強行軍
ディアンの引き起こした一連の事件を解決した後、恭也はすぐにソルダードたちと最初に会った場所に転移した。
魔力が五万を切っている状況ではあまり『空間転移』は使いたくなかったのだが、ゼイナを出発してすぐに中級悪魔と戦った場所で死んでいた兵士たちの死体が火葬されると蘇生できなくなってしまう。
そのため恭也は急いでソルダードのもとに向かった。
「さっきはろくに説明もしないですみませんでした。でもこの国を襲ってた悪魔は全部倒したので安心して下さい」
「そんな、いくら何でもこの短時間で、」
恭也の発言を信じていない様子のソルダードに恭也は『情報伝播』を使用した。
恭也がここ数時間の間に行った戦いの光景を見せられ、続いて恭也と先程の異世界人とのやり取りを聞かされたソルダードはしばらく言葉を失っていた。
しかしこれからやることが山積みの恭也は、すぐにソルダードにここで戦死した兵士たちの死体が今どこにあるかを尋ねた。
「兵士たちの死体をどうするつもりですか?」
「僕は死体さえ残っていれば亡くなった人を蘇らせることができます。だからここで亡くなった人たちの所に案内して下さい」
恭也のこの発言にソルダードだけでなく後ろで控えていた部下たちも疑いの目を向けた。
しかし時間の浪費を嫌った恭也ができれば洗脳はしたくないと告げると、ソルダードたちは恭也を兵士たちの死体の安置場所まで案内した。
実際に見せた方が早いと考えた恭也は、特に何の説明もせずに兵士たちを蘇生した。
蘇った直後自分に何が起こったのか分からず戸惑っている兵士を見て、ソルダードたちは声を発することができなかった。
この時点で恭也たちの合計魔力は一万近くまで減ったため、中級悪魔の群れに襲われた街の人々の蘇生は明日以降に回すしかなかった。
それぞれの街に残してきた眷属を通じて死体は火葬しないように住民たちには伝えているので別に急ぐ必要は無い。
とはいえいつまでも死体を放置というわけにもいかないので、恭也はオルルカ教国の首脳部との面会より前に各街での蘇生を行うつもりだった。
そのことを恭也がソルダードに伝えると、何やら言いたそうにしていたが結局恭也の提案を受け入れた。
「今回の犠牲者たちを蘇らせてくれると言うのなら、私たちとしても反対する理由はありません。教皇様との面会はいつにしますか?」
「うーん。三ヶ所回るから、…五日後でお願いします」
ただ三つの街に行くだけなら『空間転移』を使わなくても無理すれば一日で可能だ。
しかし今の恭也たちの魔力は三人合わせても一万と少しなので、今日中に三ヶ所の犠牲者たちを蘇生させるのは不可能だった。
その上現時点の一万という魔力は異世界人や上級悪魔と戦うことを考えると心許無かったので、これ以上の消費は避けたかった恭也は数日かけて空路で各地での蘇生を行うつもりだった。
その後ソルダードから特に反対意見も出なかったため、恭也はそのまま一つ目の目的地、ウガントへと向かった。
そして五日後、途中で一回の自殺をはさむ強行軍の末今回の犠牲者たちの蘇生を終えた恭也は、オルルカ教国の首都、ゼイナにあるオルルカ教の総本山で現教皇、ゲルドンスと会うことになった。
国の全てがオルルカ教を中心に回っているオルルカ教国には王というものは存在せず、国の政策は全て教皇とその下にいる司祭たちが行っているらしい。
この教皇と司祭というのは光属性の持ち主でないとなれず、他の属性持ちから不満は出ないのかと恭也は疑問に思った。
しかし恭也が蘇生の際に各地の人々に聞いたところ、教皇及び司祭はそこまで人気の職というわけでもない様だった。
その理由は光属性の人間しか就けない要職にいる人間が不正を働いた際の罰の重さだ。
オルルカ教国で光属性の持ち主しか就けない要職にいる人物が不正を働いた場合、全財産没収の上国外追放はまだましな方で大抵は死刑になるらしい。
そのためオルルカ教国の大部分の国民の認識としては、光属性の人間しか要職に就けないというのは出世というより人身御供といった認識らしい。
実際街で大きな顔をしている光属性の持ち主など恭也は一人も見なかったので、オルルカ教国はこのやり方でうまくいっている様だった。
恭也が案内された会議室に行くと二十人程の人物が待っており、その中にはソルダードの姿もあった。
恭也が室内の人々に挨拶してから空いていた席に座ると、上座に座っていた中年の男性が立ち上がって恭也に改めて礼を述べた。
「教皇のゲルドンスといいます。今回は我が国の英雄ソルダードだけでなく、ウガントを含む多くの街の住民たちも救ってくれたと聞いています。本当にありがとうございました」
「いえ、偶然通りかかっただけですから。それにもう聞いているかも知れませんけど、今回の事件を引き起こした異世界人はまた似た様な事をしてくると思います。今日は今後について話し合いたいと思って来ました」
「ソルダードから簡単に話は聞いています。ですがあなたの御力で私たちに説明をしていただけませんか?」
「はい。もちろんです」
恭也はすぐに室内の全員に『情報伝播』を使い今回の一連の出来事を見せ、ついでにギルドについての構想も伝えた。
「…あの様な悪魔を他に四体も。あなたの会った異世界人とは恐ろしい人物の様ですね」
室内のオルルカ教国首脳部の面々は恭也から伝えられた情報に言葉を失っていたが、やがてゲルドンスが口を開いた。
それに合わせて恭也も追加の情報を口頭で伝えた。
「はい。能力で悪魔と魔導具を融合させることができるみたいで、その上今回の事を遊びと表現していましたから性格も含めて怖い相手だと思います」
「先程今後の話をしたいとおっしゃりましたが、具体的には今後あなたはどう動くつもりですか?」
今まで何度も経験した探る様な視線を向けられた恭也だったが、すでに何度も経験していることだ。特に動じずに恭也は自分の考えをゲルドンスたちに伝えた。
「さっき能力で伝えたギルドという組織の支部をできれば大きな街全てに作りたいと思っています。そこに僕が契約している火の魔神の眷属を置けば、僕はいつでも全ての街と連絡が取れます。僕は一度行った場所なら一瞬で行くことができるので、もしギルドの普及に協力してもらえれば次に今回の様な事があってもすぐに対応できると思います」
「ありがたい提案だとは思います。ですがそれだけの事をするとなると、この場ですぐに返事をするわけにはいきません。少し時間をいただけないでしょうか?」
「はい。それはもちろん構いません。でも見張りのために海岸沿いの四つの街に見張りのために眷属を配置する許可は今すぐもらえないでしょうか?もちろん眷属を配置する場所はそちらの指示に従います」
「…その眷属というのはどういったものなのでしょうか?」
ゲルドンスの質問を受けた恭也は、許可を取ってからホムラの眷属を一体召還して見せた。
突然現れた眷属にほとんどの司祭が驚く中、ゲルドンスは冷静な表情を崩さなかった。
「この眷属に危険性は無いのですか?」
「僕や魔神の命令無しで暴れることはまずありません。ただ二回攻撃を受けたら反撃していいと眷属には伝えてあるので、もし僕の提案を受けてもらえるならこの事は国民のみなさんに伝えておいて欲しいです」
「なるほど、ではあなたのおっしゃる通り海岸沿いの街への眷属の配置は今すぐに許可を出します。私の署名が入った書類を用意するので少々お待ち下さい」
海岸沿いの街への警戒の重要性を理解し、即座にホムラの眷属の配置の許可を出そうとしたゲルドンスに一人の司祭が声を荒げた。
「ゲルドンス様、少しお待ちを!この異世界人の方には失礼な言い方になりますが、他国の諜報員を放置する様なものですぞ!すぐに決めるのは危険です!」
恭也とゲルドンスのやり取りに横槍を入れてきた男にウルとホムラが不快そうにしていたが、恭也としてはもう何度同じ様なやり取りを見てきたか分からないので特に何も思わなかった。
もっともこの男の発言を聞いても恭也がそれ程不快に感じなかった最大の理由は、海沿いの街に眷属を配置するのは恭也の中で決定事項だったからだ。
もちろん穏便に配置できるに越したことはないが、眷属の配置を撤回する気が無い以上どんな妨害が入っても恭也は構わなかった。
とはいえオルルカ教国の出方に関係無く眷属を配置するつもりという恭也の考えを伝えるのは最後の手段だ。
恭也としても話し合いはできるだけ穏便にすませたかった。
そのため恭也の助けを受けるのをためらっている司祭たちを説得するために、恭也はさっきは気を遣って見せなかった死体だらけのデコウスの光景をこの場の面々に見せようとした。
しかしそれより早くゲルドンスが口を開いた。
「今回この方が助けて下さらなかったら少なくとも四つの街が滅び、この街も今頃は悪魔の大群に襲われていたのだぞ。ソルビード将軍には悪いが、彼の力が通用しなかった時点で我々に選択肢は無い。もちろん貴公にこの方無しで上級悪魔を従えた異世界人に勝つ策があるなら私はそれに従おう。どうだ?」
「…致し方ありませんね」
不承不承といった感じで引き下がった男を見たゲルドンスは、申し訳無さそうに恭也に謝ってきた。
「本人がいる前で失礼な発言をしてしまい申し訳ありません。ですが私共としても完全にあなたを信用できるわけではないのです。私共はあなたとは会ったばかりですので…」
「それに関してはしかたないと思います。僕この大陸の国の王様には全員会いましたけど、どこも似た様な感じでしたし。それに今回みたいな異世界人もいるわけですから、付き合いの短さを考えても僕のことすぐに信用しろって方が無茶でしょうから」
「そう言っていただけると助かります」
「あ、それで思い出しました。僕元々別の用事があってこの国に来たんですよ」
「何でしょうか?」
ゲルドンスは恭也の突然の話題の転換に戸惑った様子を見せ、そんなゲルドンスに恭也はティノリス皇国がオルルカ教国と話し合いの場を設けたいと思っていること。
そしてギズア族と彼らを守っているガーニスは周囲と相互不可侵の関係を望んでいることを伝えた。
「なるほど、ティノリスは今その様なことになっているのですか…。分かりました。その件については担当者に伝え、こちらからも使者を送りたいと思います」
「はい。まあ、その辺はみなさんにお任せします」
ティノリス皇国とオルルカ教国の間の交渉自体に恭也が介入するのは両国共嫌だろう。
そう考えた恭也は気の無い返事をゲルドンスに返し、その後の司祭たちからもいくつかの質問をされた。
その後三十分程話し合いが行われた頃、恭也が何気無く座っている司祭たちに視線を向けると、二人ばかりやる気を感じない顔をしている者がいた。
この状況でよそ見をしている彼らの態度に恭也は怒りを覚え、彼らに今回の事件の深刻さを伝えることにした。
「すみません。…失礼しますね」
そう断った恭也はこの部屋にいる全員に先日のデコウスの光景を見せた。
しかも今回恭也が彼らに見せた光景は死体に埋め尽くされたデコウスの光景ではなく、デコウスの住民たちが悪魔の群れに蹂躙された際の一部始終だった。
ゾワイトたちが起こした事件の調査の際、襲われた村の跡を訪れて村人の死体を見た時に獲得した能力、『記憶読取』で犠牲者たちの死体や街そのものから読み取った記憶をそのまま『情報伝播』でゲルドンスたちに伝えたのだ。
突然見せられた凄惨な光景に部屋の者たちは一気にどよめき、顔を青くして口元を抑える者もいた。
「すみません。これまで見せるつもりは無かったんですけど、僕の気のせいか会議に集中してない様な人が二人いてむかついたので見せました。僕悪魔と異世界人の相手で手いっぱいなので余計な仕事は増やさないでもらえると助かります」
これまで穏やかに返答をしていた恭也の豹変に部屋の面々は表情を変え、彼らを代表してゲルドンスが口を開いた。
「申し訳ありません。あなたに助けていただいたという幸運に気を抜いてしまった様です。どうかお許し下さい」
「いえ、分かってもらえればそれで。とりあえず今日は帰るので、みなさんの方で話し合いが終わったら眷属で連絡して下さい」
そう言うと恭也は眷属五体をその場に残して部屋を後にした。
その後恭也は最初の二日は各地を転々として細々した用事をすませ、その後はティノリス皇国に来ていた。
あの異世界人は南の大陸に上級悪魔を送り込むと言ったが、それ自体が嘘の可能性は十分にある。
あの異世界人の作った上級悪魔が透明になって空を飛んで来る可能性もあるため気休めにしかならないが、せめて海岸線の守りは固めておこうと思ったのだ。
あまり恭也が好き勝手できないセザキア王国とクノン王国にも『情報伝播』を使い今回の一件は伝え、海岸沿いの街では十分な警戒をする様に伝えた。
今回の件でどちらの国も王城に連絡用の眷属を置くことを許可してくれ、その上セザキア王国から話を聞いたらしいクオン王国は恭也が転移する用の屋敷を用意してくれた。
もちろん恭也への恐れもこれらの行動の原因にあるだろうが、それでも各国との協力体制が整ったのは素直に嬉しかった。
(マスターがこれまで穏便に対応してきたかいがありましたわね)
(うん。セザキアはともかくクノンがここまで協力してくれるとは思わなかったよ。何かあったのかな?)
(雑魚どもにとっては上級悪魔が二体続けて現れたって時点で大事だからな。恭也に逆らってもしょうがないって気づいたんじゃねぇか?)
(それはそれで複雑だな…)
(別に後ろめたいことをしているわけではないのですから、マスターはもっと堂々として下さいませ。他の異世界人たちのことを考えると、マスターは十分がんばっていると思いますわ)
(まあ、それなりにがんばってるとは自分でも思うよ。でもあの異世界人相手に受け身に回ってる今の状況を考えると、そこまで調子には乗れないよ)
(南の大陸とか放っておいて今から殴り込めばいいじゃねぇか)
敵の居場所が分かっていて攻撃を仕掛けない恭也の考えがウルには理解できなかった。
(それは何度か考えたけど、さすがに上級悪魔四体は放っておけないよ。魔力切れで消えないとなると本当に国の一つや二つ滅びかねないし)
(異世界人が二人いるということですから、そこまでひどいことにもならないと思いますわよ?)
(その異世界人たちがどんな人か分からないからなー)
その上級悪魔たちと一緒に暴れるというのは論外だが、怖いから逃げるとその異世界人たちが判断した場合さすがにそれを責めるのは酷だろう。
それに性格以前に能力が戦闘向きでない可能性もあり、恭也もウルとホムラと契約していなければあの上級悪魔たちに負けはしなくても倒すこともできなかった。
そう考えると南の大陸には恭也が直接行くしかなかった。
それに全員は無理でも一体でも多くの魔神と契約できれば活動の幅も広がるはずで、今回の件が無くてもいずれ恭也は別の大陸にも行くつもりだった。
(でもそれだとじり貧じゃねぇか?あいつが作った悪魔の相手ばっかしてたら、いつまで経ってもあいつのとこに行けないぞ)
(その心配は無いと思う)
(どうしてだよ?)
(あの異世界人の能力は材料が必要みたいで、魔力数万なんて仮に人を犠牲にしてもそう簡単には用意できないからね。作業自体も二、三日で終わるってことはないだろうし、こっちが相手が作るより早く悪魔を倒していけばその内乗り込めると思う)
(気の長い話だな)
(それにあの異世界人の本拠地に上級悪魔が一体もいないってことはまずあり得ないから、僕たち自身の戦力強化も必要だし)
(そう聞くとおもしろくなりそうだな。その時は上級悪魔と一対一でやらせてくれよ)
(大勢で戦った方が楽だと思うけど、まあ別に構わないよ)
恭也は戦いを警察の犯人確保と同じ感覚で行っているため、常にこちらが多数で戦うことを前提にしていた。
しかし最近ウルに満足な報酬を用意できていないことも事実だったので、できるだけウルの要望にも応えるつもりだった。
もちろんあの男の作った悪魔がウルを超える力を持っている可能性はあったが、その場合は魔神を超える力を持つ存在複数を従える相手と戦うことになる。
はっきり言ってその場合恭也たちに勝ち目は無い。
とはいえ相手の力の想定を高くし過ぎて動けなくなるのは本末転倒なので、最善を尽くした上で後は流れでやるしかない。
毎回こんな感じだなと自分に呆れながら恭也は次の街へと向かった。