王女
三日かけてソパスに着いた恭也は、前日にホムラから王女一行を特定できたという報告を受けていたのでここでオルガナたちと別れることにした。
「多分一週間ぐらいで戻って来ると思うので、それまではノリスで大人しくしていて下さい」
そう告げて王女がいるツィルバまで転移しようとした恭也だったが、オルガナが話しかけてきた。
「お願いします!この国はあなたに差し上げます!だからあの子たちだけは助けて下さい!」
涙を受かべながらそう懇願してくるオルガナを前に罪悪感を覚えた恭也だったが、何とかそれを押し殺してオルガナに返事をした。
「無茶言わないで下さい。国なんていりませんよ。前にも言いましたけど、僕この国にいるっていう異世界人と魔神に用があっただけなんで、あなたたちに時間を割かないといけなくなって迷惑してるんですから」
そう言った恭也にオルガナが何も言い返せない中、二人に横から声がかかった。
「勝手なことを言うな。お前が勝手に首を突っ込んできたんだ」
恭也にそう言い放った四天将の一人、デモアに他の面々は驚いた様子だった。
そんな彼らに構わず、デモアは話し続けた。
「カタク将軍も言っていたが、お前さえ来なければこの国はうまくいっていた。被害者面をするな。不愉快だ」
言葉通り心底不快そうにしているデモアを見て、恭也はこれ見よがしにため息をついた。
「そのうまくいってたって、あの悪魔もどきを使って他の国を侵略してたって意味ですよね?僕クノンやセザキアでも怖がられてますけど、ここまで乱暴なことはしてませんよ。だって僕、暴力嫌いですから」
「ふざけたことをぬけぬけと…」
「ふざけてるつもりはないんですけど、まあ、いいや。一生誰かのせいにしていくっていうなら、それはそれであなたの人生なので好きにして下さい。僕も好きにさせてもらいますから」
これ以上デモアと話しても無駄だと判断した恭也はデモアとの話を切り上げて話を進めようとしたのだが、ウルとホムラはそれでは納得いかない様子だった。
(恭也、こいつは一度身の程教えといた方がいいぞ)
(まったくですわ。マスターが寛大なのをいいことになんて無礼な男なんですの)
(まあまあ、我慢してよ。この前のカタクさんの時と違って、今回のは僕に不満言っただけだからこれで攻撃するのはやり過ぎだよ)
そう言ってデモアに対して殺意すら抱き始めた二人をなだめた恭也は、ホムラの眷属を五十体召還してオルガナたちの見張りを任せると、今度こそツィルバに転移した。
恭也が転移した先は、平凡な宿の通路だった。
今恭也の前にある扉の先にティノリス皇国の王女と王子、そして従者二人がいる。
ノックして入ろうとした恭也は、念のためにホムラに確認した。
(宿の周りに、眷属待機させてるんだよね?)
(はい。空中に五体、地上に五体待機させていますわ。中の四人がマスターの様な能力でも持っていない限り、まず逃げられる心配はありませんわ)
ホムラの眷属は、透明になっている間は空中に浮くことができる。
その間の移動速度は徒歩より遅いため空飛ぶ相手を追うということはできないが、相手を逃がさない役目を果たすことぐらいはできた。
(よし。じゃあ、行こうか。もし逃げようとしても傷つけないようにね。まあ、僕たちがそろってるんだから逃げられる心配は無いと思うけど)
(了解しましたわ)
ホムラの返事を聞いた恭也は、王女たちのいる部屋の扉を叩いた。
「誰ですか?」
「異世界人の能恭也です。フーリン王女に会いに来ました」
あまりに正直過ぎる恭也の名乗りを聞き、ウルとホムラが驚いたのが恭也に伝わってきた。
しかし正体を隠して話を進めることはできない上に、そもそも逃げられる心配が無いのだから正体を隠す必要が無い。
そう考えて恭也が名乗った後、思ったより早く部屋の扉が開き、部屋に入ろうとした恭也にいきなり火球が飛んできた。
自分の顔面に飛んできた火球をまともに食らった恭也だったが、恭也への攻撃はそれで終わりではなかった。
火球を食らった次の瞬間には恭也は腹部に衝撃を感じ、火球が消えてから恭也が腹部に視線を向けると、フーリンの従者らしき女性が恭也の腹部に刃物を突き立てようとしていた。
無論火球も刃物も恭也には一切効果は無く、恭也はこれ以上の争いを防ぐために室内にいた全員に『情報伝播』でオルガナたちが捕らわれている光景を見せた。
恭也はフーリンらしき少女とその従者二人にだけ『情報伝播』を使ったつもりだったのだが、あいにく恭也の『情報伝播』の対象の指定はあまり融通が利かない。
部屋にいたもう一人、まだ三歳の王子、ニオンにも発動してしまった。
突然脳裏に送り込まれた映像に驚いたニオンは泣き出してしまい、恭也は慌てて近くの女性にニオンをなだめるように頼んだ。
従者の一人が泣いているニオンに近づく中、フーリンは恭也に視線を向けると警戒心を露わにしながらも話しかけてきた。
「どうしてここが分かったんですか?」
ウルより小柄な少女に警戒された恭也は予想以上の話しにくさを感じたが、お互いの関係を考えるとしかたないと思い、そのままフーリンの質問に答えた。
「女王に闇魔法を使ってあなたたちの逃げた先を聞きました。さっき見せた通り、女王たちは無事なのでそこは安心して下さい」
「何が目的ですか?」
「そこまで警戒しないで下さい。女王たちにも言いましたけど、僕別にこの国をどうこうする気はありません。そもそも最初は異世界人に苦しめられてるこの国を助けようと思って来たぐらいですから」
実際はティノリス皇国の方が非道な行いをしていたため、当初の予定と変わってしまったと恭也はフーリンに説明した。
さすがにオルガナたちがギズア族にしたことの具体的な内容をまだ幼いフーリンに説明する気は恭也には無かったのだが、フーリンが恭也の説明に納得していない様子だったため恭也は困ってしまった。
「あなたの言っていることは嘘です!お母様たちは異世界人と手を組んだギズア族からこの国を守るために軍を動かしたんです!」
「あー、やっぱそんな感じで聞かされてましたか。女王もあなたは政治には関わってなかったって言ってましたしね」
「ど、どういう意味ですか?」
自分の予想以上に声を荒げてしまったフーリンは、そんな自分の質問に怒るでも否定するでもなく平然としている恭也の反応に戸惑った。
そんなフーリンに対し、恭也は言葉を選びながらオルガナたちがしたことを説明した。
「今回の戦い、始めたのはティノリスですよ。女王や将軍のみなさんにも聞いたから間違いありません」
「フーリン様、この様な男の言うことを聞いてはなりません!」
今までフーリンの隣で恭也とフーリンの話を聞いていた従者が恭也の説明を遮ってフーリンをかばうように恭也とフーリンの間に立った。
そんな従者を見て、恭也は首をかしげた。
「あれ?あなたはさすがにティノリスがしたこと知ってますよね?」
今回ティノリス皇国がギズア族に行ったことは、特に情報統制がされていない。
恭也がティノリス皇国の国民何人かに聞いたところ、ギズア族への攻撃を始める少し前にティノリス皇国から国民に通達があったらしい。
その内容とはティノリス皇国がこの大陸を統一する準備が整ったため、その手始めとしてギズア族を滅ぼすというものだった。
暗黙の了解ではなく、軍が取り逃がしたギズア族は捕えた人間が好きにしてよいと国が明言したらしい。
そのためギズア族の捕縛についてはティノリス皇国の国民も積極的に関与したらしく、それを知った恭也は恭也との戦いの結果ありきとはいえギズア族を説得したガーニスを心底尊敬した。
とにかくこういったわけでオルガナが意図的に情報を伝えていなかったフーリンはともかく、どう見ても二十歳は過ぎている従者がティノリス皇国のしたことを把握していないはずがなかった。
しかし従者は恭也の呆れた様な口調にひるまず、懐から魔導具を取り出すともう一人の従者に声をかけた。
「ティカ、私が時間を稼ぎます!その間にフーリン様とニオン様を!」
そう言うと従者が魔導具を発動させようとしたが、別に恭也はここに戦いに来たわけではない。
恭也は手っ取り早く従者の一人を『キドヌサ』でベッドに縛りつけ、その後主二人を守るように恭也をにらんでいた従者、ティカに視線を向けた。
「えーっと、僕から言うのもなんですけど、ティノリスと戦って勝った僕にあなたたちだけで勝てると本気で思ってるんですか?そもそも仮に逃げられたとしても、僕の能力ですぐに見つけられますよ」
自分に敵意を向けているティカたちを全く警戒していない恭也の様子に、ようやくティカの表情に恐れの色が浮かんだ。
そんなティカの後ろからフーリンが出てきて恭也に話しかけてきた。
「私たちの負けの様ですね。もう抵抗はしません。私はどうなっても構いませんので、他の三人は助けてもらえませんか?」
「フーリン様!」
ベッドに縛りつけられたまま叫ぶ従者、シアだったが、フーリンは穏やかな口調でシアを制した。
「この方の言った通り、もう私が逃げることはできないでしょう。せめてあなたたちだけでも逃げて下さい」
「そんな…」
何やら盛り上がっている様子のフーリンたちだったが、別にフーリンたちに危害を加える気の無い恭也からすれば落ち着いて欲しいところだった。
「あの、とりあえず一回話聞いてもらっていいですか?その後でまだ戦いたいって言うなら、その時はまた相手するので」
そう言って恭也がシアを束縛していた『キドヌサ』を解除すると、フーリンたちは視線こそ鋭いままだったが恭也の話を聞く姿勢を見せた。
「僕はあなたたちに危害を加える気はありません。王女には女王や将軍たちがいなくなった国を任せたいと思ってるので」
「お母様たちをどうする気ですか?」
緊張した様子でオルガナたちの処遇を聞いてきたフーリンに恭也はオルガナたちを刑務所に入れるつもりだと伝えた。
「ああ、言い方が悪かったですね。誰一人殺す気は無いので安心して下さい。ノリスの近くに刑務所を作って、そこに入ってもらうつもりです。面会はできると思いますけど、さすがに女王様たちを自由にする気は無いのでその辺は勘弁して下さい」
フーリンにこう言った恭也だったが、オルガナたちの刑期については決めかねていた。
ティノリス皇国がギズア族に攻撃を始めてから数年しか経っていない。
ゴーズン刑務所に入っているサキナトの元幹部たちの刑期と同じ理屈で決めると、オルガナたちの刑期は長くても三年程になってしまう。
ティノリス皇国のしたことを考えるとこの刑期は短過ぎで、その上今もギズア族を密かに捕えている民間人への対応など具体的にどうするか決まっていない問題が山積みだった。
こういったわけで具体的な説明ができなかった恭也にフーリンは別の質問をしてきた。
「お母様たち用の刑務所を新しく作ると言うんですか?」
「はい。壁作るのも見張りの用意もこっちでやるんで心配しないで下さい。後ついでに言っておくと、ギズア族のみなさんは別に慰謝料要求する気は無いみたいです」
ギズア族は元々ティノリス皇国の北で農業と漁業を営んでいた一族だ。
外部との交流を全くと言っていい程していなかった彼らは金銭は要求せず、ただティノリス皇国との相互不干渉のみを求めていた。
「分かりました。ギズア族の方はそれでいいとして、あなた自身の要求を聞かせて下さい」
「ギズア族を誘拐したり殺したりしたティノリスの国民を逮捕する権利と後はそのための捜査権限ぐらいですかね」
「それだけですか?」
金銭や領土などを要求されると思っていたフーリンは、国政に関する知識や経験が全く無い自分ではいいように騙されるだろうと恐れていた。
しかしそんなフーリンの予想を裏切り、何の得にもならない要求をしてきた異世界人にフーリンは戸惑ってしまった。
「刑務所が一つで足りなさそうだったら追加で土地を使うことになると思いますし、定期的に国のあちこちを見張るつもりです。多分あなたが思ってるより僕の監視はきついと思いますよ」
「…分かりました。あなたに負けた以上、私たちとしてはあなたの提案は全面的にのむしかありません。でもその前に一つ頼みがあります」
「頼み、何ですか?」
一度オルガナに会わせるぐらいだったら叶えようと思っていた恭也に、フーリンは予想外の頼みをしてきた。
「あなたが先程使った映像を見せる能力で、お母様たちがしたことを私に見せて下さい」
「フーリン様、いけません!」
『情報伝播』の使用を恭也に頼んだフーリンを止めようとするシアを見て、フーリンは悲し気に笑った。