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不正の果て

 ニコズ近辺に領地を持つ貴族の一人、メーバン・レフカ・ソピックは、屋敷でアズーバのギルドに勤務している男二人と話をしていた。


「ニコズの領主代行が異世界人を屋敷に招いたらしい。潜り込ませている者からの情報によると、我々のやっていることを異世界人に報告したそうだ」

「ちっ、めんどくせぇことしやがって。こっちは気ぃ遣って税金納めてない小さな村しか狙ってないっていうのによ」


 メーバンに呼ばれた男の一人、ゾワイトはメーバンの報告を聞き、心底面倒そうな表情をした。

そんなゾワイトの横でもう一人の男、ヨカが口を開いた。


「しかし私たちのしていることの具体的な証拠は、何もつかまれてはいません。あの異世界人もまさか私たち全員をずっと見張ることはできないでしょうし、異世界人がいない時を見計らって続ければいいと思います」

「ああ、だがもう周辺に襲える村などほとんど残っていない。娼館で働かせられる女の補充ができなくなるのは痛いが、そろそろ潮時かも知れん」


 恭也が来る前のネース王国では、ニコズを含む海岸の街の貴族たちは運ばれてくる奴隷たちの売買の恩恵を多く受けていた。

しかし恭也が現れてからはそれもできなくなり、メーバンの収入は一気に三分の一にまで落ち込んでしまった。


 突然現れた異世界人を警戒したメーバンは、用心のために全奴隷を窓口に差し出した。

そのため被害は最小限で抑えられたが、異世界人の示した期日後も奴隷を所有した罪で屋敷も財産も奪われてその日暮らしをするしかなくなった者はメーバンの周りにもかなりいた。


 しかしそんな彼らを助けるつもりも余裕もメーバンには無く、今後の自分の金策だけで手いっぱいだった。

 何とか減った収入を補おうとメーバンが考えた計画が周辺の村からさらってきた女を働かせる娼館だった。

もちろん恭也にばれたらどうなるかはメーバンも分かっているので、運営は秘密裏に行い、客も信用できる人物だけにしていた。


「そもそもあの女も奴隷を売った金で今まで暮らしておきながら、夫が死んだ途端異世界人にしっぽを振るとは!呆れてものも言えん!」


 パナエの変わり身の早さに憤るメーバンにヨカが冷ややかな視線を向けた。


「あの女に怒ってもしかたありませんよ。で、どうするんですか?あなたが手を引きたいと言うのなら私たちは構いませんよ。私たちだけで続けるだけです。もっとも私たちが捕まったら、異世界人に洗脳されて洗いざらい話してしまうでしょうけどね」

「な、何を言っているんだ?私を巻き込むな!もう十分だろ?これ以上は危険だ!」


 自分の保身のために近隣の村への襲撃を止めるために二人を呼んだメーバンは、これからも村への襲撃を続けると言うヨカの正気を疑った。

 そんなメーバンにゾワイトが嘲笑を向けた。


「何勘違いしてやがる。俺たちはあんたの部下でもなんでもない。今までは利害が一致してたから協力してただけだ。あんたが手を引くって言うならそれで終わりさ」

「なんならニコズの領主なり異世界人に泣きついたらどうですか?私たちは逃げた先で同じことをすればいいだけですけど、あなたはここから離れて生きていけるんですか?」


 ゾワイトだけでなくヨカにまで見下された様な視線を向けられ、メーバンは激高した。


「調子に乗るなよ!儂を怒らせてこの屋敷から生きて帰れると思っているのか?これを鳴らせばすぐに兵士たちがやって来るぞ!」


 そう言ってメーバンが机の上にあった呼び鈴に視線を向けたが、ゾワイトとヨカはまるで慌てた様子を見せなかった。


「おー、怖い怖い。やってみろよ」

「私たちが時間までに戻らなければ、仲間がニコズの領主の家に駆けこむ手はずになっています。私たちと心中したいと言うのであればご自由にどうぞ。何なら私が鳴らしましょうか?」


 自分の脅しを受けても全く動じていない二人を見て、メーバンは自分たちの力関係を嫌でも理解させられた。


「そんなにびびるなよ。俺たちだって別に捕まりたいわけじゃねぇ。うまくやるさ」

「これまで通りいい関係を続けていきましょう。商品が手に入ったらまた連絡します」


 ゾワイトとヨカは言いたいことだけを言うと、メーバンの返事を聞かずに部屋を出ていった。

 今さらながら自分が後戻りできないところにいることに気づいたメーバンは、知らない内に流していた汗に気づき驚いた。


 窓は開けているのに少し暑い気がする。

 認めたくはないがあの二人との会話で気が張り詰めていたのだろう。

 大きく息を吐いたメーバンは、あの二人が捕まらないことを祈るしかなかった。


 メーバンとゾワイトたちの話し合いの四日後、ゾワイトとヨカは、他に二十二人の男たちを連れてニコズの西にある村へと向かっていた。

 近場の村は粗方狩り尽くしたので、今回は片道二時間の遠出となった。


「やれやれめんどくせぇな。まだ近くに村あったろ?」

「しかたがないでしょう。異世界人が私たちが襲った村の辺りを調べているんですから」


 現在ゾワイトたちと別行動中の仲間からの報告によると、異世界人はゾワイトたちが襲った村の焼き跡を見て回っているらしい。

村人は全員殺すかさらうかしたため、今さら異世界人が村を調べても何も出るはずがない。

 今回の異世界人はお人好しという噂を聞いていたので、ゾワイトたちは墓でも作っているのだろうと笑っていた。


「死んだ奴らに構ってる間に俺たちに村襲われるんだから、ほんと馬鹿だよな」

「今回の異世界人が愚かなのは事実ですけど、油断は禁物ですよ。ありえない速度で目の前に現れると聞いていますからね」

「分かってる、分かってる。だから行き先ごまかして出発したんじゃねぇか。異世界人が透明になって尾行しようとしても、馬まで消せる魔導具はまだ開発されてねぇ。俺たちが出発したって後から知っても手遅れさ」


 ゾワイトたちは今まで同様架空の依頼を受けて出発したのだが、今回の依頼書には襲撃予定の村とは全然関係無い場所を書いておいた。

 そのため異世界人たちがゾワイトたちを疑って待ち伏せようにも、依頼書の記述を見て待ち伏せることは不可能だった。


ゾワイトたちは出発後すぐに全速力で馬を走らせ、途中で二度方向転換する手間までかけた。

 ここまでしたゾワイトたちを尾行できる者などいるわけもない。

 ゾワイトは余裕の表情で目的地へと向かい、予定通り二時間以上かけて目的の村に着いた。


「さてと、仕事といくか」


 ゾワイトは手にした水属性の魔導具を手にすると、仲間たち数人と村へと攻め込もうとした。

 事前の調査で村には五十人もいないことが分かっており、魔導具で装備したゾワイトたちにとって彼らを殺すことなど造作も無いことだった。


 ヨカ率いる別動隊が村の周囲を隙無く囲んでいるので、村人に逃げられる心配も無い。

 手慣れた様子で村へと攻め入ろうとしたゾワイトたちだったが、突然目の前に現れた障壁にぶつかり落馬した。


「な、何だ?」


 落馬の衝撃からすぐに立ち直ったゾワイトに一人の少年が近づいてきた。

 村全体を覆う障壁を見たゾワイトは、話に聞いていた異世界人の能力を思い出して目の前の少年の正体をすぐに察した。


 まともに戦って勝てる相手ではない。

そう判断したゾワイトは即座に馬を立ち上がらせて逃げ出そうとしたが、次の瞬間には闇魔法で洗脳されてしまい、ゾワイトたちは少年に言われるがまま動き出した。


 ゾワイトたちを村から離れた所まで連れてきた少年、恭也はゾワイトたちにかけていた洗脳を解き、ゾワイトたちの反応を待った。

 洗脳が解かれるなりゾワイトは魔導具を発動して恭也に氷の散弾を撃ち出したが、恭也はよける素振りすら見せずにゾワイトの攻撃をまともに受けた。

 その後も攻撃を繰り返すゾワイトに、恭也は緊張感をまるで感じさせない口調で話しかけた。


「あれ?僕に魔法が効かないって結構知られてると思ってたんですけど。僕精霊魔法ぐらいの魔法じゃないと傷負いませんよ?」


 そう言って恭也が一歩足を踏み出すと、ゾワイトは恭也に背を見せて走り出した。

それに続く形で他の男たちも逃げ出したが、すぐにその足は止まった。

 彼らの前に『バギオン』を発動させたウルと眷属三十体以上を伴ったホムラが立ち塞がったからだ。


「おいおい、せっかく来たんだ。もう少し遊んでいけよ」

「マスターの話の途中で逃げ出すなんて、本当に無礼な連中ですわね」


 噂にしか聞いていなかった異世界人とその配下の魔神二体に囲まれ、ゾワイトたちは進退窮まった。自分たちの現状を正確に把握したゾワイトは、迷わずに土下座して恭也に命乞いした。


「俺たちが悪かった!大人しく捕まる!だからどうか命だけは助けてくれ!」


 そう言うゾワイトに恭也は『情報伝播』を発動し、十秒程全身を焼かれる痛みを味合わせた。

 突然絶叫しながら地面を転がり始めたゾワイトを見て、今度はヨカが命乞いをしてきた。


「ゆ、許して下さい。子供二人を食べさせるためには他に方法が無かったんです」


 嘘泣きまでして恭也に命乞いをし始めたヨカに、恭也は冷たい視線を向けた。


「子供が二人もいるのに逃げた先で同じことをすればいいとか言ってたんですか?ほんとどうしようもないですね」


 恭也のこの発言にヨカの涙が止まったが、恭也の発言はまだ終わりではなかった。


「メーバンさんでしたっけ?あの人が止めようって言ってた時に止めとけばよかったんですよ。そうしたらもっと穏便にすませました。本当にいるのか分かりませんけど、あなたの子供はちゃんと面倒を見るので安心して捕まって下さい。後ついでに言っておくと、メーバンさんもアズーバの人たちもとっくに捕まえてて、あなたたちが最後です」


 自分たちの言動が筒抜けになっていたことに恐怖を感じたヨカは、もはややけになり手にした杖型の魔導具から恭也に光線を放った。


「二度も言いませんよ?」


 服すら焦げていない恭也を見てヨカは武器を取り落としたが、絶望するには早過ぎた。

 恭也は土属性の精霊魔法で壁を創りゾワイトたちを分断すると、ウルとホムラに指示を出した。


「じゃあ、頼んどいた通りにお願い!できるだけ時間かけてね!」


 そう言うと恭也は『隔離空間』を発動して逃げ場をふさぎ、ゾワイトたちに話しかけた。


「みなさんには刑務所に行く前に一回死んでもらうつもりです。もし目の前の魔神に勝てたら見逃してあげますよ」


 その後恭也は『格納庫』からいすを取り出して座り、ゾワイトたちに視線を向けた。

 ゾワイトたちに襲われた村四ヶ所を見て回った恭也だったが、村はひどい有り様だった。

 家屋はもちろんのこと死体すら原型をとどめておらず、数日以内に襲われたらしい村の住民だけは腐敗が進んでいたが死体が残っていたので恭也の手で蘇生できたが、それだけだった。


 蘇らせるために死体を一ヶ所に集めた際、背中に刺し傷がある男児の死体を見つけた時点で恭也にゾワイトたちに情けをかける気は一切なくなり、ウルとホムラにもくれぐれもすぐに殺さないようにと伝えていた。


「よく分かんねえけど、教材ビデオってやつ作るんだとよ。精々派手に死んでくれ」


 そう言うとウルは、『バギオン』で創った球体の群れを男たちに差し向けた。

 男たちは手にした武器や魔導具で球体を必死に撃ち落としたが、視界を埋め尽くす程の数の球体全てを撃ち落とせるわけもなく、男たちは全身を球体に覆われて悲鳴をあげ始めた。


「痛い、痛い!助けてくれぇ!」「腕が、腕が…、ぎゃー」「あが…、あが…」


 磨きがかかった今のウルの『バギオン』の効果は、ただ眠らせるなどといった優しいものではない。男たちはそれぞれ、体を焼かれる幻、死ぬまで野犬に食べられる幻、体中が徐々に溶けていく幻などを見せられていた。


 一分も経たずに男たちは涙を流し始め、周囲にはアンモニアの臭いが広がった。

 言葉を発している者はまだましで、大抵の者は意味をなさないうわごとをつぶやくだけという惨状だった。


「これ絵的に地味だな」


 痛みを伴う幻を見せられて悲鳴をあげる男たちという光景は、大抵の人間にとっては正視できないものだった。

 しかしウルにとって人間をいたぶるという行為は、荷物運びや書類仕事同様のつまらない仕事という位置づけだ。


 特に何の感慨も無く、ウルは『バギオン』を解除して男たちを直接痛めつけることにした。

 今後ギルドに入る者に今回の光景を見せるつもりなので、見た目が派手な技を使うようにと事前に恭也に言われていたからだ。


「ほーら、立った、立った」


『バギオン』が解除されても地面に横たわったままだった男たちを洗脳して無理矢理立たせると、ウルは男たちに発破をかけた。


「ほら、どうした?そこらの村人と戦うより俺と戦う方がおもしろいだろ?それともまた幻見せてほしいのか?さあかかってこいよ。俺の羽一枚でも潰せたら逃がしてやるぜ?」


 周囲を恭也の『隔離空間』で覆われてウルの言葉にすがるしかなかった男たちは、最後の闘志を振り絞ってウルに襲い掛かった。

 ギルド職員に支給されたウル製の剣型魔導具で男がウルに斬りかかろうとしたが、その攻撃はウルに効かないどころか、手にしていた男の手が魔導具から伝わってきた闇に侵食されて消滅した。


「う、うぎゃぁぁ!」


 武器を持った手の感触がなくなった途端に感じた痛みに男は悲鳴をあげたが、男はすぐにその痛みから解放された。

 ウルが羽で男の首を斬り飛ばしたからだ。

 先陣を切った男が数秒でウルに殺されたことで残された男たちの動きが止まってしまい、それを見たウルはため息をつくと羽を体内にしまった。

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