研究所
ネース王国に帰ってからの三日間、恭也は特に急ぎの用も無いため比較的ゆっくりとした時間を過ごしていた。
二日目にコロトークたちの研究所を見に行った以外はこれといって何もしておらず、三日目の今日は朝一番でアナシンに荷物を取りに行ったがこれもほとんど暇潰しだった。
それ自体も午前中で終わり、恭也は魔導具作りのため実体化しているウルと雑談をして過ごしていた。
「なあ、これ何本ぐらい作るんだ?」
四枚の羽それぞれに剣を入れながらウルは恭也に質問をした。
現在ウル製の剣は十一本が完成済みだった。
「きりよく二十本かな。たくさん作ってどっか行っちゃっても困るし」
「ったく、めんどくせぇな。早く工場とかいうの作ろうぜ」
ウルには『情報伝播』で恭也がいた世界の光景を色々見せた。
その中でもウルは自分が今している戦闘以外の仕事を肩代わりさせられる工場と監視カメラが気になっているようだったが、監視カメラは恭也の知識では再現できないし工場程巨大なものに関してはどこから手をつければいいのかすら分からなかった。
「いきなり僕の世界のもの全部再現するのは無理だよ。そういうのは専門家に任せてゆっくりやっていかないと」
「何か急にすることなくなっちまったな」
サキナトの構成員たちを相手にするのを嫌がっていたのにいざ落ち着いたら文句を言うウルに苦笑しつつ、恭也は『情報伝播』でウルに自分が覚えているアクション映画のシーンをいくつか見せた。
「ん?おお……」
突然脳内に流れてきた映像に最初は戸惑っていたウルだったが、すぐに恭也の見せた映像に夢中になり始めた。
さすがに映画の内容全部は覚えていないので、動画サイトにある切り貼りした動画みたいになってしまったがウルは満足した様子だった。
ウルが静かになったことで恭也は完全にすることがなくなってしまった。
ウルの隣で横になりしばらくゆっくりとしていた恭也だったが、突然誰かに話しかけられた。
声のした方に恭也が視線を向けるとそこにはノムキナがいた。
「あれ、何かありましたか?」
『危機察知』が発動していないので大きな事件は起こっていないはずだが、恭也はノムキナに用件を尋ねた。
「いえ、特に何かあったわけじゃありません。今からお昼にするのでよかったらどうかと思って」
「ああ、ありがとうございます。でも今手が離せなくて……」
「何だよ?恭也がすることなんて何もねぇじゃん。飯食って来いよ」
ウルにこう言われて恭也がノムキナの誘いを断る理由がなくなってしまった。
「あの、ご迷惑でしたら……」
「いえ、それならお言葉に甘えさせてもらいます。じゃあ、ウル、行こうか」
恭也とウルがいた場所は村のすぐ近くだったので、それ程かからずに三人はノムキナの家に着いた。
ウルは『情報伝播』による動画を見るので忙しいからと家の中には入ってこなかった。
恭也とノムキナが家に入ると中では一人の少女が食器の用意をしていた。
新築の家特有の木の臭いがする家に恭也が入るなり、少女、ゼシアがノムキナの隣の恭也に気がついた。
「あ、今日は恭也さん誘えたんですね。ノムキナちゃん、今まで何度も恭也さんを誘おうとしていたんですよ」
「ゼ、ゼシアちゃん!恭也さん、どうぞ座って待ってて下さいね!」
慌てた様子でゼシアを連れて台所に向かったノムキナを見送りながら恭也は深くため息をついた。
流されるままに来てしまったが女子の家に招かれたという現状を再認識し、恭也は今さらながら緊張感を覚えた。
(いや、別に変なこと考える必要は無い。ご飯食べて帰るだけだ。大丈夫、大丈夫。何の問題も無い)
ノムキナたちには悪いがどうせ何を食べても味なんて分からないのだ。
適当に会話をして頃合いを見計らって帰ればいい。
そう軽く考えた恭也は二人との食事に臨んだ。
「すみません。わざわざお招きしたのに簡単なものしか用意できなくて……」
ノムキナが申し訳なさそうに用意した食事は恭也としては十分なものだった。
恭也は村への物資の運送の半分以上を行っているし、カムータから畑や狩りについての報告と相談も受けていた。
そのため今の村の食料事情を把握している恭也からしても今回の食事は豪華だった。
もちろん家庭料理の域は出ていなかったが、それでもこんな平日の昼食に肉など出してもらい申し訳なく思った恭也は二人に礼を言ってから食事を始めた。
「うん。おいしいです。それにしてもほんとによく肉なんて手に入りましたね」
「ノムキナちゃんが近所の人に分けてもらったんです。肉は少ししか手に入らないんですけど、恭也さんのために無理言って順番を変えてもらったんですよ」
ゼシアの説明を聞き納得すると同時に申し訳なく思った恭也だったが、ここで謝ってもノムキナが委縮するだけだろう。
そう考えた恭也は謝罪ではなく礼の言葉を口にした。
「ありがとうございます。そこまでしてもらえて嬉しいです。みなさんの欲しい食べ物がいつでも手に入るように僕もがんばります」
「いえ、そんな、恭也さんには私はもちろん村の人たちもいっぱい感謝してます。これ以上なんてそんな……」
恭也のこの言葉に結局委縮してしまったノムキナを見かねたゼシアが恭也に話しかけた。
「そっちの料理も食べてみて下さい。ノムキナちゃんが作ったんですよ」
ゼシアに勧められるがまま恭也はそのスープらしきものを口に運んだ。
恭也としては色のついたお湯と大差無いのだが、とりあえずおいしいと伝えると二人ともほっとした様子だった。
その後もゼシアが間に入ることでぎこちないながらも会話は続き、結局食事を終えた後も三十分程恭也は二人との会話を続けた。
この世界の庶民の娯楽など村の発展とは関係無い知識を二人との会話で手にし、恭也が満足して帰っていった後、ノムキナとゼシアは食卓の片づけを終えてから今日の反省会をしていた。
「駄目だよ、ノムキナちゃん!もっと話しかけなくちゃ!」
「だって、緊張しちゃって……」
今回二人が恭也を誘ったのはノムキナの発案によるものだった。
いつ来るか分からない上にちょうど食事時に来るかも分からない恭也を誘うのは簡単ではなかったが、二人は思っていたよりすぐに恭也を自宅に招くことができた。
「もう、そんなんじゃノムキナちゃんの気持ち伝わらないよ。好きなんでしょ?恭也さんのこと」
「……うん」
怖いとは思いながらもどこか他人事だと思っていたネース王国による誘拐。
自分がその被害に遭い奴隷として買われた瞬間、ノムキナは国に帰るどころか自分の命すら諦めた。
些細な失敗を理由に体罰を受ける日々にノムキナの心は徐々にすり減っていた。
そんな時に現れたのが恭也だった。突然現れた恭也が自分の傷を治してくれた時の気持ちは今も覚えている。
そんなノムキナだったが、恭也を目の前にすると思っていることの半分も口にできなくなった。
元々口数が多い方ではなく、積極的とも言えない性格だ。
それでもゼシアに協力してもらい今日の場を設けた。
結果は散々だったが……。
「まあ、今日の結果はそんなに気にしなくてもいいと思うよ。いきなりうまくいくとは思ってなかったし、いきなりぐいぐい来られても恭也さんも困っちゃうだろうし」
「……うん」
「でも!のんびりしてると恭也さんここに来なくなるかもね」
「えっ、どういうこと?」
考えてもいなかった内容のゼシアの発言にノムキナは思わず身を乗り出した。
「カムータさんに聞いた話じゃ恭也さんは別のところにもここみたいな場所を作るつもりなんだって。この前だってクノンに行ったばっかだし、能力使ってあちこち行ってるんだもん。その内ここに来る回数も減るんじゃない?」
「……そんな」
これ以上ノムキナを追い込んでもしかたないのでゼシアは言わなかったが、身もふたもない言い方をしてしまえば恭也にとってノムキナは助け出した大勢の内の一人に過ぎない。
このことについてはノムキナもつい先程にだが気がついていた。先程恭也が魔神と話しているのを少しだけ聞いた時、恭也が砕けた口調で話しているのを目撃したからだ。
恭也は自分たちとは一線を引いて接している。
そのことに気づかされて気落ちするノムキナを見てゼシアは苦笑した。
ここからノムキナの思いを遂げようと思ったらかなりの苦労が必要だろう。
ゼシアもできるだけのことはするつもりだが、結局は目の前の友人次第だ。
あまり焦ってもしかたないと考えたゼシアはとりあえず目の前で落ち込んでいるノムキナを慰めにかかった。
ノムキナたちとの昼食を終えた後、恭也はウルと合流してからコロトークたちの研究所へと向かった。昨日様子を見に行った際に中級悪魔召還用の指輪の改良が翌日には終わると言われていたからだ。
恭也が研究所に入るとコロトークを始めとする見慣れた面々が机に向かい議論を交わしていた。
「だからまずは声をちゃんと届けることより距離を伸ばすべきだ!届きさえすれば恭也さんから教わったモールス信号で通信はできる!」
「風属性の研究だけしても他に応用がきかないだろう!音はともかく映像は少し乱れただけで意味がなくなるんだぞ!」
「だったら光属性と風属性で班を分ければいい!こっちは後は術式の精度を上げるだけだから人手はそんなにいらないしな!」
「馬鹿言え!ただでさえ少ない人数でやってるんだ!これ以上班を分けたら全部半端になるぞ!」
その後も議論は白熱して終わる様子を見せなかったが、議論に参加していた一人が恭也に気づいたことで議論は中断した。
「気づくのが遅れて申し訳ありません。恭也さんに言われていた通信用の魔導具の開発が山場を迎えていまして……」
コロトークが恭也に謝ってきたが、恭也は特に気にしていなかった。
「気にしないで下さい。いつ来るか伝えないことにしたのは僕の方ですから」
今まで恭也が事前の約束もせずに各国の王たちに会ってきたのはしかたなくだったが、コロトークたちの場合は違った。
農業をさせているだけのサキナトの元幹部たちと魔導具の研究を行っているコロトークたちでは警戒の必要性が段違いだった。
そのため恭也がコロトークたちの研究所を訪ねる際は常に緊張感を持たせるために事前の通達無しが当たり前になっていた。
「そんなに長居する気はありません。とりあえず悪魔召還用の指輪もらえますか?」
「はい。言われた通り、十分召還できるものを二つと二時間召還できるものを一つ用意しました」
一応『魔法看破』で妙な細工がされていないかを確認してから恭也は指輪を受け取った。
この中級悪魔を二時間召還できる指輪は戦闘用ではなく交通手段として中級悪魔を召還するためのものだ。
クノン王国からの派遣により人手不足が解消されれば不要になるだろうが一応作らせた。
「ありがとうございます。他に悪魔を召還できる魔導具を持っていますか?」
「はい」
『不朽刻印』で行なわれた質問に即答したコロトークに対し、恭也は即座に闇属性の魔法による洗脳を行った。
「その魔導具は何のために作ったものですか?」
「研究のために手元に置いておくために作りました」
コロトークたちが恭也に反抗するために魔導具を隠し持っていたわけではないことを確認すると、恭也はすぐにコロトークへの洗脳を解除した。
「とりあえず変なこと考えているわけじゃないみたいで安心しました」
正直な話、恭也はコロトークたちが今さら逃げ出すとは思っていなかった。
首に刻まれた『不朽刻印』は目立つし、研究する環境としてはここは悪くないからだ。
それでも洗脳による確認を時々行うのは恭也がコロトークたちを信用していないということを示すための儀式のようなもので、何度も顔を合わせる内にコロトークたちへの敵意が薄れていることを恭也が自覚してから行うようになった。
今も自分たちを信用していない恭也に恐怖の視線を向けるコロトークの部下たちを無視し、恭也は『格納庫』から荷物を取り出した。
「これは頼まれてた材料と後クノンで買った魔法や魔導具についての本です。本については僕が選んだものなので役に立つか分かりませんけど」
「ありがとうございます」
恭也への恐怖で委縮している部下たちに代わり、コロトークは恭也の持ってきた物資を確認し始めた。
コロトークとしても自分たちが大人しくしている限りは恭也が自分たちに危害を加えないことは分かっていた。
洗脳されている間の記憶ははっきりしており、質問以外何もされていないことは分かっていたからだ。
そのためコロトークは洗脳による質問はここで研究を続けるために必要なことだと割り切っており、恭也に対して以前程の恐怖心は抱いていなかった。
「また数日後に来ますけど買ってくる材料は今回と同じでいいですか?」
すでに数回繰り返されたやり取りなので、今回も『はい』という返事が返ってくると恭也は思っていたのだが、コロトークは今までに無い要求を伝えてきた。
「先程聞こえていたかも知れませんが、今開発中の通信用魔導具はそれなりに完成しています。現在五十メートル離れた場所まで音を届かせることには成功していて、理論上は二百メートル先まで音を届かせることが可能です。その実験のためにここを離れる許可をもらえないでしょうか?」
恭也とこの世界の人間の間に施された翻訳により、単位は恭也に理解できる形で聞こえる。
そのため恭也はコロトークの説明を簡単に理解できた。
「ああ、なるほど。いいですよ。その代わりここを離れるのは五人までにして下さい。それ以上はどんな理由でも逃げたとみなします。その人数じゃ実験は難しいって言うなら僕が立ち会って大勢で移動してもらうことになりますけどどうしますか?」
「いえ、五人もいれば十分です」
「そうですか。あ、ちょうどいい機会だから伝えときます。まだ本決まりではないですけど、クノンからみなさんを見張るための兵士を派遣してもらう予定です」
「クノンから兵士を…」
「はい。村の人たちに訓練をしてもらうのが主な目的だったんですけどちょうどよかったですね。もし今回決めた距離より離れたかったらその人たちが来てからにして下さい。もしこの話が駄目になったらその時はその時でまた考えましょう」
「はい。分かりました」
これで今回の話は終わりと考えた恭也は研究所を後にした。
(なんでさっき思いついたことあいつらに伝えなかったんだ?)
恭也の中にいたウルは先程恭也がコロトークと話している途中で思いついた計画を文字通り直接知らされた。
その計画とは魔導具の職人や研究者を目指している人間をよそから研究所に連れてきて働かせるというものだ。
ウルとしては恭也の庇護下の村が発展する上、先程耳にした人手不足も解消されるので名案だと思っていたのだが当の恭也は迷っているようだった。
(ただ食べていくだけじゃなくて村を発展させようと思ったら村の人の何人かにも魔道具の技術を身に着けて欲しいんだけど、まず鍛冶職人が五人もいないからなあ)
魔導具の研究をするだけなら必要無いが、実際に魔導具を作ろうと思ったら鍛冶の技術は必須だ。実際研究所にいるコロトークとその部下たちは程度の差こそあるが全員が鍛冶技術を持ち合わせていた。
(サキナトの連中に教えさせればいいじゃねぇか)
(さすがに無理でしょ。というかたった八人でこんなに早く通信用の魔導具作ってるんだからこれ以上仕事増やすのはさすがに悪いよ)
研究所と言っても建物自体は研究所を除けば雨風をしのぐだけの小屋が二つあるだけで、中の設備自体はコロトークによればこの世界有数らしいがそれが事実だとしても職場として魅力的かと言えば微妙だった。
そのためここに村人に来てもらうのはサキナトへの嫌悪感を差し引いても難しいだろう。
そもそも村としてやっていくのすら必死の現状で、一次産業以外に手を出してもらおうというのが無茶だ。
それでも職人は必要で村に技術者が増えれば将来的には弟子をとってもらうことも可能だろう。
今クノン王国にこれ以上の人材派遣を頼むのはさけたいと思った恭也はクノン王国に行く前にセザキア王国に行き、この件について相談することを決めた。