密談
刑務所を後にした恭也は、ニコズで一泊すると翌朝パナエに預けていたゾワイトたちの被害者を迎えに行った。
「今回はあの人たちのしていることに気づかないでみなさんを死なせてしまい、本当にすいませんでした」
被害者たちに会って早々頭を下げた恭也に対し、被害者たちの代表の老人が前に出てきた。
「お気になさらないで下さい。こういう言い方も変ですが、全員無事に助かったわけですしあなたに謝られても困ります」
「そう言ってもらえると助かります。…今すぐ僕が相談役をしているコーセス自治区までみなさんを連れて行こうと思ってるんですけど、大丈夫ですか?」
「はい。荷物も何も無いので出発自体はいつでも。ただし子供もいますのであなたが思っているよりは時間がかかるかも知れません」
「ああ、すいません。その説明してなかったですね。コーセスまでの移動は今日中に終わらせます」
「それはどういう、」
恭也のとても不可能な提案に代表が疑問を口にしようとしたが、代表は途中で言葉をのんだ。
恭也とウル、ホムラがそれぞれ中級悪魔を二体ずつ召還したからだ。
恭也がすぐに落ち着くように伝えたので逃げ出しこそしなかったが、それでも集められた村人たちは怯えた様子で中級悪魔たちに視線を向けていた。
そんな彼らに恭也はこの中級悪魔たちは恭也たちが召還したため安全なこと。
そしてこの中級悪魔たちに村人たちを運ばせるつもりなことを説明した。
「そんなことをして大丈夫なんですか?」
「はい。西の方の自治区ユーダムではもう何度もしてることですし、この方法ならコーセスまで十時間もかかりません。さすがにみなさん全員は一度に運べないので箱に乗る人と歩く人を交代しながらということになりますけど」
「はあ。なるほど」
納得したというより反論する気がなくなったという様子の代表だったが、とりあえず了承を得た恭也は老人や子供から悪魔が抱えた木箱に案内していった。
そして九時間後、恭也と村人たちは無事コーセスに到着し、あらかじめ連絡を受けていたキースたちに出迎えられた。
「じゃあ、キースさん、後はよろしくお願いします」
「はい。任せて下さい。それにしてもホムラさんから少し聞きましたけど、大変だったみたいですね」
「…はい。でも僕も本腰入れるつもりなんでもう大丈夫だと思います。コーセスで行方不明者は出ていませんか?」
「うちは何度か住民同士のけんかがあったぐらいで平和なもんですよ。さすがに恭也さんの管理してる場所で誘拐はしないでしょうし」
「それならいいんですけど…。とりあえずこれからアズーバの領主のとこに行くつもりなんでこれで失礼します。何かあったらいつでも連絡して下さい」
そう言って恭也はコーセスを離れ、アズーバの領主のもとに向かった。
アズーバの領主から一通りの謝罪を受けた恭也は、その後すぐにギルドのアズーバ支部に向かった。ギルドのアズーバ支部では職員全員が恭也に連行されたため、事実上機能を停止していた。
(とりあえずニコズはパナエさんに任せるとして、アズーバとチッスは僕たちで何とかしようか)
(でもここのギルド職員どうするんだ?こんなことがあったばっかじゃ、入る奴なんていないだろ?)
ウルの当然の質問を受け、恭也はホムラから事前に提案されていた案をそのまま伝えた。
(さらわれた人たちを元の国に帰すためにサキナトを残してたけど、そろそろネースに残ってる奴隷の人たちもいなくなってきて解散しようって話になってるみたいだから、そこから十人選ぶつもりだよ。もう話はついてるんでしょ?)
(ええ、お願いしたらみなさんぜひにと仰ってくれましたわ)
さすがにこのホムラの発言を鵜呑みにする程恭也も楽観的ではなかったが、まさか暴力までは振るっていないだろうと考えてスルーした。
(とりあえず新しく始めるところも含めた東側の三ヶ所でちゃんと結果を出して、ギルドが役に立つってことを示すって方向でいこうと思ってる。…何か眷属があちこちに取られてて、その内足りなくなりそうだね)
(ティノリスのギズア族捜索は後二ヶ月もかからないでしょうから、そんなに心配することはありませんわ。ギルドの監視に使っている分は各街の連絡手段も兼ねている以上は必要ですけれど、そこまで心配しなくてもいいと思いますわ)
(だといいんだけど。とりあえず後はチッスに行って、領主とギルド職員に念押ししておこうか)
この時点ですでに日暮れまで後二時間といったところだったので、恭也は時間短縮のために飛んで行くのではなくチッスに転移した。
恭也がネース王国東部でギルドの風紀の引き締めのために飛び回っていた頃、セザキア王国の王城の一室で第一王子オーガスとキスア伯爵は頻繁に二人きりで話をしていた。
「伯爵の口添えもあり、協力者は順調に増えています。このままいけば貴族の三分の一以上の協力も夢ではありません」
「それは何よりです。しかしそろそろ止めておいた方がいいでしょうね。あまり協力者を増やし過ぎると計画が漏れる可能性も高くなりますから…」
「そうですね。分かりました。もっとも王都裁判所の裁判長の協力を取りつけているのですから、あの女の有罪はすでに決まったも同然ですがね」
長年目障りだったミーシアが処刑される様を想像し、オーガスは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「…ガステア様はどうするつもりですか?」
国王のザウゼンを暗殺してミーシアに罪を着せるというオーガスの計画の成功自体は、キスア伯爵も疑ってはいなかった。
キスア伯爵が初めて計画を聞いた時は粗もあったが、キスア伯爵により修正された結果外部の者が外から見て計画を察することは不可能となっていた。
たとえオーガスたちが事を起こした後に疑いを持ったとしても、その時にはすでに勝負がついている。
残る心配はオーガスに次ぐ王位継承権を持っている第二王子ガステアの処遇だった。
「ガステアは私が王になった暁には、公爵位を与えてオキウスの外にやるつもりです。しばらく経って落ち着いたら、適当な役職を用意してやりますよ」
「なるほど。それでいいと思います。決行はいつになさるおつもりですか?」
「父上があの女に何やら仕事を命じている様なので、それが終わり次第実行に移そうかと。遅くても二ヶ月以内には終わらせるつもりです」
「分かりました。セザキア王国の未来を決める計画です。必ず成功させましょう」
そう言ってキスア伯爵が部屋を去ると、オーガスはいすに深く座り込んだ。
自分で思っていたよりキスア伯爵との会話に熱中していた様で、オーガスは火照った体を冷ますために窓際に行くと窓を開けた。
もうすぐセザキア王国が自分のものになる。
そう考えるだけでオーガスは笑顔が浮かぶのを止められなかった。
四日程かけてネース王国東部のギルドについての諸作業を終わらせた恭也は、現在ユーダムにいた。恭也としてはこのまま他の街のギルド支部にも行きたかったのだが、とても数日では終わらないので二日程休みを取るようにとホムラに言われてユーダムに来ていた。
といっても特にしたいことがあるわけでもないことに気づいた恭也は、ここ最近自分が全く自分の時間を取っていないことに気がついた。
こっちの世界に来てからやることが多かったからで、充足感もあったため特に不満は無いがこれではホムラが休めと言うのも無理は無い。
そう考えた恭也は人助けと全く関係無いことをしようと考え、特にしたいことが無いことに気がついた。
ようやく自分の現状に危機感を覚えた恭也は、とりあえず久しぶりにユーダムをゆっくり見て回ることにした。
このまま現在工事中だという水路の方に行き、工事を手伝ってもいい。
そう考えていた恭也に、ホムラの不満が伝わってきた。
(マスター?)
(ごめん、ごめん。でも特にしたいことないしなー。精霊魔法の練習とかも駄目?)
(別にマスターに何かをしろなどと言う気はありませんけれど、失礼ながら今のマスターは奴隷と変わりませんわよ?何か楽しみを見つけられてはいかがですの?)
(楽しみかー。まあ、確かに趣味ぐらいは持った方がいいかな)
この世界に来てから関わった人間の半分以上が人殺しか誘拐犯だったので、ストレスから恭也はここ最近寝不足と胃の痛みを感じていた。
餓死や過労死しても蘇ることができるが、この考え方自体が人間としてアウトなことぐらいは恭也にも分かる。何か趣味を見つけなくては。
そう考えていた恭也にウルがある提案をしてきた。
(じゃあ、久々に戦おうぜ!どうせしたいこともないんだろ?)
(…ウルさん。戦いたいなら私がお相手しますわ)
(いいのかよ?俺たちが戦うの恭也に禁止されてたじゃねぇか)
(『ミスリア』と『ゴゼロウカ』を使わなければ構わないと思いますわ。お互いいい訓練になると思いますし、マスター、私とウルさんの戦いの許可を下さいまし)
(うーん。まあ、いいや。絶対地形が変わるような技使わないでね)
ウルとホムラそれぞれの了解の返事を聞き、恭也が二人との融合を解いた直後ノムキナとゼシアが通りかかった。
「あれ?恭也さん、今日はどうしたんですか?」
カムータと歩いているわけでもなければ急いでどこかに飛んで行くわけでもない恭也を見て、ゼシアは不思議そうな顔をしていた。
そんなゼシアの疑問には気づかなかったが、特に隠すことでもないので恭也は二日程時間が空いたことをゼシアに伝えた。
「…へぇー、じゃあもしよかったら、明日三人でギノシス大河まで遊びに行きませんか?今日はこれから用事がありますけど、明日なら私たち二人共ひまですから」
「ゼシアちゃん!」
ゼシアの突然の提案にノムキナが大声をあげたのを見て少し驚いた恭也だったが、せっかくの休日を顔見知り程度の男と過ごすのが嫌なのは当然かと納得して何も言わなかった。
戸惑う恭也とノムキナをよそにゼシアはどんどん話を進めていった。
「私たちもティノリスの話とか聞きたいですし、どうですか?」
「いや、でもノムキナさんの都合も…」
恭也がノムキナに視線を向けると、ノムキナは意を決した様な表情でゼシアの提案に乗った。
「恭也さんさえよかったら、ぜひ…」
ここまで言われて断る理由は恭也には無く、何よりひまだったので恭也は二人の誘いに乗ることにした。
ゼシアの突然の提案に驚いていた恭也は、ここでようやくウルとホムラを放置していたことを思い出して適当な場所で戦ってくるように伝えた。
「周りにはちゃんと気を配って、絶対に大技使わないでよ」
「分かってる、分かってる。任しとけ」
「それではマスター、それにゼシア様にノムキナ様もこれで失礼しますわ」
二人が去って行くのを見届けてから、恭也とノムキナたちもそれぞれの目的地へと向かった。
といっても恭也にはこれといった目的地も無いため、恭也は適当にうろつきながら明日のノムキナたちとの話題について考えていた。
何しろ恭也の最近のしてきたことをそのまま話すと、ほとんどが血生臭い話になってしまう。
年下の女子との話題にできる様なことが何かあっただろうかと悩みながら恭也は、足を動かした。