって恭也がその内ティノリス皇国内に複数作る予定の町に移住させるのも現実的ではなかった。
その町は複数の村の住人を集めて作るので住人は全てティノリス皇国の国民だからだ。
結局ソパスの近くに彼らのための土地を用意し、そこで共同生活を送ってもらうことにした。
もちろんそれでも複数の民族が一緒に住むことでの問題は避けられないが、これが恭也ができる最大限の配慮だった。
特に彼らからも反対意見は出なかったため、その場でいくつかの確認をしてから恭也はホムラの眷属二体に彼らの引率を任せた。
彼らが去って行き恭也とガーニスの周りに誰もいなくなったところで、恭也は今日来た理由をガーニスに伝えた。
「昨日も言いましたけど別の異世界人が作った上級悪魔と戦いました。しかもあの話しぶりだと他にも何体か上級悪魔を持っていて、遊び感覚でこれからも色んな国に上級悪魔を送り込んでくると思います。そこでティノリスがその異世界人の標的になった時にガーニスさんの力を借りられないかと思って相談に来ました」
「ああ、それ自体は構わないよ。君には悪いがティノリスの人間がどうなろうと正直どうでもいい。しかしその異世界人が私たちを放っておくとも思えないからね。どうせ戦うならここ以外で戦った方が気が楽だ。もちろん積極的にティノリスの人間を害するつもりは無いから安心してくれ」
「はい。それで十分です。具体的な話をするとピッカとナーベンダ、そしてトキクシに二体ずつ鎧を配置して欲しいんですけど大丈夫ですか?」
「六体ぐらいなら構わないが鎧の指揮権は誰に渡す?悪用されるのはごめんなのでティノリスの人間には渡したくないな」
「それに関しては火の魔神が眷属を召還できるので、眷属に任せようと思っています」
「なるほど。君の部下になら喜んで渡そう。ところでオルルカの方は私が行かなくていいのかい?後二、三ヶ所ぐらいなら任せてもらっても構わないが」
ガーニスのこの提案を聞き、恭也は表情をこわばらせた。
「ああ、…それに関してはその内お願いできれば。実はオルルカとの交渉うまくいかなくて」
恭也はガーニスにオルルカ教国との交渉の一部始終を伝えた。
「なるほど。既得権益というものはどの世界でも面倒なものだな。私も以前いた世界では頭の固い貴族に苦労させられたよ」
「前に知り合いと話した時にも言ったんですけど、僕たちってこの世界ですでにうまくやってる人からすれば邪魔でしかないでしょうからね。反発されるのはしかたないと思います」
「相変わらず苦労しているようだね。それにしても君にしてはずいぶんと乱暴に話を運んだんだね。君ならもう少し穏便に話を済ませられたんじゃないか?」
「それは買い被り過ぎですよ。国民の命と自分たちの立場で自分たちの立場優先するような人たち相手に下手に出る気ありません」
「なるほど。まあ、私は面倒なことは一切していない身だ。交渉に関しては君に任せよう。君が話した異世界人についてもっと詳しく聞かせてくれないか?」
「はい。まずこれを見て下さい」
恭也は自分とガーニスを覆う形で『隔離空間』を発動し、その後ゾワイトたちの村襲撃の後始末の際に獲得した能力の一つ、『幻影空間』を発動した。
『幻影空間』は指定した空間限定で恭也が幻術を使える能力で、解放された空間では使えない上に一分間の発動で千の魔力を消費するため気軽には使えない。
ウルとホムラにゾワイトたちの制裁を任せた時の不快感から獲得した能力だった。
しかし獲得したもののウルがいれば不要な能力だったため、正直持て余していた。
しかしこの能力は相手に干渉するわけではなく空間に幻を映し出す能力なので、ガーニスにも幻を見せることができる。
これを使って恭也はガーニスに自分がオルルカ教国で戦った悪魔たちの姿を見せた。
『魔法看破』で知った情報による解説も交えながらの恭也の解説を聞いていたガーニスは、恭也の説明が終わった後もしばらく考え込んでいた。
そんなガーニスの横で黙って待っていた恭也にガーニスが話しかけてきた。
「その異世界人の分解とやらは私の盾も分解できるのだろうか?」
「直接見たわけじゃないんで断言はできませんけどガーニスさんの盾に相当する能力だと思うので、相手の能力は防げるけど盾も壊れるという結果になると思います」
「…死体を分解された場合でも君は相手を蘇らせることができるか?」
「いえ、無理です。腐敗が進んでるぐらいなら蘇生できましたけど、死体が原型を留めてないと無理みたいで蘇生できないこともありましたから」
「なるほど、…勝手なことを言うようだが君が直接相手のところに乗り込むというのはどうだ?どこかに被害が出てから動くよりはそっちの方がいいんじゃないか?」
「一応眷属を一体あの異世界人がいる大陸に向かわせていて、その眷属が大陸につき次第偵察ぐらいはするつもりです。でもへたをするとガーニスさんより先にこの世界に来ていた異世界人が上級悪魔を作れる能力を持っているんです。あの異世界人の本拠地には上級悪魔が数体はいると考えて行動する必要があります」
もっとも透明になって空中を漂っているホムラの眷属の進行速度は風に飛ばされる風船以下なので、恭也があの異世界人の本拠地に転移するのは相当先になる予定だった。
「君一人で勝算はあるのか?異世界人と戦うというなら私の盾を与えた鎧十体程を貸すぞ?」
「はい。その時はお願いします。でもまずはあの異世界人を直接見て能力を把握して、絶対に勝てる戦力を用意してからにするつもりです。もしあの異世界人の本拠地にいる上級悪魔が二、三体なら僕一人でも何とかなると思いますし」
「当分は受け身に回るしかないか。君はこれからすぐ南の大陸に行くつもりか?」
守りに徹しなくてはならない現状に悔しそうな顔をするガーニスの質問に恭也は今後の予定を伝えた。
「今すぐってわけじゃないです。ティノリスからもらった街にも顔出さないといけませんし、自治区にも顔を出さないといけませんから。それでも来週までには行くつもりですけど」
あの異世界人の言うことを信じるなら、南の大陸に四体もの上級悪魔を送り込んでおきながらオルルカ教国に一体しか送り込まなかったということはあの異世界人の手持ちの上級悪魔もそれ程余裕は無いということだ。
今すぐ恭也がいるこの大陸に上級悪魔が送り込まれる可能性は低いと恭也は考えていた。
しかしそれもあの異世界人の言っていたことが本当だったらの話だった。
そのため恭也は一刻も早く南の大陸に行き、あの異世界人の発言の真偽を確かめたいと考えていた。
とはいえそれでこの大陸のことをおろそかにしてはゾワイトたちの件の繰り返しになってしまう。
一つ一つ慎重にやっていこうと考えた恭也は、ガーニスとの話を終えるとソパスに向けて飛び立った。
そしてガーニスと別れた数時間後、ソパスの領主の家で眠っていた恭也は、ふと目を覚ますとまだ完全には開き切っていない目で空を見上げた。
まだ月が高いところにあり、恭也は就寝してからそれ程経っていないことを悟った。
恭也は一つため息をつくと今頃空の散歩を楽しんでいるはずのウルを手元に呼び寄せた。
「何だよ、また眠れなかったのか?」
「ごめん。僕の能力のせいか、あんまり闇魔法も効かなくって」
「まったく、ストレスって言うんだったか?恭也はそれ感じ過ぎなんだよ。もう少し休んだ方がいいぜ」
「それはその通りだけど、放っておいて大勢の人が死んだらそれはそれでストレスになるんだからしかたないよ。いっそのこと眠らなくてもいい能力とかゲットできるといいんだけど」
「止めといた方がいいぞ。恭也誰かと話してない時死体みたいな顔してるし」
「えっ、ほんと」
全く自覚が無かった恭也はウルの指摘に驚いた。
「ホムラじゃなくてもいらつくぜ。俺たちがいながら恭也全然楽できてないんだからな」
このウルの発言には恭也も少なからず驚かされた。
ウルは戦いさえできればそれで満足だと思っていたからだ。
ウルが魔神の中でも特に戦闘衝動が強いのは事実だったが、大前提として魔神たちは主の役に立つことを存在意義にしている。
そのためウルとホムラからすれば、自分たちがついているにも関わらず恭也が連日働きづめとなっている現状は不満でしかなかった。
そうした理由まで理解していたわけではないが、ウルが心底不快そうにしていることを感じ取った恭也はウルに感謝を伝えた。
「いや、二人には感謝してるよ。二人がいなければ上級悪魔倒すどころか、下手すると今もデコウスで中級悪魔の群れと戦ってただろうし」
「その結果仕事さらに増えたけどな」
「方向が違うだけで世界征服と似た様な事してるわけだしね。さすがにあの異世界人とけりつけたら少しは楽になると思うよ」
「だといいけどな」
「こっちも強力な悪魔作った方がいいかな。ヘーキッサさんだったっけ?あの人たちの力を借りてさ」
そう言ってウルに自分の考えの感想を求めた恭也だったが、ウルは白けた視線を恭也に向けていた。
「ど、どうしたの?」
明らかに含みのある視線を向けてきたウルに動揺した恭也を見て、ウルはこれ見よがしにため息をついた。
「なあ、恭也?」
「何?」
「恭也眠れなくて俺の魔法で眠ろうと思って俺呼んだんだよな?」
「えっ、うん」
「だったら仕事の事考えるの止めようぜ」
「…ごめん」
ようやくウルの呆れた表情の理由を理解した恭也は、その後ウルの闇魔法で眠りに就いた。
恭也が眠りに就いたことを確認したウルはそのまま部屋を出ると、外で待機していたホムラの眷属に話しかけた。
「おい、今いいか?」
「ん、何ですの?」
現在ホムラは眷属たちと共にソパスの書類作業にあたっていたが、正直暇つぶしという側面が大きかったのでホムラは話しかけてきたウルにすぐに応じた。
その後ウルはホムラに先程の恭也の考えを告げた。
「なるほど、こちらも悪魔の制作を。あの異世界人と違って能力で行うわけではありませんから強力な悪魔は作れないでしょうけれども、中級悪魔だけでも量産できればマスターの負担も少しは減ると思いますわ。ゴーズンの研究者たちだけでは手が回らなくなっていましたし、ちょうどいいですわね」
コロトークたちの研究所ではつい先日二十人の研究者希望を採用したばかりで、しばらくは彼らの研修に時間をとられると報告を受けていた。
その上コロトークたちの得意分野は魔導具の研究なので、悪魔の研究をさせようと思ったら別の研究所を用意する必要があった。
「研究をさせる人選についてはこちらでして、朝までには終わらせておきますわ」
「そういや眷属の強化の方はどうなってんだ?」
「もちろんすでに完成していますわ。中級悪魔程度なら軽く倒せる程度にしましたわ」
「へぇ、これで少しは恭也の負担が減ればいいけどな」
「そうですわね。最近のマスターは働き過ぎですもの。南の大陸で魔神はもちろんとして異世界人も部下にできればいいのですけれど…」
「それができりゃ言う事無いけど、でも異世界人が雑魚殺すのが好きだった場合それだけで無理になるからなー」
「戦いになった場合も能力がガーニス様の様に直接戦う能力ではなかったら、私たちができることは限られてしまいますものね」
「結局出たとこ勝負で行くしかないだろ」
「そうですわね。とりあえず軍備の拡大については人間を戦わせなければマスターも反対はしないでしょうし、私の方でも考えてみますわ」
「おー、頼むぜ」
その後二人は会話を終え、ウルは恭也のもとに向かいホムラは仕事に戻った。
翌朝恭也が目を覚ますと、横にはいつも通りウルとホムラの姿があった。
「おはよう」
「おはようございます。今日は午前中は予定は入っておりませんので、ゆっくりとお過ごし下さいまし」
「うん。ありがと。でも一つだけいい?」
「何ですの?」
「昨日少しウルと話したんだけど、ティノリスの四天将のヘーキッサさんとかの力を借りて僕たちも悪魔を作れないかな?能力持った上級悪魔は無理でも保有魔力が何万かある悪魔作れれば、ただ強いだけの上級悪魔なら数で押せると思うし」
恭也のこの提案を受けたホムラは、夜の内に用意していた一覧表を恭也に手渡した。
恭也が渡された一覧表に目を通すと、そこには恭也の行いたい研究に必要な人物五十名程の名前と所在が記載されていた。
恭也の刑務所に入れられている人物の場合は罪状まで書かれており、これを見ただけで悪魔の研究に必要な人物が分かる様になっていた。
「すごいね、これ。もしかして前から準備してたの?」
「いえ、深夜にウルさんに話を聞いてから作ったものですわ。今回の件とは別に優秀な人間については調べていましたの」
「ありがとう、助かるよ。急がせちゃったでしょ?ごめん」
「いえ、私たちは睡眠の必要が無いのですからこれぐらい問題ありませんわ」
このホムラの発言が皮肉に聞こえるのは恭也にやましいことがあるからだろう。
そう考えた恭也はホムラに礼だけ言うと話を続けた。
「じゃあ、このリストにある人たちに声をかけてもらえる?刑務所にいる人以外は無理強いはしないようにね」
「かしこまりました。それともう一つ、この件でマスターに一つお願いがありますの」
「何?何か使って欲しい能力でもあるの?建物なら午前中に刑務所の近くに作っておくつもりだけど」
「はい。それに関してはお願いしますわ。でも私がお願いしたいのは『降魔の壺』ですの」
「『降魔の壺』を?確かにあれがあれば研究は進むだろうけど…」
以前ネース王国から『降樹の杖』と同時に押収した魔導具、『降魔の壺』は、多くの人命と引換えに上級悪魔を召還できる魔導具だった。
使い道が全く無かったので今まで『格納庫』に収納していたが、恭也としては収納していたというより壊すのを忘れていたという方が正確な代物だった。
そのためホムラの頼みを聞き顔をしかめた恭也だったが、ホムラは食い下がってきた。
「あの異世界人がガーニス様より先に来ていたなら、東の大陸の国は全てあの異世界人に支配されていると思いますわ。そうなるとあの異世界人はマスターが壊したあの壺以外にも強力な魔導具を複数所有しているはずですわ。こちらも上級悪魔由来の魔導具を研究しないと対抗できないと思いますの」
「うーん。まあ、いいか。あの魔導具大勢の人間を殺せるって感じの魔導具でもないしね」
『降魔の壺』は周囲の人間の生命力と魔力を吸いつくして上級悪魔を召還するが、その吸収にはかなりの時間がかかる。
個人差はあるが『降魔の壺』が周囲の人間の体力や魔力を吸い切るのに三時間はかかり、その上発動中の『降魔の壺』の発する魔力は周囲に丸わかりのため妨害も容易だ。
あくまで動けなくした人間を生贄にして使う魔導具だった。
ちなみに『降魔の壺』に触れていれば体力と魔力を吸われることはない。
「じゃあ、渡すけど扱いは慎重にね?研究する人たちにもふざけたまねしたらただじゃおかないって伝えといて」
「はい。その辺りは徹底させますわ」
そう言ってホムラは『降魔の壺』を受け取ると、部屋を出ていった。
その後恭也はウルと融合するとまずは朝食をとるために一階へと向かった。
そしてその日の午後、ウルたちの言葉に従い午前中大人しくしていた恭也は、以前からの予定通りティノリス皇国の南にある街、ザボンからさらに南に二十キロ程進んだ場所に来ていた。
ここに周辺の四つの村から人を集めてネース王国の自治区の様なものを作る予定で、数日中には四つの村からの住民たちの引っ越しが終わる予定だった。
今日恭也が来たのはホムラの眷属の配置のためで、眷属の配置自体はすでに何度も行っていることだったのですぐに済んだ。
他にも二ヶ所に同様の場所を作るつもりで、どちらも一ヶ月以内で準備は終わる予定だった。
これでまた多くの人が悪魔に殺されることがなくなったと恭也は安心し、その後ミゼクたちと会うためにノリスへと転移した。