あいさつ
とりあえず考えていた用事を全て済ませた恭也は、しばらく留守にしていたユーダムについての報告書に書いてあった問題を解決することにした。
牧場を作るために森を切り拓いていることや傷害事件が一件起きたなど様々な報告が記載されていたが、恭也が直接出向かないといけないと判断した案件は三つだった。
その内の一つを解決するため、ホムラの紹介も兼ねて恭也はユーダムに向かった。
ユーダムでの用件自体は森林伐採の際にけがをした男の治療だったためすぐに終わり、その後恭也はカムータの家へと向かった。
「この前はばたばたしてすみませんでした。急ぎの用事も済んだので、改めて仲間にした魔神の紹介をしようと思って」
「魔神の紹介、ですか?」
恭也が闇の魔神、ウルを配下にしていることはもちろんカムータも知っていたが、正式に紹介されたことなどなかった。
ウルが必要無いと言い、恭也も余計な衝突を起こす必要は無いと考えたからで、そのためカムータはどうして今さらと不思議に思った。
ホムラの場合は連絡用に眷属を一体配置する必要がある上に、ホムラ自身が望んだためカムータに紹介することになり、とりあえず恭也はカムータとホムラを会わせることにした。
恭也がホムラを召還すると、ホムラはカムータに向かって優雅な仕草であいさつをした。
「この度マスターの配下に加わったホムラと申しますわ。この眷属を通せばマスターや私に瞬時に連絡が取れますわ。眷属にでしたら雑用を命じて下さっても構いませんので、どうぞ好きに使って下さいませ」
そう言って眷属を召還したホムラにカムータも慌てて頭を下げた。
その後眷属について一通りの説明を行ったホムラが、眷属を通してユーダムを見て回りたいと言い出した。
そのため急遽カムータが眷属の案内役をすることになり、眷属の相手をカムータに任せて恭也はゴーズン刑務所に向かった。
その道中、ウルがホムラに質問をしてきた。
(どうして人間ごときにあんなぺこぺこしたんだ?村についての情報なんて報告書読めばいいんだからわざわざあんなのと話す必要無いだろ)
別にウルは人間を見下しているわけではないので、あんな下等生物相手にするなんて魔神の面汚しなどと言う気は無い。
純粋に不思議なだけだった。
そんなウルにホムラは自分の考えを伝えた。
(今後マスターに様々な進言をするにあたって、情報は大事ですもの。ウルさんはそういった仕事はお嫌いですわよね?でしたら私ががんばらないといけませんわ)
(言われたわけでもないのによくやるぜ)
(これでも遠慮してますのよ?本当は他の国やコーセスでもしたいぐらいですもの)
(それはさすがに…)
ホムラの発言を聞き、それをとがめた恭也に対してホムラは慌てることなく返答した。
(もちろん分かっておりますわ。マスターや私たちが人間相手に負けることはあり得ない以上、揚げ足を取られる様な真似は慎まないといけませんもの)
他の国はもちろん、ユーダム程住民が恭也に心を開いていないコーセスでの眷属による見回りも恭也は止めさせた。
無理に監視の目を強める必要は無いと思ってのことで、余計な争いを起こしたくないという恭也の考えはホムラにも伝わっている様子だった。
しかしホムラの考えに多少物騒な言い回しがあることに不安を感じながら恭也は、ゴーズン刑務所への道中を進んだ。
報告書によるとゴーズン刑務所の囚人たちが生活環境の向上を求めているらしい。
具体的に言うと、囚人たちはアナシンへの外出許可と酒の提供を求めていた。
この二つの内、アナシンへの外出許可については、囚人たちも駄目元で言っただけだろう。
自分たちが逃げ出しさえしなければ恭也が手を出さないと高を括っての要求で、多少いらついた恭也だったがさすがにこれで手を出すわけにもいかない。
直接出向き調子に乗らないように言うだけに留めるつもりだった。
もう一つの酒の提供については悩んでいた。
刑務所の囚人たちの要求ということを考えるとあり得ない内容だったが、恭也としても裁判無しでいきなり収監した立場だ。
彼らが一生を刑務所内で終えることを考えると、酒ぐらいは用意してもいいと思っていた。
これで彼らが調子に乗って娼婦を呼べと言い出したらホムラの出番なので、その辺りは彼らに言い聞かせる必要があった。
ゴーズン刑務所に着いた恭也は、刑務所の門番にあいさつをして刑務所に入り、囚人たちを一堂に集めた。
「さてと、みなさんからの要望についてですが、外出は却下です。自分たちが囚人だということを自覚して下さい。生活環境についての要求自体は今後もしてもらって構いませんけど、次に外出を要求してきたら、たがが緩んでいると判断して新しく仲間になった彼女の実験に付き合ってもらいます」
そう言って恭也が隣にホムラを召還すると、ホムラは囚人たちに蔑む様な視線を向けながらあいさつした。
「あなた方の様な方たちを殺さないでいるマスターの温情をきちんと理解できていますの?マスターの顔に泥を塗る様な真似をしたら、容赦しませんわよ?」
説明されなくても自分たちの目の前にいる存在が魔神だと理解した囚人たちのほとんどが恐怖に口をつぐんだが、三百人近くいると様々な人間がいるものだ。
薄ら笑いを浮かべながら一人の男が口を開いた。
「いい御身分だな、異世界人様よお?俺たちをこんなところに閉じ込めておいて、自分は新しい女連れか?こっちにも一人回してくれよ」
恭也を馬鹿にしているとしか思えないこの発言に、同席していたクノン王国の兵士たちは顔を青ざめ、恭也の中にいたウルは強い殺意を抱いた。
そしてすでに実体化していたホムラは、自分たちの主に無礼を働いた男に罰を与えようと動き始めていた。
しかしそのホムラは、馬鹿にされた恭也自身によって止められた。
「マスター止めないで下さいまし!この身の程知らずに、身の程というものを、」
「いいよ。悪口ぐらいなら。この人たち、一生ここから出られないんだから」
そう言って恭也は囚人たちに視線を向けた。
「みなさんの置かれた状況考えたら僕を恨むのは当然ですし、好きに罵って下さい。それぐらいしか楽しみが無いことには同情してますから。後要望にあったお酒に関しては、みなさんの作った野菜とかを売ったお金の半分で買える分は提供したいと思います。ただし僕やクノンのみなさんに暴言を吐いた場合、罰金として銀貨五枚を課したいと思っていて、その分はみなさん全員の借金という扱いにします。さっきのあの人の発言でさっそく罰金ついちゃいましたから、まずはその分のお金を稼いで下さいね」
恭也のこの発言を聞き、囚人たちの視線が一斉に先程恭也に暴言を吐いた男に向いた。
仲間たちの鋭い視線を受け、男は慌てて他の囚人たち相手に弁解を始めた。
「ま、待ってくれ!こんなの反則じゃないか!悪いのはあの異世界人で…」
必死に自分に非が無いと伝えようとした男だったが、そんな男に後ろから声がかかった。
「さっきも言った通り僕のことをどう言おうが自由ですけど、農作業で銀貨十五枚は大変だと思いますからその辺にしといた方がいいと思いますよ?」
この恭也の発言を聞き、男は恨みがましい視線を恭也に送ってきたが、さすがに今度は何も言わなかった。
そんな男を無視して恭也は他の囚人たちに話しかけた。
「先に言っておきますけど、この人への暴力やいじめは止めて下さいね。そうなったらさすがに罰金じゃすみませんよ?」
そう言って囚人たちを見回す恭也を前に囚人たちは先程の男も含めて誰一人口を開けなかった。
「娯楽に関してはお酒の他に本ぐらいなら用意しようと思います。後僕が知らない娯楽があればそれを要望に出してもらえると助かります。といっても罰金払ってからの話になりますけどね」
そう言うと恭也はクノン王国の兵士たちに断り、ゴーズン刑務所を後にした。
(ざまぁ無かったな、あの男!)
(まったくですわ。体は一切傷つけずに相手の心を折るなんて、さすがマスター!今度参考にさせてもらいますわ!)
さっきの怒りなど全く感じさせない様子で、ウルとホムラは先程のゴーズン刑務所でのやり取りについて楽しそうに話していた。
実のところ先程のやり取りは、恭也にしても想定外だった。
今の恭也に面と向かって暴言を吐く人間がいるとは考えておらず、罵倒された時、初めは怒りを覚えながらも我慢をしなくてはと自分に言い聞かせた。
しかし前もって考えていた囚人たちの生産した作物の売り上げを娯楽費にあてるという計画と何とかあの男を黙らせたいという恭也の考えがうまく組み合わさり、後は流れでうまくいってしまった。
勢いってすごいなと思いながらも、恭也は今も盛り上がっている二人の様子を見て二人の勘違いを正さなかった。
(これからも時々あそこにいくのか?)
ホムラとの会話が一段落ついたところで、ウルが恭也に質問をしてきた。
ウルとしては、ゴーズン刑務所にはあまり行きたくなかった。
恭也への敵意を隠そうともしない大勢の人間を前にして暴力を行使できない場所は、ストレスが溜まるからだ。
こうしたウルの考えは恭也にも伝わっており、理由こそ違うが恭也も刑務所に頻繁に顔を出す気は無かった。
(行っても不快な思いするだけだろうし、そんなに頻繁に行く気は無いよ。簡単な用事なら眷属通して済ませられるし)
恭也は連絡用にゴーズン刑務所にも眷属を配置し、それと同時に眷属を通してクノン王国の兵士たちの仕事の内容を見ておくようにホムラに命じていた。
ジュナたちの派遣期間が終わったら、ユーダムの人間で刑務所の仕事を行わなくてはいけないからだ。
正直に言うとホムラの眷属を二十体程配置すればそれですむのだが、ティノリス皇国にも刑務所を作らないといけない上に眷属による通信は便利なので、恭也としてはあまり一ヶ所に眷属を集中して配置したくなかった。
今だってティノリス皇国内でのギズア族救出や街での立て札設置のために眷属百体以上を使用しており、ホムラの眷属は当初恭也が考えていたより便利だった。
(マスターのお役に立ててよかったですわ。役に立っているのが私自身ではないというのが不本意ですけれど、正直マスターの方針では私の魔法は役に立ちませんもの)
(眷属だってホムラの能力なんだし、自分と能力切り離して考える必要無いと思うけど…)
これまでも何度も伝わってきたホムラのこの考えが、恭也にはよく分からなかった。
しかしウルには、ホムラの気持ちが分かる様だった。
(ホムラの言いたいことも分かるぜ。俺だって洗脳魔法が便利って言われてもぴんとこねぇし。恭也の敵潰してる時に比べると、いまいち仕事してるって実感が湧かないんだよなあ)
(そうですわね。一度眷属に命令を出したら、後は勝手に進むんですもの。ウルさんと違って強い相手と戦いたいわけではありませんけど、それでもマスターの敵を焼いている時程のやりがいはありませんわ)
二人の言い方は物騒だったが、恭也の感覚で言うならゲームのオートプレイでの周回を延々とやっている様な感覚が近いのだろう。
それは確かに退屈だろうが、かといって二人が満足できる相手などこの大陸にはガーニスしかいない。
根本的な解決は恭也には無理だったので、とりあえず二人をほめてごまかすことにした。
もっとも二人に感謝していること自体は嘘ではなかったが。
(二人にはほんとに感謝してるよ。前にも言った通り、僕は属性じゃ闇が一番好きだからウルの技を使う時いつもテンション上がってるし、それにホムラは退屈だって言いながらも僕が頼んでなかったティノリスの経済状況まで調べてくれたよね。こういう気配りはほんと助かるよ)
(そう言っていただけると嬉しいですけれど…)
完全に吹っ切れたわけではない様だったが、それでも恭也に褒められたことによるホムラの喜びが伝わってきたので、恭也は少しは安心した。
同化している時の念話は、恭也が本心からそう思っていることが伝わるため、説得の際には便利だった。
(そんなにやべぇのか、あの国?)
一番好きと恭也に言われて上機嫌だったウルだったが、それとは別の質問をしてきた。
面倒な事務仕事を積極的にする気は無かったが、蚊帳の外に置かれるのは嫌だったからだ。
そんなウルの質問には、ホムラが答えた。
(城にあった資料にざっと目を通しただけですけれど、ここ数年かなり軍事費に国の予算をつぎ込んでいた様子ですわ。後三年も続けていたら国が破綻していましたわね)
(馬鹿なんじゃねぇの?)
そういったことに疎いウルすら呆れるティノリス皇国の財政事情だったが、ホムラによると一応ティノリス皇国なりには勝算があったらしい。
もっとも勝算といってもガーニス及びギズア族を短期間で滅ぼし、そのまま隣国に攻め込んで略奪で財政を補うというずさんという言葉すら使いたくない計画だったらしいが。
ホムラからこれを聞いた恭也は、戦略シュミレーションゲームでもしてるつもりかと呆れてしまった。しかし今のティノリス皇国では、せっかく苦しい生活に耐えてこれからという時に自分たちの邪魔をした恭也への不満が高まっているらしかった。