準備
「僕のことを信じてくれてありがとうございます。じゃあ、この人たちはこの前ガーニスさんと会った場所に運びますね。前に説明した通りこの人たちは何度殺しても大丈夫なので、みなさんの気が済むまで殺して下さい」
これから自分たちが味わうことを思い浮かべ、ティノリス皇国の面々はざわついた。
しかし恭也としては、ギズア族もそう長くはオルガナたちを殺しはしないだろうと考えていた。
身内の仇を取ろうとするのは、自分の気持ちにけりをつけるためだと恭也は考えている。
もちろん恭也は身内を殺されたことなど無いため、これは都合のよい想像かも知れない。
しかしこれを前提として考えると、『不朽刻印』をつけられたティノリス皇国の首脳部を殺し続けるという行為は、意味が無いものとなる。
きりがないからだ。
オルガナたちを数度殺せばギズア族も気が済むだろうし、恭也はギズア族にオルガナたちを渡す前にオルガナたちを数回派手に殺してみせるつもりだった。
これでギズア族が恭也の行いに引いてくれれば、オルガナたちへの報復も多少は軽くなるだろう。
すでにギズア族の本拠地へのオルガナたちの移送について考えていた恭也だったが、それは少し気が早かった。
「勘違いしないで欲しい。まだ君を完全に信じたわけではない」
ガーニスの含みのある発言に、恭也は内心身構えた。
「どういう意味ですか?」
「先程彼が言ったことはほとんどでたらめだとは思っているが、それでも今回の件で君がかなり得をしたのは事実だ」
「いや、それはたまたまで、」
「私が窮地のギズア族の前に現れたのも偶然だ。だからあまりに都合のいい時期に現れたからというだけで、君を疑う気は無い。だが君も自分の無実を証明できないだろう?」
ガーニスの言葉に恭也は即答できなかった。
ガーニスが今抱いている疑問は、きっとこれまでに恭也が助けた人々の多くが持っているものだ。
先日の上級悪魔出現後の噂からもそれは明らかで、ガーニスの様に恭也に対抗できる力さえ持っていればネース王国の国民たちも面と向かって恭也を問い詰めただろう。
しばらく考えた後、恭也は口を開いた。
「確かに証明はできませんけど、じゃあ、どうしますか?…僕の今後の行動で見極めてもらうしかないですね。僕はこれからティノリスの王女様を見つけてこの国の女王になってもらうつもりですし、今も国中で捕まっているギズア族の人たちを助けて捕まえてた人たちは新しく作った刑務所に入れるつもりです。傍から見たらこの国を支配してるようにしか見えないでしょうから、しっかり見張ってて下さい」
結局のところ恭也は突然現れた部外者なので、信頼は時間をかけて得ていくしかない。
やましいことは一切無いのだから、堂々とやっていこう。
そう考えた恭也だったが、ガーニスはそこまで気が長くはなかった。
「君がそこまで本腰を入れるつもりだとは思わなかった。確かに国や軍の幹部が一斉にいなくなれば、国内がどうなるかは考えるまでもないからね。だがあいにく私にそれを見届ける気は無い」
「じゃあ、どうすれば僕を信じてもらえますか?僕個人でできることなら、できるだけのことはするつもりです」
「簡単だ。私と戦ってくれ」
「え?」
話の流れを完全に無視したガーニスの提案に、恭也は数秒間思考停止に陥ってしまった。
今の話の流れで、どうなったら恭也とガーニスが戦うことになるのか。
驚いて返事もできない恭也の前でガーニスは話を続けた。
「私は元の世界では、軍に所属していた。相手を傷つけるのが好きな者を敵、同僚問わず何人も見てきたし、追い詰められて精神が壊れた人間も多く見てきた。しかし君については、正直評価に困っている。戦いを楽しんでいるようには見えないのに、はるかに弱い彼らだけならまだしも私が相手でもまるで恐怖を見せない。君の様な人間は、初めてだ」
ガーニスからの自分の評価を聞いた恭也は、思わぬ高評価に戸惑いつつも反論した。
「なんか過大評価されてるみたいですけど、僕がガーニスさんを前にしても平気でいられるのは、逃げるだけならいつでもできるっていう前提があるからです。買いかぶり過ぎですよ」
「君の言う通りだ。私が勘違いしている可能性もある。だから戦って欲しい。先に言っておくが、以前とは違い今回私は君を殺すつもりだ」
「…どうしてですか?」
どんどん発言が物騒になっていくガーニスを前に恭也は引き始めていた。
「死にそうになった時にこそ、相手の本性は見える。信じて欲しいというのなら、この戦いを受けて欲しい。それに実際問題、空を飛べる上に姿まで消せる君について回るのは大変だ。君も行動が制限されてしまうだろう。戦うのが一番早いと思う。もちろん断っても構わないが、その場合彼らの死体は君には渡さない」
「ああ、…そうきましたか」
オルガナたちの死体がガーニスの能力で覆われてしまうと、『不朽刻印』を含む恭也の全ての能力が遮られてしまうだろう。
ガーニスにこう言われた時点で、恭也の答えは決まった。
「分かりました。勝負自体は受けます。ただし五日だけ待ってもらえませんか?あの人たちや魔神と戦って、魔力が残り少ないんです」
「もちろん構わない。こちらから言い出したことだ。その程度は待つさ。しかし彼らの様な人間まで助けようとは君はずいぶんとお人好しだな」
オルガナたちの蘇生ができなくなると分かった途端ガーニスと戦うことを決めた恭也を見て、ガーニスは苦笑した。
「お人好しは相手を傷つけたりはしないと思いますよ。殺さないってだけで敵に容赦する気は無いですし、後でおもしろいことしてくれたあの人には罰を与えるつもりですから」
恭也に視線を向けられ、カタクが慌てて視線をそらした。
「なるほど。優しさと怒り、両方兼ね備えているのはいい戦士の証拠だ。それにしてもこの短期間で魔力を五万も消費するとは、君の能力はずいぶん魔力の消費が大きいのだな」
「あっ」
ガーニスと戦い薄々疑っていたことを指摘され、恭也は思わず声を出してしまった。
以前ガーニスと戦った時にガーニスの能力は燃費が良すぎないかと恭也は思ったのだが、実際には恭也の能力の燃費が悪いだけだったようだ。
半信半疑だった自分の能力の弱点をガーニスに指摘された恭也の反応を見て、ガーニスは苦笑した。
「ずいぶんと強い能力だと思っていたが、無敵というわけではないようだね」
「ガーニスさんの能力と比べると、無敵には程遠いですよ。でも負けるつもりはありません」
「ああ、全力で来てくれ。そうでなくては意味が無い」
そう意気込むガーニスに、恭也はある提案をした。
「ところで一つ勝負に条件を追加したいんですけど」
「条件?」
「はい。ガーニスさんが僕を殺すつもりなのはしかたありません。でも僕はガーニスさんを殺す気は無いので、お互いに一歩でも動いたら負けということにしてもらえませんか?」
突然敗北条件が加えられてしばらく考え込んだガーニスだったが、結局は恭也の提案を受け入れた。
「ああ、構わない。君の流儀に合わせよう」
「ありがとうございます。じゃあ、五日後、こっちから出向きますね」
こうして恭也とガーニスは分かれ、この場には恭也たちとオルガナたちが残された。
「ずいぶんおもしろいことしてくれましたね」
カタクに詰め寄り先程の発言をとがめた恭也にカタクは声を荒げた。
「うるさい!貴様らがいなければ、全てうまくいってたんだ!我が物顔で我々を弄んで満足か?この化け物どもが!」
もう半分やけになっているのだろう。
恭也を前に言いたい放題のカタクの発言を聞き、最初は呆れていた恭也だったが最終的には怒りの方が大きくなった。
「ギズア族迫害して喜んでるあなたたちと一緒にしないで下さい。不愉快です。満足なんてしてませんよ。あなたたちにしたいことの十分の一もまだしてませんから」
そう言って不快そうにティノリス皇国の面々を見た恭也を前に、ほとんどの者が顔をそむけた。
「さてと、とりあえずガーニスさんとの勝負には勝つつもりなのでそこは安心して下さい。僕はガーニスさん程優しくはありません。あなたたちの様な人、一回死んだぐらいで許したりはしませんから」
とりあえずはこんなところだろう。
まだ言いたいことはたくさんあったが、今も被害者面をしているティノリス皇国の面々と話していると恭也の方が先に精神的に参ってしまいそうだった。
そのため、とりあえずは解散することを決めた恭也はホムラとの融合を解き、その後この場にいる全員の『不朽刻印』を解除した。
その後『能力譲渡』で『不朽刻印』をホムラに渡した恭也は、ホムラにカタクを好きにしていいと告げた。
「僕が痛みを何度も味合わせようかと思ったんだけど、多分僕だとそこまで長時間痛めつけられないと思う。だからこの人への罰、ホムラに任せていい?」
「よろしいんですの?マスターは、そういったことは嫌いなのだと思っていましたわ」
恭也の提案を聞き、意外そうにするホムラの発言の後半部分を恭也は肯定した。
「もちろん暴力は嫌いだよ。でも必要な時はためらう気は無いし、これは見せしめとホムラへの報酬も兼ねてるから」
「…ということは、他の皆様の前でこの方への罰を執行した方がよろしいですわね?」
人目が気になるなら無理にとは言わないと言おうとした恭也だったが、ホムラの嗜虐的な笑みを見てその言葉を飲み込んだ。
「うん。今回の件が片付いた後、ティノリスには自治区程の時間は割けないと思うから、徹底的にお願い。後一つだけ言っとくけど、ホムラへのこういった報酬はあんまり用意できないと思う。さすがに面と向かって僕に逆らう人、そう何度もは現れないと思うから」
「かしこまりました。ではお言葉に甘えてこの方たちをお借りしますわ」
「うん。もちろんもうしたくないってなったらすぐに言って」
ホムラと戦った時のことを思い出し、無用な心配だとは思ったが一応恭也は拷問を無理して五日間行う必要は無いと伝えた。
しかしながら、恭也の予想通り、ホムラには余計な心配だった。
「せっかくのマスターのご厚意ですもの。ウルさんに言われたトリッキーな技の開発も兼ねて、この五日間、精進いたしますわ」
多少早まったかも知れないと思った恭也だったが、カタクへの罰と他の者たちへの罰は必要だと思い直した。
「じゃあ、僕とウルは宿にいるから、何かあったら呼んで」
そう言ってその場を離れた恭也の耳には、『不朽刻印』をオルガナたちに発動したホムラの楽しそうな声が届いた。
(おい、恭也、ホムラ大丈夫か?やり過ぎなきゃいいけど)
(まあ、実際やられたから分かるけど、ホムラ相当ドSだからね)
(どえす?)
(人をいじめるのが大好きってこと)
(ああ、そういうことか。雑魚いたぶって何が楽しいんだか)
(僕から言わせれば、戦いが好きっていうウルもどうかと思うけどね)
(あんな変態と一緒にするなよ。それに戦えれば誰でもいいわけじゃねぇ。あの盾野郎は、確かに強かったが、攻撃はうっとうしいだけで、遊び相手としては恭也以下だったぜ)
(僕たちに別に、ウルたちの遊び相手として送り込まれてるわけじゃないもん)
(世界の進歩だったか?恭也の人助けもそうだけど、みんな面倒なこと考えるよな。好きなことだけしてりゃいいじゃねぇか)
(それじゃ、ただの駄目人間だよ)
(俺、人間じゃねぇし)
(はい、はい。そうだったね)
ウルと真面目に話したことを後悔しつつ、恭也は宿へと向かった。
肩や腰に若干の疲れを感じていた恭也は、毎度毎度『アビス』で疲労を消すのは嫌なので、この五日間はゆっくり休もうと考えていた。
しかしすぐにガーニスとの戦いの前に『降樹の杖』の実験もしておかなくてはいけないし、二体の魔神を仲間にしたことによる新発見の検証も必要だと思い出した。
何もしなくていい時間が欲しい。
恭也は切実にそう思った。