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足止め

 迫りくる鎧を前に、恭也は中級悪魔二体を召還した。

 ガーニスの『ゼトウ・オ・ナーバリエ』を与えられた存在は、確かに異世界人の『切り札』以外ならどんな異能でも無効にできる。

 しかし正面から単純に力押しで来られるとどうしようもなく、中級悪魔二体に同時に迫られた鎧は押されこそしないものの突破に手間取っている様子だった。


「さてと、あんまり長くは持ちそうにないから早くしてよ」


 そう言いながらガーニスが陣取る天蓋に視線を向けた恭也は、今まさに天蓋に攻撃を仕掛けようとしていたホムラに声援を送った。


 恭也がホムラとガーニスに意識を向けていた頃、ウルは決して倒すことができない巨大な相手の足止めという無理難題に挑んでいた。


「使い手に似てうぜぇ野郎だ。俺なんて眼中に無いってか?」


 空中で鎧の前に立ちふさがったウルを無視して進もうとした鎧に、ウルはいら立ちを覚えていた。ただでさえ今回おいしいところをホムラに持っていかれ、ウルはいら立っていた。

 そんな時にウルなど相手にするだけ無駄と言わんばかりの振る舞いをされ、ウルの我慢は限界だった。


「調子こいてんじゃねぇぞ!殺せなくたって、お前一人ぐらい簡単に動けなくできるんだからな!」


 自身の発言に何の返事もしない鎧にウルはますます怒りを募らせたが、いくら冷静さを欠いていたといってもさすがに物に怒りをぶつける虚しさにウルも気がついた。

 力なくため息をつくと、ウルは体を解き地面に沈んでいった。


 ウルの明らかな攻撃の動きに対し、鎧は何の反応も見せなかった。

 ガーニスが元いた世界で軍神、『ワクイア』を倒して手に入れた力で召還した鎧は、指示された通りに動くだけの存在だ。


 今鎧が受けている命令は、『地上にいる人間を握り潰し、邪魔な者は迎撃しろ』だった。

 そのため自分に向かってこないウルには反応せず、それが命取りとなった。

 突然鎧の足下の地面が消え、鎧は突然できた巨大な穴へと転落した。

 この大穴はウルが作ったもので、鎧の足元の地下十メートルで『アビス』を使うことで作り上げた。


「はっ、ざまあねぇな!俺をなめてるから、そういう目に遭うのさ!」


 直径十メートル、深さ十メートルの穴になす術無く落ちていく鎧を見下ろしながらウルは、心底楽しそうに笑った。

 ガーニスの『切り札』で強化されていると言っても、別に鎧は浮いているわけではない。


 足場そのものを消されては、強化された鎧といえどもどうしようもなかった。

 もちろんガーニスが通常の盾で支援すれば、鎧はウルの作った穴から容易に抜け出せただろう。

 しかしガーニスの鎧はホムラの眷属と違い、感覚は共有していない。

 一度離れると細かい支援はできなかった。


 ウルがガーニスの鎧を穴に落とした少し前、恭也の命を受けたホムラは、ガーニスと対峙していた。

 その巨体を鉄壁の天蓋で覆ったガーニスは、異世界人ならまだしも、その従者に過ぎない魔神が自分の前に来たことに戸惑っていた。


「君の仲間の、おそらく闇の魔神から話は聞いていないのか?君たち魔神の力では、私の盾は破れない。可能性があるとすれば、君たちの主人である彼だけだ。先程も言った通り、私は彼に場外を取る気は無い。全力で来て欲しい」


 ガーニスのこの発言は、自分が負けるはずがないという考えの上に行われていた。

 それを正しく理解していたホムラは、いら立ちを隠してガーニスと話し続けた。


「ずいぶんと上からものをおっしゃいますのね?私たちのマスターにあなたからの情けなど不要ですわ。あなたはただ全力で戦って、その上でマスターに負けて下さいまし」

「なるほど、侮っていたつもりは無かったが、確かに黙って君たちの攻撃を受けているというのも失礼だな。では君たちが何を企んでいるか知らないが、全力で潰させてもらおう」


 そう言うとガーニスは二枚の盾を創り出し、ホムラに向けて撃ち出した。

 そのままホムラを檻状態に変化させた盾で捕まえようとしたガーニスだったが、それに対するホムラの反応はガーニスの予想を裏切った。


 ホムラは盾を一切回避する素振りを見せず、あっさりとガーニスの盾に捕まったのだ。

 まさか本当に主である異世界人や仲間の魔神に話を聞いていないわけではないだろう。

 一度捕まれば、ガーニスの能力から魔神単独で逃げられないことは聞いているはずだ。

 それなのにガーニスの見ている前で捕らわれた魔神は慌てた様子も見せず、しげしげと自分を閉じ込めたガーニスの檻を眺めていた。


「ずいぶんとあっさり捕まったな。もし君がおとりになるつもりなら、無駄だよ。私はその檻をまだいくつも創れるからね」


 そう言ったガーニスは、これ見よがしに自分の周りに二十枚の盾を出現させた。

 そんなガーニスに対するホムラの態度は、軽いものだった。


「あら、すごいですわね。でもしょせんは盾や檻を作るのが精々。マスターの能力とは、比べるまでもありませんわね。それにその盾も」


 ホムラは右手に火球を創り出すと、そのまま自分を閉じ込めている檻に押しつけた。

 初めは檻にひび一つつかないかと思われたが、すぐに檻が焦げ始めた。

 結局ホムラは数秒もかからずガーニスの檻を突破し、体を炎に変えると檻にあけた小さな穴から抜け出した。


「ほう、驚いたな。君の仲間の魔神はもう少し脱出に時間がかかっていたのだが」

「ウルさんの真価は、戦闘ではありませんもの。単純な火力では、私の方が上ですわ」

「なるほど、これは面倒だ」


 そう言いながらも待機させていた盾をホムラに向かわせたガーニスだったが、その目論見はホムラが盾として眷属を召還したことであっさり邪魔された。


「もう少しお付き合いしてもいいのですが、私もマスターから命令を受けている身ですの」

「つれないな。私の盾をあれ程短時間で壊す相手などこれまでいなかった。もう少し付き合ってくれ」


 もちろんガーニスにホムラの返事を待つ気など無く、ホムラ目掛けて十九枚の盾が飛来した。

 それら全てを眷属を盾にすることで防いだホムラは、ため息をつきながら上空の死角から自分に迫っていたガーニスの盾に眷属を突っ込ませた。


「無駄ですわよ。私に不意打ちは通用しませんわ」

「その様だね。君の主もそうだったし、やはり正面から潰すしかなさそうだ」


 現在ホムラはティノリス皇国の王女と王子の探索を行わせていた眷属の内、百体以上を自分の元に呼び戻していた。

 王女と王子らしき子供たちを数組まで特定したためで、現在ホムラは、透明にした眷属二十体を自分から離れた場所に待機させ、眷属たちを目の代わりにすることで周囲の状況を把握していた。


 最大二百体の眷属から送られてくる情報を瞬時に処理する。

 それがホムラの角の能力で、ホムラはガーニスと戦いながらも遠く離れた街で眷属たちが見張っている子供とその同行者の会話を一言一句漏らさずに聞いていたし、恭也とウルの状況も把握していた。


「あいにくですが、あなたと正面からぶつかる気は私にはありませんの。ウルさんはともかく、マスターにこれ以上お手間をかけさせるわけにはいきませんし、そろそろ終わりにさせていただきますわ」


 そう言うとホムラは、体を炎に変えてガーニスを守る天蓋にまとわりついた。

 ガーニスの檻から短時間で抜け出したホムラだったが、その後の態度とは裏腹に正直なところそこまで余裕があるわけではなかった。


 先程ホムラが檻からの脱出のために創った火球は、五百近い魔力を消費して創ったものだ。

 ガーニスの盾の修復にかかる魔力は百以下だと恭也から聞いていたため、ホムラは初めからガーニスと正面からぶつかるつもりなど無かった。


 今回ホムラが自分の火力を誇示する振る舞いを見せたのは、今後のために恭也に自分の力を示しておきたいというホムラの個人的な事情からだった。

 火属性は他の属性と比べて攻撃以外の応用がしにくいため、ホムラはウルに劣等感を持っていた。


 眷属による広範囲の探索を行えるだけでも十分だと恭也には言われたが、今後恭也が他の魔神も配下にした場合、他の四人の魔神も多彩な能力を持っていることだろう。

 人手不足解消などといった地味な貢献では、自分が埋没してしまう。


 そういった危機感をホムラは抱いており、それゆえのガーニスとの力比べだったが、これ以上の独断はマスターである恭也から受けた指示に支障をきたす。

 ガーニスが新たに鎧を召還して本格的にホムラと戦い始めたら、眷属による妨害など軽く蹴散らされるだろう。

 そう考えたホムラは、恭也の指示通りガーニスを守る天蓋を燃やし始めた。


 体を炎に変えたホムラがガーニスの天蓋にまとわりついたのを見て、恭也は『分身』を発動した。

 それと同時に恭也は、もう何度目になるかも分からない中級悪魔の召還を行った。

 それに対してガーニスの鎧は今まで同様斧槍を振るい、中級悪魔の体を両断した。


 しかし中級悪魔は、自分の傷など気にもせずに鎧に体当たりを敢行した。

 ガーニスの『ゼトウ・オ・ナーバリエ』はあくまで対象者の耐久力を上げるだけなので、恭也の『物理攻撃無効』と違い、攻撃を受けたら衝撃を受ける。


 鎧自体が重いため吹き飛ばされるとまではいかなかったが、一体目の中級悪魔の体当たりに続く形で二体目に襲い掛かられてガーニスの鎧は恭也との距離を詰められずにいた。

 とは言っても中級悪魔たちも鎧を押し返せているわけではなかったので、頻繁に鎧の斧槍が恭也の近くの地面に命中し、たまに恭也の頭上スレスレを通過した。


 この斧槍による攻撃で恭也は三回死んでおり、その際に新しい能力『高速移動』を獲得した。

 獲得したばかりの『無敵化』がうっかり発動するとまずいので、恭也は『高速移動』で上下移動を繰り返して鎧の攻撃を回避し、その合間に分身に『降樹の杖』と透明になる指輪を渡した。

 魔導具二つを受け取った分身は、すぐに姿を消してホムラによる攻撃を受けているガーニスのもとへと向かった。


「さてと、うまくやってよ」


 ウルとホムラに自分の分身。

 そして捨て駒として何度も召還している中級悪魔。

 恭也は今回場外負けになることを避けるため、作戦行動のほとんどを他者に任せていた。

 そのためもどかしい気持ちを抱いていた恭也に、ホムラの声が聞こえてきた。

 恭也が声のした方に視線を向けると、そこにはホムラの眷属がいた。


「眷属越しに失礼いたしますわ。先程ガーニス様は、マスターが円から出ても構わないとおっしゃっていましたわ。今からでもマスターが行かれては?」

「ガーニスさん、そんなこと言ってたの?」

「はい。自分はマスターを殺す気だからとおっしゃってましたわ」

「なるほど。でも殺し合いじゃ勝てそうにないからって、都合のいいルール追加したのこっちなんだから今回はルールを守るよ。ウルとホムラには迷惑かけちゃうけど」

「迷惑だなんてとんでもありませんわ。マスターの命令を遂行することこそが私たちの存在意義ですもの。それにウルさんはウルさんで楽しそうですもの…」


 恭也は、若干呆れた様子のホムラが操る眷属からウルがどうやってガーニスの鎧を攻略したかを聞いた。


「また豪快な…。いくらガーニスさんの能力がすごくても、制御するのは結局ガーニスさんだもんね。さすがに僕たち三人をバラバラに相手すると、ガーニスさんも手が回らないか」


 体を炎に変えているホムラへの対策はともかく、鎧を正面から攻略していない恭也とウルに関しては、ガーニスが複数の盾で支援したら簡単に形勢は覆されただろう。

 三対一なのだから優勢で当然かと恭也は思い、それと同時に大勢の眷属に同時に命令を出しながらガーニスと対峙しているにも関わらず、眷属を通して恭也と問題無く話すホムラの処理能力は本当にすごいと感心していた。


 この恭也の感想をホムラが知ったら大いに喜んだだろうが、あいにく融合していなければ主と魔神といえども直接の意思疎通はできない。

 ホムラは何も知らずに恭也との会話を続けた。


「ええ、新しく召還した鎧で私と眷属を攻撃していますけれど、少しばかり動きがぎこちないように感じますわ」

「僕も悪魔の制御は二体が限界だからね。十体以上召還して大丈夫なガーニスさん、ほんとにすごいな」


 今も恭也が召還した中級悪魔を秒殺している鎧を見て、恭也はガーニスを素直に称賛した。


「とりあえず勝負を終わらせようか。さっきも言ったけど、僕としては今回の戦いは場外で決着をつけたい。ガーニスさんが約束を守る人かの確認も兼ねてるし」

「了解しましたわ。余程のことが無い限り、マスターの作戦通りで勝負はつくと思いますわ。では私も失礼しますわ」


 そう言うとホムラは眷属越しの恭也との会話を止め、ガーニスとの戦いに意識を向けた。

 もちろんホムラの処理能力なら、恭也との会話を続けながらの作戦の遂行は可能だった。

 しかし自分のマスターから受けた指示を片手間でこなすことは、ホムラの美意識に反したため会話を止めた。


「ほんとにすごいな。携帯いらずだ。…契約破棄しなくてほんとよかった」


 恭也が頼んでいた王女探しとガーニスの戦闘はともかく、当たり前のようにウルの戦いぶりも把握していたホムラの仕事ぶりに恭也は思わず本音を漏らした。


「ふふっ、せわしない仕事ばかりでうんざりしていましたが、マスターに私の有能さが伝わったようなのでよしとしますわ」


 恭也の気が散らないように透明にしただけで、ホムラが恭也との会話に使っていた眷属は恭也の近くに残ったままだった。

 ホムラと眷属の間の情報共有はホムラが意識しない限り常に行われており、あえてしない理由も無いので基本的に眷属が見聞きしたことは常にホムラに伝わる。

 そのため恭也のつぶやきは、しっかりホムラに伝わっていた。

 いざという時のために眷属を消さなかっただけなのだが、ホムラとしてはうれしい誤算だった。


「ふー、いけませんわ。ここで失敗してはせっかくの評価が台無しですもの」


 自分が浮かれていることを自覚したホムラは、気を引き締めると炎に包まれたガーニスの天蓋に視線を向けた。

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