提案
「もう気づいているかも知れませんけど、僕はどれだけ離れた場所にでも瞬時に移動できるのでネースを支援しながらこの国に力を貸すことはできると思います。もし本格的に協力関係になりたいということなら連絡用に眷属を一体置いていくので、それで連絡は可能です」
恭也の眷属についての説明を聞き、ティノリス皇国の面々は一様に驚いた様子だった。
しかしその後のミゼクの質問で室内の空気は一変した。
「この眷属というのをお借りした場合、そこから我々の情報が漏れるのでは?」
「ミゼクさん!」
恭也に対する警戒心を露わにしたミゼクの質問をフーリンがたしなめたが、当の恭也は気にしていなかった。
「もちろんあなたの言う通りです。でも情報どうこう言うのは少し遅かった気がします。今も捕まっているギズア族を探したり居住地まで送ったりするためにティノリス中に眷属を百体ぐらい配置してますから」
「なるほど。今後のギズア族の捜索はこちらに任せてはもらうわけにはいかないでしょうか?」
「ギズア族についてティノリスの人たちに任せるのはちょっと……」
言い方は悪いが窃盗で捕まった人間の自供を信じて家宅捜索をしない様なものだ。
恭也としてもうなずくわけにはいかず、その結果室内の雰囲気は悪くなり交渉の結果も怪しくなってきた。
「陛下、残念ですが能様との協力は難しいかと……。こういったことはお互いの信頼が無いといけませんので」
「僕としても今やってるギズア族の人たちの救出の邪魔さえされなければ現状維持で構いません」
現ティノリス皇国の実務の頂点ミゼクと恭也双方がこう言ったことで今回の交渉は決裂した。
フーリン以外の誰もがそう思っていた。
「少し待って下さい」
完全に話は終わりという雰囲気になっていたところにフーリンの声が響き、室内の視線全てがフーリンに集まった。
それらの視線をものともせずにフーリンは自分の考えを告げた。
「私はぜひ能様との同盟を結びたいと思っています」
「陛下、それは、」
「では四天将もいない状況で、どうやって軍を抑えるつもりですか?」
「それは、時間はかかるでしょうが、軍への締め付けを強くし、徐々に軍の縮小を、」
フーリンの質問を受けて恭也の協力無しでの当たり障りの無い計画を口にしたミゼクだったが、それを最後まで聞かずにフーリンは口を開いた。
「無理です。いえミゼクさんが言うなら時間をかければできるというのはその通りなのだと思います。でも長年の積み重ねで今のティノリスには力で物事を解決するという風潮ができあがっています。ミゼクさんのおっしゃった試みが終わるまでにまた多くの血が流れるでしょう。これ以上国民の血が流れるのを防げるなら、私はどんな犠牲でも払うつもりです」
「それではどうするおつもりですか?」
立場上は上とはいえミゼクとフーリンには三十以上の歳の差がある。
それにも関わらずミゼクの顔には怒りや嘲りの色は無く、ただ真っすぐにフーリンの顔に視線を向けていた。
そんな中フーリンが口を開いた。
「能様に侯爵位とソパス周辺の領地を差し上げたいと思います」
フーリンのこの発言を聞き、室内の全員が静まり返った。
しかしフーリンの発言内容を理解した途端、ティノリス皇国側の誰もが驚きながらフーリンに視線を向けた。
「陛下、何をお考えですか?」
「他国の者に領地と爵位を与えるなど対外的には我々が能様に屈したと取られてもしかたありませんぞ!」
「そうです。陛下。能様の功績に報いるにしてもいくらなんでもやり過ぎです!」
ティノリス皇国側の大臣や貴族たちが一斉にフーリンの発言に否定的な声をあげるのを見て、恭也は全員が反対するのも当然だと思った。
恭也が慌てなかったのはどんな条件でも受け取りを拒否するつもりだったからだ。
正直に言うともう帰りたい気持ちでいっぱいの恭也だったが、この状況で帰るのはさすがにまずいだろう。
そう考えた恭也は場を収めるべく口を開いた。
「陛下、気持ちは嬉しいんですけどさすがに領地をもらう気はありません。もしまた騒ぎが起きても次回以降は報酬としてお金をもらえればそれで……」
恭也としてはこれで話を終えたかったのだが、フーリンは引き下がらなかった。
「どうしてですか?私の今回の提案はみんなにとって得となるはずです。能様は領地を得ますし、私たちは能様と正式に同盟を結んだと発表できます。他国からどう見られるかについてはすでに手遅れだと私は思っていますし、先程も言った様に国民の無事より体面を優先する気はありません。どうでしょうか?」
フーリンはそう言うと周囲の反応をうかがった。
誰かフーリンを止めてくれという気持ちを込めて恭也はティノリス皇国の面々に視線を送ったのだが、誰一人口を開かなかった。
(どうしよう……)
このままでは領地と爵位をもらうことになってしまう。
爵位というのはぴんとこないが、領地はもらったらどれだけ面倒かなど考えるまでもない。
恭也に街や周辺の土地の管理などできるわけがなく、フーリンの発言には困惑するしかなかったがウルとホムラの考えは違った。
(いいじゃねぇか。自治区よりでかい土地くれるって言うんだろ?もらっとけ、もらっとけ)
(そんな簡単に言わないでよ。誰が管理するの?)
(管理なら眷属五体も置いておけば私がしますわよ?)
事も無げにそう言うホムラに恭也は絶句した。
(いや、簡単に言うけど、街だよ?)
(人間がしている程度のこと私ができないと思っていますの?まとまった領地が手に入ったら金銭はもちろん周囲でのギルドの普及も容易ですし、断る理由は無いと思いますわ。領地の管理に関しては雑事は私が請け負いますのでどうかご安心を)
ホムラにこう言われて恭也の心は揺らいだ。
もちろんホムラに丸投げする気は無いが、確かに自由にできる土地があれば便利なのは確かだった。
それに軍が暴走してから対応するのではなく、恭也に常ににらみを利かせておいて欲しいというフーリンの考えも理解できた。
後はフーリン以外のティノリス皇国の首脳部の考え次第だと考えた恭也は、彼らに考える時間を与えることにした。
「少し考えたんですけど、陛下の提案は僕にとってもメリットがありそうなんでお受けしたいと思います。でも他のみなさんの反応見る限り、多分根回しとか全然してませんよね?だからどうでしょう?三日後に出直すので、正式な決定はその時にしませんか?」
恭也のこの提案は問題の先送りだったがフーリンの提案が寝耳に水だったミゼクたちとしても恭也の提案は渡りに船だったため、フーリンの提案に関しては三日後に決定ということになった。
すでに領地をもらうことに乗り気になっていた恭也は少しでもミゼクたちとの話し合いが有利になるように売り込みを行うことにした。
『格納庫』からウル製の剣の魔導具とオルガナが使っていた魔導具『メイデス』をウルの能力でいじった物、それとついでなので『モシルの布』と『スベアの杖』を取り出した。
「この剣は闇属性の魔導具で、大抵の物は斬り裂けます。セザキアとクノン、それにネースにも渡しているんで参考までにどうぞ。それからこれはオルガナさんが使っていた魔導具で、僕が魔神の力を使っていじりました。闇属性の持ち主でも眠らせることができる魔導具です」
そう言うと恭也は魔導具四点をティノリス皇国側に差し出した。
「この魔導具はどこから取り出したのですか?」
オルガナが使っていた『メイデス』を受け取りながらフーリンが質問をしてきた。
すでにこの世界に来てから何度も行ったやり取りだったので、恭也は慣れた様子で『格納庫』の説明をした。
恭也の能力についてフーリンは詳しく聞いていなかったらしく、恭也の説明を聞いた後しばらくは放心状態だった。
「お強いだけではなく、そんなこともできるんですね」
「僕の強さは魔神頼りなので、強さ自体はそれ程でもないですよ。まともに戦ったらもう一人の異世界人、ガーニスさんには絶対勝てませんし」
「ん?能様はそのガーニス様に勝ったのでは?」
「ルールありの試合で勝っただけで実力で勝ったわけじゃありません。僕の能力器用貧乏なので」
「そうなんですか」
異世界人の能力の平均など知らないフーリンは、恭也の発言が謙遜なのかどうか分からずあいまいな返事をしてしまった。
「とりあえず今日のところは失礼しますね。もし今回の話が無かったことになっても、特に怒ったりはしません。そちらの都合を優先して下さい」
そう言うと恭也は部屋を後にした。
(さて、じゃあまずは眷属用の魔導具と刑務所用の諸々買いに行こうか)
後回しになっていたティノリス皇国内での犠牲者の蘇生はすでに終えていたので、三日後まで特に急ぎの用は無い。
初日をソパスの見学も兼ねた買い物に使い、それ以降はユーダムでゆっくりしよう。
そう考えていた恭也にホムラが話しかけてきた。
(眷属用の魔導具については少し待って欲しいですわ。私に考えがありますの)
(考え?お金のことなら心配しなくていいよ?)
セザキア王国での治療の報酬が手つかずだったので魔導具を買う余裕ぐらいはある。
そう考えていた恭也だったがホムラは恭也の気遣いを断った。
(でも戦闘用の魔導具を買おうと思ったら軍か国が相手になりますわよね?先程の話が決まるまではあまりティノリスと関わらない方がいいと思いますの。眷属の強化については私にお任せ下さいまし)
(分かった。でも無理だったらすぐに言ってね?)
それだけ言うと、恭也は羽を生やしてソパスへと向かった。
フーリンたちとの会談の翌日、できれば行きつけの店を作っておきたいと考えた恭也は、ソパスを二時間程かけて探索した。
その道中で恭也に負けた軍や恭也への不満を口にする市民の姿を何度も見たので、恭也はソパスをもらった時のことが改めて心配になった。
(ホムラ、ほんとに大丈夫?思ったより僕嫌われてるみたいなんだけど……)
(大丈夫ですわよ。初めにきつい鞭を与えて、それから飴を与えればどうにでもなりますわ)
あまりに簡単にホムラが断言したため恭也は逆に不安になり、それを感じ取ったホムラはもう少し具体的に説明し始めた。
(仮にここの住民たちがマスターを嫌ってどこかに移動しようにも、国全体が食糧難な上に兵士の解雇も始まって職を持たない人間が増えますわ。こんな状態で他の街で一から生活をやり直すなんて無謀ですもの。結局は我慢するしかなくて後は単純に街の住み心地の問題になりますわ。マスターに守られていて、病気や怪我の治療はもちろん死者の蘇生さえ受けられるこの街から出ていこうなんて人間いるわけがありませんわ)
(そうだね。街の人たちに好かれる努力した方が心配するよりは建設的か)
(でもそれだと恭也しょっちゅうここに来ないといけなくならないか?)
ホムラが忙しくなるだけならとソパスの件にあまり口を出さなかったウルだったが、恭也の仕事が増えるとなると話は別だった。
自分の主が雑用で忙殺されるなどウルには耐えられず、それはホムラも理解していた。
(頻度としては多くても週に一回程度を考えていますから、ウルさんの心配している様な事にはなりませんわ。どうかご安心下さいまし)
(それならいいけどよ)
(ただこちらから暴力を振るう気はありませんけれど、初めの内は何度かマスターに不快な思いをさせてしまうかも知れませんわ)
(そこまでお人好しじゃないよ。一回警告して引き下がらなかったら遠慮しなくていいよ)
(かしこまりましたわ)
三人で話している内に買い物も終わり、恭也はユーダムへ転移すべくソパス郊外へ向かおうとした。
そんな時コーセスに配置していたホムラの眷属から連絡が入り、恭也は足を止めた。
(何かあった?)
(眷属によるとニコズという街の領主からマスターあての手紙が届いたようですわ)
(ニコズ?ネースの東の街だったよね。何の用だろ?手紙開けてみて)
(はい。それでは失礼しますわ)
コーセスにいる眷属が手紙を開け、眷属越しに手紙を読んだ恭也たちだったが手紙の最初の部分がすでに読めなかった。
もちろん形は全然違うが、恭也の感覚で言えばこの世界の言語はハングル文字と梵字が不規則に並んでいる様なものだ。
この世界に来て半年も経っていない恭也は、まだ読み書きが完璧とは言えない。
自治区の報告書は書いているカムータたちが難しい言い回しを使わない上に出てくる固有名詞も何度も見ているので何とか読めるが、今回の様に貴族が書いた手紙はお手上げだった。
おそらくお決まりの時節のあいさつが書いてあるであろう最初の数行など初めて見る単語ばかりで、恭也は何一つ理解できなかった。
結局二枚に及ぶ手紙から恭也たちが読み取れたことは、ニコズの領主が何かの問題を抱えていることと恭也の行っている試み(おそらくギルド)について興味を持っているということだけだった。
(お役に立てず申し訳ありません)
(いや、これに関しては悪いの僕だから)
魔神たちの読み書き能力は、契約した主のものがそのまま反映される。
恭也が読めないものがウルとホムラに読めるはずがなかった。
今も申し訳なさそうにしているホムラには全く悪びれた様子の無いウルを見習って欲しいものだった。
(わざわざ手紙送ってきたってことは何か面倒事が起こってるんだろうね。大事になる前に片づけよう)
恭也はすぐにコーセスに転移した。