相談
(お手間を取らせて申し訳ありません…)
契約して早々、文字通りお荷物になってしまったホムラは、心底申し訳無さそうに恭也に謝ってきた。
そんなホムラに恭也は気にしないように言った。
(気にしなくていいよ。僕が魔神は全員飛べるって勘違いしてただけだし)
(そうだな。俺もそう思ってた。まあ、気にすんなよ。誰か一人飛べりゃ、それで十分なんだから)
恭也とウルの両方がホムラに対して不満を持っていないことは、二人と融合しているホムラに直接伝わっていた。
しかし恭也の役に立とうと意気込んでいたホムラは、出鼻をくじかれて意気消沈していた。
ホムラが伝える気が無かったので恭也もウルも気づいていなかったが、先程のホムラに対する恭也の態度はホムラの誇りを大きく傷つけた。
恭也に負けた直後のホムラは、負け方が負け方だったので不満こそ持っていたものの初めて主人を得た喜びも感じていた。
それなのに戦いが終わった直後、恭也はホムラとの契約を解除すると言った。
その後契約を継続することにはなったものの、恭也が考えを変えた理由はホムラではなく眷属の存在だった。
恭也がホムラを恐れて契約を解除すると言ったのなら、ホムラは恭也を内心あざ笑うだけだっただろう。
しかし恭也は戦いを終えた後、うまくやっていけそうにないなどという理由で契約を解除しようとした。
このホムラを軽んじた恭也の態度がホムラの矜持を傷つけた。
(必ずご主人様に私の存在を認めさせて見せますわ)
今も最初に出会った魔神がホムラだったら移動に手間取っていたので、最初に仲間にした魔神がウルでよかったなどと考えている自分の主人に怒りを覚えながらホムラは恭也の説明をウルと一緒に聞いた。
(ガーニスさんたちがティノリスへの攻撃ためらってくれればいいと思ってナーベンダとピッカで助けたギズア族の人をガーニスさんたちのとこに送り出したんだけど、うまくいったみたいでよかったよ)
恭也がソパスでヘーキッサを捕えた後にナーベンダとピッカで行った救助活動で、五十名程のギズア族を発見した。
彼らに話を聞いたところ、ティノリス皇国の軍から逃げる途中でそれぞれの街に住民に捕まり、奴隷同然の扱いを受けていたらしい。
彼らを監禁してこき使っていた人間には後で当然罰を与えるつもりの恭也だったが、とりあえずは彼らにいくらかの食料を与えてガーニスたちがいる場所を伝えて送り出した。
(最初からそのつもりでギズア族を助けましたの?)
(いや、襲われた街を助けたのは単純に人助けだよ。そもそも捕まったギズア族の人たちがそこら辺の街にいるとは思ってなかったし)
ティノリス皇国の軍から逃げている途中で軍やティノリス皇国の国民に捕まったギズア族は、全員が首都のノリスか軍の施設などに連れて行かれていると恭也は考えていた。
まさかティノリス皇国の国民が自主的にギズア族を捕まえて奴隷にしているなどとは恭也は考えてもおらず、ネース王国の国民といいこの世界の人間の人権意識は低すぎると恭也は怒りを覚えた。
もっとも彼らも力で一方的に蹂躙される側の気持ちは身をもって知ったのだから、今後は多少はましになるだろう。
現在恭也がいる大陸には国が五つあるのだが、その内の二つの国で恭也がためらわず介入する規模の惨劇が起こっている現状に、恭也は気が滅入りそうになった。
(さらわれた同族自分たちで殺してるんだから世話ねぇな)
(それについてはギズア族の人たち一生自分たちを責めることになるだろうから、こっちから言うのは止めておこうよ)
呆れた様なウルの発言を聞き、恭也はナーベンダとピッカでのことを思い出していた。
二つの街の救助作業では、助けられない命もたくさんあった。
ティノリス皇国の軍とガーニスたちが衝突するのを避けるための時間制限と恭也の魔力の限界。
これらが原因で多くの死者を放置せざるを得ず、恭也は歯がゆい思いをした。
一応見つけた死体は氷漬けにしておいたので、落ち着いたら蘇らせにいくつもりだ。
しかし生存者の救出と治療で精一杯で、死体の回収は思うようにいかなかった。
発見できなかった死体は今頃は腐敗が進み、恭也の能力でも蘇生できなくなっているだろう。
能力が増える度に無力感が募り、恭也はもどかしくなった。
また襲撃を受けた街で発見した死体の中にギズア族の姿もあった時は、これを知った時のギズア族の気持ちを想像して恭也はなんとも言えない気持ちになった。
やることが山積みだったため、考え込む必要が無かったのだけがせめてもの救いだった。
(ご主人様がガーニスとかいう男との戦いを避けるつもりなことは理解しましたわ。でも交渉が決裂した時はどうなさいますの?特にご主人様とウルは一度負けているわけですし、悔しいですけれど聞いた話では私もあまり力にはなれそうにありませんわ)
恭也の力になりたいという気持ちに嘘は無いホムラだったが、無理なものは無理だ。
ホムラとしては恭也の身の安全が第一なので、ティノリス皇国からの撤退を進言しようとさえ考えていた。
そんなホムラに恭也は気楽に返事をした。
(ガーニスさんについては、一応勝算はあるよ。これに関してはホムラを仲間にできてよかった。他の魔神だと無理だったし)
(どういうことですの?)
(さっきのホムラとの戦いで思いついたことがあるんだ。ホムラのまねをしてみようかと思ってる)
(ご主人様の敵をいたぶるというのには賛成いたしますが、そもそも攻撃が届かないのですわよね?)
(そっちじゃないよ…)
ホムラのずれた質問に呆れながらも恭也は、ウルとホムラに対ガーニス用の自分の作戦を説明した。
恭也の説明を聞いた二人の反応は、両極端だった。
(そんなにうまくいくか?あっちからすりゃ、恭也の提案なんて乗る義理ねぇだろ)
(話した感じだとガーニスさん真面目そうな人だったから、こっちが恩着せがましく言えばあっさり流されてくれると思うんだけどなー)
恭也の策に懐疑的なウルに対し、ホムラは乗り気のようだった。
(そのためにわざわざガーニスとかいう男の部下を助けたのですわね。相手の弱点を容赦なく突くなんて、さすがご主人様ですわ!)
(いや、さっきも言ったけどギズア族の人たち助けたのはたまたまだよ)
ホムラが心から恭也を称賛していることは恭也にも分かっている。
しかし妙にとげのある言い方に恭也は反論した。
恭也の反論を受け、ホムラは謝罪しつつも自分の考えを伝えてきた。
(私の言い方がお気に障ったのなら謝りますわ。ですが私たちや他の異世界人と比べて自分が弱いと思っているにも関わらず、あきらめる気が全く無いことはもっと誇ってもいいと思いますわ。私個人としましてもご主人様にはもっと堂々としていただきたいですもの)
(ホムラの言う通りだ。俺たちの主なんだからもっと堂々としてくれよ)
(…努力はするよ)
偉そうにしろと言われてもどうすればいいか分からなかった恭也は、話の流れを変えるためにホムラと契約してからずっと気になっていたことを口にした。
(ねぇ、ホムラ、そのご主人様っていうのやめない?)
(どういう意味ですの?)
(いや、ご主人様って呼ばれるの恥ずかしいから、ウルみたいに名前で呼んで欲しいんだけど…)
恭也としてはそれ程無茶を言ったつもりはなかったのだが、ホムラの反応は恭也の予想以上だった。
(ご主人様の頼みといえど、そればかりは聞けませんわ!ウルさんがご主人様を名前で呼び捨てにしていることも、私かなり我慢してますのよ)
言葉通りホムラの怒りが伝わってきて、恭也はこの話題が自分が全く警戒していなかった地雷であることを悟った。
しかしすでに手遅れで、焦る恭也の横でウルがホムラをからかい始めた。
(ったく、主の命令も聞けないとか、魔神の風上にも置けないぜ。いいじゃねぇか。恭也がいいって言ってるんだから)
(よくありませんわ!私たち魔神は、あくまでご主人様の配下なのですもの!ウルさんにはご主人様の配下としての自覚が足りませんわ!)
ここで今まで笑っていたウルの様子が変わった。
(うるせぇなぁ。なんでお前にそこまで言われなきゃならないんだ。なんなら表出るか?)
(いいですわよ。大事なことですもの。ここではっきりとさせておきましょう)
挑発するウルに対し、ホムラも引き下がらずに怒りを隠そうともしていなかった。
二人の主である恭也が口をはさむ間も無いまま、ウルとホムラの口論は徐々に激しくなった。
そして二人から体の外に出たいと言われ、恭也は慌てて二人をなだめた。
(ちょっと待って!これからやること山積みなのに、魔力無駄遣いしないでよ!そもそもホムラ魔力ほとんど残ってないでしょ?)
二万以上魔力が残っているウルに対し、多少回復したとはいえ、今のホムラの魔力は五千あるかどうかといったところだろう。
同じ魔神同士が戦う以上この魔力の差は大きく、これでホムラもあきらめると思っていた恭也だったがホムラは引き下がらなかった。
(眷属は二体手元に残っていますし、『ミスリア』を使えないウルさんの相手ぐらいならできますわ!)
(おもしれぇ、やってもらおうじゃねぇか)
なおも互いへの戦意を高め合うウルとホムラを前に恭也は二人の説得をあきらめた。
(今後魔神同士の戦い禁止ね。これ命令だから)
恭也にこう言われ、ウルとホムラは引き下がるしかなかった。
本来魔神の主は問答無用で魔神を従えることができ、恭也がウルとホムラの要望を聞いているのは単純に恭也の配慮だからだ。
(もう少し仲良くしてくれないかな?できれば魔神六人全員仲間にしたいと思ってるのに、今からこれじゃさすがに困るんだけど…)
恭也から怒りよりも呆れの方が強く伝わってくるのを感じ、ウルとホムラの気持ちも多少は落ち着いたようだった。
(申し訳ありません、ウルさん。初めてのご主人様を得て気持ちが高ぶっていましたわ)
(お、おう、俺も悪かった。えーっと、じゃあ、俺もご主人様って呼んだ方がいいか?)
ホムラに先に謝られた以上ウルも謝らないわけにはいかず、口論の発端となった恭也の呼び方をどうするかをウルは恭也に尋ねた。
(別に変えなくていいよ。もう結構な人の前でウルとは話してるし、今から呼び方変えたら何かあったのかと思われるだろうし)
(そうか、まあ、恭也がそう言うなら…)
ホムラの事を気にしながら返事をするウルを意識しつつ、恭也はホムラに自分の考えを伝えた。
(ホムラが僕に敬意を払ってくれるのは嬉しいけど、僕そこまで偉そうにする気無いからウルの口調は大目に見て。嫌だったら僕の方から言うから。多分すぐに分かると思うけど、僕そんなに我慢する方じゃないし)
(かしこまりました。今回は余計なお手間を取らせてしまい申し訳ありませんでしたわ)
ホムラが心から謝ってくるのを感じ、恭也は罪悪感に襲われた。
そもそも恭也がご主人様と呼ばれたくない理由は、仰々しいからではなくメイド喫茶を連想するからという下らない理由だった。
それが今回の様な口論に発展するとは夢にも思わず、恭也は驚いた。
それと同時に今回の口論を引き起こしたことを今も気にしているホムラに何かできないかと恭也は考えた。
その後しばらくこれといった考えが浮かばなかった恭也だったが、しばらく考えて日本人特有の解決方法をとることにした。
(これからは僕のことマスターって呼んでくれない?)
(マスター?)
突然の恭也の提案を受けて不思議そうにしているホムラに恭也は提案を続けた。
(マスターっていうのは僕の世界で主って意味なんだ。マスターならご主人様よりはましだし、名前が無理ならこれでどう?)
横文字なら受ける印象が緩和されるという日本人特有の感覚は、当然ホムラには伝わらなかった。しかし自分だけの特別な呼び方というのはホムラとしても嬉しかったので、ホムラは恭也の提案を受け入れた。
(…了解しましたわ。これからご主人様のことはマスターと呼ばせていただきます。改めてよろしくお願いしますわ、マスター)
(うん。よろしく)
何とかウルとホムラの口論を収めた恭也は、その後ホムラに簡単に自分の能力を説明しながらノリスへと飛んだ。