行動開始
「ふざけるな!またやられただと?衛兵どもは何をしている?」
「そ、それが、殺しても蘇る上に能力をいくつも持っており、衛兵では相手にならないと。報告によるとまた新しい能力を使用したとありました」
「ええい、忌々しい!」
ネース王国の奴隷の誘拐から売買までを一気に取り扱っている組織、『サキナト』からこの街、アズーバを任されている幹部、トラルクは連日の報告にいら立ちを抑えられなかった。
トラルクに与えられている部下は委縮しつつも報告を続けた。
「奴隷市場の責任者からも一度襲撃を受けたので、警備を強化して欲しいとの要望が上がっています。また、これ以上奴隷の購入者への被害が続くと、商品の売れ行きの方も…」
「そんなことは言われなくても分かっている!」
トラルクはいら立ちを隠せない様子で乱暴にイスに座り込んだ。
サキナトに真っ向から勝負を挑んできた異世界人は、サキナトが主催する奴隷市場にも襲撃をかけてきた。
ネース王国は北にあるセザキア王国とクノン王国に陸続きで隣接しているが、交流はほとんどない。国境近くの街で細々とした交易があるぐらいだ。
ネース王国は領土内に入った他国民がどのような目に遭っても一切責任は持たないと明言しているため、ネース王国の領土内に他国民がいる可能性はまず無い。
そして他国から仕入れた奴隷の恩恵を受けているネース国民が奴隷市場を襲う可能性もまた無い。しかし多額の金が動き、常に多くの奴隷を抱えている奴隷市場には有事の際に備えて戦闘に慣れたサキナトの精鋭が常駐していた。
異世界人はそんな精鋭五十人の内、七名を再起不能にし、二十二名に重軽傷を負わせた上でそのまま逃走した。
精鋭五十人相手に互角以上に戦っていた異世界人だったが、増援として現れた衛兵五十人を見て逃げ出したとトラルクは報告を受けていた。
奴隷たちの一斉蜂起を主に警戒していたとはいえ、たった一人にこれだけの被害を受けたのだ。
市場の責任者が警備を強化しようとするのもしかたないだろう。
とはいえ警備の増員をするにも手間と費用がかかる。言われてすぐに用意できるものでもなかった。
どうしてよりによって自分の担当地域に異世界人が現れるのか。
しかも正義の味方気取りの偽善者が。ここ数日で何度心に浮かんだか分からない文句を押し殺しながら、トラルクは部下に指示を出した。
「すでに二十人以上の奴隷が奪われている。そろそろ街から出ようとする頃だろう。エルフや獣人もいる以上、街から出る時は目立つはずだ。見張りに力を入れさせて、異世界人は無理でも見せしめのために奴隷どもだけは確実に殺すようにしろ。そうすれば異世界人の信頼が無くなって奴隷どもはついて行こうとしないはずだ」
トラルクの指示を受けて部下が退室した後で、トラルクは次の手を考えていた。
奴隷たちへの脅しなどいくらでも方法はあるが、異世界人の目的が奴隷の解放からサキナトの打倒に変わった場合、面倒なことになる。
そうならないために、異世界人に多少でも打撃となる策は考えておく必要はあるだろう。
それを考えるべく、トラルクは異世界人の最近の言動をまとめた報告書に目を通し始めた。
恭也が助け出した奴隷の数は、今日で二十二人となった。
一応馬車を一台用意しているので、彼らを運ぶこと自体は可能だ。
しかし恭也が奴隷たちの解放を始めた翌日から、街を出る際は厳しい検査が行われるようになり、二十人以上を連れてばれずに街を出るのは不可能になっていた。
恭也が助けた奴隷にはエルフ三人、獣人二人が含まれており、この種族はこの近辺の国では隣国のクノン王国にしかいないらしい。
そんな珍しい種族を五人も連れて街を出ると目立ってしまうだろう。
ここアズーバから隣国との国境までは、馬車で六日程かかるという。
その道中をサキナトから守りつつ彼らと共に行くというのは、現実的ではない。
正直言って、恭也はサキナトとの戦闘で自身の心配はしていなかった。
この十日間で新たに獲得した『即時復活』で死んでもすぐに蘇られるようになった今となっては死ぬことに大したデメリットは無いし、むしろ能力が増える分得しているぐらいだ。
しかし元奴隷の彼らはそうはいかない。
この世界の住人である彼らは全員が魔法を使えるものの、ほとんどの者が戦闘の経験など無いらしい。
また、当然ながら魔法はサキナトからの追っ手も全員使えるので、大して優位というわけでもない。
逃げている最中で一人でも死者が出ては恭也にとっては失敗だ。最悪死んでもやり直せばよかった今までとは違い、今回の街からの脱出とその後の国境までの道中は慎重にいかなくてはならない。
どう頑張っても戦闘自体は避けられないだろうという前提で、恭也は作戦を考え始めた。
そして三日後、恭也たちは行動を開始した。
まず街を歩いていた奴隷の所有者の足首に首輪をつけて脅し、検査をごまかすために首輪をつけた元奴隷たち三人を連れて街を出るように命じた。
これを数回繰り返し、エルフと獣人を除く全員が街を逃げ出したところで一つ目の関門だ。
恭也は二日程の街の検問所を見ていたのだが、人間が出ていく分にはゆるい取り調べしか行っていない衛兵たちだったが、エルフと獣人を連れている者への取り調べはかなり時間をかけていた。
さすがに街から出ていく人間全てを詳しく調べるのは面倒なので、目立つエルフと獣人に的を絞っているのだろう。
人間の奴隷が出ていく分には楽で助かったのだが、この検問のやり方によりエルフと獣人を連れて検問を通過するには強行突破しかないという結論になった。
残された五人を連れて検問所の近くまで来た恭也は、五人に指示を出す。
「それじゃ検問所の近くまで行ったら、手はず通りにお願いします。お見せした通り僕は死んでも蘇れるので、僕のことは気にせずに外に出たら先に街を出たみなさんと合流して下さい」
検問所を強行突破する際、恭也がその場に残り衛兵たちを足止めすることになっていた。
自分たちのために危険を冒す恭也に申し訳なさそうにしていた元奴隷たちを安心させるべく、恭也は彼らの前で自殺と蘇りを実演して見せた。
恭也の復活の際の能力獲得には、同じ死を繰り返したくないという恭也の強い思いが必要なため、自殺や戦闘中故意に攻撃を食らって死んだ際には能力は獲得できない。
恭也はその理屈まで理解していたわけではないが、わざと死んでも駄目だということは経験から理解していた。
恭也が蘇った際には傷が完治しているため、致命傷ではない大けがを治すために恭也はこちらに来てから数回自殺を行っている。
嫌な言い方になるが、慣れたものだった。
当初は蘇ることができる回数に制限があるのではという不安があったが、連日の戦闘の中で重傷を負うことも多くなり、すぐにそんなことを気にしていられる場合ではなくなった。
そして恭也たちは検問所の近くまでやってきた。
部外者を巻き込まないため検問所を通る人がいなくなった時を見計らい、恭也たちは検問所へと向かった。
恭也と同行していた五人が検問所近くの衛兵の詰め所に魔法を叩き込んだ。
彼らは魔法を使用した後すぐに街の外へと向かい、それから遅れて衛兵たちが詰め所から出て来た。
不意打ちとはいえ建物の外からの攻撃だったため、彼らの魔法で衛兵たちに大した被害は出ていないようだった。
見たところ大きなけがもしていない衛兵九人が恭也を見て臨戦態勢に入った。
「おい、こいつ手配書にあった異世界人だぞ!」
「ちっ、焼き殺してやる!」
検問所には、恭也の身体硬質化対策として火属性の魔法の使い手が優先して配置されていた。
九人中七人が火属性の使い手だったようで、彼らは一斉に恭也目掛けて魔法を放ってきた。
恭也は慌てることなくそれを魔法障壁で防ぎ、それと同時に衛兵の一人が持っていた剣を自分の手元に転移させた。
障壁で防がれた炎が恭也と衛兵たちの間の視界を阻んだ。
ここで逃げたいところだったが、それでは足止めができないため恭也は戦闘を続行した。
素早く右に移動した恭也は、炎に視界を遮られ動きを止める衛兵の一人に剣を投げつけた。
素人の投げた剣とはいえ距離が近かったため、恭也の投げた剣は衛兵の肩に深々と突き刺さった。
悲鳴を上げながら肩に手をやる衛兵に目もくれず、恭也は次に近くにいた衛兵の胸に勢いを乗せたひじ打ちを食らわせた。
続いてその衛兵の顔面に裏拳を食らわせた恭也は、三人目に狙いを定めた。
同僚が二人もやられている間、衛兵たちも棒立ちしていたわけではない。
しかし衛兵たちは恭也に視線を向けて武器を構えてこそいたものの、武器は通用せず有効だと聞いていた火属性の魔法も防がれた。衛兵たちにはなす術が無かった。
衛兵が持っていた槍を転移させて奪った恭也は、その槍を元々の持ち主の右脚に突き刺した。
これは衛兵も避けたため攻撃自体はかすっただけだったが、いつの間にか武器を奪われていたというだけで衛兵の動揺は大きなものだった。
衛兵たちの顔に恐怖が浮かんだのを見て取った恭也は、ここでとどめを刺すことにした。
今や恭也の主力武器となっている風魔法が封じ込まれた首輪を衛兵の首に転移させたのだ。
「ひっ、た、助けてくれ。俺には妻と子供がいるんだ」
自分の死を確信した衛兵が必死に命乞いをしてきたが、恭也はそれを切り捨てた。
「さらわれてきた人たちに家族がいないとでも思ってるんですか?まあ、天涯孤独ならさらっていいってわけじゃないですけど。ほんとこの国の人って勝手なことばっかり言いますね」
そう言うと恭也は首輪を手元に転移させ、衛兵を解放した。
自分が見逃されたことを悟った衛兵は腰を抜かして座り込んでしまった。
恭也はその場の衛兵たち全員に視線を向けると、冷たい声色で最終宣告を告げた。
「これを人数分繰り返してもいいんですけど、僕血生臭いの嫌いなので五秒以内に消えてくれれば見逃します。五、四」
恭也が四を言い終わる前に衛兵たちは逃げ出し、恭也は大きく息を吐いた。
今すぐ腰を抜かしたいところだったが、誰が見ているか分からない。
恭也は敵には容赦しない存在でなくてはならないのだ。
効率だけを考えたら衛兵を何人か殺した方がよいのだろうが、どんな悪人だろうと命を奪うのは恭也は嫌だった。
幸い恭也は不死身なので、相手を殺さないように手加減できるだけの余裕はある。
このまま死人を出さずに最後までやり通したいものだった。
助け出した元奴隷たちから聞いた話では、大きな街には衛兵とは別に国の軍から派遣された軍人が常駐しているらしい。
彼らは強力な魔法の武器を持っており、衛兵とは比べ物にならない強さらしい。
街の外にはすでに馬車を待たせてあり、今さら止めることはできない。
これまで戦ってきた相手とは比較にならない強敵との戦いを前に、恭也は身震いした。
たとえ相手がどんな人間でも殺したくない。これは恭也の本心だ。
それでも助け出した彼らに危害が加えられそうになったら、その時は…。
完全に覚悟が決まったとは言い難い恭也だったが、あまりゆっくりもしていられない。自分以外の命がかかっている戦いに身震いしながら、恭也は街の外へと向かった。




