休暇
その日の夕方、ノムキナとゼシアは二人の家で明日の予定について話していた。
「私急用ができたことにするから、明日は恭也さんと二人で遊びに行ってね」
「えっ!そんな…、無理だよ!」
ゼシアの突然の提案に驚きながらも明日を楽しみにしていたノムキナは、ゼシアの突然の発言に再び驚かされた。
「そんな、急に二人きりだなんて…」
そう言って物怖じしたノムキナにゼシアは真面目な表情で向き直った。
「明日楽しい時間を過ごしたいだけっていうなら私も一緒に行くよ?でも恭也さんと友達以上の関係になりたいと思うならいつまでも私と三人でってわけにはいかないでしょ?」
いつになく真剣なノムキナの表情を見てノムキナはしばらく考え込んだ。
確かに恭也との関係を深めようと思ったら明日は絶好の機会だ。
何しろ恭也は一週間以上ユーダムに顔を出さないことも珍しくないのだから。
せっかくゼシアがお膳立てしてくれたのだから、少しだけ勇気を出してみよう。
そう決めたノムキナがゼシアに明日二人きりで出かけることを伝えると、ゼシアは笑顔でノムキナに近づいてきた。
「よし、えらい!じゃあ、今日は早めに寝て、明日の朝一番でお弁当を作ろう!」
そう言って明日の段取りなどを確認し始めたゼシアを見て、ノムキナは思わず涙ぐんでしまった。そんなノムキナにゼシアがいつも通りの含みのある笑みを向けてきた。
一体どうしたのだろうとノムキナが不思議に思っている中、ゼシアが口を開いた。
「何なら明日はお泊りしてもいいからね?あ、それとも私がどこか泊まった方がいい?」
意地の悪い笑みを浮かべたゼシアの発言の意味がノムキナにはしばらく分からなかった。
しかしゼシアの発言の意図を理解するにつれ、ノムキナの顔が赤くなっていった。
「ゼシアちゃん!」
「冗談、冗談。ま、明日はがんばってね」
その後もしばらく二人の家には賑やかな声が響いた。
そして翌朝、ノムキナとゼシアの家を訪ねた恭也は、ゼシアに急用ができたと伝えられた。
「すみません!私が手伝ってる学校の方でちょっと問題があったらしく、行けなくなっちゃって。でももうお弁当は作ってありますからノムキナちゃんとどうぞ」
「えっ……」
さすがにノムキナと二人きりは気まずいので、二人には悪いが今日のところは延期しよう恭也は考えた。
しかし恭也が口を開く前にノムキナが口を開いた。
「水路の工事で手間取ってる所があるみたいなんでそこに行ってみませんか?それに牧場を作る予定の所も案内できると思います。みんな恭也さんに一度顔を出してもらいたがってましたから」
「……まあ、そういうことなら」
恭也のこの返事を聞き、ノムキナとゼシアは計画がうまくいき喜んでいた。
目的も無くぶらぶら歩き回ったら絶対に恭也との間が持たなくなるとノムキナに相談されたゼシアは、とりあえずユーダムで行われている作業の現場を案内してはどうかと提案した。
これなら最低限の話題は用意できるし、恭也としても普段他国で行っている仕事と同様の感覚で行えるだろうとゼシアは考えた。
ついでに恭也とノムキナが二人で歩いているところをユーダムの人間に見せ、外堀を埋めようという魂胆もあった。
そういったわけで二人は出かけることになったのだが、ここでウルとホムラの扱いが問題になった。
今日はユーダムの周りを見て回るだけなので、戦闘になる可能性はまず無い。
そうなるとウルとホムラには数時間ひまな時間を過ごさせてしまう。
そう心配して二人にどうするかと恭也が聞いたところ、二人からは別行動をしたいという答えが返ってきた。
(昨日魔力をかなり消費しましたから戦うことはできませんけれど、新技の開発や今後の役割分担などについて私たちだけで話してみたいと思っていましたの。それに私たちの目があってはマスターもゆっくりできないと思いますわ。今日は眷属もつけませんので、どうかごゆっくりお過ごし下さいませ)
(ま、恭也とその女の逢引きについて行くよりかは、ホムラと話してた方がましか。誰も見てないから好きによろしくやってくれ)
(……別にノムキナさんとはそういう関係じゃないよ)
下卑た笑いを浮かべるウルにため息をつきつつ、恭也は二人を解放した。
「多分大丈夫だとは思うけど、何かあったすぐに呼ぶね」
「はい。今日は二人でユーダムを見て回るだけですのでいつでも呼んで下さいませ」
「ウルはホムラに迷惑かけないようにね」
「うるせぇな。俺のこと何だと思ってんだ」
その後ゼシアとも少し話してから、恭也とノムキナはユーダム郊外へと向かった。
恭也とノムキナを見送ったウルとホムラは、ゼシアと別れた後ユーダムの人気の無い場所で話を始めた。
「で、昨日ちらっと話してたセザキアの馬鹿王子の計画どうなってんだよ?」
「ええ、もうほとんど準備も終わっていて、賛同者もそれなりにいるようですわ。ミーシアとかいう女が任務で首都を離れていなければとっくに実行されていたと思いますわ」
セザキア王国国王のザウゼンを暗殺し、その罪をミーシアに着せることでセザキア王国内の異世界人への印象を悪くする。
これがホムラがつかんだオーガスの計画だった。
元々はオーガスについての話を聞き、今後オーガスが恭也の邪魔になると判断したホムラがオーガスを暗殺、あるいは社会的に破滅させるつもりで王城内での情報収集を行ったのがきっかけだった。
オーガスの暗殺は恭也にばれた場合間違い無く契約解除されるのでホムラとしても避けたかったため、利用できそうな計画をオーガス自身が立てていたことはホムラにとって僥倖だった。
「もう証拠もつかんでるんだろ?だったらさっさと恭也に伝えてあの王子セザキアの王に突き出そうぜ」
「いえ、それはできませんわ」
「何でだよ?」
「私がオーガスとかいう男の計画を知ったのはたまたま首都の人気が無い場所での男たちのやりとりを聞いたからですの」
腹芸ができないウルに自分の当初の目的を伝えるのは不安だったので、ホムラは適当な嘘でウルを言いくるめた。
「その時は眷属を透明にしていましたので男たちを取り押さえることはできませんでしたわ。それにこの情報をセザキアの国王に伝えると、私たちが眷属でセザキア内の情報を集めていたことがばれてしまいますわ。それをばらしてまで国王を助ける義理はありませんもの」
「じゃあ、どうすんだよ?国王と鳥女が殺されてから乗り込むのか?」
ウルにとってはザウゼンもミーシアも取るに足らない一般人だ。
そのためホムラの計画でその二人がどうなっても構わないと思ってのこの発言だったが、ホムラはそこまで短絡的ではなかった。
「人間を使うということを少しは覚えて下さいまし。その二人はマスターと敵対する意思が薄い上に、社会的地位もある人間ですのよ?簡単に替えがきかない以上、可能な限り助ける方向で動きますわ」
「……つまりどうするんだ?」
思ったよりホムラの話が長くなったため、ウルは結論を急かした。
そんなウルに文句を言うでもなくホムラは話を続けた。
「ぎりぎりまで泳がして犯行の現場を押さえますわ。私が気づいた理由については言い訳は考えてありますので心配いりませんわ。ティノリスの方も大分落ち着きましたし、オルルカで余程のことが無い限りセザキアに手が回らなくなるということはあり得ませんもの」
「ふーん。うまくいけばセザキアからも領地をもらえるかもな)
「それは高望みし過ぎだと思いますけれど、確かに何らかの見返りは欲しいですわね」
自分たちの主である恭也がそういった欲が薄い以上、ホムラはその点も考えなくてはいけなかった。
「とりあえず今すぐ何かするというわけではありませんので、ウルさんはその内セザキアで事件が起きるということだけ覚えていて下さいまし」
「りょーかい。あ、でもあの馬鹿王子殺すなら俺にやらせろよ」
「残念ですけれど、あの王子は殺さないつもりですわ」
ウルから以前のオーガスの恭也への振る舞いを聞き、その上現在オーガスが実行しようとしている計画を知った今、ホムラはオーガスを焼き殺したいという衝動に何度も駆られていた。
しかし自分の欲求より恭也の都合を考えるのが部下であるホムラに求められている振る舞いだ。
ここは我慢するしかなかった。
「間違いなく死刑になるでしょうけれど、私たちが殺した場合マスターが不快に思いますもの」
「ああ、村襲ってた連中殺した後も機嫌悪そうだったからな。どうせ生き返らせるんだから気にしなくていいのに」
「それには同感ですけれど、そういった性格だからこそマスターはこの世界に送られたのだと思いますもの。私たちが口を出すことではありませんわ」
その後話すこともなくなった二人は、それぞれ魔導具の制作と眷属の強化にとりかかった。
一方ウルとホムラの会話が一段落した頃、恭也とノムキナは牧場を作る予定の場所に到着していた。
「思ったより工事進んでるんですね」
「そうですか?こんなものだと思いますけど」
恭也の感想を聞いたノムキナが不思議そうな顔をしたのは牧場は別に今すぐ作らなくても困らないのでユーダムとしてもそれ程人手を割いていなかったからだ。
実際牧場の開拓にはユーダムは十人程しか人手を割いておらず、恭也もそのことは報告書で知っていた。
しかし恭也の想像する開拓作業と魔導具前提のこの世界の開拓作業には大きな違いがあり、恭也はこの人数でよくもここまで開拓したものだと驚いていた。
その後話しながら二人がまだ制作途中の柵まで近づくと、作業中だった二人の男が恭也とノムキナに気づき話しかけてきた。
「おっ、恭也さん。今日はノムキナちゃんとお出かけですかい?」
「はい。ちょっと時間ができたんでノムキナさんに案内してもらってユーダムを見て回ってます。この後水路の方にも行くつもりです。何か困ったことは無いですか?」
「強いて言うなら人手が足りませんけど、こればっかりはどこも一緒ですからね。まあ、子供たちみたいに朝から学校に行くよりは体動かしてる方が楽ですけど」
「そんなこと言ってるからカミさんにどやされるんだよ。聞いて下さいよ。こいつ、この前、資材の発注の時、」
「馬鹿、あれは一桁間違えただけだろ!俺たち全員字が読めないんだからしかたないじゃねぇか」
「ま、国にいる時も奴隷だった時も親方たちさえ読めてればよかったからな」
恭也が聞いたところここで働いている者は全員読み書きができず、そもそも子供たちに読み書きや計算を学ばせることにさえ懐疑的だった。
この考えはこの世界の一般人の間では普通の考えだった。
そんなことをしている暇があるなら仕事をしろという考えらしく、今から子供たちに教育を施しておかないと将来的にユーダムに外部との交渉を行える者がいなくなるということと、恭也が最低でも読み書きと四則計算ぐらいまではできるようになってもらいたいと主張したため、六歳以上の子供と希望者は学校に通えるようにした。
どうしても義務教育九年間が前提になる恭也としては期間を決めない学校というやり方に違和感を覚えた。
しかし恭也も別にユーダムの人々に学者になって欲しいわけではなく、そもそも慢性的な人手不足という問題もある。
恭也が口にすればユーダムの住民たちは強く反対できないため、恭也としても自分の世界の価値観をどこまで押し付けていいのか判断に困っていた。
その後しばらく彼らと話した後、恭也とノムキナは牧場を後にした。