交渉決裂
そして恭也がゲルドンスたちと分かれてから六日後、眷属を通してオルルカ教国側から会いたいという連絡が入ったので、恭也はオルルカ教国の首都、ゼイナに転移した。
再びゲルドンスたちと面会した恭也は一通りのあいさつを終えると、オルルカ教国の決定の内容を尋ねた。
「ギルドについてはあなたのおっしゃられた様な問題が起こる可能性がありますので、まずはデコウスとジルビオで実験的に行いたいと思います」
ネース王国でギルドを始めた時の失敗を伝えないのは卑怯だと思ったので、恭也はオルルカ教国側に一連の事件の内容を伝えていた。
そのためギルド作りには難色を示される可能性すら考えていたため、二ヶ所だけとはいえ許可が下りただけで最初の成果としては十分だった。
しかしオルルカ教国側からギルドの支部に所属する人間の半数は国の兵士にしたいと告げられたため恭也は少し考え込んだ。
「僕がギルドを作ろうと思った理由の一つは、国の手が回らない村を悪魔から守りたかったからです。ギルドの規律という意味では兵士のみなさんがいるのはありがたいですけど、ギルドに所属するからにはギルドの仕事に専念して欲しいんですけど……」
恭也に情報さえ回ってくればギルドの人選自体はどうでもよかったのだが、オルルカ教国側の提案通りにすると恭也がギルドに求めている迅速さが失われてしまいそうだった。
どうも恭也とオルルカ教国側の間には考えの違いがあるようで、実際司祭の一人が声を荒げて恭也に反論してきた。
「ギルドとやらの設立はあの上級悪魔たちを送り込んだ異世界人への対策のためだ!国内のことにまで口を出される筋合いは無い!」
「ジュオー司祭!失礼だぞ!」
突然恭也相手に声を荒げた部下をたしなめたゲルドンスだったが、そのゲルドンスを当の恭也が止めた。
「別に構いません。腹の探り合いとかするぐらいなら思ってることそのまま言ってもらった方が楽ですから」
そう言ってゲルドンスの仲裁を断った恭也は、ジュオーなる司祭に話しかけた。
「口を出される筋合いは無いって言いましたけど、あなた自分が何を言ってるか分かってますか?」
「ど、どういう意味だ!」
自分の恫喝に動じない恭也を前にわずかにたじろいだジュオーを見て、恭也はため息をついてから口を開いた。
「あなたの言ってることまとめると、力だけ貸して口は出すなってことですよね?セザキアとは国交があるって聞いてますけど、セザキア相手でもそんな態度なんですか?」
恭也は特に声を荒げたわけでもなければジュオーをにらみつけたわけでもない。
しかしジュオーは何度か口を開こうとしたものの結局何も言えず、そこにゲルドンスが助け舟を出した。
「私の部下が失礼いたしました。あなたの提案されたことはいずれも我々にとって大きな変化を必要とするものです。そのため部下も取り乱してしまったようです」
「うーん。やっぱり闇属性の魔導具と火の魔神の加護を与えるっていうのは無理ですか?」
「はい。セザキアからその事実が伝わった時もかなり混乱が起こりましたので……」
前回のオルルカ教国側との会議で一番難色を示されたのがこの二つだった。
光属性の持ち主以外が力を持つとこの国の体制自体が変わりかねないというのがその理由で、この緊急事態に何を悠長なことを恭也は思ったものだった。
しかしもし闇属性と火属性の持ち主の集団が暴走して内乱状態になった場合を考えると心配し過ぎだとも言えず、前回の恭也とオルルカ教国側の話し合いは平行線をたどったまま終わった。
ゲルドンスの説明によると、実際セザキア王国からウル製の魔導具の存在が伝わっただけで国内で議論が起きたらしい。
恭也が各国に貸し出しているウル製の魔導具は、ホムラの加護同様ウルの意思一つで無効にできる。
そのため危険は無いと恭也は説明したのだが光属性優位のオルルカ教国の現状に不満を持っている者は一定数おり、彼らを刺激したくないというオルルカ教国側の意見も一理あった。
「じゃあ、分かりました。魔神の武器とかについてはそれでいいです。それでギルドの件に話を戻しますけど、襲われる人たちからすれば相手が中級悪魔か上級悪魔かなんて関係ありません。さっきのジュオーさんの理屈でいくと、小さな村が中級悪魔に襲われるのは放っておくって聞こえたんですけどそれで合ってますか?」
そう言ってジュオーに視線を向けた恭也だったが、ジュオーは恭也から目をそらすだけだった。それを見かねたゲルドンスが口を開いた。
「おっしゃりたいことは分かりますが、実際問題全ての村を守るというのは不可能でして……」
「はい。それはそうだと思います」
さすがに恭也も今すぐ大陸中の村全てを守れるような体制を作れるとは思っていない。
しかし恭也の発言にはまだ続きがあった。
「それでも悪魔による犠牲者を減らす努力をするのは無駄じゃないと思います。実際僕が相談役を務めてる自治区では自分たちの力だけで中級悪魔を何度か倒してますから」
自治区を作ってからこれまででユーダムが四回、コーセスが二回悪魔の群れに襲われていた。
全ての群れに中級悪魔がいたわけではないが、どちらの自治区も少なくとも一回は中級悪魔がいる群れを撃退していた。
「今悪魔に百人殺されているなら次は九十人に、その次は八十人に。ゲルドンスさんの言う通りいきなり全ての村を守るのは無理でしょうけど、こうやって地道にやっていくしかないと思ってます。……ちょっと抽象的過ぎましたか?」
恭也の発言が終わってもオルルカ教国側の誰も返事をしなかったため恭也は首をかしげた。
「あなたの考えは素晴らしいと思います。しかし我々としてもこれまでのやり方全てを今すぐ変えることはできません」
そう言ってゲルドンスが恭也に真っすぐ視線を向けてきたが、それに対する恭也の反応は薄かった。
「……この国に来て最初に思ったことなんですけど、もし僕が光の魔神を仲間にしたらみなさんは僕に無条件で降伏するんですか?」
この恭也の質問にはゲルドンス含めて誰一人返事をしなかった。
今日はこれ以上話しても無駄だと思った恭也は、話を終わらせることにした。
「これ以上話しても無駄みたいなんで今日のところはこれで失礼しますね。でもこれだけは言っておきます。僕からすればこの前の事件を起こした異世界人もみなさんも大差無いですよ」
これまでゲルドンスに任せてほとんど口を開かなかったオルルカ教国の司祭たちだったが、この恭也の発言には怒りを覚えたようで次々に恭也への罵倒を口にし始めた。
「先程から黙って聞いていれば調子に乗りおって!言うに事欠いて我々とあの異世界人が同じだと?無礼にも程がある!」
「そうだ、若造が!口を慎め!」
その後も室内にいるオルルカ教国側の人間の半分程が恭也に罵声を浴びせ、恭也はそれを黙って聞いていた。
そして彼らの罵声が落ち着いたのを見計らい恭也は口を開いた。
「この国の人たちを積極的に殺したあの異世界人と僕がこの国でやろうとしてる人助けを邪魔してるあなたたち。どっちもこの国の人からすれば加害者だと思います。この前襲われた街の人たちに今日の会議の様子を聞かせたら街の人たちは僕とみなさんどっちに守ってもらいたいって言うと思いますか?」
恭也のこの発言に黙り込んだ彼らに恭也はとどめを刺すことにした。
「信じるかどうかはみなさんに任せますけど、僕たち異世界人を送り込んでる存在はこの世界に不満があって僕たちを送り込んでいるそうです。仮に僕やあの異世界人を排除できたとしても、みなさんが変われなければこれから先も異世界人はいくらでも送り込まれてきます。僕とあの異世界人。どっちを受け入れるかはみなさんで決めて下さい」
そう言うと恭也は席を立ち、恭也に批判的だった司祭たちに視線を向けた。
「後無駄な争いを避けたいので言っておきますけど、僕は南にあるネース王国とも戦って勝っています。さっき誰かが言ってましたけど、僕みたいな子供に上から目線で言われて不快だろうとは思います。でももうそんなのんきなこと言ってる場合じゃないですよ。もう一度あの異世界人が襲ってきた後で僕にこの国を変えて欲しいって言うなら好きにいばってればいいです。でもその場合、僕はあなたたちを敵とみなします」
そう言うと恭也はゲルドンスの制止を無視して部屋を後にした。
(まったくマスターの提案を断るだなんて無礼な連中ですわね)
(まあ、何百年もやってきたこといきなり変えろって言われてすぐに変えるのは無理だろうししかたないよ)
今回の恭也のオルルカ教国への提案は、恭也の以前いた世界で言うなら学歴社会でいきなり百メートル走のタイムを重視すると言い出す様なものだ。
恭也に武力という後ろ盾が無ければ相手にもされなかっただろう。
(でもよかったのかよ?これであいつらが恭也とも戦うってことにしたらどうするんだ?それはそれで面白そうだけどよ)
(その時はさっき言った通りデコウスとかで僕への支持を広げて、オルルカが折れるまで根競べになるかな。もし軍隊とか投入されてもできるだけ穏便にすませるつもりだよ)
(先程聞いていた限りではあのゲルドンスとかいう男は比較的まともそうでしたから、そこまで大事にはならないと思いますわよ?)
(もちろんそれならそれで構わないよ。できるだけ早く南の大陸に行きたいって思ってるし、話し合いで済めばそれが一番だからね。とりあえずこの前の話し合いで港街に置くことにした眷属を殺そうとしない限りは放っておこうかな。さっきは僕もかなり煽ったから、もしオルルカが僕と協力することにしても時間かかると思うし)
(俺かホムラが話盗み聞きしとかなくてよかったのか?)
(だってこの前ウルにそれ頼んだ時、ウル超キレてたじゃん。その内ぼろ出しそうだし、そもそも失礼だからね。もう積極的に盗み聞きする気は無いよ)
以前ティノリス皇国のフーリンとミゼクの会話を盗み聞きさせた際のウルとホムラの怒りはすさまじく、恭也はなだめるのにかなりの時間を使った。
恭也が命じればウルとホムラは何でも我慢するからこそ、恭也としては二人にあまりストレスを与えたくはなかった。
(どこの国も信用なんてできないのですから、それはさすがに甘過ぎると思いますわ)
(まあ、ぶっちゃけちゃうと相手が失礼なことしてきた方がやりやすいとは思ってるよ)
(めんどくせぇな。こっちから仕掛けりゃいいじゃねぇか。どうせ負けるわけねぇんだから)
(建前ってあるじゃん。それにそれしちゃうと、もしオルルカとの仲が悪くなった時街の人たちが僕たちを信用しなくなっちゃうよ)
(いい加減マスターが実力行使は最後の手段にしたいと思っていることぐらいは理解して下さいまし)
(結局毎回暴れてるんだから時間の無駄じゃね?)
(相手に先に手を出させるってことが大事なんだよ)
(ふーん。まあ、いいや)
いつもの様に長話に飽きたらしいウルにため息をつきつつ、恭也とホムラは今後の予定を話し合った。
(信頼できないで思い出したけどソパスのギルドってどうなってる?)
(申し訳ありません。どうしても支部長が決まりませんの)
恭也はティノリス皇国からもらったソパスの管理をホムラに丸投げしていた。
もちろんソパスで実際働いているのはホムラの眷属五体だが、これまでのところソパスの管理そのものは順調だった。
しかし問題はソパスで行おうとしているギルドの支部長で、この人選にはホムラも頭を悩ませていた。
ギルドで働く人間自体は、当初の予定通り軍縮により職を失った兵士を雇うことですぐにそろえることができた。
しかし彼らを管理する支部長を任せられる人物がいなかった。
前回ゾワイトたちが行った様なことをまたされると、ギルドの印象が悪くなる上に恭也の仕事も増えてしまう。
能力より信頼できるかが重要な役職のため人選は難航していた。
最悪ホムラの眷属の一体に任せてもいいのだが、ホムラの眷属はもはや恭也たちの活動の生命線と言える存在となっていた。
その眷属にただの事務仕事を任せるのはもったいない。
また明らかに人外の眷属が窓口にいると依頼人も来にくいだろう。
そのため事務職員を兼ねた支部長はできれば人間が望ましかった。
(とりあえずガーニスさんのとこにも行かないといけないし、ついでにソパスの様子も見てみようか)
(お手間をかけて申し訳ありませんわ)
南の大陸の人々には悪いが、大陸二つを同時に守れる程恭也は万能ではない。
南の大陸に行くのは今いる大陸を安定させてからだ。
恭也は以前からガーニスに相談されていた問題を解決するためにガーニスのもとに転移した。