第一王子
その後フオッグの屋敷を後にしようとした恭也だったが、ミーシアがさらに頼み事をしてきた。
「私の個人的な頼みを聞いてもらったばかりで図々しいとは思うのですが、後二人治してもらえないでしょうか?」
ミーシアによるとサキナトへの協力者を逮捕した際にミーシアの部下に仕事への復帰が困難な程の傷を負った者が二人いるらしい。
フオッグを紹介してもらった礼に恭也はミーシアの頼みを聞き入れ、ミーシアと一緒に軍専用病院へと行くことになった。
「じゃあ、飛んで行きましょう。僕ウルと融合してる時なら空飛べますから」
特に問題無い提案だと思ったのだが、ミーシアは申し訳なさそうに恭也の提案を断った。
「私は任務中以外での飛行は慎むようにと陛下から言われています。市民をむやみに怖がらせないようにとの指示です」
「それはまた大変ですね」
ネース王国内を気ままに飛んでいる恭也からすれば気の毒としか言えない指示だったが、国に雇われているミーシアとどこにも仕えていない恭也では違うのも当然だろう。
そう考えた恭也はフオッグの用意してくれた馬車で病院へと向かった。
馬車に揺られること一時間、恭也はセザキア王国の首都、オキウスの中心部にある病院に到着した。
早速ミーシアに案内されて恭也はミーシアの部下がいる病室へと向かった。
病室に着くと中にいた負傷した兵たちがミーシアに気づき敬礼をしてきた。
その後恭也はミーシアに紹介を受けてミーシアの部下だという兵士に近づいた。
ミーシアによると一人は右脚に歩行も困難な程の傷を受け、もう一人は風魔法により左眼と左耳に大怪我をしたらしい。
彼らに近づいた恭也はすぐに『治癒』を使って彼らの傷を治した。
一生治らないと思っていた自分たちのけががあっさりと治り、しばらく言葉を失っていた兵士たちだったがミーシアに促されて恭也に礼を言ってきた。
彼らに気にしないように言った後、恭也はついでなので入院している兵士全員を治そうかとミーシアに提案した。
しかし恭也があまりやり過ぎると医者たちがいい顔をしないだろうとミーシアが指摘したため恭也はそのまま帰ることにした。
病院を後にした二人はその後しばらく会話をしながら王城へと向かっていた。
「今日は本当にありがとうございました。レマさんはもちろん私の部下たちも恭也さんには感謝していたと思います」
「いえ、それ程時間がかかったわけでもないので気にしないで下さい。それにしてもやっぱり犯罪者を捕まえる時って結構ひどい怪我する時もあるんですね」
「はい。犯罪者は個人での所持が禁止されている戦闘用の魔導具を持っていることが多いので、逮捕の際はこっちも命懸けです」
恭也が気にするといけないのでミーシアは口にしなかったが、今回の摘発の際にミーシアの部下の一人が殉職していた。
この世界の人間は恭也の世界の感覚で言うならほとんどの人間が生まれつき拳銃を持っているようなものだ。
ましてや魔導具で武装しているとなると機関銃を持っている様なものなので、逮捕の際にどうしても犠牲者は出てしまった。
「戦闘用の魔導具って簡単に作れるんですか?」
「国の許可無く戦闘用の魔導具を作ることは法律で禁止されていますし材料も取り締まってはいるのですが、それでも完全にはなくせません。それに聞いた話では数回使っただけで壊れる粗悪品ならその辺りの材料で作れるそうです」
「ああ、なるほど」
改造モデルガンみたいなものかと思いながら恭也は今後の村について考えていた。
カムータたちが村を作ってから今までだけですでに五十人以上の人間が近隣の村から引っ越してきていた。
今は何事も無く済んでいるが、人が増えればそれにつれて悪人も増えてくるだろう。
悪魔の襲撃に対しては中級悪魔数体ぐらいなら軽く返り討ちにできるだけの魔導具をカムータたちに渡してあった。
しかし住民の犯行に関しては現状は無策というのが正直なところだ。
今はカムータが中心になり仲間内の話し合いで治めているようだが、その内そうも言っていられなくなるだろう。
村の発展はともかく治安に関しては自分の役目だと恭也は考えていた。
カムータと相談してきちんとした警察のような組織を作ろうと恭也は決意した。
その後もそれぞれの近況などについて話し、王城の近くに来た辺りで二人は別れようとした。
ミーシアはこれから城で仕事とのことだった。
そして恭也が『空間転移』を使おうかと思ったちょうどその時、城から一台の馬車が出てきた。
その馬車が視界に入るなりミーシアは顔をしかめ、その後道から離れた。
ミーシアの行動からその馬車に乗っている人間がかなり地位の高い人物なことは予想できたが、各国の王との対面の際一切の礼儀を無視してきた恭也だ。
今さら何もする気は無かったがミーシアに迷惑をかけるのも悪かったので、ミーシア同様道から離れるとそのまま馬車が通り過ぎるのを待とうとした。
しかし恭也の予想に反してその馬車は恭也たちの前で止まり、中から一人の男が出てきた。
「誰かと思ったらミーシア隊長か。ひまを見つけては男漁りとは血は争えないな」
ミーシアの隣に立つ恭也に一度視線を向けた後そう言った男にミーシアは感情を押し殺した声で返事をした。
「こちらの男性とはそういった関係ではありません。こちらは異世界人の能恭也様で今は負傷した部下の治療をアタエ様に頼んだ帰りです。アタエ様、こちらは我が国の第一王子のオーガス様です」
「ああ、この人が」
恭也がこの国の人間ではないということを差し引いても、先程のミーシアへの発言だけでもオーガスはとても敬意を払いたい人間ではなかった。
そもそもこの国の王子二人はどちらも十代だったはずで、恭也とあまり年は離れていないはずだ。
そう考えて恭也はオーガスへの態度を軽く一礼するだけに留めた。
それが癇に障ったのだろう。
オーガスは恭也に視線を向け、明らかに恭也を見下した表情で口を開いた。
「どんな世界から来たのか知らないが、余程野蛮な世界から来たと見える。目上の者への礼儀も知らないとは」
オーガスが馬車から降りた時点でミーシアは片膝を地面についていたが、恭也は立ったままだった。
何か言いたげなミーシアの視線には気づいていたが、恭也は結局立ったままオーガスとの会話を続けた。
「目上の人にひざまづくって習慣が僕の国には無かったもので。そもそも目上の人なんてこの場にいませんし」
この時点で恭也にこの場を丸く治める気は無く、すでに『情報伝播』を発動済みだった。
「貴様、私にそんな口を聞いてただで済むと思っているのか?」
「はい。あなた一人に大したことができるとも思えませんし」
オーガスの恫喝とも取れる質問に即答した恭也にオーガスは怒りを露わにした。
「調子に乗るなよ!私は近い将来王になる男だ!貴様の作っているちんけな村などすぐに潰せるのだぞ!」
「こっちから事を荒立てるつもりは無いですけど、そっちが力で押さえつけようって言うならこっちも黙ってません」
オーガスから一切視線をそらさずにそう言い切った恭也にオーガスの表情がさらに怒りでゆがんだ。
恭也とオーガスは今回が初対面だが、出会って短時間で恭也のオーガスに対する評価はどん底まで落ちていた。
これ見よがしにため息をつく恭也から視線を外し、オーガスは今までほとんど口を開いていなかったミーシアに矛先を変えた。
「おい!ミーシア隊長、貴様がこの様な野蛮人を連れ回すからこの様なことになっているのだぞ!父上から受けた恩を忘れて異世界人の男にすり寄るとは呆れてものも言えん!この責任を、」
オーガスがミーシアに理不尽な文句を言っている途中で恭也はオーガスとミーシアの間に割って入りオーガスの発言を阻んだ。
「自分の権力が僕に通用しないと分かった途端、言い返せないミーシアさんに標的変えるなんていい性格してますね。あなたが国王になる前に村を大きくしといた方がよさそうだ」
(恭也、こいつ殺しといた方がいいって。絶対面倒なことになるぞ)
ウルの相変わらずの意見に普段程強く反論するつもりは無かった恭也だったが、それでも人を殺すのは論外なのでウルをなだめながら恭也は救援を待った。
これ以上オーガスとの口論を続けるとオーガスの後ろで控えている護衛らしき兵士たちが動き出して面倒な事態になりそうだった。
早く来てくれないかなと恭也が思っていると、遠くから複数の足音が聞こえてきた。
恭也たちが音のした方に視線を向けると、セザキア王国国王のザウゼンが部下と共に慌てた様子でこちらに向かっていた。
「オーガス、私の部下のミーシアと協力者の恭也殿に向かって何という態度だ!城中に聞こえていたぞ!」
自分と部下以外の眼が無いところで異世界人と前から目障りだったミーシアをいびっていたつもりだったので、オーガスは突然のザウゼンの登場に驚きこそしたが何とかこの場を取り繕おうとした。
「違うのです!父上、この異世界人がいきなり私の馬車の前に割って入り、そのまま言いがかりを、」
「黙れ!言ったはずだぞ!城中に聞こえていたと!あれは恭也殿の仕業か?」
「はい。巻き込んでしまってすみません。誰かにとりなしてもらわないと丸く納まりそうになかったので」
ここまで聞いてようやくオーガスは自分の思惑が狂わされたことに気がついた。
恭也の『情報伝播』は過去に見聞きしたものだけでなく恭也が今見ている光景を伝えることができる。
それを使って恭也は城に自分とオーガスの口論の様子を伝えた。
これを聞いた誰かが来てくれればいいとは思っていたが、まさかザウゼン自ら来るとは恭也も思っていなかった。
「オーガス、今回の恭也殿とお前のやり取りを私は初めから聞いていた。恭也殿とミーシアに謝れ」
『情報伝播』の詳しい内容までは理解できなかったオーガスだったが、それでも自分が追い詰められていることは理解できた。
ザウゼン相手では恫喝して乗り切ることもできない。
オーガスは打つ手がなくなったことを悟り、恭也を射殺すような目でにらみつけるとそのまま城へと走り去った。
「おい、オーガス!待て、待たぬか!」
ザウゼンの制止を無視して逃走するオーガスに向けてザウゼンは何度も声をあげた。
しかしオーガスは振り返ることさえせずにそのまま城内へと入って行った。
「馬鹿者が、テジオ伯爵との約束を忘れているな。すまなかった、恭也殿。この通りだ」
そう言って頭を下げてきたザウゼンを前に恭也の方が困った。
「陛下に謝られるとこっちが困っちゃうので頭を上げて下さい。そんなに気にしてませんから」
恭也に促されて頭を上げたザウゼンは頭こそ下げなかったがミーシアにも謝罪した。
「今回はオーガスがすまなかったな。この後すぐにオーガスには注意するつもりだ。今回の件でオーガスが何か言って来たらすぐに私に知らせてくれ」
「かしこまりました」
その後ザウゼンの一声でその場は解散となり、恭也も村へと転移した。
オーガスとの一件の後、ミーシアは予定通り城に行き仕事にとりかかった。
『情報伝播』の影響で城の中を歩く度に奇異の目で見られたが、今のミーシアにはそんなもの気にもならなかった。
初めて今度の異世界人を見た時のミーシアの感想は見境なく暴れる凶暴な男だった。
ネース王国でサキナトを相手に戦い奴隷を解放した男と聞き、警戒心とわずかながらの期待を持ってミーシアはザウゼンの指示通り異世界人を探していた。
そうして見つけた異世界人は兵士の首に魔導具をつけて脅すような人物だった。
これでわずかながらあった異世界人への期待も消え、それでもミーシアは命令通り異世界人をザウゼンのもとへと案内した。
その後行った模擬戦ではミーシアは異世界人を殺すつもりで戦った。
ミーシアが何をしても涼しい顔をしていたあの時の異世界人の様子をミーシアは今も覚えている。
その次に異世界人がミーシアの前に現れた時、異世界人は多くの人間を死なせてしまった後悔で潰れてしまいそうだった。
これでミーシアの異世界人への評価は揺らぎ、正直に言って自殺行為だと思った魔神との戦いに勝利した後でサキナトどころかネース王国と話をつけたとの話を聞きミーシアは自分の今までの異世界人への評価が偏見による間違ったものだと認めるしかなかった。
そして今回の異世界人がミーシアを見下してすらおらず、ひたすら大きな目標に向けて動いていると聞かされてミーシアは敗北感を覚えた。
異世界人に担当の文官が用意されて以降は異世界人の活躍は漏れ聞く程度だったが、どれも驚くべきものだった。
自分の父親が今回の異世界人の様な人間だったら自分の人生は大きく変わっていただろう。
ミーシアの母はミーシアを産んですぐに死に、その後ザウゼンに拾われるまでのミーシアは生きるのがやっとという人生を送ってきた。
しかし父親さえまともならそんな人生は送らなくてすんだはずだ。
先程異世界人の少年がオーガスから守ってくれた時の安心感を思い出すと、ミーシアはそう考えずにはいられなかった。