後始末
「止めるということは、シアたちはお母様たちのしていることを知っていたのね?」
「そ、それは…」
フーリンの指摘に口ごもるシアとティカから視線を外したフーリンは、再び恭也に視線を向けた。
そんなフーリンに対し、恭也はシアと同じ様に止めた方がいいと伝えた。
「はっきり言いますけど、あなたのお母さんたちがしたこと相当ひどいので見ない方がいいですよ。たくさんの人を殺したってことだけ分かってれば十分だと思います」
さすがに恭也ですら吐き気がした死体の山を目の前の少女に見せるつもりは恭也には無かった。
しかし当のフーリンは、恭也の気遣いを断った。
「それでも私がこの国の王になるのなら、知っておかなくてはいけないと思います。私に王になれと言うのなら王としての責任を取らせて下さい」
本来の王位継承権の順番に従うと次の王はフーリンではなくニオンなのだが、まだ三歳のニオンが王位に就いたら異世界人の傀儡になってしまうだろう。
弟に異世界人の相手などさせられない。
そう考えて毅然とするフーリンを前に恭也は悩んだ。
(あれを十歳の子に見せるのはちょっとなー。多分トラウマになるし)
(いいじゃねぇか。本人が見たいって言ってるんだから。そもそもこのガキ、国が負けたってのに生意気過ぎだろ。一回泣かしとけ)
(マスターは過度に制裁を加えるのがお嫌いな様ですけれど、この国のしたことの大きさを考えると遅かれ早かれ知ることになるんですもの。私も見せてもいいと思いますわ)
(うーん。まあ、そうか。死んだの十人や二十人じゃないもんね)
ウルの過激な発言はともかく、ホムラの遅かれ早かれ知ることになるという意見を聞き、恭也はフーリンの要望を叶えることにした。
ちなみにホムラも敗国の王女の分際で恭也と対等に話すフーリンにいらつき、時間をかけて顔を焼いてやりたい衝動に駆られていた。
しかしウルと違いホムラは猫がかぶれるので、恭也からの心証が悪くなりそうな気持ちを表に出すことはなかった。
「えーっと、名前が分からないですけど、あなたのおじさんの家って行ったことありますか?」
「え、シグンおじ様の家ですか?何度か行ったことはありますけど、それがどうかしましたか?」
「いや、さすがに僕が見たこと全部見せるのは面倒なので参考までに」
しばらく考えた恭也は、フーリンにシグンの家からギズア族の少女を助け出した時と城の地下にあった『ゼンアス』の材料にされていた人々を助けた時の映像を見せることにした。
しばらく『情報伝播』で見せられる映像に表情が硬くなっていたフーリンだったが、恭也が『ゼンアス』に強化した『治癒』を使った光景を見た直後、突然よろめいた。
慌ててシアとティカがフーリンに駆け寄り、フーリンをベッドに寝かせつけた。
自分が見た光景があまりに衝撃的だったのだろう。
恭也としても別に今すぐフーリンに即位してもらいたいわけではなかったので、シアとティカにフーリンたちのことを任せて一度ノリスへと戻った。
ノリスに戻った恭也はノリスの周辺を見て回り街道から離れた開けた場所を見つけると、ウルとホムラとの融合を解いて『六大元素』と『精霊支配』を発動した。
その後『格納庫』から土属性の魔導具を取り出すと、ゴーズン刑務所の時と同じ様に巨大な壁を創り出した。
恭也が創り出したそれは巨大な壁四枚だけで構成された刑務所というのがはばかられる様な代物だったが、今回はホムラの眷属に見張らせるつもりなのでとりあえずの壁があれば十分だった。
「ホムラ、この中に二百人ぐらい閉じ込めようと思ったら見張りに眷属何人ぐらいいる?」
「十体もおけば十分だと思いますわ。マスターの力を知った上で目立つ集団脱走をする程彼らも愚かではないと思いますもの。ただの人間数人程度の脱走なら私の眷属でも対応できますわ」
「十体、……まあ、それぐらいか。でも他に一つか二つ作るとなると、二、三十体をずっと張りつけとくのはもったいないな」
「見張りについては後回しでよろしいのでは?どれだけの人間を捕えておくことになるか、まだ分からないんですもの」
「それもそうか。じゃあ僕ここで使う作物の苗とか買って来るからホムラは眷属にオルガナさんたち迎えに行かせて」
そう言ってウルと融合しようとした恭也だったが、そんな恭也をホムラが止めた。
「お待ち下さい。その様な雑事をマスターにさせるわけにはいきませんわ。私の眷属で十分ですもの」
そう言うとホムラは、眷属数体を召還してから恭也に視線を向けた。
「マスターが興味を持たれていたこの国の研究成果についての資料を抑えるためにヘーキッサとかいう女を少しお借りしますわね」
「ああ、すっかり忘れてた。お願い」
「かしこまりましたわ。研究の資料に関しましては私自ら出向きたいと思いますので、しばらくの間失礼しますわ。ウルさん、マスターのことを頼みましたわよ?」
「任しとけって。面倒事よろしくな」
気楽にそう言うウルだったが、ホムラは特に気分を害した様子も無かった。
これに関してはホムラが我慢しているわけではなく、ウルとホムラの価値観の違いだった。
ホムラとしてはこの忙しい状況で恭也のために何もしないという状況にウルはよく耐えられるものだと皮肉ではなく本気で驚いていた。
一方のウルは戦闘以外は極力したくないと思っているので、雑用なんて眷属に任せておけばいいのにどうしてわざわざホムラ自ら行くのかと呆れていた。
二人と分離していた恭也はそんな二人の気持ちを知る由も無く、ホムラに買い出しのお金を渡すと『格納庫』からいすと本を取り出して読書を始めた。
その後しばらくしてオルガナたちがホムラの眷属たちに連れられて来たのだが、その全員が見覚えの無い巨大な土の壁に言葉を失っていた。
以前ゴーズン刑務所の下準備をした時にジュナも似たような反応をしていたので、この世界の人間にとってはこれが普通の反応なのだろう。
しかしジュナの時と違い今回は説明する義理も無かったので、恭也はオルガナたちの驚きを無視して話を進めた。
「みなさんには今からここで三十年刑に服してもらおうと思ってます。国に関してはフーリン王女に頼んだので安心して服役して下さい」
恭也の三十年という発言を聞き、オルガナたちの間にどよめきが走った。
しかしこれからすることが山積みだったため、恭也は彼らを追い立てて塀の中に入れた。
オルガナたちが全員塀の中に入った後、恭也はウルと融合して塀を飛び超えてオルガナたちの前に降り立った。
「今火の魔神が農業用の道具を手配してます。最初の一ヶ月はこっちで面倒を見ますけど、それ以降の食料は自給自足でお願いします」
「ちょっと待って!男女一緒にここにいろって言うの?」
捕まったギズア族の街から街への移送を手配して利益を得ていた女が声を荒げて恭也に文句を言ってきた。
「ああ、すいません。すっかり忘れてました」
ゴーズン刑務所の囚人の内、女性は数人だったので囚人たちの寝泊まりについてはその数人を隔離するだけですんでいた。
しかし今回は何人収容することになるか分からないのだから、最初から男女別に分けておいた方が無難だろう。
そう考えた恭也は素直に謝ると、再びウルと分離してもう一度壁を創った。
現在この場にいる女性は三人だけだったのだが、移動のために塀の外に出された彼女たちは瞬く間に目の前で巨大な壁が創られたことに言葉を失っていた。
「これで文句無いですよね?さあ、どうぞ」
「ふざけないで!私たちは国の政策に従っただけなのよ!どうしてここまでされないといけないの!」
女性用の刑務所を作りそこに入るように促した恭也に対し、納得していない様子の女性だったがこれ以上彼女に気を遣う義理も無かったので恭也はいらだちを隠さずに口を開いた。
「何被害者面してるんですか?今回ティノリスのやったことに反対してくびになったり殺された人たくさんいるんですよ。力で人を従えてたあなたたちが今度は逆の立場になったってだけです。もしかして僕が温厚な性格だと思ってませんか?丁寧に頼むの、これが最後ですからね?中に入って下さい」
恭也がそう言うと同時に女性たちは慌てて塀の中に入って行った。
それを見た恭也は壁に用意していた穴をふさいでから後ろにいたウルに視線を向けた。
「ウルっ!」
「うだうだとうぜぇあの女が悪い。洗脳しなかったことを褒めて欲しいぐらいだぜ」
全く悪びれないウルを見て、恭也はため息をついた。
先程女性たちが慌てて塀の中に入って行った理由は、恭也の視線に押されたからではなかった。
恭也の指示に従わない彼女たちを見て不機嫌になっていたウルが原因で、ウルは『バギオン』まで発動して彼女たちを脅していた。
「はー、もうちょっと穏便にいけない?」
「傷一つつけてないんだから十分穏便だろう?俺も丸くなったもんだぜ」
この件に関しては何を言っても無駄だと思った恭也はウルへの文句を飲み込んだ。
裁判無しで自前の刑務所に多くの人々を放り込んでいる自分が穏便という言葉を使うのは筋違いだという負い目があったことも恭也のウルへの文句が弱かった理由だった。
とりあえずウルが暴走しないように恭也はウルを自分の中に入れた。
「さてと、そっちはどんな感じ?」
先程から一言も話さないホムラの眷属に恭也が話しかけると、眷属を通してホムラが返事をした。
「研究資料に関してはもう少し時間がかかりそうですわ。人間を犠牲にする技術に関する資料は廃棄した方がよろしいですわよね?」
「……うん。そうして」
やっぱりあったかと不快な気持ちになった恭也の気持ちをよそにホムラは話を続けた。
「かしこまりましたわ。立て札についてはティノリスの南西部にも立てますの?」
「うん。離れてるからギズア族の人たちが捕まってる可能性は低いけど、後で話を聞いてなかったとか言われたくないしね」
恭也はネース王国で奴隷を解放した際に立てたものと同じ様な立て札をティノリス皇国の主だった街に立てるつもりだった。
内容は次の通りだ。
一、 ギズア族を捕えている者は、立て札が立てられてから一週間以内にギズア族を差し出せば銀貨五十枚の罰金ですませる。
二、 一週間経過後、能恭也及びその配下によりギズア族の幽閉が確認された場合、それを行った者の財産を全て没収し、懲役三十年に処す。
三、 一週間経過後、国にギズア族を幽閉している者の情報を提供した者には銀貨十枚の報酬を与える。ただし自作自演の場合は一と同様の罰を与える。
この内容の立て札をホムラの眷属を使い、ティノリス皇国中に立てる予定だった。
(大人しく差し出すと思うか?)
(差し出さなかった場合の罰をかなり重くしたから差し出す人もいるとは思うけど全員はまず無理だろうね)
(そしたら恭也の懐が潤うってわけだな)
(別にそっちが目的じゃないんだけどね……)
ウルの身もふたもない発言に呆れていた恭也に眷属越しのホムラの声が聞こえてきた。
「マスター、フーリン王女が意識を取り戻した様子ですけどいかがいたしますの?私の方で対処してもよろしいですわよ?」
「王女にも考える時間が必要だろうから、二日後に僕の方から行くよ。研究資料のまとめが四日以内に終わるならそっちに合わせるけど?」
「もうしわけありません。そちらに関してはまだ時間がかかりますわ。思ったより量が多いんですの」
「分かった。悪いけどそっちは任せるから終わりそうになったら教えて」
「分かりましたわ」
その後ホムラとの話を終えた恭也は、今も働いているホムラに罪悪感を覚えながら宿に向かった。
そして二日後、予定通りツィルバに転移した恭也はフーリンと面会した。
「先日あなたに見せてもらった映像で以前会ったことがある貴族や研究者が怪物の材料にされていました。私が知らなかっただけできっとあなたの言ったことが正しいんのでしょう」
そう力無くつぶやいたフーリンを見て、恭也はこの子に国という大きなものを背負わせるのは酷だと判断した。
こうなったら面倒だが恭也が最後まで面倒を見よう。
比較的穏健派の貴族を立てて恭也が後ろ盾になれば最悪力押しでどうとでもなる。
ウルがあからさまに嫌そうにしているのを感じながら恭也はそう考え、実際にフーリンにそれを伝えた。
「僕から提案したことですけど、やっぱりあなたに女王になってもらうのは止めにします。何も知らなかったのに親のしたことであなたみたいな子が苦労することないですよ。後のことは僕が、」
「いえ、私は女王になります」
恭也の発言を遮りそう言ったフーリンは、まだ顔色こそ悪かったものの毅然と恭也に視線を向けた。
それを見た恭也はフーリンに質問をした。
「本当にいいんですか?多分相当苦労しますよ?」
それなりの戦闘力を持っている恭也ですら行く先々で侮られたのだ。
王女とはいえ、何の後ろ盾も無いフーリンが即位した場合、苦労するのは目に見えていた。
しかしフーリンの答えは変わらなかった。
「何も知らなかったとはいえ、私もティノリス王家の血を継ぐ者です。国民に対する責任は取りたいと思います」
「分かりました。あなたがそう言うならこれ以上は余計なお世話ですね。ギズア族に危害を加えた人を捕まえる以外でこの国に干渉する気はありません。ただクノンとの仲介ぐらいならできると思うので、無理にとは言いませんけど何か用があれば声をかけて下さい」
「はい。ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
その後これ以上話すことも無かったので恭也は部屋を後にした。
しかしこれから頑張るフーリンに何もしないというのも気がとがめたので、恭也はフーリンの見張りに当たっていたホムラの眷属二体に今後も姿を消してフーリンの警護をするように命じた。
ただしフーリンが一人でいる時はその場から離れ、フーリンの身に危害が加えられない限りはこちらから干渉はしないように命じた。
この配慮が無駄になればいいのだがと思いながら恭也は、クノン王国へと転移した。
ティノリス王国が今後どうなろうとも、落ち着くにはかなりの時間がかかるだろう。
ホムラとその眷属によるヘーキッサたちの研究資料の押収や立て札設置にもまだまだ時間がかかる。
その間にティノリス皇国と隣接しているクノン王国ぐらいには簡単にでも現状を報告しておきたいし、またユーダムとコーセスに行ってしたいこともいくつかある。
自分で決めたこととはいえ、行動すればする程やることが増えていく現状に恭也はため息をついた。