四天将
「…ねぇ、話し合いましょう?私たちが争う理由なんて無いじゃない?私なら女王陛下に取り次げるし、金も女も思いのままよ。ギズア族なんかにつくよりよっぽど、ぐぎゃー」
いつまでもヘーキッサの相手などしてられなかったので、恭也は『治癒』でヘーキッサの左腕だけ治療すると、慣れた様子で『情報伝播』を使いヘーキッサを無力化した。
先程見たところ、悪魔もどきの材料にされた人々は時間経過と共に生命力を失い、最終的には死ぬらしい。
急いで彼らを元に戻すべく恭也は『治癒』に『能力強化』を使い、強化された『治癒』を近くの巨大な悪魔もどきに使用した。
するとすぐに巨大な悪魔もどき二体の体が崩れ始め、悪魔もどきを構成していた人々が地上に向けて落下し始めた。
悪魔もどきの身長は五メートル程で、頭部の材料になっていた人は落下の衝撃で確実に死ぬだろう。
恭也は慌てて風属性の精霊魔法を使い,意識を失っている人々をゆっくりと地面に降ろした。
全員を無事に地面に降ろしたが、助け出した人々の中には体の一部が腐食している者がいた。
腐食している場所の広さなどから彼らが死んでいるのは明白で、一体どれだけの人が犠牲になったのかと恭也は憤りを覚えた。
それと同時に恭也は新しい能力、『死体探査』を獲得した。
半径百メートル以内にある死体の数を把握できるという能力でこの場の犠牲者の数を把握した恭也は、思考が怒りで定まらない中ヘーキッサに近づいた。
悪魔もどきの材料に使われた犠牲者たちへの対応は、後で行うつもりだった。
恭也は悲鳴をあげながら地面を転がるヘーキッサに視線を向け、『情報伝播』を解除した。
自分を襲っていた原因不明の痛みが消えたことで周囲を見る余裕を取り戻したヘーキッサは、自身の最高傑作が倒されるのではなく人間に戻されていることを確認して言葉を失った。
続いて部下の兵士が全員倒れ、小型の悪魔もどきたちも人間に戻っている光景を目の当たりにし、最後に恭也に青ざめた顔で視線を向けた。
「お、お願いします。命だけは。何でもしますから」
座り込んだ状態で後ずさりながらヘーキッサは、恭也に命乞いをしてきた。
「安心して下さい。命だけは助けます。本当に命だけですけど」
そう言うと恭也はヘーキッサに『不朽刻印』を使い、その後洗脳して首都の位置や魔神の封印がある場所、他の将軍の持つ魔導具の能力など知りたいことを聞き出した。
その後ヘーキッサの洗脳を解いた恭也は、ギズア族にこの場は引くように頼んだ。
「ガーニスさんには断られましたけど、僕がティノリスの偉い人何人か連れて来るんで、復讐はその人たちだけで我慢してくれませんか?」
恭也のこの発言を聞き、集団の代表らしき男が恭也の前に出てきた。
「ガーニス様に断られたとはどういう意味だ?ガーニス様に会ったのか?」
「はい。一度会って話し合いを。話すよりこっちの方が早いですね」
そう言って『情報伝播』を使った恭也だったが、ガーニスの能力で守られたギズア族には『情報伝播』が通用しなかった。
「ああこれも駄目なのか」
『魔法看破』で知っていたはずなのに無駄なことをしてしまった。
急に黙り込んだ恭也を見て不思議そうにするギズア族に、恭也は口頭でガーニスとのやりとりを伝えた。
「繰り返しになりますけど、僕がティノリスの偉い人何人か連れて来るんで、復讐はその人たちだけで勘弁してもらえませんか?もしティノリスの国民全員を襲うって言うなら、残念ですけどあなたたちと戦うしかありません」
「ガーニス様が断った提案を我々が受けるわけにはいかない。この街の住民もその女も兵士共も皆殺しだ!」
男が声を荒げると、後ろにいた他のギズア族も同調して手にした魔導具を構え始めた。
「あんたには仲間たちを助けてもらった借りがある。戦いたくはない。どいてくれ」
「悪いですけど、それはできません」
男の提案を恭也は迷うことなく拒絶した。
自分たちを助けた少年との交渉が決裂し、残念そうにしながらも男は仲間たちに攻撃の指示を出した。
しかし男の指示を受けたギズア族と鎧たちは、ティノリス人たちに襲い掛かることはできなかった。
「な、なんだ、これは?」
自分を含むギズア族数人とガーニスから借り受けた鎧三体が地面に沈み、何人かのギズア族は黒い鎖で地面に縛りつけられていた。
驚いた男が異世界人の少年に視線を向けると、少年は全身黒ずくめの小柄な少女に指示を出していた。
「どれでもいいから鎧一個壊して。そうしたらこの人たちも帰ってくれると思うし」
「めんどくせぇな」
心底面倒そうに返事をしながらも、男の目の前で少女は胸元まで地面に沈んでもがく鎧に近づいた。
その後数分で自分たちが無敵だと信じていたガーニスの鎧が破壊されたのを見て、ギズア族は自分たちの目の前にいる少年に初めて恐怖を感じた。
ギズア族が自分に恐怖を抱いたことを確認した恭也は、改めて交渉を始めた。
「ガーニスさんの能力は確かにすごいですけど、見ての通り魔神の力なら破壊は可能です。ガーニスさん本人ならともかく、力借りてるだけのみなさんじゃ、僕には勝てませんよ」
恭也は『埋葬』を解除し、ギズア族全員を自由にしてから話を続けた。
「とりあえず僕がティノリスの偉い人たちを連れて来るまでは、大人しくしといてもらえませんか?もし僕の提案が気に入らなかったとしても、その時はその時でガーニスさんが直々に僕を倒せばいいだけです。放っておいてもティノリスの偉い人たち連れて来るって言ってるんですから、みなさんにとって損にはならないと思いますよ?」
恭也の提案は、恭也の言う通りギズア族にとって有利なものだった。
だからこそ恭也の話を聞いていたギズア族は、恭也を信じることができなかった。
「何を企んでいる?俺たちに力を貸して、お前に何の得がある?」
男にそう尋ねられた恭也は、一瞬も考え込むことなく自分の考えを告げた。
「得は確かにありませんけど、何十万人もの人が殺されそうになってるのを止めるのってそんなに変なことですか?」
恭也に真顔でそう問われ、ギズア族の面々は即座に口を開けなかった。
「後、これもサービスです。ウル、お願い」
ウルと融合した恭也は悪魔もどきの材料にされて死んだ人々に視線を向けると、『能力合成』で『死霊召還』と『治癒』を合成した。
これで死んだ者たちを蘇生できると思っていた恭也だったが、蘇ったのは犠牲者五百人余りの内、四百人程だった。
全員が蘇らなかった理由が分からなかったため、恭也は慌てて『魔法看破』を使い能力発動中の自分を見た。
その結果蘇らなかった犠牲者たちは死後三十分以上経っているため、『死霊召還』で魂を体に呼び戻せなかったことが判明した。
魔力を二万以上無駄にしたことに舌打ちした恭也は『死霊召還』に『能力強化』を使った上で、もう一度先程同様の『能力合成』を行った。
今度は犠牲者全員が蘇り、恭也は安堵のため息をついた。
どうやら悪魔もどきの材料にはティノリス皇国の国民も使われていたらしく、犠牲者たちは全員がギズア族と合流したわけではなかった。
自国の国民まで実験に使うティノリス皇国に怒りを覚えた恭也にウルも不満を向けてきた。
(俺の魔力無駄に使いやがって…)
(ごめん。魂呼ぶやつの時間制限のこと忘れてた)
一分足らずの間に自分の魔力を五万も消費されたウルは、不快感を隠そうとしなかった。
一回目の『能力合成』の失敗は完全に自分のせいなので、ティノリス皇国への怒りも忘れて恭也はウルに平謝りした。
『死霊召還』はその内容上、市場の一件以来一度も使われていなかった。
それゆえの今回の失敗だったのだが、魔力二万を無駄に消費されたウルとしては、そう簡単には納得できることではなかった。
しかし延々と文句を言う性格でもないため、しばらく恭也を責めたウルはすっきりした様子で恭也に周りを何とかした方がいいと告げた。
ウルに言われてようやく周囲の妙な雰囲気に気づいた恭也は、まず初めにギズア族に視線を向けた。
「これが最後の譲歩です。引き下がらないって言うなら、さっき助けた人たちもまとめて餓死するまでその辺りに埋めるつもりですけどどうしますか?」
自分たちの頼みの綱だったガーニスの鎧をあっさり破壊した上、いともたやすく死者の蘇生まで行った恭也を前にギズア族の面々には抵抗する気力など残っていなかった。
悪魔もどきの材料となっていた同族共々大人しく本拠地へと帰って行くギズア族を見送ってから恭也はヘーキッサに近づいた。
「僕はとりあえずあなたの同僚の四天将とかいう人たちと女王を捕まえて来るので、それまでこの街で大人しくしておいて下さい。兵士のみなさんは起きた後ギズア族のとこに行く以外なら自由にしてもらっていいですよ」
「お願いします。助けて下さい。ギズアの連中に捕まったら私は殺されてしまいます!」
恭也にすがりつきながら命乞いをするヘーキッサを恭也は冷たく突き放した。
「僕やガーニスさんがいなければ、さっきのを量産して周りの国襲うつもりだったんですよね?そんな人助けるようなお人好しに見えますか?」
恭也に振り払われてもなお命乞いをしてくる身勝手なヘーキッサに恭也は強い殺意を抱いたが、何とか自分の衝動を押し殺した。
これ以上のヘーキッサへの攻撃は単なる憂さ晴らしだ。
一度してしまうと歯止めが利かなくなりそうなので、恭也はこれ以上ヘーキッサと言葉を交わすことなくその場を飛び去った。
ヘーキッサと別れた恭也はヘーキッサから取り上げたティノリス皇国の地図に従い先程いた街、ソパスの北にある街、ピッカを目指していた。
ヘーキッサから得た情報によると今向かっているピッカとその東にある街、ナーベンダはギズア族の本拠地から近く、四天将もいないため間違いなく壊滅しているだろうとのことだった。
しかしがれきの下から生存者や重傷者を見つけ出せる可能性はあったため、恭也は一応ピッカとナーベンダの両方を見て回るつもりだった。
すでにギズア族に襲われた街より西にある街については移動手段が徒歩しかないガーニス及びギズア族より恭也の方が早く到着できるの被害が出る可能性は無い。
まずはすでにギズア族に襲われている二つの街の方を優先することを決め、恭也は急いで街道沿いに飛んだ。
その後五日をかけてピッカとナーベンダで二千人以上の負傷者を助け出した後、恭也は急いでヘーキッサがいるソパスに行くことにした。
ソパスからティノリス皇国の首都、ノリスまで片道三日らしいので、もしティノリス皇国が本格的に軍を動かしていたらそろそろ軍がソパスに着いているはずだった。
救命活動及び移動に費やした六日間、魔力を一万使うような大技は使っていなかったので、恭也もウルも魔力は八万近く残っていた。
ヘーキッサに聞いた限りのティノリス皇国の戦力では恭也とウルが負ける要素は無い。
一つ不安要素があるとすれば、四天将最強と言われるデモア将軍が過去に異世界人を殺しているということぐらいだった。
しかしそれについても恭也には多少気がかりといった程度のことだった。
恭也にとっての一番の問題はガーニス率いるギズア族との交渉で、その前にティノリス皇国に封印されている魔神とも戦うつもりの恭也にとってティノリス皇国との戦いなど前哨戦ですらない。
ティノリス皇国の軍人たちには、自分たちのしたことの報いを精々受けてもらおう。
恭也は軍人だけでなく逃走中のギズア族に危害を加えたティノリス国民にも罰を与えるつもりだった。
落ち着いた後に様々な作業をやりやすくするために今回のティノリス皇国軍との戦いは少々派手にやるつもりだった。
(へへっ、相手が非道だとやりやすくていいな)
(…戦わないのが一番なんだけどね)
ウルの身もふたもない感想を聞き一応の反論をした恭也だったが、恭也もティノリス皇国首脳陣とまともな話し合いをする気はなくなっていたので強くは反論しなかった。
恭也がソパスを去った二日後の昼下がり、ソパスからの早馬で二人目の異世界人が現れたことを知ったティノリス皇国女王、オルガナ・ケッルス・ティノリスは、玉座の間に四天将三人を集めた。
「今日集まってもらったのは他でもありません。新たな異世界人が現れ、ヘーキッサ将軍が敗れたそうです」
自分たちと同じ四天将のヘーキッサが敗れたと聞いたにも関わらず、三人の様子に悲観した様子は無かった。
三人の内、二十代後半らしき細身の男、ネパがオルガナに笑顔で話しかけた。
「ご安心下さい、陛下。ヘーキッサ将軍と違い、我々は強さのみで今の地位についた者たちです。異世界人の一人や二人、すぐに返り討ちにしてみせましょう」
「ネパ将軍の言う通りです。ヘーキッサ殿は研究者としては優秀でしたが、将軍としては我らには遠く及びません。彼女の作った悪魔自体は残っていますし、彼女の仇は必ず我らがとってみせます」
自信に満ちた表情でそう言う長髪の男、カタクだったが、オルガナはカタクの発言の一部を否定した。
「その言葉は頼もしく思います。しかし兵が持ち帰った情報によればヘーキッサ将軍は生きており、兵士も一人も殺されることなくこちらに戻ってきているとのことです」
オルガナのこの発言を聞き、四天将三人の表情に困惑の色が浮かんだ。
彼らは三人ともヘーキッサは異世界人に殺され、兵士たちも全滅に近い被害を受けたと思っていた。
しかしオルガナの報告によると、異世界人はヘーキッサの作った人造悪魔、『ゲピス』の材料だった人々たちすら助け出したらしい。
「ほう、ずいぶんと甘い異世界人ですな。しかし生きているならどうしてヘーキッサ将軍は帰って来ないのですか?」
今まで他の三人の話を黙って聞いていた中年の男、デモアは自分の疑問を口にした。
「敗北が恥ずかしくて帰って来られないのでは?彼女は『ゲピス』に大変自信を持っていましたからね」
隠しきれない嘲りの気持ちを顔に浮かべながらネパが口を開いた。
ヘーキッサ以外の四天将は、全員が叩き上げの軍人だ。
そのため『ゲピス』開発の功績で将軍位まで出世したヘーキッサに対し、個人差はあれどいい感情は持っていなかった。
「報告によると、異世界人の能力でソパスを離れられないらしいです。みなさんの持っている魔導具の能力や地下の『ゼンアス』についても異世界人に話してしまったらしいです」
残念そうにそう言ったオルガナに続く形でカタクが口を開いた。
「負けたばかりか情報まで漏らすとは…。陛下、今回の戦いが終わった暁には彼女の将軍位は剥奪すべきです」
「まったくです。誇りあるティノリス皇国軍人としてあるまじき行為です」
カタクの発言に追従するネパだったが、それをデモアがたしなめた。
「陛下の報告によると、今回の異世界人は闇の魔神らしき存在を連れている。私やお前でも同じ結果になっただろう。でかい口を叩くのは異世界人を倒してからにしろ」
四天将最強のデモアにたしなめられてネパは口をつぐんだ。
そんなネパを助ける形でカタクが口を開いた。
「では私とネパ将軍で異世界人討伐に赴きます。デモア将軍は陛下と城の守りをお願いできますか?」
「構わん。だが異世界人だけならともかく魔神もいるんだ。油断はするなよ」
「もちろんです。長期戦に持ち込み、確実に倒してみせます」
デモアとカタクの話が終わり、オルガナが口を開いた。
「あなたたちにティノリス皇国の未来がかかっております。ご武運を」
そう言うオルガナに将軍三人が頭を下げ、この場はお開きとなった。