派兵
ゼルスと会った日から十日が経ち、恭也は約束通りクノン王国の王城を訪ねた。
今日は以前と違い城の一室ではなく玉座の間に恭也は案内され、そこでゼルスを始めとした国の有力者たちに出迎えられた。
そこまではよかったのだが、なぜかゼルスの後ろに控えている面々の中にジュナがいた。
恭也はメーズでの情報収集でジュナの出生や軍での地位も知っていた。
確かこのような場に呼ばれる程高い地位にはいなかったはずで、正式に王族と認められたわけでもないはずのジュナがどうしてここにいるのか。
不思議に思った恭也だったが、緊迫した雰囲気のこの場で今回の用件に関係無いことを聞くのははばかられた。
そんな恭也をよそにゼルスは話を始めた。
「今日も出向いてくれて助かった。礼を言うぜ。兵士の派遣については国として正式に決定した。人数は五十人で期間は半年、闇属性が三十人以上って聞いてる。ま、詳しいことは後で本人たちに聞いてくれ」
「ありがとうございます」
こちらの要望がほぼ通ったため恭也は頭を下げた。
「兵士たちには後で会ってもらうとして責任者はここに呼んである。ジュナ隊長」
「はっ!」
ゼルスに促されたジュナが一歩前に出て、ゼルスに一礼してから恭也に敬礼した。
「今回恭也様のもとに向かう部隊の隊長を任されたジュナと申します!どうかよろしくお願いします!」
ジュナの力強い宣言から遅れること数秒、驚きで言葉を失っていた恭也は何とか口を開いた。
「えっ、いいんですか?だってジュナさんって前の国王の……」
最後までは言えなかったものの恭也の不安は伝わったのだろう。
苦笑しつつゼルスが口を開いた。
「こいつについては知ってるみたいだな。でも気にすることはないぜ。奴隷みたいにこき使うってならともかく別に特別扱いする必要はねぇ。それに今回のことはこいつから志願してきたんだしな」
それを聞いた恭也がジュナに視線を向けると、ジュナが力強く返事をしてきた。
「はい!前回助けていただいたご恩を少しでも返せればと思い、今回志願しました!よろしくお願いします!」
「はあ、分かりました。じゃあ、お願いします」
予想外の人選に戸惑った恭也だったが、そもそも恭也にクノン王国側の人選に文句を言う権利など無い。
元々奴隷扱いなどするつもりは無かったので、あっちが特別扱いする必要が無いと言うのなら恭也としては問題無かった。
「後一つ頼みがあるんだが」
「何ですか?」
「お前が兵士たちに渡す予定の闇属性の魔導具を一つ売ってもらえないか?値段についてはそれなりに頑張らせてもらうぜ?」
「…それって今回兵士を借りる条件ですか?」
まだこの世界では精霊魔法は体系化されておらず、当然それが込められた魔導具も存在しない。
それを売るとなると恭也も自分の能力を明かす時の様に気軽にはできなかった。
警戒している様子を隠さない恭也の視線を受け、ゼルスは朗らかに笑った。
「強力な武器を売ってくれって言われてるんだから警戒するのも無理はねぇが、単純に新しい魔法技術に興味があるってだけだ。先に言っとくともし断っても兵士の派遣は撤回したりしない。さあ、どうする?」
ゼルスの試すような視線を受け、しばらく考え込んだ恭也だったが渡すことにした。
コロトークたちとは違った視線から研究することもこの世界の技術発展のためには必要だし、そもそも十人足らずで研究しているコロトークたちに精霊魔法の研究までさせるのは無理だと考えたからだ。
しかしゼルスに釘を刺すのを恭也は忘れなかった。
「僕は多くの人が天寿を全うできる世界を目指して行動しています。僕が渡した武器の量産ぐらいならともかく軍事利用して大量虐殺なんてことにならないように管理はちゃんとし下さいね。もしそうなった場合、僕は広めた張本人として責任取らなくちゃいけなくなりますから」
この恭也の脅しにこの場の多くの者が息をのむ中、ゼルスは不敵な笑みで即答した。
「ああ、この場にいない部下たちにもよく言って聞かせる。じゃあ、後で、」
部下に渡しといてくれと言うつもりだったゼルスだったが、発言を中断せざるを得なかった。
恭也の手に突然刃渡り一メートル程の剣が現れたからだ。
壁際で控えていた兵士たちがそれを見て武器を構えるが、ゼルスはそれを手で制した。
周囲から鋭い視線が飛んでくる中、それに気づかないふりをして恭也は口を開いた。
「ああ、すいません。ここで渡されても困りますよね。後で誰に渡せばいいか教えて下さい」
そう言って恭也が剣から手を離すと、武器はすぐに姿を消した。
「今のもお前の能力か?」
「はい。悪魔の召還と似た様なもので手持ちの物を好きに手元に出せるんです」
「……そういうことは最初に言っといてくれよ。真面目にお前の身体検査した兵士たちが馬鹿みたいじゃねぇか」
ゼルスの言う通り、実際に身体検査を受けている時に恭也もするだけ無駄だとは思っていた。
「すみません。じゃあ、ついでにこれも見せときますね」
恭也がそう言った次の瞬間には恭也の右上の空間にウルが現れて室内は騒然とした。
召還されたウルは面倒そうに周囲を一瞥しただけで一言も発しなかった。
「驚かせてしまったのなら謝ります。でもどうせなら教えといた方がいいかと思って」
「なーに、教えてくれって言ったのは俺だからな。謝る必要はねぇよ。……魔神は例外として他にもそんな能力いくつも持ってるのか?」
「まあ、それなりに。僕の能力ってこの国にはどんな風に伝わってるんですか?」
「何度殺しても蘇って、その度に新しい能力を獲得するって聞いてるぜ」
厳密には噂以外にも恭也の能力についてはセザキア王国のザウゼンからも手紙で伝えられてはいたが、そこまで正直に話す気はゼルスには無かった。
「大体合ってますね。能力増えすぎて自分でも使いこなせなくなってるぐらいですから」
「そうかよ。丁寧に紹介してくれてありがとよ。これからもよろしくな」
これ見よがしに自分の能力を示した恭也の今回の行為は半分以上脅しの意味が含まれていた。
ゼルスはもちろんこの場のほとんどの人間が恭也に対して恐れるのではなく値踏みするような視線を送っていた。
このままだと今後別の交渉をする時になめられる可能性があり、恭也が交渉に関して素人だとばれるのはしかたないにしてもなめられっぱなしで不利な条件を出されても困る。
そう考えての恭也の脅しで、それを正しく理解したゼルスは含みのある言い方で礼を言った。
こうしてとりあえずの対談は終わり、恭也とジュナ、そして今後について打ち合わせをするための文官二名が去り玉座の間の空気がわずかながら弛緩した。
「あいつが相手だといくら警備を厚くしても無駄だな」
「はい。彼がその気になればいつでも我が国やセザキアの要人を暗殺できるでしょう」
ゼルスのつぶやきに城の警備を統括している騎士団の幹部が相槌を打った。
「空を飛べるとも聞いていますし、正直彼相手にはどんな警備体制を敷けばいいのか分かりません」
「もう普段通りの警備にしていいぞ。こっちが何しても能力の後出しですり抜けてきそうだしな。あいつに関しては諦めるしかないだろ。お前たちも大変だな」
警備主任の頼りない発言をとがめるでもなくゼルスは彼をねぎらった。
そんなゼルスに別の幹部が声をかけてきた。
「本当にジュナ隊長を行かせてよろしかったのですか?どんな目に遭うか分かったものではありませんが……」
「他にちょうどいい奴がいなかったんだからしょうがねぇだろ。さすがに下っ端の兵士を責任者にするわけにもいかねぇし」
今回の兵士派遣の責任者の決定はゼルスが思っていたよりも難航した。
ゼルスたちが恭也を完全に信用していない以上情報漏れを恐れて幹部は派遣できないが、かといって階級の低い者を送って後で文句を言われても困る。
その折り合いをつけるための人選はゼルスたちを悩ませた。
結局ジュナが自分から志願するまで決まらず、ゼルスを含む多くの者がジュナの提案に内心喜んでいた。
ジュナは現在の階級も一部隊の隊長で王家の血を継いでいることも広く知られている。
できるだけジュナを公の場に出したくないというクノン王国上層部の考えさえ無視すれば、ジュナは派遣する人材としては申し分無かった。
一部の幹部たちの中には派遣された先でジュナが恭也に殺されてくれれば万々歳という雰囲気さえあり、ゼルスもそれには気づいていたが特に彼らをたしなめたりはしなかった。
ジュナ本人がどう考えているかは分からないが傍から見れば今回のジュナたちの派遣は人質という側面があり、ゼルスが代案を示せずにそれを黙認したのは事実だったからだ。
情報漏洩を恐れて幹部を派遣しなかったことはもちろんゼルスがジュナの身を案じていることまで含めて余計な心配だったのだが、現状ではクノン王国にそれを知る術は無かった。
王城を後にした恭也とジュナは今回派遣される兵士たち五十人が待機している場所へと向かった。待機していた五十名の中には女性も数名含まれており、コートネスの件で恭也が目にしたこともあるロップもその中にいた。
彼らの前に立った恭也はジュナに促されて簡単な挨拶をすることになった。
「今回は僕の都合に付き合わせてしまってすみません。僕は村にいないこともあるのでご迷惑をおかけすることが多いかもしれませんけど、村にいる間はみなさんの身の安全についてはできるだけのことはするつもりです。警備や訓練については素人なので何か必要な物や頼みがあれば遠慮無く言って下さい」
そう言って恭也が頭を下げると兵士たちから拍手があがった。
それが終わるのを待ち、ジュナは兵士たちに指示を出した。
「先に伝えてある通り今回私たちは恭也様の召還した悪魔に運んでもらうことになっている!こちらから攻撃しない限り安全らしいなので決して慌てないようにするんだぞ!」
クノン王国の首都、メーズからカムータたちがいる村まで徒歩で二十日近くかかる。
半年限りの派遣でこの時間の浪費は痛かったので、恭也は中級悪魔による移送をジュナたち申し出た。
もちろん悪魔に身を委ねることになるので難色を示した兵士もいたが、恭也の案なら村まで三日もかからないと言われて兵士たちも納得した。
「仕事用の荷物に関しては恭也様が運んでくれることになっているぞ!各自作業に移れ!」
ジュナの指示を受けてロップ以外の兵士たちは即座に準備に取り掛かった。
残された恭也とジュナにロップが近づき恭也に礼を言ってきた。
「お礼が遅れて申し訳ありません。前回は恭也様のおかげで部下共々死なずにすみました。今回はそのご恩を少しでも返せればと思います。短い間ですがどうかよろしくお願いします」
「……はい。よろしくお願いします」
深々と頭を下げてくるロップを前に恭也は何とか返事をした。
この時の恭也はロップの豊かな胸に目を奪われて気もそぞろとなっていた。
(でかっ、っていうかあれ戦いの邪魔にならないの?……軍服着ててこのエロさってすごいな)
表情には出ていなかったもののロップの胸を間近で見て恭也はかなり動揺していた。
恭也はこの世界に来てからは人と話す時は意識して固い話し方をしていた。
さすがにカムータやノムキナたちを話す時はある程度緊張も解けているが、それでも村の外で誰かと話す時は基本的によそ行きの表情を作ってきた。
そんな恭也でも動揺する程、頭を下げた状態のロップの胸は衝撃的だった。
そしてそんな恭也の動揺を共有しているウルが恭也に話しかけてきた。
(なあ、恭也、俺でよければ相手するぞ?)
(は?)
動揺していた恭也は最初ウルが言っていることが理解できなかったが、ウルと融合していたためウルの考えはすぐに恭也にも伝わった。
(……気持ちだけ受け取っておくよ)
(そうか?したくなったらいつでも言えよ。まあ、この獣人と比べられるときついけど俺の見た目も結構いけてるだろ?)
確かにウルは口調を除けば美少女の類に入るだろう。
しかし戦闘以外の仕事を命じられた時の様な淡々とした気持ちで提案されてそれに乗っかる程恭也も落ちぶれてはいなかった。
もっとも仮にウルが照れや緊張感を持って提案してきたとしても恭也は受け入れなかったし、今はそれどころではなかった。
一度息を吐いて気分を切り替えた後、恭也はジュナとロップとの話を再開した。
なおロップは男にそういう視線で見られることに慣れており、傍から見ていたジュナも恭也の視線、及び内心には気づいていたが二人とも気づかない振りをして話を進めた。
ロップはともかくジュナの視線が若干冷たくなっていることに気づいていなかったことは恭也にとって幸運なことと言えた。
「ところで本当にジュナさん、今回村に来ていいんですか?住む場所は今手配してもらってますけど、今の村って食べ物は何とかそろってきてるって段階でメーズに比べると本当に何もありませんよ?」
ジュナを始めとした面々が住む場所は恭也の『格納庫』の説明を聞いた文官が空室の多い兵士用の宿舎を三日以内に使えるようにすると言っている。
そのため恭也たちについてきた文官の一人は今この場にいなかった。
慌ててこの場を離れた文官を見て、あらかじめ伝えておけばよかったと恭也は反省した。
当初の予定ではジュナたちは最初の数日で自分たちの家を建てる予定になっていて、恭也の提案でその予定が急遽変わった。
住居だけでもこの有り様で、娯楽どころか手に入る物の数も種類も少ない今の村はジュナにとって物足りない場所なのではないか。
そんな恭也の心配を聞きジュナは笑ってそれを否定した。
「そんなに気にしなくていいぞ。陛下の血を引いているといっても私は最近まで森で狩りをして暮らしていたし、住む所さえあれば十分だ。それにこんな機会でも無いと私は国から出られないだろうからな。今回の件はむしろ大歓迎だ。もちろん仕事の方もちゃんとするから安心して欲しいぞ!」
嬉しそうにそう言うジュナを見て恭也はこれ以上の気遣いは不要だと判断した。
なおこのジュナの話し方については恭也は別に王様でも何でもないのだから普段通りでいいと恭也が伝えた結果こうなった。
ジュナたちとの会話を終えた恭也は自身も移動の準備に取り掛かった。
その際にもう一度だけロップに視線を向けた恭也にウルが呆れた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。
恭也はそのまま兵士たちが集めた荷物を取りに行った。