憧れ
てっきりどこかの店に行くのだろうと考えていた恭也はいきなり個室に案内されて少し驚いた。
しかし恭也はすでにノムキナやゼシアに何度も招かれている身だ。
すぐに落ち着きミーシアとの会話に集中した。
「この様な場所にお招きして申し訳ありません。どこかの店に行ければよかったのですが、私は翼のせいで目立ってしまうので……」
「いえ、構いません。こういった場所の方が落ち着けると思いますし、むしろ高いお店とかに誘われると緊張しちゃいますから」
申し訳なさそうに謝ってきたミーシアに恭也は笑いかけた。
「ありがとうございます。お菓子は有名なお店のものなのでご満足いただけると思います。魔神、ウルさんの分も用意してますけどどうしますか?」
予想もしていなかった質問に驚いた恭也はウルに確認した。
(人間の食い物なんていらねぇよ)
(だよね)
そもそもウルは恭也のイメージで人に近い形になっているが、その正体は魔力の塊で食品を摂取することはできなかった。
(第一恭也も味分からないんだから菓子なんていらなくね?)
(こういうのは気持ちの問題だよ。それに僕、食事自体は必要だし)
ウルとの会話を終えた恭也はウルの分はいらないことをミーシアに伝えた。
お茶とお菓子の用意が終わり、席に着いたところでミーシアが口を開いた。
「この国にいても能様の活躍は聞こえてきます。クノンでも大活躍だったそうですね」
「いえ、あれはほとんどウルのおかげでしたし。そういうミーシアさんこそ、サキナトに協力してた人捕まえるのに活躍したってアロガンさんに聞きましたよ?」
「それに関しては兵士のみんなの頑張りもあってこそでしたし、そもそものきっかけも能様のくれた情報です。別に私一人の手柄というわけではありません」
「でも味方に一人強い人がいると兵士の人たちは頼もしいと思いますよ?」
「それはそうかも知れませんけど……」
褒められてもいまいち嬉しそうではないミーシアを見て、恭也はあることに気がついた。
恭也の勘違いかも知れなかったが、恭也は思い切って確認することにした。
「今の状況に何か不満でもあるんですか?」
「えっ?」
恭也のこの質問はミーシアにとって想定外だったようで、ミーシアは数秒間呆然とした。
しかしミーシアはすぐに我に返ると恭也の発言を否定した。
「不満なんてとんでもありません!陛下はよくして下さいますし、部下もやる気のある者ばかりです。この状況で不満なんて……」
強い口調で恭也の発言に反論しようとしたミーシアだったが、発言の最後は力の無いものになってしまった。
さすがに恭也もミーシアが嘘をついていると気づいたが、ミーシアとこうして落ち着いて話すのは今日が初めてだ。
今後深く付き合うわけでもない以上、これ以上深く踏み込んでもしかたがない。
そう考えて恭也は話題を変えることにした。
「そう言えば第一王子が貴族のところに行ってるってことでしたけど、そういうのって王子が貴族の方を呼び出すものなんじゃないんですか?王族とかに詳しくないんで単に僕の想像ですけど」
「こう言っては何ですが即位されるまではオーガス様も単なる王子に過ぎません。親しくしたい貴族にはあまり大きな態度は取れませんよ」
恭也はオーガスとは一度会っただけだが、気遣いとは無縁の男に見えた。そんな男が貴族が相手とはいえ気を遣うとは意外だった。
そんな恭也の考えがミーシアに伝わったのだろう。ミーシアは補足の説明をしてくれた。
「確かに嫡男であられるオーガス様は後数年の内に国王に即位されると思います。それでも貴族たちが従うかは分からないので、今の内に貴族たちと関係を深めているのだと思います」
「へぇ、あの人なりにちゃんと考えてるんですね」
絵に描いたような馬鹿王子というのがオーガスに抱いていた恭也の印象だった。
そのためあんな王子でもそれなりに仕事はしているんだなと恭也は感心した。
「確かにオーガス様は高圧的な方ですが、ザウゼン様のご子息です。立派な王になると思います」
「すいません。別にあの人の事悪く言う気は無かったんです」
ミーシアの鋭い視線に気づいた恭也は思わず謝った。
さすがに国王に仕えているミーシアの前で王子の批判はまずかった。
そう思って謝罪した恭也だったが、ミーシアはそれ程怒ってはいないようでそれどころか恭也に謝罪した。
「すみません。せっかくお招きしたのに愚痴ばかりになってしまって」
「いえ、気にしないで下さい。確かミーシアさん、僕と同じ歳でしたよね?それで今の仕事だと大変でしょうから。僕なんて面倒な仕事は他の人たちに任せてやれる仕事やってるだけですから気楽なもんです。愚痴ぐらいならいくらでも聞きますよ」
そう言って笑った恭也にミーシアも笑い返した。
「ありがとうございます。そういえばネースで何か新しい試みを始めたそうですね。ギルドでしたか?」
「始めたって言ってもまだ二ヶ所で試してるだけですよ。それにいきなり失敗しましたし」
恭也は雇った男たちがさぼっている現場を押さえ、彼らをくびにしたばかりだとミーシアに伝えた。
「そうですか。能様の名声があっても一からの組織作りはやはり難しいんですね」
「これに関しては僕が暴れてどうこうなる問題でもないんでゆっくりやっていくつもりです」
「能様はすごいですね。奴隷の解放だけで満足しないでセザキアやクノンでも人を助けて、その上新しい組織まで作ろうとしてるなんて」
「そこまで褒められると照れます。僕のしようとしてることは内容自体は僕の元いた世界の人間なら誰でも思いつくことですし、前提となってる僕の能力も特に苦労して手に入れたわけじゃないですから」
カムータやノムキナたちに賞賛される度に思っていたことを恭也は口にしたのだが、ミーシアは恭也の意見を否定した。
「それを言われると私の魔力も翼も別に努力した結果じゃありません」
ミーシアにこう言われ、別にミーシアを馬鹿にした発言ではないと説明しようとした恭也だったがそれより先にミーシアが口を開いた。
「私は能様の様な人が異世界人として来てくれてよかったと思っています。謙虚さは大事ですけど、それでもする必要の無い人助けをしている能様は立派な人だと私は思います。もっと自分に自信を持って下さい」
「そうですね。ありがとうございます。何かやる気が出てきました。ミーシアさんにがっかりされないようにがんばります」
「はい。私はもちろん多くの人が能様に期待や感謝をしてると思います。がんばって下さい」
その後も恭也が自分のしていることや経験したことを話してそれにミーシアが目を輝かせるという形で会話は続き、部屋に招かれてから一時間程経ってから恭也は部屋を後にした。
恭也が部屋を去った後、食器を洗いながらミーシアは先程の恭也との会話を思い出していた。
能力で遠く離れた各地を巡り、その力で多くの人々を助ける。
恭也のしていることはミーシアが思い描く英雄そのものの振る舞いだった。
ただ敵を倒すだけでなくギルドの設立や複数の港街を巻き込んで運送会社を作ろうとしているなどの恭也の話を聞き、ミーシアの胸は高鳴った。
恭也の話は聞いているだけで楽しく、それだけに途中でされた質問はミーシアを自分でも驚く程動揺させた。
今の状況に何か不満でもあるのかという恭也の質問をミーシアは強く否定できなかった。
確実に恭也もミーシアの動揺は見抜いていただろう。
ザウゼンに感謝しているのはミーシアの偽りない本音だが、セザキア王国以外の場所でも活動したいというのもミーシアの本心だった。
恭也と出会う前のミーシアは自分なら魔神に勝てるのではと考えていた。
今日上級悪魔の姿を見せられ、さらにその上級悪魔をウルが数秒で消したと聞き力の差を理解させられた今となってはとんだ笑い話だった。
自分が狭い世界でいい気になっていたと思い知らされたミーシアだったが、それでも長年押し殺してきた気持ちは恭也の活躍を聞くにつれて大きくなる一方だった。
しかしミーシアの願いは叶わないだろう。
正確に言うとミーシア本人に叶える気が無かった。
ザウゼンが後数年で退位するとしてもミーシアはセザキア王国に仕えるつもりだからだ。
おそらくオーガスが即位したらミーシアは今の地位を追われることになるが、それでもセザキア王国、厳密に言えばザウゼンへの忠誠は変わらない。
生涯をセザキア王国に捧げるつもりだった。
元々ザウゼンに拾われなければ野垂れ死ぬか犯罪者として殺されるかの二択だったのだから今以上を望むのはぜいたくだ。
そう自分に言い聞かせてミーシアは仕事に戻った。
ミーシアと別れた恭也はクノン王国の首都、メーズでジュナとロップに聞いた店を探していた。
これまで何度もノムキナとゼシアに食事に誘われているのに恭也からは何の礼もしていない。
それを申し訳なく思った恭也はジュナとロップに二人を食事に誘いたいのでお勧めの店はないかと尋ねた。
そうしていくつかの店を紹介してもらったので、営業時間や場所、料金などを実際に調べるために恭也はティノリス皇国に行く前にクノン王国に足を運んだ。
ただ恭也としては店を紹介してくれる際にジュナとロップがひそひそ話していたのが気になった。漏れ聞こえてきた内容は『ノムキナがかわいそう』とか『お礼の方向がずれてる』だったので、おそらく手間暇かけて料理を用意してくれている二人への礼をお金で解決しようとしていることが不満だったのだろう。
実際現在恭也が考えている二人への礼に恭也は一切手間をかけていない。
下見もクノン王国へのあいさつのついでで、今回二人を誘った場合の反応がよかったらカムータ達も誘って数人ずつの慰安旅行もいいかも知れないと考えていた。
効率を考えているだけのつもりなのだが、もはや二人への礼という目的が薄れつつあるのを恭也は自覚していた。
何か形あるものを用意しようかとも思ったのだが、好きでもない異性に贈り物をされても二人も困るだろう。
年齢=恋人いない歴の恭也にとってノムキナとゼシアへの礼を考えるというのはこの世界に来て以来最大の難題だった。
恭也がジュナたちに紹介された店の下見をした翌日、恭也は予定通りクノン王国の王城に顔を出した。
恭也の想像通り恭也を警戒していることを隠さないクノン王国上層部の疑いの目を受けながらも、恭也はセザキア王国と同様に上級悪魔の発生と自身の能力獲得の条件をそれぞれ説明した。
その際のゼルスたちたちの恐怖と疑いの視線は恭也にとって予想通りだったので問題無かった。
どちらかと言えばその後にノムキナとゼシアを連れてメーズに来ることの許可を取った方が大変だった。
ユーダムの人間を連れてメーズを訪れてもいいかと尋ねた時のゼルスたちの顔を恭也は今でも思い出せる。
全員が一瞬何を言われたのか理解できていない様子だった。
今思い返すと自分が他人の死でも強くなると説明した直後に今度メーズに人を連れて遊びに来ていいかと尋ねた恭也も悪かった。
恭也の発言の内容の落差にゼルスたちはついてこられなかったのだろう。
しかしノムキナとゼシアをメーズに連れて来る場合、いつものように『空間転移』は使えない。中級悪魔を使って移動するつもりのためどうしてもいくつかの関所や町を通過する必要があった。
その許可を取るためだけに再びゼルスたちに会うわけにいかなかったし、恭也が連れて来るつもりの人物が女子二人と聞きゼルスは噴き出していたので結果的にはよかったと恭也は考えることにした。
(それにしても、昨日の連中といいさっきの奴らといい、恭也あいつらにむかつかないのか?)
(あの人たちが怖がるのは無理も無いし、怖がって視線を向けてくるぐらいなら何とも思わないよ)
実際昨日、今日と会談で明らかに疑いや敵意のこもった視線を向けられた恭也だったが、恭也自身はセザキア王国、クノン王国双方の上層部に特に怒りは感じていなかった。
(でも話してる途中、一回まじで怒ってたよな?)
(ああ、あの質問はさすがにね)
恭也が他人の死でも能力を獲得できると説明した直後、クノン王国側の一人がそれでは恭也は大勢の人間を殺せば無数の能力を獲得できるのかと聞いてきた。
この無神経な質問には恭也も怒りを覚え、できないし仮にできたとしてもする気は無いと不快に思っていることを隠さずに伝えた。
恭也は『魔法看破』により自分の能力獲得には自分・他人どちらが死んだ場合でも強い怒りや後悔が必要なことを知っていた。
しかし恭也以外はこれを知らないのだからクノン王国側の人間が持った疑惑を持つのはしかたがない。
しかしそれを面と向かって聞くのは恭也がそういう人物だと疑っていると言っているのと同じなので、この発言にはさすがに恭也も怒りを覚えた。
(どうせ殺されないと思って調子乗ってやがるな)
(お互いに相手を殺さないなんて話し合いの大前提なんだからそれは別にいいよ。でもクノンの人たちがあそこまで敵意隠さないのも困ったもんだね)
クノン王国側の警戒ぶりはさすがに過剰ではないかと恭也は考えていたが、恭也が今までの話を全部無しにして皆殺しにすると言い出した場合相手側にはどうしようもないのだから無理も無いとも考えていた。
クノン王国との信頼構築はギルド同様長期計画覚悟で挑もうと決意しつつ、恭也は以前『空間転移』用に木を生やしておいたクノン王国とティノリス皇国の国境に向けて転移した。
恭也がティノリス皇国に入ろうとしていた頃、セザキア王国第一王子、オーガスは、キスア伯爵の屋敷を訪れていた。
屋敷の一室に案内されたオーガスは席に着くなり屋敷の主のキスア伯爵に用件を告げた。
「前回の話、考えてもらえたか?」
「……オーガス様の心配は分かります。しかしオーガス様が即位されてからでも間に合うのでは?」
前のめりになりながらキスア伯爵に協力を求めるオーガスにキスア伯爵はそれ程焦る必要は無いという自分の考えを伝えた。
しかしオーガスはその答えが気に入らないようだった。
「何を悠長なことを言っている!私は断ったが、父は異世界人との会談に私も同席するように言ってきた。私が即位するまで早くても五年はかかるだろう。このまま放置していては父は異世界人とますます関係を深めてしまう!そうなってからでは遅いのだ!頼む、この国を救うために力を貸してくれ!すでに裁判所や騎士団の中にも協力者はいる!後は貴公さえ力を貸してくれれば行動に移るには十分だ!頼む!」
声を荒げながらも頭を下げてくるオーガスの発言にキスア伯爵は五年前の自分の領地内での惨劇を思い出した。
そしてしばらく考え込んだキスア伯爵だったが、オーガスの提案はキスア伯爵から見てとても急進的なものだった。
それ程焦る必要は無いと考えたキスア伯爵はオーガスの提案を改めて断った。