連戦
中級悪魔約三百体とオルルカ教国の兵士九千五百人の戦いは、兵力の差で最初はオルルカ教国軍が押していた。
しかし中級悪魔を百体も倒したところで先陣を切って戦っていたソルダードの魔力が切れ、ソルダードが一度後方に下がった途端一気に形勢が崩れ始めた。
次々に前線の兵士たちが倒れ始め、そこに駄目押しとばかりに兵士たちが戦っていた中級悪魔たちの後ろから新たに三十体の中級悪魔が飛来した。
今回ソルダードたちが戦っている中級悪魔はなぜか水属性の魔法しか使用せず、空から水の刃や弾丸がオルルカ教国の兵士たちに降り注いだ。
この攻撃により前線で戦っていた兵士と後方で待機していた兵士の入れ替わりが阻害され、オルルカ教国の軍はいたずらに兵を失っていった。
その後空中にいた中級悪魔たちが隊列を組んでいた兵士たちの中心に殴り込んで来たため、戦いは乱戦へと持ち込まれた。
そうなると個体差に優れる中級悪魔たちの独壇場で、兵士たちは悪魔の攻撃だけでなく兵士同士の同士討ちでも数を減らしていった。
「飛び道具を使うな!剣か槍で、ぐあっ、」
「おい!同士討ちになってる、ぐぎゃっ、」
「もう無理だ!魔力が、」
次々と兵士たちが倒れていく中、ソルダードは魔力も回復していない状態で前線に出ようとした。しかしそれは副官たちに止められ、それどころかソルダードだけでも逃げるように言われる始末だった。
「ソルダード様、ここでこれ以上ソルダード様が戦っても無駄死にです!我々が時間を稼ぎますのでその間にお逃げ下さい!」
「何を言う!兵士たちを置いて私だけ逃げるなど!」
「ソルダード様だけでもゼイナの軍と合流すればまだ勝機はあります。お願いします!我々の死を無駄にしないで下さい!」
ソルダードにもこの場での自分たちの敗北が避けられないことは分かっていた。
そして自分がゼイナの軍と合流するのが最善の手であることも。
これ以上の迷いは部下たちの死を無駄にすることになる。
そう判断したソルダードは、部下たちに謝罪するとこの場から離れようとした。
しかしそれより早く何者かの闇属性の魔法が辺り一面を覆い、ソルダードを含むオルルカ教国の兵士たちは一目散にゼイナへ向けて逃走を開始した。
後方の兵士はもちろん中級悪魔と戦っていた兵士まで一目散に逃げる中、中級悪魔たちは兵士への追撃をせず、何やら興味を引く音を出している物体に視線を向けていた。
その物体を持っている少年を目にした中級悪魔たちは、目に映る人間を皆殺しにしろという自分たちを生み出した存在からの唯一の命令に従い少年へと襲い掛かった。
悪魔をおびき寄せる魔導具を手にした少年、恭也はウルの『アビス』で周囲の悪魔を一掃すべくしばらくの間『隔離空間』を発動したまま棒立ちしていた。
十体以上の中級悪魔の攻撃にさらされ、『隔離空間』の障壁は何度も破壊されたが中級悪魔たちの攻撃は一度も恭也には届かなかった。
(そろそろいいんじゃね?)
(また来たよ。これ大元の上級悪魔倒さないときりが無いな)
二百体以上の中級悪魔に囲まれた恭也は、新たに十体の中級悪魔が現れたことを『隔離空間』の中で確認してうんざりしながら『アビス』を発動した。
『隔離空間』に守られた恭也に群がっていた中級悪魔も新たに飛来した中級悪魔も全て『アビス』は飲み込み、十秒もかからずに周囲の悪魔は一掃された。
(さてと僕が上級悪魔を倒しに行く間、討ち漏らした中級悪魔をゼイナに行かせないように頼んどかないとね)
そろそろオルルカ教国の兵士たちにかけた闇魔法による洗脳も解けている頃だろう。
恭也は中級悪魔の襲来に備えてウルをその場に残すとオルルカ教国の兵士たちを追おうとしたが、その前にしないといけないことがあった。
(ホムラ、ごめん。一回死ぬね)
(…好きになさいませ)
ホムラには悪いが六時間以上に及ぶ高速飛行で疲れた今の体でこれ以上動くのはきつい。
恭也は不機嫌そうなホムラの声を聞きながら首を短刀で斬り裂いた。
その後『高速移動』で兵士たちに追いついた恭也が責任者に会いたいと伝えると、程無くして若い男が現れた。
「君がネースで奴隷解放を行ったという異世界人か?」
「僕のこと知ってるなら話が早いです。さっきあなたたちが戦っていた中級悪魔はデコウスにいる上級悪魔が生み出したもので、大元の上級悪魔を倒さない限りいくらでも生み出されます。大元の上級悪魔自体は僕が倒すので、あなたたちには僕が討ち漏らした中級悪魔をここで防いで欲しいんです。お願いできますか?」
「願ってもいないことだ。今回の礼は落ち着いたら必ずすると約束する」
「はい。まあ、その辺の話はまた落ち着いたらってことで。あの中級悪魔たちは人間見かけた何も考えずに襲ってくるみたいなんで、ここで待ってればあっちから勝手に来ると思います」
この恭也の説明を聞き、ソルダードの表情が変わった。
「あの悪魔たちはゼイナを目指しているわけではないのか?」
「はい。僕見た物の性質を知ることができるんですけど、さっきあの悪魔たち見たら目についた人間を襲う様に命じられているみたいです」
「…ということはゼイナ以外の街も危ないということか」
ソルダードに言われてようやく他の街が中級悪魔の群れに襲われている可能性に思い至った恭也は、慌ててウルを手元に呼び寄せた。
「な、何だ?悪魔なら来てないぞ!」
「ごめん!説明は行きながらする。すいません。他の街が心配なんでもう行きますね」
見張りを命じられていたところをいきなり呼ばれて驚いた様子のウルと急いで融合すると、ソルダードとのあいさつもそこそこに恭也はデコウスへと向かった。
途中二回中級悪魔の群れと遭遇した恭也は、それらを殲滅しながらデコウスへと到着した。
街に近づいた瞬間恭也は腐敗臭と血の臭いを感じ取り、覚悟を決めて街に入ろうとした。
街に入る前から街から逃げ出しそうとしたらしい人々の死体が目に入り始め、街に入ると辺り一面は死体の山だった。
混乱のさなかで悪魔との戦闘が行われたらしく、街には兵士と市民の死体が乱雑に転がっていた。
(さっきの外で死んでた人たち街に入れておいて。後でまとめて蘇らせるから)
(かしこまりましたわ)
恭也の指示を受けたホムラは、恭也が召還した眷属百体に細かい指示を出し始めた。
血と肉片で汚れた道路を避けて空を飛んでいた恭也は道中で新しい能力、『惨劇察知』を獲得し、舌打ちしながら先を急いだ。
上級悪魔程の巨大な存在を探すのにそう時間はかからず、恭也はすぐに海岸で吸い込んだ海水を材料に中級悪魔を生み出していた上級悪魔を発見した。
『魔法看破』によるとこのアンモナイトに似た上級悪魔に戦闘能力は皆無で、ただひたすらに中級悪魔を生み出すだけの存在らしい。
一時間に十体の中級悪魔を生み出すらしく、恭也がオルルカ教国を訪れるのが一週間遅れていたら収拾がつかなくなっていただろう。
この上級悪魔が海中に潜んでいなかったことだけがせめてもの救いだったが、二日間の休みをとらなければ被害が減らせたと恭也は後悔した。
(ウル、てっとり早く『アビス』で消して)
(いいのか?ちょうど殴れる相手がいるのに)
今のウルとホムラは恭也の感じている怒りを直に感じ取っていた。
今恭也が感じている怒りはウルが文句を言うのをためらう程のものだった。
しかし恭也はウルの気遣いを断った。
(これから死んだ人たち蘇らせて、それからここから近い三つの街助けに行かないといけないんだよ?こんなのに時間かけてられないよ)
(りょーかい)
ウルとの融合を解き上級悪魔の対処を任せた恭也は、これから忙しくなるのでデコウスの死者たちの蘇生を一気に終わらせることにした。
まず『死霊召還』と『情報伝播』に『能力強化』を使い、さらに『能力合成』にも『能力強化』を使って合成できる能力を二つから三つに増やした。
その上で『治癒』と強化した『死霊召還』と『情報伝播』を合成した。
これによりデコウス全域を対象とした蘇生が行われ、デコウスの住民たちは無事に蘇ることができた。
(ふー、さすがに疲れたな)
(一気に能力を何度も使って大丈夫ですの?)
(それは大丈夫。一気に魔力五万を使ってちょっと疲れただけ)
(今さらですけれど死者の蘇生は後で行ってもよかったと思いますわ)
(でも復興の事考えたら早いに越したことはないでしょ。悪いけど街から離れた所で悪魔に殺された人たちの回収お願いね)
(できることが多いというのも考えものですわね)
(…とりあえず今も襲われてる三つの街に向かおうか)
ウルのもとに向かった恭也は『魔法看破』で上級悪魔の破片などが残っていないかを入念に調べ、完全に上級悪魔を消し去ったことを確認してから『惨劇察知』を使ってオルルカ教国の街の一つ、ウガントに転移した。
恭也が今回獲得した『惨劇察知』は魔力を一万消費する能力で、能力の対象が恭也に会ったことがなくても発動する。
発動条件は一ヶ所で二百人以上が死ぬことだ。
さすがに全世界をカバーすることはできないが、恭也は『惨劇察知』により自分がいる大陸内で起こっている大量虐殺を察知することができるようになった。
この能力と『空間転移』を併用すればまだ行ったことがない場所にも瞬時に転移でき、恭也はそれを使ってウガントへと転移した。
恭也がウガントに着くと、ウガントは二百体以上の中級悪魔の襲撃を受けていた。
すでに街の外周部は突破され、街のあちこちから悲鳴が聞こえてきた。
「ウル、あの悪魔ウルたちみたいに魔力を使って再生できるから、羽で斬るみたいな攻撃はあまり意味が無いと思う。大変だろうけど街中だから『アビス』は使わないでね」
「できるだけ気をつけるけど、流れ弾で人間殺しちまっても怒らないでくれよ?」
「…できるだけ気をつけてよ?」
時間が惜しかったのでウルに短く注意だけすると、連絡用にホムラの眷属を残して恭也は次の目的地、パウロンへと転移した。
パウロンもウガントと似た様な状況だった。
恭也はホムラとの融合を解くと連絡用の眷属を『格納庫』にしまい、急いで最後の目的地、ジルビオへと転移した。
ジルビオに転移した恭也はすぐに魔導具で中級悪魔を召還すると、目についた中級悪魔を襲うように命じて解き放った。
そのままジルビオに入った恭也は、目に入った中級悪魔を火の精霊魔法で焼き尽くすとそのまま次の中級悪魔へと攻撃を仕掛けた。
いくら恭也が蘇らせることができるといっても、殺された際の心の傷まで治せるわけではない。
実際ゾワイトたちによる襲撃で一度死んだ子供たちの中には今も言葉を失った子供もいる。
できるだけ死者を少なくしたいという思いで恭也は足を早めた。
「今どんな感じ?」
「こちらは特に問題ありませんわ。中級悪魔は焼けばいいだけですし、集団相手の消耗戦なら望むところですもの」
「さすがだね。ウルの方は?」
実際恭也はホムラの心配はしていなかった。
殺すというより壊す必要がある今回の敵に火属性の魔法は相性がよく、ホムラが眷属を大量に召還すれば数の優位も取れるからだ。
一方のウルは眷属越しの報告によるとかなり苦戦している様子だった。
住民を巻き込まないため『ミスリア』はもちろん『アビス』も使えない状況ではウルの攻撃手段はかなり限られてしまう。
悪魔には洗脳も効かないため、ウルは不機嫌そうな表情で中級悪魔を倒しているとのことだった。
「大勢の敵に街に入られちゃった時点で楽はできないから、悪いけどウルにもがんばってって伝えて」
「かしこまりましたわ。マスターもお気をつけて」
ホムラと違い恭也は会話をしていると気が散るため、一回ホムラとの会話を中断した恭也は悪魔を次々に倒しながら先程ソルダードたちを助ける際に使った悪魔を誘導する魔導具について考えていた。
この魔導具の有効範囲は二十メートル程で、本来は特定の場所に何十個も配置しての運用を想定している。
そのため今回の様な場合では悪魔全員を誘導することはできず、そもそも恭也はその魔導具を一個しか持っていなかった。
今回はウルについている眷属に渡しておいたので、恭也は悪魔を自分で探すしかなかった。
もっともどこを見ても中級悪魔だらけだったので、探す手間はさほどかからなかったが。
その後恭也が五十体程の中級悪魔を倒して腕と足がきつくなってきた頃、悪魔たちが急に飛び上がり街を離れ始めた。
「ちっ、面倒な」
今はウルがいないため恭也が空を飛ぼうと思ったら中級悪魔を召還して運ばれるか風魔法で浮遊するしかない。
どちらも小回りがきかないためできれば避けたかったが、まだ何百体も残っている中級悪魔たちを逃がすわけにもいかない。
さらに複数の街へと散らばったら収拾がつかなくなってしまう。
今の恭也は『六大元素』で火属性を使えるようにしているため、風属性の魔法は使えない。
そのためジルビオから飛び立とうとしている中級悪魔たちを追うために恭也は中級悪魔を再召喚しようとした。そこに眷属越しにホムラが話しかけてきた。
「お忙しいところ失礼しますわ。マスターのところだけではなく、私やウルさんが戦っていた中級悪魔も急に移動を始めましたの。おそらく一ヶ所に集まろうとしているのだと思いますわ」
「まさか合体でもする気?」
大勢の中級悪魔が集まってすることなど他に思い浮かばなかったため、恭也は適当に口走っただけだったが恭也の予想は当たっていた。
今回上級悪魔に召還された中級悪魔たちは、三十分以内に全体の一割が倒された場合悪魔同士で融合するように仕組まれていた。
悪魔たちは今融合の核となる魔導具が置かれた場所に向かっていた。
「まあ、いいや。相手が何する気か知らないけど、一ヶ所に集まるのはこっちとしても望むところだからね」
そう言うと恭也はウルとホムラを手元に呼び戻し、羽を生やすと飛び立った中級悪魔たちを追った。