試合開始
そして何事も起こらず、四日が経った。
その日の昼下がり、ホムラに『不朽刻印』を返してもらった恭也は、再びウルとホムラと融合して出発の準備を整えた。
「能力をお貸しいただきありがとうございました。おかげで能力の実験についてはかなり充実した日々を過ごせましたわ。ただやはり私の能力ではウルさん程幅広い支援は難しいという結論になりましたわ」
「それに関しては構わないよ。魔神全員が同じ能力でもそれはそれで困るし、今だって眷属での人探ししてもらってるわけだしね」
「そう言っていただけると助かりますわ。王女と王子の行方については候補を三組まで絞りましたので、マスターとガーニス様の決着がつく頃にはいい報告ができると思いますわ」
「ありがとう。じゃあ、そろそろ行こうか」
ソパス郊外に集めた者たちの内、カタクが挙動不審になっていたのを見て、今後のホムラへの褒美の内容を考える必要があると考えながら恭也はガーニスのもとへ向かった。
途中で一度休憩をはさみ、翌日の昼前にはガーニスとギズア族がいる場所に着いた恭也はオルガナたちを連れてギズア族の居住地の奥へと入っていった。
「やあ、思ったより早かったね」
そう言って恭也を出迎えたガーニスは特に気負った様子も見せず、恭也を、そしてその後ろにいるオルガナたちに視線を向けた。
「彼らがティノリスの王族たちかい?」
「はい。女王様とその弟、後は軍の幹部に大臣とかです。正直半分ぐらいは役職把握してないですけど、とりあえずギズア族を襲うことに積極的だった人たちです」
「王族が二人とは、ずいぶん少ないんだね」
「厳密に言うと、女王様の子供が二人いるんですけど、十歳と三歳の子たちに責任取らせるのもどうかと思って。いや、もちろん、ギズア族のみなさんが子供も被害に遭ったのは知ってますけど!」
自分の失言に慌てた恭也がガーニスに弁明したが、ガーニスは特に怒りを見せずに無関係の質問をしてきた。
「君を告発しようとしていた男がずいぶんと疲れている様子なのはどうしてだ?」
今も視線が定まらず、その上近くの者も声をかけるのをためらっている様子のカタクを見て、ガーニスは疑問に思った様子だった。
「ふざけたまねしてくれたんで多少制裁を加えました。僕相手を殺したくないってだけで別に温厚なわけではないので」
「なるほど。ではそろそろ始めようか。ここから少し離れた場所に用意をしてある」
そう告げたガーニスに恭也がついて行くと、ガーニスの言う通りギズア族の居住地の郊外の地面に二つの円が書いてあった。
片方の円の広さがもう片方の三倍はあり、おそらく広い方がガーニス用なのだろう。
そう考えていた恭也にガーニスが話しかけてきた。
「一歩でも動いたら負けというのはすこしあやふやだと思ったので、こうして簡単ながら用意をさせてもらった。あの円から出た場合、負けということでどうだろう?」
「分かりました。わざわざすみません」
「君のしたことに比べればこの程度何でもないさ」
「あ、そうだ。僕空飛べるんで最初の場所から五秒以上足を離した場合も負けにしましょう。後で揉めるのは、嫌ですから」
「君は本当に律儀だな」
わざわざ自分に不利な規則を追加した恭也にガーニスは苦笑したが、その後は何も言わずに広い方の円へと向かって行った。
恭也もガーニスに続く形で円に向かい、五メートル程の距離を取って恭也とガーニスは向かい合った。
(思ったより遠いな。狙い外さなければいいけど)
(分身の方に任せたらどうだ?)
(分身がやられたそこで終わりだから、危険過ぎるよ。他に勝つ方法無いんだから)
(負けてもあの者たちを巻き込めばどうとでもなりますが、その場合マスターの名誉に傷がつきますものね。慎重にいきましょう)
(うん。それは本当に最後の手段だからね)
ギズア族に意識を向けながらのホムラの発言に恭也は同意するしかなかった。
恭也の名誉などこの際どうでもいいが、恭也が負けた場合ガーニスもティノリス皇国への攻撃を控えたりはしないだろう。
そうなった場合の犠牲者の数を考えると、恭也としてはガーニスに対してかろうじて勝算のある今回の試合を落とすわけにはいかなかった。
今の恭也たちの魔力は三人合わせて十七万とちょっとで一度戦うぐらいなら十分だった。
「念のためもう一度聞いておくが、私は君を殺すつもりだ。ティノリスの王女たちを置いて逃げる気は無いか?」
「逃げたいのはやまやまですけど、あんな人たちでも死なれると寝覚め悪いんで戦わせてもらいます」
「そうか。では始めよう。前回見事に逃げられてしまったからね。出し惜しみは無しでいかせてもらおう」
そう言うとガーニスは、鎧を二体召還した。
いくらガーニスの鎧が硬いといってもウルとホムラと融合した恭也なら破壊できる。
そんなことはガーニスだって分かっているはずだ。
ガーニスの狙いが分からず待ちの態勢となった恭也の前でガーニスは宣言通り出し惜しみ無しで切り札を発動し、通常の盾より色が濃い盾二枚がそれぞれ鎧に取り込まれていった。
前回同様『魔法看破』では何も分からなかったため、どう出るべきか悩んでいた恭也にガーニスの声が届いた。
「これが私の切り札、『ゼトウ・オ・ナーバリエ』だ。実戦で使うのは初めてなので、少々緊張している」
このガーニスの発言と同時に二体の鎧が恭也に襲い掛かってきた。
今回は鎧を盾に乗せて移動させるのをガーニスが忘れていたため、恭也は遠慮無く『埋葬』を発動した。
しかし鎧は地面に沈むことなく前進を続けた。
(うわっ、なんで?まさか能力無効化でもついてるの?)
これまであっさり地面に沈んでいた鎧に『埋葬』が全く効かなかったことに恭也は驚いた。
そんな恭也にウルが発破をかけた。
(けっ、多少固くなったところで、しょせんは鎧だろ。恭也、俺たちの新技見せてやろうぜ!)
(うん。ガーニスさんの切り札の効果も知りたいしね)
仮にガーニスの『切り札』の能力が恭也の予想通り能力の無効化だとしても、結局のところは戦って見なくては分からない。
ガーニスの能力には元々『魔法看破』が通用しないからだ。
ガーニスの余裕の表情に激高したウルに応じる形で恭也はホムラを仲間にした時に気がついた魔神の能力を発動した。
恭也を黒と赤のもやが包み込み、そこにガーニスの鎧の振るう斧槍が襲い掛かった。
斧槍をよける素振りも無かった恭也は斧槍による攻撃をまともに受け、左脇から右肩にかけて両断されてしまった。
しかしその後すぐに恭也の体は再生し、ガーニスはこれが恭也の言っていた復活能力かと納得した。
しかしこのガーニスの考えは的外れで先程鎧の攻撃を受けた恭也は死んではいなかった。
今の恭也は魔神との融合のさらに先、『魔神化』を発動していた。
『魔神化』はその名の通り主自らが魔神になる能力で、魔神になっている間恭也は体の損傷を瞬時に回復できる。
元々復活できる能力を持っている恭也がこの状態になった以上、正攻法で恭也を殺すのは不可能と言ってよかった。
そうとは知らないガーニスは、鎧に指示を出して何度も恭也の体を切り刻んだ。
(無駄なことを)
(へっ、ざまぁねぇぜ!調子こいといて、結局あっちも俺たち倒せないんだからな!)
自分たちの体を何度も鎧の攻撃が通り抜ける様子にホムラとウルが嘲笑を浮かべた。
もちろん攻撃を受ける度に恭也たちの魔力は減っていたが自然に回復する量以下なので、ガーニスの鎧がどれだけ攻撃を続けようが恭也たちを倒すことはできなかった。
おそらく今回ガーニスが使った『切り札』は出現した盾の様子から判断すると魔力を一万消費する大技だったのだろうが、『魔神化』の前には無意味だった。
ウルたちの様に笑う気は無かった恭也だったが、それでも警戒し過ぎだったと肩透かしの気分になったことは否定できなかった。
そんな時だった。
いくら恭也を斬り裂いても無駄だと悟ったガーニスは鎧に命じて恭也を握りしめようとした。
円から出るわけにもいかない恭也はあっさり鎧に捕まったが、慌てることなく体を魔力に変えて抜け出そうとした。
しかし体を魔力に変えることはできたのだが、鎧の手から離れることができなかった。
(ちっ、何しやがった?)
(まさかマスターの言う通り、能力の無効化を?)
自分たちをつかみ取った鎧の手から抜け出せない状況にウルとホムラはうろたえた。
恭也が『束縛無効』を使っても抜け出せなかったので、『魔神化』の発動が失敗したわけではなく今の状況はガーニスの『切り札』のせいだろう。
「ふー、助かったよ。『ナーバリエ』を使った意味が無かったかと思ったからね。どうやら『ナーバリエ』は触れた相手の能力を打ち消せるようだ」
ガーニスの言う通りガーニスの『切り札』、『ゼトウ・オ・ナーバリエ』を与えられた存在は、触れた相手の能力を断ち切れる。
相手の能力発動自体を阻害しているわけではないので、鎧につかまれている状態でも恭也は『物質転移』や『分身』は使うことができる。
しかし鎧から逃げ出すための『空間転移』や恭也本人を対象とした『物理攻撃無効』は『ゼトウ・オ・ナーバリエ』発動中の鎧に捕まっている限り、発動できなかった。
その状態の恭也をガーニスの命を受けた鎧は容赦なく握り潰した。
体を魔力に変えることも『物理攻撃無効』も封じられた恭也は、あっさりと握り潰されて死んだ。
ガーニスの『ゼトウ・オ・ナーバリエ』に対抗できるのは同じ異世界人の『切り札』だけだ。
そのため恭也の今の手持ちの能力では抵抗できず、先程『埋葬』が鎧に通用しなかったことからそれを感じ取った恭也は今回の死で新しい能力、『無敵化』を獲得した。
この『無敵化』は魔力一万を消費し、二秒間だけ文字通り無敵になる能力だ。
これによりガーニスの鎧の束縛を打ち消した恭也はすぐに『空間転移』を使い、元いた円の中に戻った。
「もしかして五秒経ちましたか?」
時間切れによる場外負けを恐れた恭也が慌ててガーニスに確認すると、ガーニスは恭也の心配を否定した。
「元々君の場外を取る気は無いから安心してくれ。君が死ぬか、私が場外に出されるか。それ以外でこの勝負を終わらせる気は私には無いよ」
もちろん負けたいわけではないが、明らかに自分を脅威と見ていないガーニスの発言に恭也は内心穏やかではなかった。
そんな恭也を見てガーニスは嬉しそうに笑った。
「いい顔だ。圧倒的に不利な状況でも、勝利を諦めていない。あの女の言うことを肯定するのはしゃくだが、世界を変える人間がいるとしたら君の様な人間なのかも知れないな。だが力が無くてはただ虚しいだけ。さあ、どうする?先程はああ言ったが、逃げても別に軽蔑はしない」
「世界変えようなんて大それたことは、考えてませんよ。……とりあえずあなたには勝たせてもらいます!」
そう言うと恭也はウルとホムラとの融合を解除した。
「ホムラ、悪いけどガーニスさんへの攻撃はホムラに任せる。ホムラが作戦の要だからこっちは気にしないで!」
「お任せ下さいまし。マスターもご武運を」
ホムラはそのままガーニスのもとへと駆け出し、それを見送った恭也はウルにも指示を出した。
「あの鎧を一体でいいからできるだけ引き留めて。悪いけど倒すのは無理だと思うから時間稼ぎのつもりでね!」
「りょーかい」
ふてくされた様子で返事をしたウルだったが、恭也の指示通り今も恭也を狙っている鎧の片方に向かって行った。
「あーあ、『魔神化』で楽勝かと思ったらこれだもんな。嫌になるよ」
ウルもホムラもそれぞれの仕事に向かい、久々に自分一人で戦うことになった恭也は自分を再び握り潰そうとしている鎧を見上げて思わずため息をついた。