あいさつ回り
セザキア王国側との約束の日、恭也はセザキア王国王城を訪れた。
城の警備に当たっていた兵士に声をかけた恭也はそのまま城の一室へと通された。
室内にはすでに十人以上の人間がいたが、その中にはザウゼンの姿は無かった。
「陛下はもう間もなく来られます。少々お待ち下さい」
ザウゼンが不在なことに疑問を持った恭也の視線に気がついたのか、上座に近い男性が恭也に声をかけてきた。
(ちっ、恭也が来るって知ってて待たせるなんて何様のつもりだ?)
(まあまあ、今の僕はただの異世界人じゃなくて小さいとはいえ自治区の代表だからね。面子ってやつがあるんでしょ)
不快そうにするウルをなだめつつ、恭也は緊張していた。
恭也の今回の目的は究極的には中級悪魔を逃がした時の注意喚起だけだ。
一応自治区設立のあいさつも目的の一つだが、ユーダムもコーセスも今は外部と大々的に人や物のやりとりをする段階ではない。
そのため自治区の代表としてのあいさつの重要度は恭也の中ではそれ程高くなかった。
恭也の理想としてはザウゼン他数人と会って上級悪魔出現についての情報を知らせ、その後は今後よろしくお願いしますと言って退散したかったのだが今回は本格的な話し合いの場が設けられていた。
とりあえず安易な了承だけはしないと決め、恭也はザウゼンの登場を待った。
その後、『格納庫』から魔導具開発についての本を取り出して恭也が時間を潰していると部屋の扉が開き、兵士数名を伴ってザウゼン、青年、そしてミーシアが入ってきた。
恭也が言うのもなんだがザウゼンの後ろにいる青年は、の場に顔を出すには若過ぎる気がした。
初対面だということもあり恭也がその青年に視線を向けると、ザウゼンが青年のことを恭也に紹介してくれた。
「そなたは会うのが初めてだったか。次男のガステアだ」
「セザキア国王第二王子、ガステア・オルカ・セザキアです。能恭也様、初めまして」
「こちらこそ初めまして。ユーダムとコーセスで相談役をしている能恭也といいます」
二人が会釈を交わした後、恭也はザウゼンにガステアを連れてきた理由を尋ねた。
「どうして王子をここに?前は連れて来てませんでしたよね?」
「前回は急なことでガステアの都合がつかなくてな。今回は予定が決まっていたし、数百年ぶりに現れた上級悪魔についての報告だ。ぜひ聞かせておきたいと思って連れてきた」
「でもそれなら第一王子も連れてきた方がよかったんじゃ……」
恭也としては浮かんだ疑問を口にしただけだったのだが、恭也のこの発言にザウゼンとガステアが顔をしかめた。
自分が失言をしたことに気づいた恭也だったが、その理由が分からないためどうすべきかが分からなかった。
そんな恭也にザウゼンの方から助け船を出してきた。
「オーガスは昨日からある貴族のところに行っている。今回の会談には顔を出すようにと何度も言ったのだが……」
「いえ、気にしないで下さい。自治区と言ってもネースときちんと連携取るために作っただけなんでそこまで気を遣ってもらわなくても……。他に用があるならしかたありません」
仮に第一王子がこの場にいたら恭也とオーガス双方にとって愉快なことにはならなかっただろうから助かったというのが恭也の本音だった。
その後ザウゼンたちと恭也が席に着き会談が始まった。
「まずは自治区設立の件、改めて祝わせてもらおう。おめでとう」
「ありがとうございます。でもさっきも言った通り、ネースとの窓口として作っただけなんで自治区としてはまだまだこれからですけどね」
「今までどこにも所属しなかったそなたに本拠地の用意を決意させるとは上級悪魔とはそれ程強かったのか?」
このザウゼンの質問に恭也は答えず、代わりに『情報伝播』で室内の全員にミレズでのウルと上級悪魔の戦いの様子を見せた。
『情報伝播』は恭也に見聞きした情報しか伝えられないが、恭也はウルと情報の共有ができる。
そのためザウゼンたちはウル視線での上級悪魔の暴れ振りを余すことなく見ることができた。
「……これが上級悪魔か。昔国の資料を読んだことがあるが実際に見るとすさまじいな」
自分たちの想像をはるかに超える巨体と攻撃能力を持つ上級悪魔の威容に誰もが言葉を失う中、ザウゼンが初めに口を開いた。
それに続く形で恭也が今日一番の重要事項を伝えた。
「そうですね。僕が駆けつけなかったらミレズは壊滅してたと思います。それで今回僕が来た理由はこの上級悪魔が中級悪魔が成長した姿だということを知らせるためです。セザキアではどうか分かりませんけど、ネースの兵士たちは中級悪魔を取り逃がすなんてよくあることって感じだったので……」
「なるほど。我が国の騎士団の中級悪魔への対策はどうなっている?」
ザウゼンの問いかけに騎士団の代表らしき男性が自信満々に答えた。
「もちろん完璧でございます。常に各街の周辺には魔導具で武装した騎士や兵士が五人編成で巡回していますし、取り逃がした際も速やかに追撃隊を編成しております。ネースの様なことにはなりません」
「魔導具の研究で出たごみはちゃんと処理していますか?街に出た中級悪魔は対処できていても悪魔が成長する材料がその辺りに放置されていたらいきなり上級悪魔が街を襲うことになりますけど」
恭也のこの質問を受け、騎士団の代表らしき男は視線を離れたところに座る男に向けた。
騎士団の代表が廃棄物の処理について答えられるわけもないので、この男の行動は当然のものだった。
「魔導具の研究の際に出た廃棄物に関しては決められた手順に従って処理しております。そもそも人体実験を行っていたネースと我が国では研究で出た廃棄物の内容も違うのでは?失礼ながら能様は少々心配が過ぎるかと」
「おい、失礼だぞ」
ザウゼンが出席者の発言をたしなめたが恭也は気にしていなかった。
「僕が心配し過ぎというのはその通りなので特に失礼だとは思いません。でも僕が心配してるのは上級悪魔の発生率がこれから上がるかも知れないということです。僕のいた世界では長年かけて起こった環境の変化で数年に一回の異常気象が毎年のように起こるようになりました。さすがに上級悪魔は発生の条件が厳しいので毎年は現れないでしょうけど、あれが二十年、三十年の頻度で現れたら被害はすごく大きくなると思います」
恭也としても上級悪魔があそこまで強いとは思っていなかった。
上級悪魔の力を封印した魔導具が各国にあると聞いていたので軍を投入すれば倒せる強さだと恭也は考えていたのだが、実際に上級悪魔を見た今では国を挙げても勝てるかどうか疑っていた。
おそらく昔の人々が上級悪魔の力を魔導具に封印した際も正面から倒したわけではなく、力を使い切り消える直前の上級悪魔から力だけ奪ったのだろうというのが恭也の考えだった。
そう考えて注意喚起に来た恭也だったがセザキア王国側の反応は鈍かった。
「能様のおっしゃりたいことは分かりましたが、こちらとしても可能性だけで動くわけにはいきません」
今も不快そうに発言する出席者に恭也は本音を告げた。
「はい。それはそうだと思います。そもそも中級悪魔を絶対に逃がさない以上の対策はできないでしょうし」
「つまりあなたの方でも上級悪魔出現を防ぐ具体案は無いということですね?」
これまで恭也と話していたのとは別の人物が皮肉気な表情で恭也に話しかけてきた。
多少怒りを覚えた恭也だったが、わざわざ出迎えた人物があやふやなことしか口にしないのだから無理も無いと考え直した。
「はい。僕から言えることは上級悪魔が出たら逃げて下さいってことぐらいです。今回の上級悪魔は僕が何もしなくても三時間も暴れたら消えたみたいなので、多分どの上級悪魔にも時間制限があると思います。これすごい失礼な言い方になりますけど騎士団や軍のみなさんが上級悪魔に挑んでも犠牲者が無駄に増えるだけだと思うので全力で逃げて下さい。あ、いや、市民のみなさんの避難誘導とかはしてもらわないと困りますけど」
煽っているようにしか聞こえない恭也の発言に騎士団や軍の関係者から怒号が飛んだが、恭也は表情を変えなかった。
「みなさんが怒るのは無理も無いですけど、じゃあ、みなさん、僕や魔神に勝てるのかって話です」
特に抑揚の無い淡々とした発言だったが、恭也のこの発言で室内は静まり返った。
「僕が馬鹿にされる分には我慢もしますけど、今回はみなさんの命に関わる話なのでごまかさずに正直に伝えました。もっとも今回の上級悪魔は長年溜まった奴隷の人たちの怨念がきっかけだったみたいですし、そこら辺にあるもので悪魔が成長するってことはないと思います。こっちから振っといてなんですけど、もしかした起こるかもしれないことでこれ以上いがみ合ってもしょうがないと思うのでこれで失礼しますね」
そう言って席を立とうとした恭也だったが、騎士団代表の男が口を開いた。
「一つ確認したいことがある。あなたは先程から悪魔の時間制限や発生原因などを詳しく把握しているが、それはどうしてだ?あなたが悪魔を召還した張本人でもないと説明がつかないと思うが」
この険悪な状況で恭也を怒らせる質問をした男に恭也は素直に感心した。今後セザキア王国が恭也と付き合っていく中で無視できない事を恭也に恐怖しながらも質問する。
こういう人物を忠臣というのだろうなと感心しつつ、恭也は口を開いた。
「自作自演を疑われてるわけですね。無理も無いです。実際ネースでも似たような事言われてますし、上級悪魔の一件で僕能力を三つ獲得しましたから」
恭也が他人の死でも能力を獲得できることは以前の市場の一件の後で恭也から聞いたミーシアを通してセザキア王国の上層部にも伝わっていた。
そのため今回の恭也の発言を聞いて彼らに驚きは無かったが、恭也への不信感が彼らの間に広がりつつあった。
「でも僕が上級悪魔について詳しいのは僕の能力のおかげです。僕魔法や能力に関係する事なら見ただけで知ることができるんです。例えばあなたの魔法の属性は水で、机の下に二つ魔導具を隠してますね。隣の人は火属性で、ってあれ?」
先程の忠臣相手に自分の眼の能力を説明していた恭也だったが、ここであることに気がついた。
気づかなかった振りをした方がいいとも思ったが、それをすると自分の説明が疑われてしまうので室内を見回した後で結局恭也は気づいたことを口にした。
「部屋の隅に兵士が五人ずつ隠れてますね。やっぱ術式真似するだけなら簡単なんですね」
以前コロトークから術式で大変なのは開発だけで魔導具があればそれに刻まれた術式そのものを真似るのは比較的簡単だと聞いていた。
そのため以前一時的に取り上げられていた姿を消す魔導具の技術をセザキア王国の兵士が使っていること自体には恭也も驚かなかった。
しかしさすがに自分が招かれた部屋に兵士が合わせて二十人も隠れていたことには恭也も少なからず驚いた。
(こいつらまじでなめてやがるな)
先程からのセザキア王国側の人物の発言に怒りを覚えていたウルはそろそろ我慢の限界のようだった。
そんなウルをなだめていた恭也にザウゼンが頭を下げた。
「せっかく来てもらったのに不快な思いをさせて申し訳ない。しかし国王である私が外部の使者と会う際には警護は必要なのだ。どうか許して欲しい」
「兵士を隠してたことについては特に気にしてません。別に攻撃されたわけでもないですし、僕も能力使わなければ気づかなかったでしょうから」
実際恭也は恭也に存在を知られて姿を現し、所在無さげにしている兵士たちを気の毒に思っていた。
そんな恭也にザウゼンが声をかけた。
「そう言ってもらえると助かる。今言うのも何だがそなたから頼まれた職人の派遣については正式に決定した。来週には十人の職人をコーセスに派遣できると思う」
「ありがとうございます。……僕を警戒するのはみなさんの立場だと無理は無いと思いますけど、僕としてはお互い利益のある付き合いをしていきたいと思っています。それじゃ、失礼しますね」
そう言うと恭也は返事を待たずに部屋を後にした。
部屋を出た恭也はすぐに『空間転移』でクノン王国に転移しようとした。
クノン王国で個人的な用事を済ませた後、ティノリス皇国に向かうつもりだったからだ。
今回のティノリス皇国訪問は『空間転移』の転移先を作るのが主な目的で、長くても五日程で一回切り上げるつもりだった。
(ようやく恭也以外の異世界人と戦えるわけか。わくわくしてきたぜ)
(何度も言ってるけど、戦いは最後の手段だよ。話し合いで解決するのが一番だし)
(大丈夫、大丈夫。恭也と一緒にいて平和に終わったことねぇし)
そんなことはないと言い返そうとした恭也だったが、今までを思い返して反論はしなかった。
そんな恭也にミーシアが声をかけてきた。
「能様、少しお時間はありますか?」
「はい。これからティノリスに行くつもりですけど、別に急ぎってわけじゃありませんし。何か用ですか?さっきの会議の件なら特に気にしてませんし、ミーシアさんたちも気にしないで下さい」
「いえ、そういった話を抜きにしてお茶でもどうですか?私はこの国から出たことがないので能様の話を聞いてみたいんです。でもお忙しいなら……」
「……そういうことなら少しだけ」
恭也としても自治区以外でこっちの世界の住人と話す機会は貴重なので、ミーシアの誘いに乗ることにした。
その後恭也は城の中にあるミーシアの部屋へと案内された。