制裁
「ったくしかたなねぇな。じゃあ、魔法も羽も無しでやってやるよ」
そう言うとウルは近くにいた男の左肩を殴りつけ、そのまま倒れ込んだ男の左脚をつかむと別の男に投げつけた。
ウルたち魔神は単純な腕力だけで百キログラムぐらいの物は軽く持ち上げられるため、ウルたちにとって成人した男などちょうどいい投擲武器だった。
その後二人、三人と男たちを殴り倒していったウルだったが、周りの男たちが全く攻撃をしてこないことに疑問を覚えて動きを止めた。
その後しばらく考え込んだウルは、苦笑いしながら男たちに謝った。
「わりぃ、わりぃ。羽一枚でも潰せたら逃がしてやるって言っといて羽消されても困るよな?ほら、攻撃していいぜ?」
自分の失敗に気づいたと言わんばかりに苦笑するウルだったが、もちろん男たちが攻撃をしなかったのはそれが理由ではなかった。
そのため自分が羽を出したのに攻撃をしてこない男たちにウルは戸惑った。
「どうした?俺の羽、お前らが思ってる程硬くねぇぞ?」
残された三人の男たちを奮い立たせるためにそれぞれの肩を斬りながら攻撃を促してきたウルを前に男たちは完全にやけになりながらも攻撃した。
「死ね!死ね!死ね!」
ほとんど祈る様にウルの死を望みながら男たちは魔導具による攻撃を行ったが、その全てはウルの羽に吸収されてウル本人には傷一つつかなかった。
「せめて別方向から攻撃しろよ」
呆れた顔でそう言ったウルは、普段生やしている四枚の羽に加えて更に四枚の羽を背中から生やして地面から離れた。
「さあ、どうした?さっきの攻撃、超痛かったぞ。後何発かで羽壊れちまうかもな」
これまで同様のウルの挑発だったが、この時点で男たちの心は完全に折れてしまい三人全員が魔導具を取り落として完全に絶望しきった表情をしていた。
「うーん、できるだけ怖がらせろって言われたんだけどこんなもんか?ま、雑魚びびらせるには十分だろ。じゃあ、お疲れー」
ウルが羽を一度振るっただけで男たち三人の体は真っ二つになった。
後は恭也のもとに戻るだけという時にウルの表情が変わった。
「しまった。一人は最後に残しとけって言われてたんだった」
今回の村への襲撃の主犯格、ゾワイトとヨカは最後まで残し、十分苦しめてから殺すように恭也はウルとホムラに命じていた。
ウルにはゾワイトが割り振られていたのだが、どの技を使うかで頭がいっぱいだったウルはそのことをすっかり忘れていた。
ウルに左肩を砕かれて投げられた男がゾワイトだったのだが、ゾワイトの顔すらうろ覚えだったウルには区別がつかず、何より全員すでに殺してしまった。
どのみち全員蘇らせて刑務所に入れる予定だが、さすがにウルの手違いで魔力を二万消費する死者の蘇生を一回余計にして欲しいとは言い出せない。
恭也への謝罪の言葉を考えながらウルは、ゾワイトたちの死体を背に恭也のもとに向かった。
「まったく、ウルさんにも困ったものですわ」
そう嘆いたホムラの前では体のいたるところに火傷を負った男たち三人が息も絶え絶えといった様子で立っていた。
その内の一人、ヨカは手にした杖型の魔導具を支えにして何とか立っていた。
「お願いです。もう許して下さい」
先程と違い心からの涙を流してホムラ謝罪したヨカを見て、ホムラは不思議そうな顔をした。
「おかしなことをおっしゃいますのね。贖罪の機会は今与えていますわよ?」
「えっ、……どう意味ですか」
普段の慇懃無礼な態度も消え去ったヨカにホムラは今行っている制裁の目的を伝えた。
「この戦いの様子はこれからギルドに入る人間に見せる予定ですの。あなたたちの様な人間がそう何度も現れても困りますもの。ですからあなたたちが苦しめば苦しむ程マスターの役に立ちますわ。せっかくマスターが贖罪の場を用意して下さったのですから精々頑張って下さいまし」
ホムラのこの発言はヨカたちから戦う気力を奪うには十分過ぎたが、ホムラはヨカたちに絶望するひますら与える気は無かった。
「おそらくあなたたちが入れられる刑務所は私が管理することになりますわ。ここでがんばれば私の評価も上がるかも知れませんわよ?刑務所で苦しみたくなかったら精々無駄な抵抗を続けて下さいまし」
ホムラにこう言われて挑む勇気はヨカには残っていなかったが、ヨカの後ろにいた男が雄たけびをあげながらホムラに斬りかかった。
自分に振るわれる斧を炎で創ったかぎ爪で防いだホムラは、自分に挑んできた男に称賛の言葉を送った。
「素晴らしい勇気ですわ。刑務所に入った暁には優遇して差し上げますわね」
そう言ってホムラは斬りかかってきた男の顔をつかむと表面を焼き始めた。
「うぎゃあー!」
ホムラに顔を焼かれながら持ち上げられ、男は苦し紛れにホムラに蹴りを入れた。
するとホムラの表情が一変して男の頭部は一瞬で消し炭になった。
「私の体を足蹴にするだなんて何て無礼な。身の程をわきまえて下さいまし」
不快そうに頭部が消えた男の死体を蹴り飛ばしたホムラは男が落とした斧に視線を向けた。
ホムラのかぎ爪と接触した斧は一部が溶けており、溶けた斧を見たホムラは何やら不満気だった。
「鉄ぐらいは一瞬で焼き斬れないと中級悪魔には通用しませんわ。まだ改良の必要がありますわね」
そう言うとホムラは両手に炎のかぎ爪を創り、残る二人に視線を向けた。
自分の眷属そのものを強化するというのが中級悪魔との戦いで眷属に被害が出て以降ホムラが考えていた計画だった。
眷属というすでにある能力をいじる必要があるため、ウルが一から自由に創れた『バギオン』などと違い改良は思う様に進んでいなかったが、方向性としては間違っていないとホムラは手ごたえを感じていた。
「ウルさんも派手に暴れたようですし、見せしめはこれぐらいで十分でしょう。あなたたちのしたことの後始末でこれから忙しくなりますの。抵抗する気が無いのならもう殺しますわよ?」
ホムラにそう言われたヨカたちは無言でホムラから目をそらし、それを見たホムラは二人をかぎ爪で焼き殺した。
「お疲れ様」
戻って来た二人をねぎらった恭也にウルが開口一番謝ってきた。
「わりぃ、恭也。偉い奴最後に残しとけって言われてたのすっかり忘れてた」
「まあ、しょうがないよ。見る人たちからすればどうせ分からないだろうし。そこまで気にしなくていいよ」
「そうか?それならいいんだけどよ」
恭也の発言を聞き安心した様子のウルに続き、恭也はホムラに話しかけた。
「あの人たちを入れる刑務所もホムラに任せるつもりだけど、大丈夫?」
「えぇ、問題ありませんわ。職員の教育も含めてお任せ下さいまし」
今回の件を受け、恭也はニコズの北に新しく刑務所を建てることにした。
職員四十人はニコズで採用するつもりで、先程の戦いの光景を見せて気を引き締めさせる予定だった。
「じゃあ、とりあえず村の人たちをコーセスまで連れて行こうか」
ゾワイトたちに襲われた村の人たち数十人は、村が焼き払われたこともありコーセスに移住してもらうということで話がついていた。
今回恭也はメーバンを含む二十人程の財産を没収したため、村人たちの当面の生活の面倒を見る余裕ぐらいはあった。
ウルとホムラを体内に戻した恭也は、騒がせたことを詫びるために今回襲われた村に向かった。
村人たちにゾワイトたちの持っていた魔導具を渡し、何かあったら恭也がすぐに駆け付けると伝え、ゾワイトたちの死体を『格納庫』にしまった恭也はニコズへと向けて飛び立った。
ニコズに着いた恭也は、早速パナエの屋敷に向かいゾワイトたちを捕まえたことで近隣の犯罪組織は一掃したことを伝えた。
なおゾワイトたちについて調べる過程で恭也たちはゾワイトたちとは無関係の犯罪者を十人以上捕まえたので、彼らに関してはそれぞれの地域の領主に引き渡した。
今回恭也がパナエの屋敷に来た主な目的は、今回の一件で恭也が貴族たちから没収した領地の所有権についてパナエと話すためだった。
「じゃあ、この二人の領地についてはニコズに統合するということでよろしくお願いします。僕が刑務所用に一つもらって、他の四つについては別の貴族にそれぞれ分配することになりました。王様の許可はもらっているので安心して下さい」
恭也は『格納庫』からネース王国国王からもらった書類を取り出してパナエに渡した。
「……確かに受け取りました。それにしてもずいぶん早く許可が下りましたね」
貴族への処罰やそれに伴う領地の変更など本来なら一ヶ月以上かかる作業だ。
移動時間を無視できる恭也のしたこととはいえ、それでも国が物事を決めるとなるとそれなりの手順というものがある。
それを考えると今回の一ネース王国の動きはあまりにも早過ぎるようにパナエは感じ、それに対して恭也は苦笑しながら答えた。
「一応証拠はそろえて出しましたけど、僕に気を遣って急いでくれたみたいですね」
実際恭也に今回のニコズやアズーバ周辺での一件を知らされた国王たちは、とばっちりを受けてはかなわないと思ったのか三時間程で必要な書類を用意してくれた。
恭也に明日出直しますと言う暇を与えない程の迅速さで、手早く対応してくれた相手に文句を言うのも変なので恭也はそのままニコズに帰還した。
「新しくギルドと刑務所で働くことになっている人たちについてはどうなってますか?」
「刑務所で働く人間に関しては募集自体はすでに行っています。でも元々ギルドに紹介するつもりだった私の知り合いと違って、新しく募集した彼らが何かした場合私は責任が取れません」
不安そうにそう言うパナエに恭也は安心するように伝えた。
「それは大丈夫です。人数がそろったら教育まで含めてこっちでやるのでもしその人たちから犯罪者が出てもあなたやニコズに文句を言う気はありません」
「そうですか。……募集している刑務所の職員についてはそろうまで二週間程待ってもらえないでしょうか?」
「分かりました。最悪そろわなくても足りない分は別の所で募集すればいいので、とりあえず二週間後に出直しますね。もちろん別件で何かあればいつでもどうぞ」
「はい。その時はよろしくお願いします」
恭也がパナエの屋敷を後にした頃には、すでに日が沈みかけていた。
(アズーバの領主たちへの警告は、私の眷属越しでもいいと思いますわ。マスターもお疲れの様子ですし、しばらく休みを取っても大丈夫ですわよ?)
(そうだな。ここんとこずっとあっちこっち飛び回ってるし、最近寝不足っぽいじゃねぇか。いくら死ぬことないからって恭也が全部やることないと思うぞ)
ウルとホムラが口々に休みを取るように言ってきたが恭也にその気は無かった。
(二人の気持ちは嬉しいけど僕が直接顔を出さなかったせいで今回みたいなことになったんだし、アズーバには僕が直接行くよ。疲れてるのはほんとだけどこれですぐに元気になるし)
そう言うと恭也は『格納庫』から短刀を取り出して自分の首を斬り裂いた。
(マ、マスター!一体何を?)
突然自殺した恭也に驚くホムラだったが、いつも通りの口調でウルがなだめてきた。
(あれ、見るの初めてだったか?恭也死んだら眠気も疲れも全部消えるんだと。二百回死んでも大丈夫らしいし、そんなに慌てるなよ)
(マスター!その様な真似は止めてくださいまし!何のために私たちがいると思っていますの?)
今まで恭也に対しては常に優雅な態度を見せていたホムラの本気の怒りと動揺を感じ、恭也は素直に謝った。
(ごめん、ごめん。次から気をつけるよ。でもとりあえず今は刑務所のとこに行こうよ。ここで休んだら死に損だし、死体を持ち歩いてるっていうのも気分悪いしさ)
(本当に自重して下さいまし…)
まだ不満そうなホムラを伴い、恭也はニコズの北部にある刑務所に向かった。
他の刑務所同様分厚い土の壁があるだけの刑務所に着いた恭也は、壁の内側で所在なさげにしていた元貴族や彼らに協力していた七十人程の前に降り立つと、『格納庫』からゾワイトたちの死体を取り出してすぐに蘇生した。
ゾワイトたちは蘇るなり恭也から距離を取ったが、この場でゾワイトたちをどうこうする気は無かったので無視して囚人たち全員に話しかけた。
「みなさんにはこれから一生ここで過ごしてもらいます。最初の一ヶ月は僕が面倒を見ますけど、その後の食料については自分たちで用意して下さい」
そう言って恭也は農作業に必要な道具を『格納庫』から取り出し、『降樹の杖』で木材を切り出せる太さの木を十本程生やした。
ついでに『鉄板生成』で鉄板を二十枚程用意した。
「とりあえずはこれで何とかして下さい。みなさんの育てた野菜が出荷できるようになったらそれを売ったお金でお酒や本ぐらいは用意します。ただし誰か一人でも僕や刑務官の人たちに反抗的な態度を取ったら罰金を課して、それはみなさん全体での借金になるので気をつけて下さい。……こんなところかな。規則に関しては手探りの段階なので意見があればいつでもどうぞ」
「ちょっと待ってくれ!一生はいくら何でもひどいだろう!私は誰かを殺したわけじゃないんだぞ!」
声をあげた男に恭也が視線を向けると視線の先にいたのはメーバンで、黙ってメーバンの言うことを聞いていた恭也にメーバンは不満をぶちまけた。
「私は村人を殺すような真似はしないように言ったんだ!それなのにあの男たちが勝手に……」
メーバンはゾワイトたちを指で刺して自分の罪を軽くしようとし始めた。
恭也はそんなメーバンに『情報伝播』を使い、ホムラの眷属越しに見聞きしていたメーバンとゾワイト、ヨカのやり取りの一部始終を見せた。
「なっ、…これは一体?」
突然自分たちしか知らないはずのやり取りを見せられたメーバンは、驚きから口を閉じた。
そんなメーバンに恭也はとどめを刺した。
「そもそもここから出てどうするつもりですか?今回僕が捕まえた貴族のみなさんの土地はもう別の人のものになってます。あなたここを出ても完全に一文無しですよ?」
恭也のこの発言にはメーバン以外の元貴族も驚いた様子で、彼らは一斉に恭也に視線を向けた。
恭也はそんな彼らにネース王国国王からもらった領地譲渡に関する書状を見せた。
王の署名が入った書状を見せられた彼らの中には、顔を青ざめて腰を抜かした者もいた。
しかし恭也は彼らに特に言葉をかけず、囚人全員にとりあえずの注意だけをした。
「さっき見てもらった通り、僕は死んだ人間を生き返らせることができます。自殺もできない状況で、精々後悔しながらここで暮らして下さい。ちなみにもし逃げたら見せしめも兼ね、死んだ方がましな目に遭わせます。興味があるなら逃げてみて下さい」
それだけ言うと恭也は囚人たちの返事を待たずにホムラの眷属を二体だけ残して刑務所を後にした。