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治癒

 恭也がニコズに着いた頃、日は完全に沈んでいた。

 実際に行動するのは明日からにしようと考えた恭也は部屋で沸かしたお湯で体だけ拭き、そのまま部屋のベッドに倒れこんだ。


「あー、空飛ぶのって疲れるー」


 高速で飛ぶ際の空気抵抗によるダメージは『物理攻撃無効』でゼロにできるのだが、飛行中に姿勢を維持するために普段使わない筋肉を使うため一日に何時間も飛行するのは恭也にとってかなり疲れる行為だった。


「わーぷすればいいじゃねぇか」


 今は実体化しているため直に話しかけてきたウルは『空間転移』を使わずに疲労している恭也を不思議そうに見ていた。


「いや、魔力はできるだけ節約しないとね。ワープの能力はいつ使うか分からないし」


『空間転移』は魔力の消費が激しいためいざという時を考えるとできれば使いたくない。

 何も無ければ来週にはティノリス皇国に行き魔神と戦おうと考えている今はなおさらだ。

 それに癖になりそうなのであまりしないが、体の疲労は死んで蘇ればきれいに消すことができる。


 魔力の節約と疲労、どちらを優先するかなど考えるまでもなかった。

 ティノリス皇国にはコロトークに頼んでいる魔導具が出来次第行くつもりだが、アロガンやジュナにティノリス皇国について聞いたところほとんど何も分からなかった。

 恭也が聞いた話をまとめるとティノリス皇国は二十年程前までは他の国とも交流していたのだが、ある時急に他国との交流を絶ち軍備を強化し始めたらしい。


 四年前にティノリス皇国内に異世界人が現れたという情報も去年やっと漏れ伝わったというぐらいなので、今まで通り出たとこ勝負でいくしかない。

 最悪の場合異世界人とティノリス皇国の両方を相手にしなくてはならないので、恭也としてはせめて装備ぐらいは整えてから行きたかった。


「それにしても魔神との戦いに他の魔神連れて行けないってのは結構痛いね」

「んなこと言われてもなあ。決めたの俺じゃねぇし」


 そろそろ二体目の魔神に挑もうかと考え始めた恭也にウルが伝えたこの決まりは恭也を悩ませた。

 基本的には恭也はウルの時に使った何度も死んで相手の魔力をけずる戦法を使って魔神と戦うつもりだったが、それもウルを連れて行けばかかる時間はかなり短縮できるだろう。


 二人がかりで挑めば小細工無しで勝てるかもしれないとすら考えていたため、恭也にとってこれは残念な知らせだった。

もっとも考えてみれば魔神討伐に他の魔神の同伴が可能なら、三人目や四人目の時はただ袋叩きにするだけで楽に勝ててしまう。

 手に入る力を考えればそんな楽ができないのは当然のことだった。


「まあ、魔神との戦いはそんなに心配してないよ。どっちかというと異世界人がいるかもって方が問題かな」

「もしいるなら俺に戦わせてくれよ。恭也ぐらい強くてどんな能力持ってるか分からないんだろ?ぜひ戦ってみてぇ」


 心底楽しそうに獰猛な笑みを受かべるウルを前にたしなめる意味も含めて恭也は自分の考えを伝えた。


「警戒してるはのほんとだけど戦うのは最後の手段だよ。それに戦うにしてもティノリスの魔神と二人がかりで戦ってもらうつもりだし」

「えー、つまんねぇ。最初ぐらいは俺一人に戦わせてくれよ!」

「はあ。どうして闇の魔神なのにこんな脳筋なんだろ……」

「ん?属性と性格に何の関係があるんだよ?」


 相変わらずのウルの言動に思わず出てしまった恭也のぼやきにウルが不思議そうな顔をした。

そんなウルに恭也は自分の持っている闇への印象を告げた。


「僕のいた世界では、思春期の男は闇かロボットのどっちかに心を惹かれるんだ」

「ろぼっとって恭也の能力で見た金属でできたでっかい悪魔だよな?」


 真面目な顔で持論を話し始めた恭也にウルは改めて視線を向けた。


「うん。そして僕はロボットにはあんまり興味が無くて、ゲームとかでも気づいたら闇属性ばっかり使ってた」

「ふーん」


 若干嬉しそうにしているウルの様子に気づかずに恭也は話を続けた。


「高い出力と強力なビーム!ってのが何かピンと来なくてね。トリッキーな能力、搦め手って言えばいいのかな。とにかく僕にとっては闇にあんまり力押しの印象無いんだよねー」

「恭也の言うとりっきーってどういうのなんだ?」


 ウルに質問された恭也は以前いた世界でアニメや漫画で見た能力の内、恭也が好きなものを『情報伝播』で実際に見せた。


「ふーん。なるほど。攻撃以外のことをして欲しいわけか……」


 恭也から見せられた映像でウルは不意打ちや束縛、あるいはこれまであまり興味を持っていなかった精神攻撃について考え始めた。

 考え込むウルという珍しいものを見た恭也は慌てて口を開いた。


「別に今のウルに不満があるわけじゃないからね?最近は戦いはほとんどウル任せだし、こっちの世界に向こうで遊んでた時の感覚持ち込む気も無いから。ただ実際使ってみて分かったんだけど、精霊魔法って結構自由が利くでしょ?だからウルが強力な精霊魔法新しく作ってくれればそれはもちろん助かるよ」


 恭也の能力もこの世界の魔法もその威力は込めた魔力で決まる。

 そして恭也の能力は使用の際に最大値の一割の一万以上は込められないようになっていた。

 そのため広範囲・高威力の技の開発はウルに任せるしかないのが現状だった。


「新しい技か……」


 いつもの様に任せろと即答しない辺りにウルの自信の無さが現れていた。


「まあ、できればでいいよ。さっきも言ったけど別に現時点で不満があるわけじゃないし」


 その後もウルは考え込んでいる様子だったが、恭也は疲れていたこともありウルに一言断って眠りについた。


 翌日セザキア王国に向かった恭也は用意された家でアロガンが来るのを待っていた。

 その後二時間程してアロガンが現れ、恭也はアロガンから五人の人物を紹介された。

 といっても五人が直接ここに来るのではなく、恭也がこれからセザキアの首都、オキウスにある国の施設に行くことになっていた。


 久しぶりの馬車に揺られること数時間、目的の施設に着いた恭也は四人の人物が待っている部屋へと入った。

 ここにいない五人目は貴族の長男だったので、相手の顔を立てる意味もあり恭也の方から出向くことになっていた。


 部屋には恭也の治療を受ける人物とその家族が待っていて、あいさつを済ませると恭也はすぐに四人に『治癒』を使った。

 一人だけ両脚を斬り落としてから治療したため一瞬室内が騒然としたが、すぐに元通りになったためそれ程の騒ぎにはならなかった。


 彼らから礼を言われた恭也はその場で謝礼金を受け取ると、そのままアロガンと合流して次の目的地へと向かった。

 フオッグが探した人物二人については来週フオッグが屋敷に呼ぶ予定になっているので、今日の予定は最後の人物を治して終わりだった。

 その最後の人物の屋敷までの道中、恭也は今から治療する人物についてアロガンから説明を受けていた。


「テカドール伯爵のご長男であるニオン様は幼少の頃から体が弱く、あまり社交界などにも顔を出していません。次男のサキット様がおられるので伯爵としてはニオン様については諦めているそうなのですが、今回は伯爵の夫人がぜひにと私に声をかけてきたわけです」


 貴族にとって子供、特に息子は家を維持するための道具という側面がある。

 この世界に来てから接することになったこの考えは恭也としては受け入れがたかった。

 とはいえまさか革命を先導して貴族制度を廃止に追い込むわけにもいかない。


 何人か悪い噂を聞く貴族はいたが、セザキア王国全体としては今の状態でうまくやっていたからだ。

 恭也たちがテカドール伯爵の屋敷に着くと、伯爵夫婦が恭也とアロガンを出迎えた。


「能様、お待ちしておりました。今日はニオンをよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げてきた夫人に対し、伯爵の方はあまり恭也を歓迎していない様子だった。


「ニオンは二階にいる。必要なものがあれば使用人に言え」


 それだけ言うと伯爵は恭也の返事も聞かずに二階へと消えていった。

 あまりにぞんざいな扱いにあっけにとられた恭也に夫人が謝罪をしてきた。


「申し訳ありません。主人は今回能様を呼ぶことにあまり乗り気ではなかったもので……」

「気にしないで下さい。僕は治療に来ただけなので、伯爵にまで気を遣われたらそれはそれでやりにくいですから」


 そう言った恭也だったが歓迎一色というわけではない屋敷に長居するのも嫌だったため、夫人に頼んですぐにニオンのいる部屋へと案内してもらった。

 恭也が部屋に入ると部屋の中にはベッドに横になったニオンと男の使用人一人の姿があった。


 前もって恭也が頼んでいた通り、汚れてもよい簡素な服に着替えたニオンを見た恭也は手早く治療を済ませることにした。

 アロガンから聞いた話によるとニオンは心臓が悪いらしい。


 漠然と生まれつき体が弱いという情報だけでは体中を消し飛ばして『治癒』する必要があったので、悪い箇所が分かっていて助かった。

 心臓はあくまで体中に血を運ぶ臓器なので消えてもすぐに死ぬわけではない。

 一瞬で新しい心臓を創ることができれば問題無く、これに関しては恭也自身の体で実験済みだった。


 以前フオッグの妻を治した時同様ニオンを挟む形でウルに立ってもらい、ウルに加護をもらっていた恭也は『キュメール』でニオンの胸部を消滅させた直後に『治癒』を発動した。

 事前に説明しても確実に止められると判断した恭也はウルの召還から『キュメール』と『治癒』の使用までを手早く済ませた。


 そのためそれを見ていた夫人と使用人からすれば恭也がニオンに何らかの攻撃魔法を使ったようにしか見えなかった。

 以前のフオッグ邸の時と違い、胸部を大きく消失させたためベッドも床も血まみれだ。

 青ざめた顔で呆然としている二人に恭也は治療は終わりだと告げた。


「これでこの子の体は元気になったのでしょうか?」

「治ったとは思うんですけど手や足と違って見た目では分からないのでしばらく様子を見て下さい。一ヶ月経っても治った様子が無かったら治療費は結構です。治った時の謝礼はアロガンさんに渡しておいてくれれば……」


 恭也が言った通り、今回は治した場所が臓器だったため恭也の『治癒』の効果がすぐには分からなかった。

 そのためこの場は解散ということになり、三人を残して恭也は部屋を出た。


 部屋を出たところで恭也は一人の青年の姿に気がついた。

 使用人にしては高級そうな服を着ているのでおそらくニオンの弟だろう。

 長年病気で苦しんでいた兄を心配しているにしては彼の視線は鋭過ぎた。

 はっきり言えばニオンの弟の視線からは敵意さえ感じ、恭也はなぜニオンの弟が自分にそんな視線を送って来るのか理解できなかったがそこにウルが呆れた様子で話しかけてきた。


(恭也があの長男治さなければこの屋敷も貴族の地位も全部あいつのものになったんだぜ?あいつが恭也恨むのは当然だろ)

(ああ、そういうことか)


 ウルの発言を受け、恭也もようやく自分が向けられている視線の正体に気がついた。

 しかしまさか長男が元気になったからといって屋敷から放り出されるわけではないだろうにあそこまでにらまなくてもいいだろう。

 兄が元気になったことを素直に喜べばいいのにと思いつつ、恭也は追われるように屋敷を後にした。


 フオッグの屋敷で治療を行うまで特に予定の無かった恭也は『空間転移』を使い、クノン王国へと転移した。

 この時点ですでに夜になりかけていたので、ジュナたちが使う宿舎をもらいに行くのは明日にしよう。そう決めた恭也は今夜の宿を探すことにした。

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