オルルカ教国
アズーバで男の治療を終えた恭也はその後すぐにはオルルカ教国に転移せず、先程治療した男の家族との会話の内容を思い出していた。
恭也が男の家に着くと家には他に妻と二人の子供がいたのだが、彼らはけがをした男にろくな治療を施していなかった。
右の手首からひじにかけて大きな裂傷ができているにも関わらず包帯すら巻いておらず、傷口の周囲は変色していた。
どうしてすぐに病院に連れて行かなかったのかと恭也が妻に尋ねると、この世界の病院はとても庶民が通えるような場所ではないとのことだった。
(おい、恭也。また面倒なこと考えてないか?)
訪れた家でこの世界の病院事情を聞いた恭也の考えを感じ取り、ウルは何とか止めさせようとした。
しかし今回はウルの取り越し苦労だった。
(とりあえずオルルカへのあいさつとギルドの件が落ち着くまで、他の事に手を出すつもりは無いよ。前にも言ったけど新しい組織や施設作る場合、最終的には僕抜きでやれないと意味無いからね)
(…病院作り自体はしますのね)
(人の命に直結してるからね。本当なら今すぐ取り掛かりたいぐらいだよ。とりあえず今すぐ動くつもりは無いけど、アズーバとティノリスでこの世界の病院について調べておいて。光魔法で怪我が治せれば楽だったんだけどね)
(光魔法で怪我が治せるわけないだろ)
(分かってる。ちょっと言ってみただけ)
(ところで怪我人や病人助けるより死んだ奴蘇らせた方がよくね?これなら大金積む奴もいるだろ)
このウルの提案は恭也もこれまで何度も考えていたことで、恭也はすぐに現時点での自分の考えを伝えた。
(大金はともかく死んだ人蘇らせることについては色々考えたよ。でも結局使う魔力が多過ぎるのがネックなんだよね。こればっかりやってると他のことに支障が出ちゃう)
死者の蘇生は死んだ直後ですら二万の魔力を消費する。
今の恭也はウルとホムラの回復量も合わせて一日三万の魔力を回復できる。
しかし死者蘇生を毎日行うと、追加で『空間転移』を一回使っただけで魔力の消費量が回復量を上回ってしまう。
他の作業との兼ね合いも考えると、定期的に行うことは難しかった。
(せめて後二人ぐらい魔神を仲間にできればいいんだけどそもそも他の四人は別の異世界人が仲間にしてる可能性もあるしね)
恭也より前に何人も異世界人がこの世界に来ていることを考えると、むしろ六人中二人も魔神を仲間にできた恭也は幸運だった。
(他の魔神か。ま、今の様子じゃ他の大陸行くなんていつになるか分からねぇけどな)
(……とりあえず一つ一つ片づけていくしかないよ)
以前の恭也ならホムラを頼って安く利用できる病院作りも並行して行ったかもしれない。
しかし今回ギルドを悪用されたことは恭也にとってかなりきつい出来事だった。
蘇生させたとはいえ、襲われた人々の心の傷までは消せない。
それにゾワイトたちに制裁を加えた際も別に爽快感を感じたわけではないので、恭也としては計画は一つずつ進めていきたかった。
このギルドの一件で恭也は新たに二つの能力を獲得しており、こういった形での能力の獲得は二度とごめんだった。
アズーバでの用件を済ませた恭也は、その後ホムラに他に各地の眷属から何の報告も無いことを確認してからオルルカ教国へと転移した。
ホムラの眷属からの視覚情報を使い恭也が転移した場所は、人通りの少ない街道だった。
とりあえず眷属にはそのまま東に進むように指示を出し、恭也はこのまま首都を目指すことにした。
(さてと、とりあえず人を探して首都がどっちにあるのか聞かないとね)
この世界の街道にも各所に案内の看板は立っているが、恭也たちは看板に何と書いてあるのか読むことができない。
そのため今回も出会った人に聞きながら目的地を目指すしかないと恭也は考えていたのだが、そんな恭也にホムラが話しかけてきた。
(先程見た看板によるとこの街道をまっすぐ進むとタングリーという街で、そこからさらに北に行くとオルルカの首都、ゼイナに着くそうですわ)
(ん?ホムラ何で看板読めるの?)
当たり前の様に看板の内容を知っていたホムラに驚いた恭也にホムラは説明を始めた。
(ゼシア様たちが開いている学校に眷属を通わせていますの。まだ完璧とは言えませんけれど、地名を読むぐらいなら何とかなりますわ)
(…ほんと助かるよ)
ホムラの眷属の有用性を改めて実感させられた恭也は、ホムラをねぎらいつつ街道沿いにゼイナを目指した。
セザキア王国でアロガンに聞いた話では、オルルカ教国は光の神オルルカを信仰する宗教国家らしい。
光属性の持ち主というだけで優遇されるらしく、それを聞いた恭也は正直馬鹿げていると思ったものだった。
国の重要な役職は全て光属性の持ち主が務めているらしく、この世界にまともな国は無いのかと恭也は思わず嘆いてしまった。
もし光の魔神を従えた異世界人が現れたらオルルカ教国は無条件降伏するのだろうか。
そんな疑問さえ恭也は抱いてしまった。
とはいっても他の属性の持ち主も冷遇されているというわけではないようなので、恭也もこの国のやり方に口を出す気は無かった。
とりあえずガーニス及びギズア族にオルルカ教国への侵攻の意思は無いということとティノリス皇国の状況についてオルルカ教国の首脳部について話せばそれで恭也の用件は終わりだ。
今いる場所からゼイナまでは恭也なら数時間でたどり着ける。
しかし別に期限があるわけでもないので、恭也は三日程かけてゼイナに向かうつもりだった。
とりあえずはここから一番近い街、タングリーまで飛んで行くことにした恭也は、透明になるとそのまま空路でタングリーを目指した。
三時間程かけてタングリーに着いた恭也は、遅めの昼食を取るために店を探すべく歩き出した。そんな恭也に街の人々の会話が聞こえてきた。
「デコウスの件聞いたか?」
「ああ、ソルダード様が軍率いて向かったらしいけど、相当やばいらしいな」
「ここはしばらく大丈夫だろうが、もしソルダード様たちが負けたらゼイナもやべぇしな」
何やら物騒な会話が聞こえてきたので恭也は男たちに話しかけた。
「あの、すいません。僕タングリーに来たばっかりなんですけど、何かあったんですか?」
「何だ、知らねぇのか?デコウスに上級悪魔が現れたんだよ」
「それいつのことですか?」
「詳しくは知らねぇけど、もう一週間は経ってるんじゃねぇか?」
男の説明を聞き、恭也は首をかしげた。
以前恭也が見た上級悪魔の活動時間は三時間程だった。
悪魔毎に個体差があるとしても三時間と一週間ではいくら何でも差があり過ぎる。
疑問に思った恭也はさらに男たちに質問をしたが、男たちも国からの発表や噂を聞いただけの一般人に過ぎなかった。
それ以上の話は聞けず、今も犠牲者が出ていると聞いた恭也は食事を『格納庫』から取り出した水と携帯食料で手早くすませるとゼイナへと向かった。
二時間程かけてタングリーの北東にある首都、ゼイナに恭也が到着した時にはすでに日が落ちていたが、恭也に落ち着いている暇は無かった。
ここからさらに四時間ほどかけてデコウスに行かないといけないからだ。
(とっくに上級悪魔消えてんじゃねぇのか?)
(それならそれで構わないよ。救助活動するだけだし)
デコウスの現状などどうでもいいと言いた気な口調のウルとは対照的に恭也は急いでデコウスに向かおうとした。
しかしそんな恭也の耳に人の悲鳴らしきものが届き、恭也は慌てて声のした方に向かった。
恭也が現場に着くと、そこでは中級悪魔らしき存在四体と街の兵士たちが戦っていた。
中級悪魔四体に対して兵士は二十人程おり、本来なら犠牲者こそ出ても兵士側が勝つはずの人数差だった。
しかし実際はすでに七人もの兵士が倒れており、残された兵士たちも苦戦を強いられていた。
兵士たちが各種魔導具で中級悪魔に攻撃を仕掛けても、中級悪魔の体の一部が吹き飛ぶだけだった。
その後中級悪魔の体はすぐに復元し、それに驚いた恭也が『魔法看破』を使ったところこの中級悪魔らしき存在は上級悪魔の能力によって創られた眷属の様な存在らしい。
保有魔力は二百と少ないが、魔神同様魔力さえあれば体を復元できるらしい。
恭也はとりあえず目の前で暴れている上級悪魔の眷属を倒すことにした。
まずは近くにいた一体目の全身を炎の精霊魔法で創り出した火柱で焼き尽くし、続いて二体目、三体目と焼いていった。
十秒もかからずに眷属を四体とも倒した恭也は、近くにいた兵士に話しかけた。
「ここで死んでる兵士たちって死んでから三十分以上経ってますか?」
「ど、どういう意味だ?そもそもお前は一体、」
「ああ、もういいや」
急いでデコウスに向かいたかった恭也はすぐに質問に答えなかった兵士を洗脳し、兵士たちが死んでからまだ数分しか経っていないことを聞き出した。
その後魔力を二万使って死んでいた兵士たちを蘇生すると、兵士たちと会話する時間も惜しんで恭也はデコウスに向かった。
恭也がタングリーを出発した三日前、ゼイナを出発したオルルカ教国の軍は、デコウスに向けて出発していた。
今回派遣された兵士の数は一万で、その指揮官には光属性の精霊魔法の使い手として周辺各国にもその名を知られているソルダードが指名された。
到着後の余力は考えないといけないが、あまりゆっくりもしていられない。
ソルダードたちは普通ならゼイナから八日かかるデコウスに六日で着く予定で進軍を始めた。
しかしデコウスに向かって三日目の夜、本体から先行していた斥候数人がソルダードたちの進路上に中級悪魔が二十体おり、デコウスから逃げて来たと思われる住民たちを殺害していたとの報告してきた。
上級悪魔を倒すつもりで来たソルダードは多数の中級悪魔の出現をいぶかしんだが、すぐに五百人の兵士を現場に向かわせた。
戦力差を考えるとそれ程時間もかからず勝利の報告が入るはずだったが、結局兵士は誰一人帰って来なかった。
結局軍全体の出発を三時間早めるということが話し合いで決まったのだが、その後すぐに斥候が慌てた様子でソルダードのいる天幕に駆け込んできた。
「何の騒ぎだ?」
斥候の慌て具合と五百人の兵士たちが誰一人帰って来ないという状況を鑑み、斥候の非礼はとがめずにソルダードは斥候に何があったかを尋ねた。
「現在我が軍に三百体以上の中級悪魔が接近中!後数分で我が軍と交戦状態に入ります!」
「三百だと?間違い無いのか?」
「目視による大まかな数ですが、下回ることはありません!」
斥候からの報告を聞いたソルダードはすぐに全軍に緊急事態を知らせるように告げると、軍の指揮は副官に任せて軍が戦闘の準備を終える時間を稼ぐため迫り来る中級悪魔の群れへと戦いを挑んだ。
天幕から出たソルダードが探すまでもなく迫り来る中級悪魔の群れは視認できた。
ソルダードは手にした槍に魔力を通すと、まだ中級悪魔の群れとは五十メートル以上距離があるにも関わらず槍を振るった。
槍の穂先から伸びた光の刃は群れの中級悪魔全てを両断したが、中級悪魔たちは一瞬動きを止めただけですぐに動き始めた。
「なるほど。胴体を斬っても無駄とは。兵士たちが負けるわけだ」
もし目の前の中級悪魔たちが不死身だというのなら戦うだけ無駄なので軍を撤退させるしかない。
まずはこの異常な中級悪魔たちの耐久力を調べなくては。
そう考えたソルダードは悪魔たちの群れに接近すると、左手首に装着している魔導具、『ギオシア』を発動した。
先程の槍型の魔導具、『セナピエス』が攻撃範囲を追求した魔導具なら、この『ギオシア』は威力を追求した魔導具だ。
ソルダードが『ギオシア』を発動した瞬間、ソルダードの左手から太さ一メートル程の光線が発射されて中級悪魔数体の上半身を消し飛ばした。
しかしわずか数秒で中級悪魔たちは復活を果たし、ソルダードを慌てさせた。
結局その後『ギオシア』を二回使い中級悪魔六体を倒せたが、この魔力の消費速度ではソルダード一人で倒せるのは精々三十体といったところだった。
こちらにはまだ九千人以上の兵士がいる以上勝てない戦いではないが、それでもソルダードたちもかなりの被害を覚悟しなくてはならないだろう。
しかもこの戦いの後には上級悪魔との戦いが控えている。
とても今回連れて来た兵士たちだけで対応できる状況ではなかった。
しかしソルダードが悩んでいる間にオルルカ教国側の準備も終わり、兵士たちが中級悪魔の群れと対峙した。
『ギオシア』で悪魔の群れを牽制しつつ軍のもとへと戻ったソルダードは、兵士たちに檄を飛ばした。
「あの中級悪魔たちは高い再生力を持っているが不死身ではない!慌てずに戦えば十倍以上の兵力を持つ我々が必ず勝つ!臆せず進め!」
自分たちの後ろにあるゼイナを守るために死ねという本心を隠したソルダードの檄を受け、兵士たちは中級悪魔たちとの戦いを始めた。