新技
今さらですが恭也は自分の能力に特に名前はつけていません。
能力のほとんどが誰かの死によって獲得したものなのでそれに名前をつけるのは不謹慎だと考えているからです。
地の文に出てくる能力名はあくまで便宜上のものです。
ユーダム村とコーセス村が自治区となってから二週間が経った頃、恭也はネース王国南部の街、スーカビアに向かって飛んでいた。
数日前に行われた自治区ユーダム及びコーセスとネース王国の同盟は無事に締結された。
その結果ユーダムとコーセス側、正確に言うなら恭也側はウル製の魔導具を定期的に供給して有事の際は駆け付けることとなった。
その代わりネース王国側は各街の情報の恭也への提供と恭也直属の人員の用意を行い、それに加えて毎月の軍事委託金を恭也に支払うことが話し合いで決まった。
恭也直属の人員に関しては悪魔討伐だけでなく有料で狩りや野草などの採取を手伝う組織を作りそちらに回すつもりだった。
以前恭也がいた世界の漫画やゲームでよく聞いたギルドというものを作ろうと考えての試みで、いきなりネース王国全域で行うのは難しいのでまずは比較的自治区と縁があるアナシンとアズーバで実験的に行うことにした。
あわよくば資金源にしたいので行う仕事の内容については徐々に増やしていきたいと恭也は考えていたが、手探りで始めている段階なので長期計画でやっていくつもりだった。
サキナトの廃棄物処理の方は順調に進んでいた。
かなりの量の金属を消し去っていることにもったいないという気持ちが芽生えた恭也だったが、再び問題が起こっても困る。
そのため恭也は廃棄物に関しては完全に『アビス』で消し去っており、今も次の廃棄物が捨てられている場所に向かっていた。
そんな時だった。
(なあ、恭也、そろそろ街に着くんだろ?だったらこの辺でやろうぜ)
(……うん。そうだね。じゃあ、ここでやろうか)
恭也はウルへの報酬として数日に一回ウルとの模擬戦を行っていた。
ウルが『ミスリア』を使わないこと以外は一切の制限無く行っているこの模擬戦で恭也はここ最近連敗中だった。
この模擬戦では先に魔力が四万以下になった方が負けとなる。
融合を解き周囲に誰もいないことを確認してから二人は模擬戦を始めた。
「まずはあいさつ代わりだ!」
本当に小手調べという気軽さでウルが『アビス』を発動してきた。
ウルの『アビス』は威力が高いので『魔法攻撃無効』では防げず、魔力を力任せに放ち侵食するだけの『ミスリア』と違い真上の物を吸い込んでいるだけなのでウルの主である恭也にも効果がある。
発動された時点で恭也には『空間転移』で回避する以外の対処方法は無かった。
恭也が『空間転移』を使った直後、『アビス』の手ごたえが無くなったことに気がついたウルはすぐに『アビス』を解除した。
ウルが周囲を見回しても恭也の姿は発見できなかった。
しかしウルは慌てることなく羽を振るい、数度羽を振るっただけで魔導具を使い透明になっていた恭也を発見した。
「またすぐ『アビス』ってのもつまらねぇからな!直接殺してやるぜ!」
とても自分の主に向けてのものとは思えない発言をしながらウルは恭也に殴りかかった。
厚さ二センチの鉄板をたやすく歪めるウルの拳が何度も恭也の体に叩き込まれるが、これは『物理攻撃無効』で防がれた。
ならば『キュメール』をと思い、ウルは至近距離で恭也目掛けて『キュメール』を撃ち出したがこれは恭也が『物質転移』で近くの土を転移したことで邪魔された。
恭也とウルの最初の戦いと違いここには土が大量にある。
ウルの作る『キュメール』の大きさはせいぜいバスケットボール程度だ。
『物質転移』で土の塊をぶつけるだけで簡単に無効化でき、今では余程恭也が余裕を無くしていない限り『キュメール』は決定打にはならなかった。
「おいおい。このまま削り合いしてていいのか?このままだとあっという間に魔力切れになっちまうぜ」
ウルの言う通りウルに殴られる度に『物理攻撃無効』の発動で恭也の魔力は大きく減っていた。
恭也も手にした拳銃型の光属性の魔導具でウルを傷つけてはいるが、失っている魔力の量は比較にならない程恭也の方が大きかった。
(ちっ、殴っても死なない相手ってだけでもおもしろいけど、やっぱあっちからも攻撃してこないとつまらねぇな)
恭也の手にした魔導具で体中に傷をつけられながらウルは少しは攻撃してくれないとつまらないと考えており、かすり傷しかつけられない光線など意にも介していなかった。
しかしそれと同時にいくら打つ手が無いとはいえ恭也がこうも無抵抗なことにウルは違和感を覚え、そしてその違和感が正しかったことをウルは自分の下半身が吹き飛ばされたことで知らされた。
「な、何だ?」
何かが落ちる音がしたと思ったら次の瞬間には自分の体の一部が吹き飛んでいた。
一体何が起こったのかとウルが後ろを振り向くと、そこには恭也の姿があった。
また転移能力を使ったのかと思ったウルだったが、その直後恭也は火属性の精霊魔法でウルの体を焼き尽くした。
すぐに体を創り治したウルは自分に攻撃を仕掛けた恭也に反撃をしようとしたが、目の前の光景に驚き一瞬動きを止めてしまった。
そんなウルに恭也は光属性の魔導具で攻撃を仕掛け、もう一人の恭也は先程同様火属性の精霊魔法をウル目掛けて撃ち出した。
魔導具での攻撃は無視して構わない程度の威力しかなかったが、精霊魔法の方は食らえばウルでも面倒だった。
かすり傷程度ならともかく体をそう何度も消し飛ばされては魔力を削られて負けてしまう。
とりあえず上空に逃げたウルはなぜか二人いる自分の主人に楽しそうに話しかけた。
「それが新しい能力か?大人しく殴られてるから変だと思ったぜ」
ウルの言う通りこれは恭也の新しい能力、『分身』によるものだった。
ここ最近ウルの『アビス』により体中を引き裂かれて何度も殺されていた恭也はこの一週間で三つの能力を獲得していた。
この『分身』はウルとの戦いを誰かに代わって欲しいという恭也の思いから生まれた能力で、一万の魔力を消費して十分で消える分身を創り出すことができる。
ただし致命傷を受けると消える上に分身の方には能力を一つしか渡すことができず、その間恭也本人は渡した能力を使えない。
制限の多い不便な能力で今回行った様に不意打ちぐらいにしか使えない能力だった。
しかし戦闘中に相手のウルに能力の詳細を正直に説明する気は恭也には無く、余裕綽綽といった表情でウルに話しかけた。
「最近のウルは本当に強くなったからね。僕一人が相手じゃ不満かと思ってこういう能力を用意したよ。この能力の詳しい説明は後でいいよね?」
「ああ、構わねぇ!今はこのまま続けようぜ!」
普段の飛行中はずっと融合状態のためウルは恭也が新しい能力を獲得していたことには気がついていた。
しかしその内容を知ってしまうと模擬戦での楽しみがなくなってしまう。
そう考えて恭也に質問をしなかったウルがこの場で新しい能力の説明を求めるわけがなかった。
目の前の二人の恭也に闘志を燃やしつつ、ウルは複数の相手を無力化するために開発した技を使用した。
「数で勝負しようってならこっちもそれに乗ってやるぜ!」
ウルがそう言うとウルの周囲に無数の小さな物体が発生した。
直径数センチの球体に羽が生えたそれらは『魔法看破』によると触れた相手に闇魔法を流し込み意識を奪う能力を持っているらしい。
大抵の相手なら触れずに昏倒させられるウルには不要な技だった。
どうやらウルは恭也が言ったトリッキーという言葉を妙な形で解釈してしまったようで、最近のウルの技は実用性より見た目の派手さが重視されていた。
しかし今回の技、『バギオン』によって創造された物体の数は二百にものぼり、攻撃としてはともかく目くらましとしては効果があった。
ウルの合図を受けた球体の群れは一斉に恭也たちに襲い掛かった。
生身で受けると地味に痛いため、久しぶりに使う『硬質化』で球体たちの体当たりを受けながらも恭也はウルから視線を外さなかった。
「こんな小細工が通用すると思ってるの?」
実際分身の方の恭也も渡しておいた『物理攻撃無効』のおかげであざすらできておらず、『バギオン』の使用に意味があるとは恭也には思えなかった。
「さすがにこれでどうにかできるとは思ってねぇよ。本命はこっちだ!」
ウルがそう言った瞬間、恭也たち二人の影から黒い鎖が生えて二人を束縛した。
恭也本人は『束縛無効』で抜け出せたが、分身の方は鎖で地面に縛りつけられてしまった。
「ん?能力で創った方は能力一個しか使えないのか?じゃあ、これで死ぬな」
動けなくなった分身にウルが『キュメール』を三発放つと分身はあっけなく消滅した。
「ちっ、どっちも縛りつけるつもりだったんだけどそういやそれがあるんだったな」
今回ウルが使った技、『キドヌサ』は対象の影から鎖が出てきて相手を束縛する技で、知っていても回避は難しい。初見ならなおさらだ。
実際今回も束縛まではうまくいったのだが、恭也の『束縛無効』のことを忘れていたためあっさり逃げられてしまった。
『キドヌサ』は精霊魔法だが、離れた場所にある影から鎖を出現させることにかなりの労力を割いている。そのため強度などは通常の鎖と同じなため恭也の能力でも抜け出せた。
「恭也の能力多過ぎなんだよなー。ついつい忘れちまう」
「これが売りだからね。そういうウルも新技増えたじゃん。攻撃技以外を増やしてくれるのは素直に助かるけどまたすぐに負けちゃいそうだ」
恭也の能力の多さに文句を言うウルに恭也は素直な感想を伝えた。
特に先程の鎖の技は洗脳が効かない中級悪魔などとの戦いで便利そうだ。
これは恭也も負けていられず、一度まとまった時間を作り『能力合成』の実験などに勤しむ必要がありそうだ。
どんどん成長しているウルと戦い恭也はウルの主人としての向上心を抱いたが、とりあえず今は模擬戦を終わらせることにした。
「さてとウルの成長も見れて嬉しかったけど、そろそろ終わらせようか。もう一度『アビス』使ってくれる?今度は攻略してみせるから」
「へぇ、言うじゃねぇか」
当然の様に自身の最強の技『アビス』を攻略して見せると言われ、ウルは自然と笑みを浮かべた。
もちろん恭也が勝算があって挑発していることはウルにも分かっていた。
しかし恭也の自信の根拠が知りたかったウルは恭也の挑発に乗ることにした。
ウルは恭也に近づくと体を解き『アビス』を発動した。
その直後恭也は『空間転移』を発動し、『アビス』の上空十メートルの位置に転移した。
ウルは『アビス』発動中でも周囲の状況は確認できるため恭也の行動はウルにも見えていたが、ウルには恭也の行動の意味が分からなかった。
『アビス』の真上に転移しても結局吸い込まれて終わりで、魔力を一万も消費してどうしてそんな無駄なことをするのか。
ウルが不思議に思っている中、恭也は上級悪魔出現の際に獲得した能力、『能力強化』を発動した。
この能力は恭也の持っている能力一つを強化する能力で、強化は『能力合成』の時同様十秒しか持たない。
発動自体に魔力を一万消費する点も対象となった能力の使用に一万の魔力を消費する点も『能力合成』と同じだ。
恭也は今回、『能力強化』で『精霊支配』を強化した。
これにより一時的に恭也は魔神と同等の支配を精霊に行えるようになった。
早速恭也は『アビス』への干渉を始め、ウルもすぐに異変に気がついた。
(ちっ、恭也が何かしやがったな。『アビス』を妨害する気か)
恭也の干渉に気がついたウルは『アビス』の維持に意識を向けようとして、すぐに自分の勘違いに気がついた。
(ん?邪魔されるどころかいつもより『アビス』の威力が……、まさか!)
ウルが恭也の狙いに気づいた時にはもう手遅れだった。
恭也の干渉により威力を増した『アビス』はウルにすら制御できない威力になった。
普段の三倍以上の大きさになった『アビス』はやがて渦の形を維持できなくなり、最終的に爆散した。
『アビス』が消滅する前に恭也は渦に吸い込まれてしまい死亡したが、これは恭也にとっても織り込み済みだった。
いつもの様に恭也は即座に蘇り、『魔法看破』で広範囲にウルの体が飛び散ったことを確認した。
「ひどい目に遭ったぜ……」
結局ウルが体を元に戻せたのは一時間後のことだった。
契約者と契約している魔神は契約者が生きている限り完全に消滅することはない。
仮に契約者と魔神双方の魔力がゼロになったとしても不可視・不可触の核状態になるだけだ。
本来なら契約者と魔神双方の魔力切れ以外で魔神が核状態になることはないのだが、『アビス』はウルの体自体を技の発動のために利用している。
そのため『アビス』が暴走させられたことでウルの体は核以外完全に消えてしまい、体の復元に思わぬ時間がかかった。
「死なないことは分かってたけど思ったより戻るのに時間がかかったね」
一時間かけて体を復元し、何か言いたげな視線を向けてくるウルに恭也は涼しい顔でこう言い放った。
「当たり前だろ!体全部吹き飛ばされたんだぞ?恭也みたいにほいほい蘇られねぇよ!」
憤るウルをなだめつつ、恭也はウルに満足できたかを尋ねた。
「今回はまあまあだったな。恭也の新しい能力もおもしろかったし、最後の恭也の精霊いじるやつ、あれはまじで焦った。あれ、新しい能力か?」
「うん。僕の能力を強化できるって能力。あれのおかげで十秒だけ能力の出力を上げれるみたい」
「へぇ、なるほど。でも時間制限まで教えてよかったのか?それ知ってれば俺簡単に勝てちまうじゃねぇか」
「それならそれでまた別の方法考えるよ。そのための模擬戦だし」
ウルへの報酬という側面もあったが、ウルとの模擬戦は恭也にとっても有意義なものだった。
貴重な同格以上との戦いを経験できるし、自分が死ぬことでの能力獲得なら素直に喜べる。
今回のように魔力を大量に消費しなければ毎日行ってもいいぐらいだった。
「ごめん。今回僕魔力を五万以上使っちゃったから次の模擬戦は五日後ってことになる」
「こればっかりはしょうがねぇな。俺も魔力かなり使っちまったし」
「後三ヶ所のごみ消すだけだし大丈夫だとは思うけどね」
ウルの復元が終わる間読んでいたユーダムからの報告書を『格納庫』にしまうと、恭也はウルと融合して再びスーカビアを目指した。