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 体を炎に変えたホムラに天蓋を覆われ、ガーニスはこの戦いが始まってから初めて慌てた。

 ガーニスの能力は炎どころか熱すら通さないが、天蓋全体を炎で覆われたことで視界が遮られて周囲の様子が全く分からなくなったからだ。


「面倒なことを。『ナーバリエ』で強化した鎧が壊されることはまずないが、これはさすがに困ったな」


 ガーニスの鎧はホムラの眷属同様自分で考えて行動することができない。

命令自体はガーニスならどれだけ離れていても行え、命令権を他人に移譲することも可能だ。

 しかしガーニスの視界が遮られた今はガーニスが鎧に適切な命令が出せなかった。


とりあえず魔神たちの妨害は無視して異世界人の少年を狙うように改めて鎧に指示したガーニスだったが、この時点でウルと戦っていた鎧は穴に落とされ、恭也と戦っていた鎧は延々と中級悪魔の相手をさせられていた。


 このことは把握していなかったガーニスだったが、ガーニスの能力を知っている敵が何の考えも無くガーニスの視界を遮るわけがない。

 ガーニスは急いで火の魔神を仕留めにかかり、ガーニスの創り出した盾三十枚が天蓋を飛び出した。


 天蓋から飛び出した盾は全てが球体状の檻となり、それぞれの檻が炎を閉じ込めた。

 そのままガーニスが操作する檻は天蓋から離れていき、檻の一つはホムラを捕えていた。

 しかし天蓋を包む炎にできた空白はすぐに埋まり、ガーニスの視界は再び閉ざされた。


「魔神本体を捕まえても無駄か…。さてとどうしたものか」


 自分を守る天蓋を包む炎に隙間無く盾を差し向けたので、ガーニスは炎を生み出した魔神を取り逃がした可能性は全く考えていなかった。

 しかし状況が変わらない以上、魔神は火を離れていても操れると考えるしかなかった。


 厳密に言うとホムラは炎の操作はともかく増大は対象の火の近くにいないとできない。

 天蓋を覆っていた火がすぐに元通りになったのは透明になって待機していた眷属たちの仕業だった。


 しかし眷属の存在すら知らないガーニスにそんなことが分かるわけもなく、ガーニスは次の手を考えあぐねていた。

 三体目の鎧を召還して炎に攻撃させたが、気が散るだけで効果が無さそうだったためすぐに止めたガーニスは本格的に困り始めていた。


「このまま籠城しても餓死するだけか。これは考えていなかったな」


 現在戦っている少年が正攻法ではなく兵糧攻めをしてきたことについて騎士としてはガーニスにも思うことはあった。

 しかし今行っているのは試合ではなく殺し合いだ。


 少なくともガーニスはそのつもりだったので文句は言えなかった。

 円の外の地面を踏んだら負けの決まりだったので、盾を足場にしてギズア族のもとに行けば食料は何とかなるだろうが五秒ではさすがに彼らのもとには行けない。


 二人の戦いに巻き込まれるのを避けるため、ギズア族は誰一人近くにいない。

 そのため鎧を伝令にするしかないとガーニスが考えた時、ガーニスは息苦しさを覚え、ここでようやく敵の狙いに気がついた。


「窒息狙いか。だが詰めが甘いな」


 ガーニスは別に天蓋に守られていなくても外からの干渉に抵抗できる。

 天蓋を創っているのはガーニスの足元の地面や周囲の空間への干渉を防ぐためで、天蓋を抜けて炎の中を通り抜けてもガーニスは火傷一つ負わないだろう。


 本格的に息苦しくなってきたガーニスは天蓋を抜けると、盾を足場にして外に出た。

 思ったよりも天蓋を覆う炎が厚く少々焦ったガーニスだったが、何とか炎の外に出て酸素を取り込むことに成功した。

 ちょうどその時、ガーニスと火の魔神の視線が合った。


「あら、盾を張っていなくてもずいぶん頑丈なのですわね」

「ああ、君の主と違い、防御力だけが自慢なのでね。悪いがすぐに戻らないといけないので失礼する」

「ええ、どうぞ。……できれば、ですけれど」


 意味深な火の魔神の発言が耳に入り、多少引っかかったガーニスだったが今は一刻も早く戻らなくてはならない。

 すぐに動き出しそうとしたガーニスだったが、天蓋を覆っていた炎が突如消えたことで思わず動きを止めてしまった。


 しかし炎などガーニスとっては何の脅威でもなく、酸欠狙いを諦めたのかぐらいにしか思わなかったガーニスは再び動き出そうとした。

 しかし自分が戻ろうとした天蓋の頂上に何かが現れたのを見て、ガーニスは敵がまだ何か企んでいることを察した。


 しかし何をされようと自分の盾と鎧があれば突破できる。

 そう考えていたガーニスは構わずに進み、天蓋の頂点に落ちていたものが土であることに気がついた。

 こんな少量の土、妨害にもならない。

 自分の天蓋のせいで敵の能力が不発に終わったのかとガーニスが考えた時、その土から急に木が生え始めた。


 目の前の光景にガーニスが驚く中、木はすぐに成長を始めてその根が天蓋を覆い始めた。

 このままでは元いた場所に戻れなくなる。

 慌ててガーニスは鎧を召還すると、すでにかなり成長していた木をなぎ倒させようとした。

 しかしガーニスの鎧は、地面から出現した鎖にからめとられて身動きがとれなくなった。


「はっ、お前の鎧程度、俺にかかりゃちょろいもんだったぜ!そらっ、おまけだ!」


 闇の魔神が周囲一帯を覆う程の数の小型の球体を創り出し、それを警戒したガーニスに後ろから声がかかった。


「どうしますの?いくらあなたでも後数秒で私たちを倒すのは無理ですわよね?」


 ガーニスの檻を破壊し、余裕の笑みを浮かべて自分に視線を向ける火の魔神の言葉を聞きガーニスは自分の敗北を悟った。


「どうぞ、マスター」


 魔力を使い切り消滅した分身が落とした指輪と『降樹の杖』をホムラから受け取った恭也はそれらを『格納庫』にしまい、ホムラに礼を言うとガーニスに話しかけた。


「今回はだまし討ちみたいな形で勝ってしまって、すみません。まともに戦ってもまず勝てなかったので…」

「いや、構わない。事前に決めていたことだからね。それにここだけの話にして欲しいのだが君が勝ってくれて助かった」

「どういう意味ですか?」


 ガーニスと戦う前の恭也はガーニスがギズア族への義理を果たすために恭也と戦い、切りのいいところで勝ちを譲ってくれるのではと内心期待していた。

 しかし結果は新しく大技を獲得する程の苦戦を強いられ、恭也の甘い考えはあっさり裏切られた。

 そのため恭也はガーニスの発言の意味が分からなかったのだが、ガーニスの立場についての恭也の考えはほとんど予想通りだった。


「ティノリスに追われているギズア族を助け、私はそのままティノリスへの攻撃を始めたが、君が現れなければティノリスに捕らわれた人々は助けられなかっただろうし、実際私の手で殺してしまったギズア族もいた。君には私はもちろん、ギズア族のみんなも感謝している」

「いや、それに関しては僕が来た時期と能力がたまたまうまく状況と合っただけでそこまで感謝されるようなことじゃ……」

「君の言うたまたまを偶然ととらえるか、運命ととらえるかは助けられたこちら次第さ。そして私たちは運命だと考えた。だから戦いの前に、ギズア族のみんなと話し合ったんだ。私は全力で戦うから、それで私が負けた時はティノリスへの裁きは君に任せようと」

「ああ、そういうことだったんですか」

「ずいぶんと返事が軽いな。ティノリスへの対処を君に丸投げしようとしているんだぞ?怒ってもいいと思うが」

「そう言われても困るっていうのが正直なところです。元々ガーニスさんやギズア族の件が無くても、ティノリスのしてたことを考えると僕ティノリスと戦ってたと思いますし」


 ここで恭也はガーニスにティノリス皇国の行っていたことを詳細に伝えた。


「自国民まで……。何と非道な」


 助けられたギズア族から少しは話を聞いていたガーニスだったが、実際に恭也から話を聞いたことで不快そうにしていた。

 それを見た恭也は本当にティノリス皇国上層部に何もしなくていいのかと聞きそうになり、何とか思い留まった。


 正直に言うとオルガナたちをギズア族に渡そうとしたのには恭也の私情も含まれていた。

 恭也は別にオルガナたちへの殺意を抱かなかったわけではないからだ。

 しかし当の本人たちがいいと言っているのだから恭也としては納得するしかなかった。

 オルガナたちを刑務所に入れる際の懲役を何年にしようかと考えながら恭也は、ガーニスとの会話を続けた。


「僕ここから南に行ったところにあるネースって国に最初いたんですけど、そこでも似たようなこと経験しました。他に行った二つの国はそれなりだったんでネースとこの国が例外だと思いたいとこですけど」

「なるほど。先程火の魔神が拾っていたのはその時に手に入れた魔導具かい?」

「はい。色々あってネースと戦うことになってその時に奪ったものです」

「なるほど。魔神だけでなく、すでに誰かを助けた経験も持っている。この世界に来てからほとんど引きこもっていた私が負けたのも当然か」


 そう言って納得した様子のガーニスだったが、それを聞いていた恭也は謙遜し過ぎだと思った。

 今回の恭也の勝利はあくまで試合に勝っただけで、何でもありの勝負になったらまた結果も変わるだろう。

 実際負けたと言ってもガーニスには傷一つついていなかった。


 その場合は恭也も『魔神化』して攻撃用の切り札を切らねばならず、それでも長期戦は避けられなかっただろう。

 ガーニスが律儀な人で本当に助かった。

 そう思っていた恭也にガーニスがある提案をしてきた。


「今でも十分世話になっている上にこれからも迷惑をかける君に私の鎧を一つ捧げたい。受け取ってもらえるだろうか?」

「えっ、それは助かりますけどでもいいんですか?ティノリスとの戦いがなくなっても悪魔はこれからも出るでしょうし、ガーニスさんの負担になるんじゃ…」

「それは問題無い。鎧の数自体には余裕があるし、元々前いた世界でも仲間と共有していたからね」

「ああ、なるほど。そういうことなら遠慮無く、」


 もらいますと言おうと思った恭也だったが、ガーニスの発言の内容で引っかかったことがあったためすぐに質問した。


「あの、ガーニスさんの鎧ってこっちに来る時もらった能力じゃないんですか?」

「ああ、私がもらった能力は盾だけで、鎧自体は前にいた世界で暴走した軍神『ワクイア』を倒して手に入れたものだ」

「…………」


 恭也はしばらくの間、ガーニスの言ったことが理解できなかった。

 そしてガーニスの言ったことの意味を理解した恭也は思わず不満をぶちまけてしまった。


(何だよ、軍神って?それありなら、僕も家電の一つぐらい持ち込んでもいいじゃん!と言うかそもそもあらかじめ言っててもらえれば、こっちで役立ちそうな本何冊か読み込んで来れたよ。僕たちをこっちに送り込んでる神様ってやること適当過ぎない?世界どうこう言う前に自分たちのやり方見直せよ!)

(きょ、恭也、一回落ち着け!ほら、恭也は電話とか飛行機とか便利な道具いっぱい知ってるじゃねぇか!あんなでかいだけの鎧よりそういう知識の方がずっと役に立つと思うぞ!)

(ウルさんの言う通りですわ、マスター!単に戦うだけなら私やウルさんだけで十分ですもの!落ち着いて下さいまし!)


 自分たちの主のこれまでにない怒りを感じ、ウルとホムラは突然のことに大変驚いた。

 特にホムラは恭也にあれだけの拷問をしたホムラにほとんど怒っていなかった恭也の怒りを直接感じ取り動揺していた。

 そんなウルとホムラの引き気味の慰めを聞き、恭也はわずかながら落ち着きを取り戻した。


(ごめん。取り乱した)


 二人に謝罪した恭也は、ガーニスの提案を受けることにした。


「じゃあ、お言葉に甘えて鎧をもらいますね」

「ああ、君なら有効に使ってくれると信じている」


 そう言うとガーニスは宙に両手をかざし、剣と鍵の中間の様な物体を創り出した。


「これを身に着けていれば好きな時に鎧を召還できるし、仮に鎧が壊れても時間が経てば元に戻る。ただし君にしか使えないので気をつけてくれ」

「分かりました。ありがとうございます」


 早速恭也は鎧を召還すると、『魔法看破』を発動して鎧の情報を読み取ろうとした。

 しかしガーニスと戦っていた時同様何の情報も読み取れず、恭也は困惑した。


「ガーニスさん、今この鎧に能力使ってませんよね?」

「ああ、何もしていない。悪いが鎧を一度消すと私の能力も消えてしまうので、能力をつけて渡すことはできない」

「あ、いえ、そういう意味で言ったんじゃありません」


 まるで盾の能力の鎧への付与を催促した様になった恭也は、ガーニスの謝罪に慌てた。

 しかしそれならどうして『魔法看破』で鎧の情報を読み取れないのかが分からず、恭也は再び戸惑った。

 そんな時、ホムラが自分の考えを伝えてきた。


(マスターの眼は別の世界の能力には対応していないのでありませんの?)

(ああ、なるほど。その可能性は考えなかったな) 


 確かに『魔法看破』を使った状態で自分を見た時の説明は『異世界人の能力とこの世界の魔法について知ることができる』だった。

 異世界人が元々異能の持っていた場合は、情報を読み取れないのは当たり前だった。


(それだと別の異世界人と戦う場合は面倒だな)

(うん。でも考えてみればあっちも条件は同じだし、初めて戦う相手の能力なんて分からないのが普通だしね)


 改めて『魔法看破』の便利さを認識した恭也は、ガーニスとの会話を再開した。


「鎧ありがとうございます。しばらくはこの国にいるつもりですし、ネースに帰ってからも時々はこの国に顔出すと思うので何かあったらいつでも声かけて下さい」

「ああ、その時はよろしく頼む。君はこれからどうするんだ?」

「ティノリスの王女様見つけたみたいなんで、とりあえず会ってこれからのことを相談したいと思います」

「君は本当に多才だな。君にとっては不運だったろうが、君の様な男がこの世界に来てくれて助かったよ」

「褒め過ぎですよ。じゃあ、また」


 照れ臭くなり早々にガーニスとの会話を切り上げた恭也は、オルガナたちを引き連れてノリスへと向かった。


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