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逃亡戦

最初に書くべきでしたが、毎週火曜に最低一話追加する予定です。

 恭也は検問所を突破した後、急いで前もって街の外で待機させていた馬車のもとに向かった。

 この馬車の御者は街で助けた元奴隷の一人で、危険な役目を自分から引き受けてくれた。


「お待たせしてすみません。後は僕に任せて下さい」


 恭也にそう言われ、青年は馬車を発進させた。

 御者と二人きりになった恭也は、青年にこれからの指示を出した。


「とにかくひたすら前に行って下さい」

「はい。私の命はあなたに預けました。よろしくお願いします」


 恭也は青年との話を終えると馬車の後ろに向かい、荷台に腰掛けた。

 こうして恭也たちの逃避行が始まった。


 恭也が検問所を突破した数分後、検問所にはサキナトから派遣された兵士四人の姿があった。

 彼らはそれぞれ斧や大砲といった武器を持っており、全員が余裕の表情を浮かべていた。

 サキナトは表向きは国とは無縁の組織だが、これは隣国のセザキア王国とクノン王国の批判を避けるための建前で、実際は国の機関だ。


 そのため彼らは正式な訓練を受けた職業軍人で、持っている武器も街には出回っていないような特注品だ。

 そんな彼らを率いるゴーアは、部下数人を見回して今回の作戦目的を説明した。


「今回の目的は異世界人が連れて逃げた奴隷たちの抹殺だ。今後あの異世界人について行く奴隷どもが出ないように確実に殺せと言われてる。取り返すことは考えなくていい」

「異世界人の方は放っておくんですかい?」


 自分たちなら異世界人相手だろうと勝てると思っている面々を代表し、ゴーアの部下の一人が質問してきた。ゴーアは予想されていたその質問に答えた。


「知ってるだろうが今回の異世界人は、殺してもすぐに蘇るらしい。殺すだけ無駄だから無視しろ。まあ、あえて手加減する必要も無いが、その辺りの判断は各自に任せる。さあ、行くぞ」


 異世界人がさらった奴隷たちの数は二十人以上にのぼる。

 まさか全員で歩いて逃げるなどといった目立つまねはしないだろう。

 この国に運ばれてきた時同様馬車で移動しているはずなので、今ならゴーアたちが馬をとばせば追いつける。

 ゴーアたちは与えられた任務を達成すべく街を出発した。


 街を出て十分も経っていないのに、恭也は自分たち目掛けて向かってくる四人の人間を発見した。その内何人かは遠目でも分かる巨大な武器を持っており、あれが助け出した人々から聞いた魔導具だと恭也は確信した。


 恭也は助け出した人々と今後の行動を話し合うと同時に、この世界の文化や魔法について多くの質問をした。

 そうして得た情報の中で恭也が一番興味を引かれたのは、やはり恭也が元いた世界には無かった魔法だった。


 魔法と聞いて恭也は万能に近いものを想像したのだが、実際はそうでもないらしい。

 まずこの世界の人間は、火・水・風・土・光・闇のいずれか一つの属性の素質を持って生まれてくるが、何の道具も無しに使える魔法の威力はたかが知れているらしい。


 どんなに訓練しても身一つで使える魔法の強さは変わらず、それを補うのが魔導具だ。

 魔導具を使うことにより、水属性の魔法の使い手が氷を創り出せるようになったりするらしい。

 

 また生産されている魔導具は圧倒的に軍事用が多いらしく、火属性の場合、人一人で撃てる火球では当たった場所を焼くのが精いっぱいだが、魔導具を使うと数秒で人を灰にできるらしい。

 また六属性の内、光と闇は攻撃向きではないことや魔導具は強力な分魔力の消費も大きいことも聞いた。


 他にも各属性を司る魔神の存在や強力な悪魔の力を宿した一点物の魔導具など興味深い話がたくさん聞けたのだが、それらは落ち着いてから調べるしかないだろう。

 当面の問題は追っ手の面々が持っている魔導具だが、正面から戦うならともかく、ただ逃げるだけでよいのだからそれ程警戒しなくてよいだろうと恭也は考えていた。

 そして恭也が人影を発見して程なく、戦闘が始まった。


 ゴーアは恭也を間合いに捉えるなり、ためらうことなく恭也目掛けて斧を振るってきた。

 それを左腕で防ごうとした恭也だったが、予想外の結果になった。

 ゴーアの振るった斧が恭也の腕をたやすく斬り裂き、そのままの勢いで首から胸にかけて深々と斬り裂いたのだ。


「ふん。体の硬さが自慢のようだが、その程度魔法でどうとでもなる。化け物が、俺たちをなめるなよ」


 この斧は風属性の魔法が込められた魔導具で、斬れ味を上げることのみを追求しており鉄だろうが紙のように斬り裂ける。


 使用限度は一日五回といったところだったが、接近戦では無類の強さを誇る武器だった。

 こうしてあっさり殺された恭也だったが、恭也にとって一回の死などどうということはない。

 すぐに蘇ると何事も無かったかのように戦闘を続け、今回の死によって手に入れた『磁力操作』でゴーアの斧が自分に直接当たるのを防いだ。


「おい、何をした?また妙な能力使いやがって!」

「そうですね。教えた方が無駄な戦闘を避けれるかも知れませんし、教えてあげます。僕は殺されて蘇る度に新しい能力を手に入れて蘇るんです。つまりこの力はあなたのおかげで手に入れられたということになりますね。お礼は言いませんけど」


 恭也が殺される度に新たに能力を得て蘇るという事実は切り札とも言える事実だ。

 そのことは恭也も分かっていたが、これ以降の戦闘を避けられるかも知れないという誘惑に負けてしまった。


「ふざけんな!そんな無茶苦茶な…」


 対峙している相手から信じがたい情報を告げられ、思わず声を荒げたゴーアに対して恭也は涼し気な表情を崩さなかった。


「信じるかどうかはあなた次第です。どうです?無茶苦茶な化け物と戦うのは止めて帰った方がいいんじゃないですか?」

「調子に乗るなよ!それならそれで奴隷どもだけ殺して帰るだけだ。ギーナ!」


 ゴーアが仲間に指示を出したかと思った次の瞬間には、馬車の荷台の下の地面が盛り上がり、馬車の荷台が転倒した。

荷台が地面とぶつかる音と馬の鳴き声が恭也の後ろから聞こえてきた。


「大丈夫ですか?」


 恭也が御者をしていた青年に慌てて声をかけると、すぐに返事が聞こえた。


「大丈夫です!すみませんけどここで失礼します!」


 そう言うと青年は馬と馬車をつないでいた綱を切り、そのまま馬に乗って逃げ出してしまった。


「ふん、助けた奴隷に見捨てられるとは哀れなものだな」


 攻撃を受けてすぐに青年が逃げたのを見てゴーアが嘲笑を浮かべるが、恭也は相手にしなかった。それどころではなかったからだ。

 魔法も魔導具も攻撃の起点は必ず使用者の周囲だと恭也は助け出した人々から聞いていた。


 奴隷用に開発された音声で発動する首輪は威力を控えめにして実現した魔導具で、魔法の威力自体はかなり低く、それでも数年前に実用化にいたったばかりだと恭也は助け出した人々から聞いていた。


 それにも関わらず馬車が直接攻撃を受けたことにショックを受けていたのだ。

 一度ゴーアたちから視線を外し、恭也は横転した馬車の荷台の様子を確認した。

 横転した馬車の横に二メートル以上の高さの土の壁が出現しており、これが馬車の横転の原因なのは明らかだった。


 馬車の荷台を守れるかどうかで、今後も続ける予定の解放した奴隷たちの母国への移送の難易度が変わってしまう。

 飛んでくる魔法を防ぐべく自分が戦っている相手以外にも気を配り、いつでも『魔法障壁』を張れるようにしていたのに計画が狂ってしまった。


 しかしここで計画の狂いの原因となった元奴隷たちの魔法に関する知識不足を責めるのは酷だろう。

 彼らは全員が一般人で、戦闘用の魔法については知識を持っていなかった。


 またネース王国は奴隷を人体実験に使えることから、魔法の研究が他国より進んでいる。

 今回恭也が見た土魔法はそんなネース王国においても新技術だった。

 彼らが知らないのも無理は無かった。


「ふん、中の連中が心配か?安心しろ。中の連中は一人残らず殺してやる」


 一瞬動揺してしまった恭也だったが、ゴーアの声で再び意識を戦闘に向けた。


「みなさんはそこから動かないで下さい!」


 横転した荷台に向けて叫びつつ、恭也は追っ手たちと対峙する。

 戦闘は大詰めを迎えようとしていた。


 ゴーアは自分の攻撃が目の前の異世界人に当たらないことにいら立ちを隠せずにいた。

 最初の攻撃であっさり殺せたこともあり、ゴーアは恭也を侮っていた。

 唯一厄介だった首元への首輪の転送も、あらかじめ首輪を装着しておくことで対処済みだったため、奴隷の皆殺しはもちろん、恭也への足止めも簡単だと考えていた。


 ところが目の前の異世界人は一度蘇ると、触れることなくゴーアの斧を弾けるようになっていた。しかもゴーアのおかげで新しい能力を手に入れたなどとうそぶいてくる始末だ。

 ゴーアの斧も対象に当たらなければ意味が無い。


 すでに二回無駄に発動しており、四回目は馬車の荷台が転倒して恭也が隙を作った時点で攻撃を仕掛けた。

 それにも関わらずゴーアの攻撃は弾かれてしまい、今や恭也はほとんどゴーアに意識を向けていなかった。


 最初の一撃で恭也の足を斬り落とさなかったことを後悔しつつ、それでもゴーアは恭也に攻撃を仕掛けて仲間たちが仕事をしやすい状況を作った。

 発明されたばかりの土属性の魔導具を使い、魔力切れを起こしているギーナも武器の剣を抜き恭也に斬りかかっていた。


 必死に任務を果たそうとしているゴーアとギーナだったが、恭也には『自動防御』と『磁力操作』があるため、この二人はもはや恭也の敵ではなかった。

 この『自動防御』の能力は、そのままでは恭也が何かしらのダメージを受ける際に自動で発動する能力だ。


 この能力が発動すると恭也の体、あるいは能力が勝手に動き、敵の攻撃を防ぐのに最善の行動をとる。

 出会い頭に腹部を刺された際に獲得した能力で、この能力により恭也が不意打ちで殺されることはなくなった。


 あくまでも防御行動をとる能力なので、先程のゴーアの斧での攻撃の様にそもそも防げない攻撃の場合はどうしようもない。

 しかし他者から見て存在が知られることがまずないという点を踏まえるとかなり有用な能力だった。

 

 実際恭也はこの二人にはほとんど注意を向けず、いつの間にか消えた残りの二人を警戒していた。そしてゴーアとギーナが武器を振るう音だけが聞こえる中、突如として馬車の荷台が燃え上がった。

 驚いて振り返る恭也は、何も無い空間から火が噴き出ている光景を目撃した。


 考えるより先に体が動いていた恭也が火が噴き出ている空間に殴りかかると、突然その空間に二人の男が現れた。

 それと同時に片方の男が手に大きな布を持っているのが見え、その布で姿を隠していたことに気づいた恭也だったが、遅かった。


「くくっ、気の毒になあ。お前が余計なことしなければこいつらまだ生きてられたのに。こいつらを殺したのはお前だぞ」


 ゴーアは高笑いをあげて恭也を煽った。

 しかし当の恭也は涼しい顔で布の下から現れた二人を殴り倒し、布とバズーカの様な形状の火属性の魔導具を奪い取っていた。


 自分が助けた人間二十人以上が死んだというのに全く動揺を見せない恭也を見て、ゴーアはようやく違和感を覚えた。

 考えてみれば二十人以上の人間が火に焼かれたというのに、悲鳴一つ聞こえない。

 慌ててゴーアが燃える荷台を覗き込むと、木や布が燃えているだけだった。


「馬鹿な!貴様、奴隷どもをどこにやった?」


 恭也に出し抜かれたことを悟ったゴーアが恭也に怒鳴りつけるが、すでに手遅れだった。


「さあ?どこに逃げたかは僕も分かりません。あなたたちに捕まらないように何人かに分かれて遠回りで国境まで向かうとは言ってましたけど。まあ、一つ言わせてもらうなら、まんまと引っかかってくれてありがとうございます」


 感情の全くこもっていない礼を聞き、ゴーアは逆上しそうになった。

 誰も乗っていない馬車を襲い、異世界人と戦いを繰り広げていたなどとても上司に報告できない。

 今頃奴隷たちは数人ずつに分かれ、それぞれ別の街道を使い国境まで向かっているだろう。

 いや、これは一番ましな可能性で、街道すら使っていない可能性もある。


 街道はあくまで馬車のために整備しただけなので、人の足で逃げるなら逃走経路はいくらでもある。

 貴重な初動を恭也の追撃に使った時点でゴーアたちの負けだった。


「どうします?この布とバズーカは馬車の弁償代ってことでもらっておきますけど、その斧と籠手ですか?もくれるって言うならありがたくもらいますよ」


 バズーカという言葉がよく分からなかったゴーアだが、恭也が自分とギーナの魔導具まで狙っていることは理解した。


「お前ら、引くぞ。これ以上戦っても意味が無い」


 今回のリーダーであるゴーアに撤退を命じられ、男たちは即座に行動に移った。

 恭也に魔導具を奪われた二人は、少し恭也に視線を向けてきたが結局そのまま帰って行った。


 ゴーアたちが去った後、恭也は街道の真ん中で燃えている馬車の荷台を片付けることにした。

 その辺りの土をかけて火を消し、次にまだ熱の残る残骸を足で横によけていく。

 下は土なので、時間さえ経てば全て土に還るだろう。


 恭也はその後も馬車の後始末をしながら今回の戦いについて考えていた。

 恭也の硬質化した体を斬り裂いた斧にも驚いたが、恭也が一番衝撃を受けたのは男二人の姿を隠していた布の方だった。


 助け出した人々の護送中に今回のような奇襲をされたら防ぎきれない。

 今回馬車の荷台を守り抜いて国境まで行ければ、次も同じ手が使えた。

 しかしばれた以上、次に同じことをしても効果は無いだろう。


 それに恭也の能力に関しても思わぬ問題点が見つかった。

 恭也は最初、ゴーアたちの持っている魔導具を転移能力で奪おうと思ったのだが、何故かできなかった。

 戦闘後に首輪に使ってみたら問題無く発動したので、強力な魔導具は転移できないのではないかと恭也は考えていた。


 恭也のこの考えは当たっていた。

 恭也たち異世界に送り込まれる人間に与えられる力は、神の持つ万能の力を人間でも扱えるように劣化させたものだ。

 劣化させたとはいえ、元が神の力であるため、異世界に送り込まれた人間はそれぞれに発現した能力内ではかなり強力な力を使える。


 例えば恭也の前にこの世界に来た人間は、その力で人はもちろん強力な魔導具だろうが山だろうが、目に見えている物なら何でも消すことができた。

 しかし恭也の場合、複数の能力を使えるという能力を獲得してしまった。


 しかし与えられた能力の種は同じものなのだから、能力の一つ一つが多少劣るのは無理も無いことだった。

 無論恭也はそんなことは知る由も無かったが、自分の能力に早くも限界が見え始めていることを薄々感じ始めていた。


 大きな失敗をする前に一人での活動は止めるべきかも知れない。

 そう考えながら恭也はその場を離れた。

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