分析
魔神が自分を閉じ込めている球体上の檻の破壊を始めた時、ガーニスは無駄なあがきだと考えていた。
自分の召還した鎧を破壊した魔神なら、檻の破壊自体はできるだろう。
しかしガーニスは魔神が入っている檻の近くに盾を三枚待機させていた。
魔神が逃げ出したとしてもすでに対策済みのため、ガーニスの意識はそのほとんどが自分の鎧と戦っている異世界人へと向いていた。
トキクシから帰ってきたギズア族からの報告によると、今ガーニスが戦っている異世界人はガーニスの鎧の斧槍による攻撃を体で受け止めた上、鎧につかまれても難無く抜け出したらしい。
他にも街全体を覆う障壁を張ったり、鎧を地面に沈めたりと多彩な能力を持っているようだった。
自分が防御しかできない能力を与えられたため、目の前の異世界人への優遇振りを見たガーニスは思わずその不満を口にしてしまった。
「あの女、私には適当な能力を渡したんじゃないだろうな。能力に差があり過ぎるだろう」
自分をこの世界に送り込んだ女の軽薄な笑顔を思い出しながら毒づいたガーニスだったが、すぐに自分を戒めた。
「ふー、戦場で戦力差を嘆いても意味が無い。全力を尽くせ」
自分にそう言い聞かせたガーニスは、自分の盾が魔神によって破壊されたことを知り、すぐに待機させていた盾を魔神へとぶつけようとした。
しかし球体化した盾の中に何も入っていないことに能力で気づいたガーニスは、驚きながら上空に視線を向けた。
ガーニスの視線の先には、背中から黒い羽を生やした少年と誰も入っていない球状の檻が二つあるだけだった。
檻のすぐ近くから飛来した盾を回避できるはずがない。
一体どうやって脱出したのかと困惑したガーニスの頭上から、異世界人の少年の声が聞こえてきた。
「まともに戦っても勝てそうにないんで一回引きます。でもこれ以上ティノリスへの侵略続けるようなら、僕も捕まえた人たち無事に帰したりはしませんからね」
そう異世界人の少年が言った瞬間、空中で球状の檻が何かを捕えた。
「うわっ、何だ?」
少年の驚く声が聞こえ、ガーニスは少年のはるか頭上から接近させていた盾による不意打ちが失敗したことを悟った。
今回戦うことになった少年は、本当に多彩な能力を持っているようだ。
しかも驚いていたということは、少年は盾が飛来するのに気がついていなかったということだ。
先程の反応は、演技には見えなかった。
どうやって意識外の攻撃を防いだのか駄目元で相手に聞こうとしたガーニスだったが、それより早く少年が口を開いた。
「危ない、危ない。これ以上ここにいるとまた捕まっちゃいそうですね。今日のところは失礼します」
そう言うと少年の姿は消え、その直後にガーニスは上空に盾を五十枚向かわせて周囲を探ったが何も発見できなかった。
少年に言われずとも送り出したギズア族の面々には、初めに見つけた街を攻め落としたら一度帰還するように伝えてあった。
今回戦った感触としては、あの異世界人と魔神はガーニスなら対処できるが、単にガーニスの能力をかけた鎧とギズア族では手に余る。
侵略速度は落ちるが、次からはガーニス自らがギズア族を率い、街を一つずつ攻め落としていくしかないだろう。
ティノリス皇国への反撃を始めたばかりの時にとんだ邪魔が入り、ガーニスは深いため息をついた。
ガーニスが上空に展開していた盾を消した数秒後、ガーニスの目の前に人一人が隠れられる大きさの長方形の鉄板が落ちてきた。
この場を離れた振りをした少年による攻撃かと身構えたガーニスだったが、結局その後は何も起こらなかった。
次から次に理解できない事が起き、ガーニスは再びため息をついた。
「ふー、まいった、まいった。捕まるかと思ったよ」
ガーニスに別れのあいさつをして魔導具で透明になった直後、ガーニスが五十枚の盾を上空に向かわせたのを見て、恭也は内心とても慌てた。
『分身』に使わせていた中級悪魔召還用の指輪の回収をあきらめようかとさえ思った程で、無事にあの場を脱出できて本当によかった。
一度ガーニスの檻に捕まったら、脱出に最低でも一万の魔力は消費するだろう。
クノン王国とティノリス皇国との国境への『空間転移』で一万、トキクシでの治療行為で二万、そして先程の戦闘での『分身』ですでに一万魔力を使っているので、恭也としてはこれ以上の魔力の消費は避けたかった。
『空間転移』使用直後にティノリス皇国入りしたことを恭也は後悔したが、今さらどうしようもない。
まさか入国早々、異世界人との戦いになるとは思っていなかった。
この時点で恭也は当初の五日でティノリス皇国を去るという計画はあきらめており、魔力の消費を考えるとユーダムに一度帰るのも難しい。
カムータ達に心配をかけてしまうことを恭也は申し訳なく思った。
(恭也、そろそろ聞かせろよ。どうして逃げたんだ?確かに俺は手も足も出なかったけど、魔力はまだ八万は残ってた。俺と恭也で一斉にかかれば、あいつ倒すのは無理でも魔力切れまでは追い込めただろう)
融合しているため、ウルが心底そう思っているのを感じ取った恭也は、すこしためらったものの『魔法看破』で知った事実をウルに告げた。
(ウルには悪いんだけど、ガーニスさん、さっきの戦いで多分魔力五百も消費してなかったと思うよ)
(は?嘘だろ?あんな硬い壁、何個も創ってたんだぜ?)
恭也の発言内容があまりにも予想外だったため、ウルは叫んだ後、しばらく絶句してしまった。
(能力使って見た結果だから間違いないよ。ガーニスさんの能力観察するために、すぐにウルを助けに入らなかったんだし)
(ってことは、あいつあれ以上の大技持ってるってことか?)
(でも盾を見た限り、特に攻撃に使えそうな能力無かったんだよなー)
恭也がガーニスの盾を見て得た情報は、あの盾が異世界人と魔神以外ではまず破壊できない強度であることと、球体状に展開すること。
そして一番恭也を絶望させたのは、たとえ恭也たちがあの盾を壊しても盾は五秒もかからずに復元するという事実だった。
その上盾一枚の復元にかかる魔力は、損壊具合にもよるが最大でも百らしい。
そんな盾をガーニスは何十枚も創れるわけで、この上切り札まであるとすれば正面衝突は得策ではなかった。
しかも面倒なのはガーニス本人を守っていた天蓋で、あれのせいでガーニス本人を『魔法看破』の対象にできなかった上に、天蓋の中に『空間転移』もできなかった。
とはいえ恭也たちがガーニスを倒すのは無理でも、恭也だってそう簡単には負けはしない。
ガーニスを何とか倒そうとしているウルと違い、ティノリス皇国とガーニス及びギズア族の争いさえ止められればいい恭也としては、ガーニスの戦闘力はあくまで面倒な障害の一つに過ぎなかった。
そうした恭也の考えがウルにも伝わり、ウルは浮かんだ疑問を恭也にぶつけた。
(でも俺たちが助けた街以外に三つの街が襲われてるんだろ?そこの住民は間違いなく皆殺しになってると思うけど、その落とし前つけさせなくていいのか?)
ウルがこれまで見てきた恭也の言動からすると、今の恭也のガーニスに対する態度はかなり消極的に見えた。
ウルの質問を受け、恭也はすでに多くの人命を奪っているガーニスたちに対して今後どうするつもりかの大まかな考えを伝えた。
(それについては悩んでる。これ以上の殺しは止めるつもりだけど、でもギズア族の人たちがティノリスの人たちを許せないっていうのも分かるし、どうしたものかな。とりあえずティノリスの偉い人達何人か捕まえて、首に刻印つけてギズア族の人たちに差し出すつもりだよ。責任者何回も殺せば、ギズア族の人たちも満足するんじゃないかな)
(ティノリスの奴らも気の毒にな。どう転んだって異世界人相手にすることになるわけか)
(それに関しては自業自得だよ。そもそも人間を悪魔に変える魔導具とか、すぐに壊してない時点で人間性疑う)
(気が済むまで敵を殺させようとか言ってる恭也には、ティノリスの連中も言われたくないだろうな)
(まあ、あの刻印のせいでかなり倫理観が変わったのは事実だね)
激しい怒りを覚えた相手を何度でも殺せる『不朽刻印』と最初から持っていた復活能力の影響で、自身の倫理観が変わってしまったことは恭也も自覚していた。
味覚はともかく、自身が殺されることに対する嫌悪感が薄くなってしまったことに気づいた時は、我ながらひいてしまった。
とはいえ恭也自身の現状については不満があるわけでもないので、恭也はこれまで通り自分のやりたいようにやるだけだ。
とにかく街を見つけてティノリス皇国にガーニスたちが侵攻を始めたことを伝えようと思い飛んでいた恭也は、遠くに何か巨大なものを見つけた。
この距離から見える大きさの存在といえば上級悪魔に違いない。
そう考えた恭也は、すでに見えているその巨体を目印に『空間転移』を行った。
次の瞬間には上級悪魔らしき存在の近くに転移した恭也だったが、恭也が目にした光景は想像とかけ離れたものだった。
恭也が上級悪魔だと思ったものがガーニスの鎧と戦っており、戦いは鎧が防戦一方といった様子だった。
より正確に言うならば、鎧は相手に押されているというより攻撃をためらっている様子で、実際鎧に指示を出しているギズア族らしき男たちも鎧に攻撃しないように指示を出していた。
そのせいで三体の鎧は二体の巨大生物相手に負けこそしないものの、結局街の外まで押し出されていた。
あんな化け物相手にどうして手加減などするのか。
そう疑問に思った恭也の脳裏に嫌な予感がよぎった。
その予感を払拭すべく『魔法看破』を使った恭也は、自分の予感が当たっていたことを知った。
鎧たちを一方的に攻撃している巨体は、魔導具により悪魔にされた人間が材料の人造悪魔と呼べるものだった。
ところどころに紫色の部分がある茶色い巨体を震わせながらその巨大生物は、鎧相手に殴りかかっていた。
目の前の存在を見て、本日何度目になるか分からない怒りを覚えた恭也に横から声がかけられた。
「あんたがこの鎧の主?いいところに来たわね。今私の最高傑作があんたの操ってるデカブツと戦ってるところよ」
突然聞こえてきた声に恭也が振り向くと、そこには赤い軍服に身を包んだ若い女がいた。
現在恭也はウルと融合して飛んでおり、当然地上にはいない。
そんな恭也に横から話しかけてきた女は、巨大な鳥の様なものに乗っていた。
恭也が『魔法看破』で見たところ、これも悪魔化した人間が融合した存在らしい。
もはや完全に表情が消えた恭也の様子に気づかずに、ティノリス皇国の軍所属の女、ヘーキッサは楽しそうに恭也に話しかけてきた。
「ねぇ、遠慮なんてしなくていいのよ?どうせあれの材料になった人間は元に戻せないんだし、今回はあれの実験も兼ねた初陣だもの。手加減されたらむしろ困るし、何なら倒してくれてもいいのよ?]
楽しそうに笑うヘーキッサに、恭也は一つだけ尋ねた。
「あの気持ちの悪い化け物、あなたが作ったんですか?」
この恭也の質問に対し、ヘーキッサは待ってましたとばかりに誇らし気に答えた。
「そうよ。この『シキリスの爪』で悪魔にした人間を材料に私が作り上げたの!」
左手に装備したかぎ爪を撫でながらヘーキッサは自慢を続けた。
「今は限定的にしか操れないけど、悪魔の制御にも成功したし、私ってすごくない?今回の実験が成功したら、クノンやオルルカの国民を材料にしてこの子を量産するつもりよ!そうなれば大陸の制圧なんてあっと言う間に、」
今の恭也はヘーキッサの戯れ言を最後まで聞いていられるような精神状態ではなかったので、一気にヘーキッサに近づくと羽でヘーキッサの左腕を斬り落とした。
「えっ」
突然のことに何が起こったか理解できていないヘーキッサの目の前で『シキリスの爪』は恭也が撃ち出した『キュメール』数発により跡形も無く消滅した。
そしてようやく自分の腕が斬り落とされたことに気づき、ヘーキッサが悲鳴をあげた。
そんなヘーキッサの様子に顔色一つ変えずに、恭也はヘーキッサの胸倉をつかむと地面まで急降下した。
一度空中で止まった後で、恭也はヘーキッサを地面に叩きつけた。
「あ、あがっ、よくも私の腕と『シキリスの爪』を…。お前たち、やれ!」
それ程鍛えているようには見えなくとも、さすがは軍属と言うべきか、ヘーキッサは斬り落とされた左腕を抑えながら後ろにいた兵士たちに指示を出した。
ヘーキッサの指示を受けた兵士たちが、一斉に小型の悪魔もどきを恭也たちにけしかけた。
それを見た恭也はウルとの融合を解くと、ティノリス皇国の兵士たち全員を眠らせるように命じた。
「あの悪魔もどき殺しちゃ駄目だよ!」
「えっ、あれ元に戻せないんだろ?」
もう死体同然の相手に気を遣えという恭也の命令にウルは逆らうつもりこそ無かったが疑問を持った。
「さっき見た感じ、僕の能力なら治せると思う。大きいのならともかく、小さいのぐらいならウルなら無視できるでしょ!」
「ったくめんどくせぇな。まあ、あの盾野郎に恩着せるためにはしかたねぇか」
恭也の命令を受けたウルは、自分に襲い掛かる小型の悪魔もどきを『キドヌサ』で次々と地面に縛りつけながら前進した。
突如現れた黒ずくめの少女の前進に伴い自分の部下が次々と倒れていくのを目の当たりにし、ようやくヘーキッサの顔から怒りや余裕の表情が消えた。
「あんた、ギズア族を率いてる異世界人じゃないわね?くっ、どうしてこんな時に!」
ようやく恭也に対する自分の勘違いに気づいたヘーキッサは、敵意に満ちた表情を一変させて恭也を懐柔しようとしてきた。