戦後処理
恭也はホムラの眷属たちが悪魔にやられた場所に一番近い街、ネダクに転移した。
すでにその場で待機していた眷属三体に新たに召還した眷属七体を合流させ、目標を果たした恭也はせっかくなのでこの街を見て回ることにした。
まずは立て札が立てられた場所の様子を見に行った恭也は、立て札の周りで兵士と市民の集団が言い争っている場面に遭遇した。
「おい、どういうことだ、これは?四天将様たちが異世界人に負けたって言うのか?」
「新しい異世界人が現れて四天将だけでなくオルガナ様たちも捕まったと聞いている。私たちだっていきなり聞かされて驚いてるんだ。そう興奮するな」
「ふざけるな!俺たちがどれだけ我慢してきたと思ってるんだ!さんざん我慢させたあげくあっさり負けやがって。この役立たず共が!」
「そうだそうだ!大陸の統一なんてでかい事言っておきながら、異世界人程度に負けやがって!」
徐々に興奮していく市民たちの罵倒を聞き、最初は市民たちをなだめていた兵士たちも徐々に表情を変えていった。
「調子に乗るなよ。これ以上我々を侮辱するなら、国家反逆罪で逮捕する」
「やってみろよ!」
兵士五人に対して市民は三十人以上いた。
距離を取っての戦闘ならともかく、すでに距離を詰められている状況では兵士たちは数の差であっさり負けてしまうだろう。
そう考えた恭也は興奮した市民たちを『キドヌサ』で束縛すると、ホムラに市民たちを説得するように指示を出した。
(まだしばらくは僕の正体知られたくないから、とりあえず脅して帰ってもらって。何かあったら能力で助けるから)
(了解しましたわ)
束縛された市民たちはもちろん、見ていた兵士たちも地面から突然生えてきた鎖に驚いていたが、そんな彼らの前に姿を現したホムラは市民たちにこの場を立ち去るように命じた。
「私はみなさまが先程話していた異世界人、能恭也様の配下のホムラですわ。みなさまには火の魔神と言った方が通りがいいかもしれませんわね」
突然現れた火の魔神を名乗る存在に当事者の兵士と市民だけでなく、周囲で様子をうかがっていた他の市民たちからも驚いた声が聞こえた。
「私がこの場に現れたことから分かってもらえると思いますけれど、あなた方の言動は常に把握していますわ。私たちのマスターは大変お優しい方ですけれど、暴力をことのほか嫌いますの。これ以上暴れたいと言うのなら私が相手をしますわよ?」
そう言うとホムラは自分の背後に眷属十体を召還した。
これ見よがしに炎を発生させた眷属たちの姿に恐怖を抱いた市民たちは、慌ててその場を立ち去った。
その後ホムラは残された兵士たちに視線を向けた。
「あまりつまらないことでマスターの手を煩わせないで下さいまし」
それだけ言うとホムラは体を解き、恭也の中に戻っていった。
他の市民たちに混ざりホムラを怖がっている演技をしながらその場を離れた恭也は、ホムラをねぎらった。
(ありがとう。助かったよ)
(あれぐらいたやすいことですわ。けれどこの街よりもノリスから離れている街では、こううまくはいかないかも知れませんわね)
(確か後三日で全部の街に立て札が届くんだよね?)
(ええ、その予定ですわ)
(うーん。どうしようかな)
ネダクの様に数日でノリスの様子を確認できる街と違い、ノリスから遠く離れた街では立て札に書いてあることの前提のティノリス皇国敗北が信じてもらえない可能性があった。
そうなると余計な争いが生まれることになりかねず、恭也としては頭が痛かった。
(とりあえずは立て札の設置を待ってはどうですの?立て札の破壊などを行う人間も現れるとは思いますけれど、現時点で全てに対応するのは無理ですもの)
(うーん。しかたないか。とりあえずこの街に二日いて、様子を見てみよう)
そうウルとホムラに告げた恭也は、ちょうど夕飯時だったので近くの飲食店に入った。
例によってメニューの内容は半分も読めなかったが、全体的に料金が高いことが恭也は気になった。
(人手を軍に取られているので、食料が不足気味のようですわね)
(ああ、なるほど)
(でも心配いりませんわ。マスターに負けて他国への侵略ができなくなった以上、マスターが何も言わなくても軍の縮小は行われるでしょうから)
(それサキナトと同じパターンじゃん)
恭也がサキナトを潰してからしばらく経った頃、職を失ったサキナトの構成員による犯罪が頻発した。
大部分は捕まったが、今でも少数の犯罪集団はネース王国の各地に存在すると恭也は聞いていた。場合によっては国の兵士よりいい魔導具を持っていることもあるため、彼らにはネース王国も手を焼いているらしかった。
(暴れた連中なんて全員恭也の刑務所にぶち込んでやればいい。そんなに心配することか?)
気楽にそう言うウルに恭也はため息をついた。
(あんまりすること増やしたくないんだけどなー)
(これだけ大きな国のしようとしていたことを邪魔したのですもの。混乱は避けられないと思いますわ)
(はあ、結局出たとこ勝負か)
その後食事を終えて店を出た恭也は、今夜の宿を探し始めた。
恭也と別れたフーリンは、ノリスに帰るなり忙殺される日々を送っていた。
ノリスに着いた翌日には女王に即位し、その後大臣の任命を行った。
決定事項の各地への伝達や不要となった軍の縮小などは各所の役人たちに任せたが、新体制の第一歩、大臣の任命の時点ですでに大変だった。
ギズア族への迫害の罪で前大臣全員が刑務所に連れていかれ、当主やその子供たちが軒並み連行された貴族の家も多かったからだ。
そのため大臣の選定・任命は、誰が残るか分かるまで行えなかった。
眷属を引き連れて貴族たちを次々に連行する火の魔神の姿は、貴族たちに非があると分かっていてもフーリンには恐ろしく映った。
文字通り国の幹部全員が一斉にいなくなった混乱はとても数日では収まるものではなかったが、それでもフーリンは久しぶりに部屋でゆっくりしていた。
「お疲れ様です。ここのところご多忙でしたものね」
シアが淹れてくれたお茶を飲みながらフーリンは、疲れた様子でため息をついた。
「私なんて何も…。ミゼクさんの話だと軍の方はまとめる人が誰もいなくて大変らしいから」
ミゼクというのはオルガナたちの方針に反対し、『ゼンアス』の材料に使われた貴族だ。
今回のティノリス皇国の新体制では、中心人物となって各所で仕事をしていた。
「…オルガナ様に会いに行かないのですか?」
シアがためらいがちにしてきた質問にフーリンは即答した。
「今すぐには会いに行けないわ。今私がお母様に会いに行ったら、あの異世界人に何を言われるか分からないもの。落ち着いたら会いに行きたいとは、」
ここでフーリンは何やら部屋の外が騒がしいことに気がついた。
シアも気がついた様子で、外の状況を確認しようとシアがドアに向かおうとしたその時、ドアが乱暴に開かれて部屋に武装した兵士が十人程入ってきた。
「何の真似ですか?これは?」
シアが声を荒げて兵士たちに詰め寄ろうとしたが、すぐに兵士数人に取り押さえられてしまった。
「フーリン様早くお逃げ下さい!」
「うるせぇ、黙ってろ!」
組み伏せられた状態で頭を強打され、シアは気を失った。
「シア!」
兵士たちのシアへの行いに思わず駆け寄ろうとしたフーリンだったが、そこに兵士たちのまとめ役らしき男が立ち塞がった。
「一体何のつもりです?」
怯えながらもそう尋ねたフーリンに男は侮蔑するような視線を向けてきた。
「お前みたいな小娘にこの国は任せておけない。貴族共が力を失っている今が絶好の好機だ。この国を真の大国にする。ニオン様も今頃は仲間たちが殺しているし、オルガナ様だって数日中には殺してやるから安心して死ね」
そう言って男が剣を抜くのを見て、フーリンは闇属性の魔法を発動した。
しかし男には効いていない様子だった。
「あいにく俺も闇属性だ。悪いがこれから忙しくなる。異世界人が来るまでに終わらせないといけないんでな。死ね」
そう言って男は剣を振り下ろし、フーリンは恐怖から目を閉じてしまった。
しかしいつまで経っても痛みが襲ってこなかった。
恐る恐るフーリンが目を開けると、そこには先日会ったばかりの異世界人の姿があった。
「ば、馬鹿な!どうしてこんなに早く…」
「答える義理無いです」
異世界人の少年がそう言うと、突然部屋の兵士たち全員が体を震わせて叫び声をあげながら床を転げ回り始めた。
「何をしたんですか?」
「三十分程剣で刺される痛みを味わってもらっただけです。あなたの弟も無事ですし、とりあえず弟さんの部屋で話をしませんか?ここしばらくうるさくなるんで」
確かに今フーリンの部屋は兵士たちの絶叫が響き渡り、会話に適した状況ではなかった。
フーリンは異世界人の指示に従い、気を失っていたシアを助けて異世界人の後を追った。
「ティカ!ニオンも!無事だったのね」
ニオンの部屋にフーリンが入ると、ニオンがたどたどしい足取りでフーリンに近づいてきた。
それに遅れる形でティカもフーリンに近づき、自分たちが火の魔神に助けられたことを説明した。
「そうだったの。でもどうして今回の兵士たちの行動が分かったんですか?」
ニオンとティカの安全を喜んだフーリンだったが、異世界人たちの登場はあまりに都合が良過ぎた。異世界人の自作自演を疑い視線が鋭くなってしまったフーリンだったが、それに気を悪くした様子も見せずに異世界人は説明を始めた。
「僕は一度会った人間が死にそうになったらそれを察知できるんです。それに数は少ないですけどノリスには見張りも残してたので、あらかじめ兵士の人たちを待ち伏せることができました。城以外にも三ヶ所で似たような事してましたけど、全部鎮圧したんで安心して下さい。捕まえた兵士の扱いについてはそちらに任せます」
そう言って立ち去ろうとした異世界人をフーリンは呼び止めた。
「待って下さい!」
「ん?どうしました?」
思わず大きな声を出してしまった自分に驚きつつも、フーリンは不思議そうにこちらを見る異世界人に自分の考えを伝えた。
「前回断っておきながら恥ずかしいのですが、今後の国の運営に力を貸してはもらえないでしょうか?」
後ろからシアやティカの声が聞こえてきたが、フーリンは振り向かずにただ目の前の異世界人の返事を待った。
恭也がフーリンたちを助けた三日後、クーデターの騒ぎも一応の落ち着きを見せたノリスの王城の一室で、恭也はフーリンを始めとするティノリス皇国の首脳陣たちと会っていた。
「本日は改めてご足労いただきありがとうございます。改めて先日のお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げたフーリンに恭也は気にしないように告げた。
「そんなに気にしないで下さい。元凶の僕に言われても不愉快かも知れませんけど、前に言った通りできるだけ力になりたいとは思ってるので」
「ありがとうございます。それで前回お願いした件は考えていただけましたか?」
「この国の運営に力を貸して欲しいってことでしたけど、具体的には何をして欲しいんですか?」
「その前に一つ確認したいのですが、能様はどこかの国に所属しているのでしょうか?」
フーリンの横に座っていたミゼクが恭也に質問をしてきたので、恭也は素直に答えた。
「国というか、南にあるネース王国の領土内の自治区二つの相談役をしてます。相談役と言ってもほとんど留守にしてますけど」
「そうですか…」
すでに恭也が別の国と繋がりを持っていると聞き、ミゼクが考え込む様子を見せた。
他国と繋がっている異世界人を信用できないと考えているのだろう。
恭也としてはティノリス皇国とそこまで深い関係になるつもりは無かったので、そんなミゼクの態度を見ても特に何とも思わなかった。