自治区
そして翌日、恭也は約束の時間にミレズの領主、セデインの屋敷を尋ねた。
セデインの元々の屋敷はノムキナを助けた際に恭也が押収したので、今セデインが使っている屋敷は国から支援を受けたセデインが新しく購入したものだ。
以前の屋敷より小さな今の屋敷の中を歩きながら恭也はセデインとは何かと縁があるなと考えていた。
恭也がセデインの待つ部屋に着くと、部屋には使用人の他に三人の男がいた。
この世界の警察にあたる騎士団所属の衛兵二人が一人の男を左右からはさむ形で立っており、中央に立つ男は今にも倒れそうな程憔悴していた。
『不朽刻印』の発動条件を満たす程恭也に対して恐怖心を抱いている男に恭也は見覚えがあった。
確かミレズに出た悪魔が討伐されたかを恭也が確認した相手だ。
その衛兵がこの場にいるということはつまりそういうことなのだろう。
当の兵士程ではないが気まずそうにしているセデインたちの前で恭也は口を開いた。
「えーっと、あなたがここにいるってことはあなたが僕に嘘をついたってことでいいんですよね?」
もし間違っているといけないので慎重な言い回しになった恭也に対し、恭也に質問された兵士はいきなり土下座をしてきた。
「申し訳ありません!こんなことになるとは思っていなかったんです!どうか、どうか命だけはお助けを!」
やはりこの兵士が恭也に嘘をついていたようだ。
この兵士が原因でミレズに大きな被害が出たのは事実だが、今の恭也は怒りよりも先に疑問を覚えた。
「そんなに怯えないで下さい。あなたに悪気が無かったのは分かってます。上級悪魔なんて呼び出しても意味無いですし。ただどうして僕に嘘をついたのかは教えて下さい」
恭也はできるだけ怖がらせないように話しかけたつもりだったが、兵士はなかなか口を開こうとしなかった。
その後何度か恭也が質問したのだが兵士からは要領を得ない返事しか聞けず、そんな時セデインが横から声をかけてきた。
「今回はご迷惑をおかけして申し訳ありません。しかしこれ以上この男から事情を聞くのは無理だと思います。この者の処分については後はこちらで行いたいと思いますので、アタエ様はどうか治療の方へどうぞ。ご命令通り負傷者は三ヶ所に集めておりますので」
このセデインのいきなりの提案に恭也は違和感を覚えた。
このセデインの提案はらちが明きそうにないがゆえの下心無しのものだったのだが、恭也はこれを受けて洗脳魔法の使用を決めた。
セデインが何か隠そうとしているのではと考えたからだ。
早速捕えられていた兵士を洗脳すると恭也は兵士になぜ嘘をついたのか尋ねた。
「どうして僕に悪魔は倒されたって嘘をついたんですか?」
「異世界人のあなたに早く街を離れて欲しかったからです。それに部外者にわざわざ報告する必要も無いので適当に答えました」
「……なるほど、逃げた悪魔が生きているかも知れないとは思いませんでしたか?」
「どうせ死んでいると思っていました」
兵士が恭也に嘘をついた理由は納得できるもので、悪魔の生存に関しても楽観的な考え方をしてしまっただけで兵士自身に悪意があったわけではない。
それを確認した恭也は兵士の洗脳を解いた。
洗脳されていた間の記憶はあるので兵士は即座に再度の土下座を行った。
「どうかお許し下さい。命だけは、命だけは……」
震えながら必死に命乞いをする兵士に恭也はできるだけ優しい口調で話しかけた。
「安心して下さい。部外者の僕にいちいち報告する義理は無いっていうあなたの考えは当然です。僕の立場がいい加減だったのが悪いんですからあなたを責めたりはしません」
恭也のこの発言を聞き、兵士は半信半疑ながら頭を上げた。
「でもこの街の人はあなたにやつ当たりしてくると思います。だからどうでしょう?もしあなたさえよかったらあなたを僕が助けた人たちが作ってる村に連れていこうと思ってるんですけど……」
この提案に兵士は即答できず、そんな彼に対して恭也も急かすようなまねはしなかった。
「もちろん無理強いはしません。とりあえず僕が今回怪我した人を治すまでに決めといてもらえれば……。でもここに残るのは危ないと思いますよ?」
こう言い残して治療に向かおうとした恭也だったが、兵士の決断は意外と早かった。
「せっかくですけど家族や親戚もいるのでここに残ります」
今回の件が公になればこの兵士は街の住人全員に責められるだろう。
恭也としては村に来て欲しいところだったが、最終的には彼が決めることだ。
さすがに彼の知り合い全員を村に連れて行くのは現実的ではないので、恭也はセデインに釘を刺すことにした。
「この人を処罰するのは止めて下さい。今回の上級悪魔は今までこの国がしてきたことの結果なんですから、この人一人を責めてもしょうがないですし」
「分かりました。しかし住民たちが暴走した場合は私どもとしてもどうしようも……」
「それに関しては大丈夫です。この人が危なくなったら僕に伝わるんで」
「どういう事でしょうか?」
「僕一度会った人が危ない目に遭ったらそれを感じることができるんです。今回この街が危ないって分かったのもそれでですし」
「……さ、さすがですね」
突然途方もない説明をされたセデインはそう口にするのがやっとだった。
今度こそ終わりだと考えた恭也は街の人々を治療するために街へと向かった。
数時間かけて集められていた人々を治療した恭也は治療の際に何度も聞いたミレズの人々の頼みを思い出していた。
百や二百じゃきかない程多くの住民たちがユーダム村に移住したいと言ってきたのだ。
今回の事件で大きな衝撃を受けた人々が恭也の庇護下に入りたいと考えた結果だったが、これを受け入れるわけにはいかない。
今回恭也が直接話を聞いた人々を受け入れるだけでもユーダム村の住民の負担は大きなものになるだろう。
そして実際に移住する人々の数はもっと多くなるはずで、とても承諾できる頼みではなかった。
しかし恭也としては彼らを見捨てるつもりはなかった。
今回の上級悪魔襲撃の被害者の数は二百十一名だ。
今の恭也は捜索に向いた能力は持っておらず、あの兵士が恭也の質問に正直答えていても今回の事件が防げたかは分からない。
しかし恭也としてはミレズとの連携がうまくいっていればと思わずにはいられなかった。
(つかず離れずはむしが良すぎたか)
(ん?何するつもりだ?)
恭也が何やら新しいことを始めようとしていることを感じ取り、ウルは恭也に何を考えているのか尋ねた。
(今の僕とユーダム村、コーセス村の立ち位置ってあやふやだよね?それがいけないんだと思う。だからこの際はっきりさせとこうと思って)
(国でも作るのか?まあ、俺としては恭也に国ぐらいは持って欲しいところではあるけどよ)
(村でさえカムータさんたちに丸投げなのに国なんて作れないよ。国と村の真ん中、自治区を作ろうと思ってる)
(何が違うんだ?)
(特に何も変わらないよ。今はアナシンとアズーバの近くの土地使うの黙認してもらってるわけだけど、正式に僕の土地にするってだけ。今回は僕も何かの役職に就くつもりで要するに今まであやふやにしてたことをはっきりしようってこと。その後でネースと同盟って言うと大げさだけど、そういう感じのものを結びたいと思ってる。今回のことでどこにも所属してない一般人じゃ限界があるって分かったからね)
(ふーん。また面倒そうなことを。まあ、がんばってくれ)
(うん。しばらくウルに頼みたいことは無いからゆっくりしてて。もっとも僕も色んな場所に行くだけで、実際に色々やるのはカムータさんとかネースの人だけどね)
恭也が自らの領土を持つことでセザキア王国やクノン王国の中には警戒する人々も出てくるだろう。そういった人々には時間をかけて理解してもらうしかない。
とりあえずはユーダム村とコーセス村に行き自分の考えを伝えよう。
そう決めた恭也は『空間転移』を使いユーダム村へと転移した。
恭也とウルが上級悪魔と戦ってから三日が経った。
この日恭也はユーダム村の住民が集まる中用意された壇上に上がり、自治区設立のあいさつを行おうとしていた。
「今日は忙しい中集まってもらってありがとうございます。もうみなさん知ってると思いますけど、今日からここユーダム村は正式に自治区としてやっていくことになりました。僕も相談役として今まで以上にがんばろうと思っています。どうかよろしくお願いします」
こう言って恭也が頭を下げると、ムータやノムキナたち住民も、ジュナを始めとするクノン王国の面々も拍手で恭也の相談役就任を祝った。
今回自治区を設立するにあたり恭也が就いた役職、相談役というのは文字通り自治区内のあらゆる事案に対応する。
といっても治安維持、開拓、外部との商談などそれぞれの事案に対する責任者は別にいる。
恭也の役割は主に外部との問題が起こった際の仲裁だ。
また他国との間に独断で交渉する権利も与えられている。
これに関しては恭也本人が権限が強すぎると思ったが、今まで恭也がやってきたことを明文化しただけだと言われると恭也としても言い返せなかった。
ユーダム、コーセスの二つの村、特にユーダム村の住民たちは以前から恭也に自分たちの首長になって欲しいと思っていたので、それぞれの自治区の名目上の首長はカムータととある男性となったものの今回の決定に彼らはおおむね満足していた。
その後簡素なものながら式典も終わり、カムータと今後についていくつか話した恭也はユーダム村改め、ユーダム自治区の外れに来ていた。
(ふー、人前に出るのって緊張するね)
(今までも散々人前には出てただろ?)
自分と契約して以来多くの人間を相手に戦い、あるいは助けてきた恭也の発言にウルは不思議そうにしていた。
(変な言い方になるけどこれまでどこか一ヶ所に落ち着く気無かったから、嫌われる分には構わなかったんだよ。でもこうして尊敬とかされちゃうと照れる)
(人助けしといて変なこと言うな)
(そうだね。嫌われるよりは好かれる方がいいに決まってるのに戦い過ぎて感覚が変になっちゃったかな)
(恭也が変なのは元からだからそこは安心しろ)
(ひどいなあ)
こうして恭也とウルが話していると、後ろからノムキナの声が聞こえてきた。
「恭也さん、こんなところにいたんですか」
「あれ、何かありましたか?」
自治区を設立したといっても上級悪魔の襲撃があったばかりだったので、派手な祝賀会は行わないことが決まっていた。
今回恭也が急いで自治区を設立したのはネース王国の軍及び騎士団との情報共有を一刻も早く行いたかったからだ。
これに関しては二日後にユーダムとネース王国の間で正式に同盟を結ぶことになっており、恭也の目的はほぼ果たされていた。
そういったわけでここ数日は忙しかったが大きな問題も無かった。それにも関わらずノムキナがここに来た理由が恭也には分からなかった。
「あ、あの、ゼシアちゃんと簡単なものですけど、夕食の用意をしたんです。派手なのは自粛しようってことだったのでせめてこれぐらいはと思って。駄目ですか?」
不安そうに視線を向けてくるノムキナを見て恭也は一瞬戸惑ったもののすぐに笑い返した。
「いつもありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
恭也がこう答えると、ノムキナは安心した様子で笑顔を浮かべた。
ノムキナと歩きながら恭也はここ最近緊張し続けていたことを自覚させられた。
サキナトの残した廃棄物の後始末に自治区を設立したことによるセザキア王国とクノン王国の反応。
それにティノリス皇国の異世界人と問題は山積みだが、それでも周囲の人々にまで不安が伝わるのは恭也としても不本意だ。
問題はどれも一朝一夕で片付く問題ではない。
少しは肩の力を抜こうと考え、恭也はノムキナと談笑しつつその場を離れた。